NPC勇者〇〇はどうしても世界をDeBugしたい。みたい!?

激しく補助席希望

第136話 #1『黒鳥の羽』(ハックSub)




 深い海の底


 そこには一切の明かりも無く、なんの生物もおらず、ただただ真なる闇の中を歩き続けるハック。


 しばらく前まではナユルメツも後ろから着いて来ては居たのだが、流石に水圧によって身体を保てなくなり、途中から姿を消していた。


 自分の姿すら見えない。聞こえるのは自らの呼吸音のみ。ひたすらに静寂に耐え、足を止めることなく歩き続ける。




 時間の感覚さえ無かった。

 海溝に降りたのはつい先程だったはずなのだが、ぼんやりとしてしまって頭が上手く回らない。



 ひたすらに降りる。下へと下がり続ける。






 そのうち、何かモヤのような物が見えてきた。ハックは自然とそこに向かう。


 ただし、見えていたのは幻覚だと直ぐに彼には分かった。


 なぜなら、たどり着いた光のモヤの中に居たのは幼少期の自分の姿だったからだ。




「幻覚……そうか、ナユ殿が言っていたのはコレか。なるほど、自分の弱い一面か。」


─それはまだ、彼が『ロウラン』の名前で呼ばれていた頃の姿だ。










 ブラックスワン家。


 大陸には、元から魔力の高いダークエルフ種の中でも、さらに高い能力を持って生まれる名門とされた6大ファミリーが居た。



 その中のひとつが、黒鳥の羽を持って生まれるとされる、ブラックスワン家だ。


 ハック・『ロウラン』・ブラックスワン。



 これは、彼がまだハックの名前を名乗る事を許されていない、未成年の頃の話だ。


 ロウランは8人兄弟の末っ子としてこの世に生まれ落ちた。



 しかしほとんどの兄弟姉妹とは面識が無かった。


 魔術師として成人し既に家から離れ、あるものは別の土地で新たな家系を築き、あるものは魔術の深淵に立ち向かって他界し、又あるものは幼少の頃からその才覚を発揮し魔法系大学に入学し家から離れるなど、様々な理由で家を出て行った。



 なので、ロウランに取って兄弟姉妹とは、三女彼女の事を指してしか使わない言葉になっていた。



「ファミ姉様!」

 ロウランが甘えた声を出して、庭園に佇む彼女の元へ走りよる。


「あらあら、私の可愛いロウラン。だめよ?私はもう成人したのだからユースと呼んでね?」



─ユース・ファミア・ブラックスワン


 身体があまり丈夫では無く、成人しても家から離れる事が出来なかったブラックスワン家の三女で、ロウランにとってはただ1人の姉だった。


「またバラの研究をなされて居たのですか?」

「そうよ。私の唯一の得意な魔法ですからね。」






 身体が弱く、大きな魔力の流れに肉体を任せる事の出来ないユースは、小さな魔力消費の魔法しか使う事が出来なかった。


 その中でも、魔力を流して植物を成長させる魔法に特化していた彼女は、いつも農園にいてその魔法を研究していた。


 ユースがまだ蕾のバラに手をかざす。すると、柔らかく花びらが成長し見事に真っ赤なバラが開花する。



「ふぅ…少し疲れたわ。あの人サジリアスを呼んでちょうだい」


「はい、分かりました!」

 トテトテとおぼつかない足取りで走り出すロウランをユースが声をかけて注意する。


「ロウラン、気をつけるのよ!あなたも私に似て身体があまり強く無いのですから!」

「はーい!分かってますファミ姉様!」

「もう」


 仕方の無い子ねと、屈託のない笑顔を見せるユース。

 その長い黒髪が、そよ風に吹かれて着ている白と黒が特徴的なドレスと良く似合い、彼女の優しさを表してとても美しい姿をしていた。





「〜様!サジリアス様!」


 ロウランが訪れたのは、庭園の隅にある小さな木製の小屋。



「おや、どうしたんだい?ロウラン」

「ファミ姉…じゃなかった、ユース姉様が呼んでいます!」

「あぁ、分かった今行くよ。」


 ロッキングチェアから立ち上がると、ロウランに呼ばれた男性はいくつかの書物を片付け、小屋から出てくる。



─サジリアス・ゼル・ビターイーグル

 眼鏡を掛けた30代半ばの男性で、髪や長く伸ばした顎髭にはいく筋かの白い毛が混じっている。これはビターイーグル家のダークエルフの特徴だ。


 そして、ユースの夫でもある人物だ。


 家系を象徴する濃い黄褐色の服とマントを羽織り、杖を付いて颯爽と歩く。ユースの夫であるサジリアスを、ロウランは血は繋がらないが兄として認識していた。そのキビキビとした凛々しい動き姿にいつもロウランは目を奪われていた。



(僕も…いつかサジリアス様のような凛々しい魔法使いに成りたい!)



 ロウランはいつもそのように考えていた。



 ブラックスワン家では、病弱な為に独り立ち出来ないと判断された三女のユースは魔法使いとしての出世よりも、家の跡継ぎを優先的に考えられ成人を迎えると共に婿を与えられた。

 かねてよりのビターイーグル家との仲を取り持ち、四男であるサジリアスがそれに選ばれた。


 2人は家柄による半ば強制的な結婚で、恋愛結婚では無かったものの直ぐに意思を疎通させた。


 魔法の概念の部分で同じ考えを持っていたのが理由だ。




 庭園で見事に咲いているバラを指差し、笑いながら話し合うユースとサジリアス。


 その姿を少し後ろから眺めていたロウランは、ふと誰かに呼ばれた気がして後ろを振り返る。


 そこにあったのは…










 何も無い、ただの暗闇だった。



「………ん?」



 ふと我に帰るハック。



 いつの間にか足を止めていた事に気付いてまた歩き出す。


 海溝の底に行けば行く程地面の凹凸は無くなり、砂地が続いていた。




『随分と長い事、夢を見ていたんじゃないか?』


 ナユルメツの声が聞こえた。暗闇で姿は見えないが、後ろの方から声を掛けられた気がした。


「今見せたのは…ソナタなのか?ナユ殿。」


『とんでもない。今見ていたのはお前自身の心の闇が見せた幻覚だ。』


「私、自身が?」

『そうだ。何か思い入れがあるのだろう??失礼ながら私も後ろから覗かせて貰ったよ。……それにしてはまぁ、随分と幸せそうな悪夢だったんじゃ無いか?』


「幸せ…幸せか。確かに、この頃は幸せという物をまだ感じる事が出来ていたと思う。」



『では、この後に何か起こるのかい?』



「そうだ。忘れようとも忘れられない私の闇だ。」





 海溝を降りながら、ハックはまた闇が見せる心の幻惑の中に入って行った。













 それは、ロウランが17歳になった時の事だ。



 唯一の身近な姉として慕っていたユースは、夏を迎える前に寝込むようになった。


 別段、何か病気という事でも無かった。ただただ、衰弱していくばかりだった。




「ごめんなさいね、私の可愛いロウラン。貴方の事を『ハック』と呼ぶ前に私は旅立ってしまうわ。成人を迎える貴方を是非見たかった」







 ロウランが聞いた姉、ユースの最後の言葉はそれだった。


 次の日の朝、ユースは苦しむ事無くベッドの上で最後を迎えた。



 ベッドの縁に腰掛け、ポロポロと涙を流しながらユースの頭を撫でるサジリアス。



 その姿を寝室の入り口でただただ見つめる事しか出来なかったロウラン。




 そして、その3人を部屋の角からユラユラと幽霊のように見つめるハックとナユルメツ。



『これが、お前の闇の始まりかい?』


 ナユルメツが優しく問い掛ける。


「始まり…そうだな、始まりではある。」

『んん?』


 ナユルメツの身体は赤く光るオーブの様になっていた。その赤い光から問いかけが聞こえてくる。


『姉の死は…直接的な原因では無いのかい?』


「そうだ。問題はここから始まるのだ。」






 幻惑はグニャリと曲がり、次のシーンを見せる。




 次に映し出されたのは…




 庭園の、小さな木製の小屋だった。




ピシンッ



 何かを叩く音が聞こえる。


 ハックとナユルメツは、木製の小屋を窓から覗き込む。



「ロウラン。また同じ所を間違えたね?魔力吸収において元素を間違えると、内なる心へのダメージになりかねない。何故それが理解出来ない?」



 サジリアスと、『ハック』だった。


 姉の死後、直ぐさまこの生活が始まった。


 義理の兄、サジリアスによる厳しい魔術教育だ。


 サジリアスは亡くなる前のユースから、最後に残された兄弟であるロウランの事を任された。


 その責任を感じ、サジリアスは必要以上に厳しく、そして膨大な量の魔術に関する知識を与え込んだ。



 妻の遺言を守る為に。


「さ、サジリアス様。私は今年成人を迎えたので…」

「だまれ」ピシンッ


 手に持っていた小さなムチで『ロウラン』の手を叩くサジリアス。



「私は私の妻であり、君の姉でもあるユースに頼まれたのだ。手を休めるつもりは一切無い。成人を迎える前に本当であれは養成試験を受けて魔術士となるはずが、君はまだ基礎すらままならない。私が認めるまで君は『ロウラン』のままだ。」





 そう言って、サジリアスはハックの事を未熟者として扱った。


「何をしている?一刻も早く君は他の兄弟と共に第一線で活動出来る立派な『魔術師』にならなければならないのだぞ?手を休める暇があるのか??」


「………ハイ、サジリアス様。」












『おやおや、辛辣だねぇ』


 ナユルメツがわざと嘆いたような声を出す。

「今となっては私にも分かる。サジリアス様は…本気で愛していたのだ。ユース姉様を。」




 海溝の闇が見せるこの幻覚は、かつて自分自身が経験した『過ぎ去った出来事』だと言うのに…


 ハックの目には、やはり辛い物として写った。



第136話 END

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