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第137話 #2『黒鳥の羽』(ハックSub)


 次に浮かび上がった幻覚は、姉の死後から数年経った時の事だ。




 サジリアスからの教育は更に厳しい物となり、もはやサジリアスは結婚した当初の人物とは同じと思えない程に変わっていた。


 目付きもどんどん鋭くなり、次第にハックに対する行き過ぎた教育は暴力へと変わっていく。


 そんな中、更に変わっていくものがあった。



 ハックの心だ。


(おかしい…やはりどう考えても道理が合わない。)


 ハックはこの時既に初級魔術士としての適正をクリアし、冒険者登録まで済ませて居た。しかしサジリアスは今度、中級を取るまでは半人前として扱うとハックを更に厳しく教育し、少しづつではあるがハックの中に反骨心を芽生えさせていた。


(やはりこれは…解釈が違う。)



 ハックは1人、姉ユースが残した魔導書を読んでいた。


 魔術の知識を得れば得るほど、あるひとつの疑問が浮き彫りになってくる。



(サジリアス様とユース姉様の魔力に対する解釈の仕方は…違う)


「おい」ガタン

「サジリアス様…」

 サジリアスはユースの残した魔導書をハックが読む事を嫌っていた。単に妻の残した大切な書物を他人に触られたくないという気持ちもあるだろう。しかし、あからさまにそれとは違うある種の怨みに似た感情を持ってサジリアスはハックに接する。


「それに触るなと!何度も言っただろう!!」バチンッ


「っぐ!!」


 サジリアスは一切の遠慮も無い平手打ちをハックに食らわせる。

 避けたり防ごうとするとより一層激高するので、ハックは仕方なくそれをそのまま受ける。

 口から一筋の血が流れ落ちた。

「半人前の貴様には到底理解の及ばない物だ!ユースの残した魔導書はっ!!二度と触るんじゃ無いぞロウラン!!」



 22歳になっても、まだハックの事をロウランと呼ぶサジリアス。


 今の一撃で、ハックの中の何かが割れた。


「サジリアス様。お話があります。」

「なんだ?半人前が口答えをするようになったのか?」


 スゥっと息を吸って、ハックはついにその言葉を出す。

「ユース姉様の魔導書にて学びました。私は、中級魔術士の資格を得たら錬金術士に転職します。」




 その言葉を聞いたサジリアスは、ただポカンと口を空けていた。



「私の魔力の素質は『状態変化』です。これを最大限に応用するには、やはり魔術士では無く錬金術士として活動した方が…」


「だっだ!黙れぇぇええ!!!」

バゴンッ

「ぐあぁッ!!」



 今の一撃は、もはや攻撃だった。教育だとか、躾だとかそう言った物とは全くの異質な、完全に敵意ある一撃だった。



 倒れ込んだハックの胸ぐらを掴み、激しく罵るサジリアス。

「貴様!貴様ァ!!私とユースが貴様の為にどれ程!!どれ程苦労してこの道を選んだと思っているのだぁ!!」ガンッ

「うぁっ!ぐっっ!」

「言うに事欠いて貴様!ユースの本で学んだだと!?ユースの本でユースの望んだ未来を裏切る事を学んだというのか!!」


「ちっ違います!私はただ、ユース姉様の言う、『最小限の魔力で最大限の効果』を求めた結果であって」

「うるさい!!うるさいうるさい!!」ガンッ

「うわぁ!!」


 ハックに対して殴る、蹴る、物を投げ付ける。

 そのあまりにもな暴れようにブラックスワン家の使用人達が集まり始める。


 数人が押さえつけて、やっとサジリアスの激高は収まった。














『やれやれ、随分と酷い目に合っていたんだねぇ。』

 ナユルメツが哀れみを持って話しかける。ハックと共に過去のロウランがいいようにされている様を見下ろしていた。

「あの時は何日か寝込むぐらいに怪我をした。私が目覚めた時には既にサジリアス様は元のビターイーグル家に帰られていた。」

『あの男はどうしてああなったんだい?』

「さっきも言ったが、ユース姉様を本気で愛していたんだ。やがてその感情が、歪んだ方向に向いて行っている事に気付けなかったんだ。そして…ユース姉様に会えない寂しさを私にぶつけて居たのだ。」



 幻覚はそこで終わり、また元の暗闇へと戻る。



『では、もう一度聞くけど…あの義理の兄にされた事がお前の悪夢なのかい?』

「それも…ある。半分は正解で、半分は間違っている。」



『まだこの先に何かあるのかい??』

「そうだ、これからなのだ。私の闇は」


 そう言うとハックはアイテム袋から更に魔力回復薬を取り出し、一気に飲み干す。

 少し座り込んで瞑想をすると、また立ち上がり更なる深き海の底へと歩き出す。














 サジリアスがブラックスワン家から出て行った1年後に、ハックは中級の魔術士の資格を得て魔法大学にも入学した。基本的な魔術教育を全て履修していたおかげで他者よりも格段に早く卒業する事が出来た。卒業後にはサジリアスが居なくなったので禁止されていた冒険者として家から離れての活動を行い、知識と経験を積んで行った。



 皮肉な物だが、義理の兄サジリアスが居なくなった方がより一層ハックの魔法習熟に熱が入った。



 そして、ハックの冒険者としてのレベルが20を超えた所で、事件は起きる。

 初級の錬金術士としての技術を既に身に付けていたハックの元に、ビターイーグル家から一通の手紙が届く。


 それは、全くの身に覚えの無い魔法決闘の申し込みだった。相手はもちろんサジリアス・ゼル・ビターイーグル。


 両家の間にある深い溝は、当人同士の魔法決闘以外に解決の道は無いと書かれていた。


 意味不明なその手紙の内容を確認する為にハックは本家へと向かい、成人の儀式以来数年ぶりに会う両親と会話する。





『ビターイーグル家との間にブラックスワン家はなんの問題も抱えていない。あるとしても、当人同士の問題ならば認知しない』






 ただ、その一言だけを当主である父親に言われて、ハックは帰らされた。





『おやおや、随分と酷い親じゃないか?久しぶりに会ったんだろう?』

 ナユルメツがわざと悲しそうな声で嘆く。

「父上は…いや、両親は末の息子で病弱な私などただの『記号』としか見ていなかった。それは産まれた時からその扱いではあったので、差程苦痛には感じなかった。年に数回会う人だと言う認識しかしていなかったよ。」


『へぇ……』



ザッ……ザザッ……


『おや?』


 ハックの見ている幻覚にノイズが入り出す。所々色が反転してしまったり、ボヤけて真っ暗な部分も浮かび上がってきた。


「……この時は本当に自暴自棄になっていた。だから…こうなるのだろう。自分自身でもあまりハッキリとは覚えていないのだよ」


 幻覚の中のロウランは、虚ろな目をしてフラフラと歩いている。

 そしてそれを見つめる今のハック。



 一瞬の暗転の後、場所が変わっていた。

 そこは、姉ユースが手をかけていた庭園の前だった。

 ハックの暮らしていた家の使用人達が必死に止めようとしている。


……2人の決闘を。




 サジリアスが鬼の形相でハックを罵っている。それに比べてハックはどんよりとした目で前を向いていた。


 サジリアスは時たま涙を流しながら声を荒らげている。


 しかしその声は、何と言っているのかは分からず、低い音のブザーの様にしか聞き取れていない。



『ねぇ?彼はなんて言っているんだい??』


「…分からない。思い出せないんだ。」

『でも、忘れられない出来事なんだろう?』


「そうだ、忘れられない。ここでどんな結末を迎えたのかだけはね。」


 サジリアスが自分の杖に魔力を込め始める。




 突然、幻覚の自分を見つめるハックが、大きく目眩を起こして膝を付いた。



「『うわぁ…ック!!』」


 幻覚のロウランと今のハックが全く同じ動きで同じ言葉を呟いてよろめく。




『おや、少し心の調律が必要だねぇ。こっちにおいで』


 赤い光に引き摺られる様にしながら、幻覚から離れたハックはまた深い海の底に戻って来た。






第137話 END

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