NPC勇者〇〇はどうしても世界をDeBugしたい。みたい!?
第91話 #21『娯楽と堕落の街カッポン』
ゲーム名:
『セルフ・エスティーム(自尊心)』
このゲームのルールはただ一つ、先にダガーを取り自らの負けを宣言した方が敗者というゲームだ。
負けを宣言する者は、予め決められた賭け金に『自らの意思で負けを認める』という証の為にダガーで指を切り血判を押して相手に支払う。
…そして、それ以外の部分で特に定められている項目は無い。
「なんだそりゃ!?こんなのゲームにならないんじゃねーのか?」
「分からない…これは養成所に行った者だけが分かるゲームなのか?」
「私も若い頃色々と悪い仕事してきたけど…これは初耳ねぇ」
「でも、タリエルさんゴールド準備してますよ!?ヤル気マンマン見たいです!」
「タリエルちゃんを信じるんだみんな!応援しよう!!」
「「「おー!!!」」」
─ ─ ─
「そ、それでは!第2回戦スタート!!」
カーンッ!!
会場の誰もがモヤッとした状態で第2回戦の火蓋は落とされた。
…しかし特に動きは無かった。テーブルに着いたまま、お互いは無言のままだった。
「…………。」
「…………。」
ザワザワ…
ヒソヒソ…
異様な空気に会場がザワつく。
「…ねぇ!誰かお茶か何か飲み物ちょーだい!!長くなるかも!」
テーブル上のタリエルが痺れを切らし、飲み物を要求してきた。
リコもそれに頷き、2人にドリンクが出された。二人とも、同じタイミングで飲み物を…一気に飲み干した。
「フゥゥ」カタン
「はぁぁ」コトン
飲み物を飲み終えると、タリエルが先に切り出した。
「このゲームをするって事は、何かしら提示出来てなおかつ勝てる見込みがあるって事よね??…さっさと提案したら??」
「<無反応>…。」
「アンタ自分からこのゲームを仕掛けて来てるのにそれは無いでしょ?長引かせる必要あるの??」
「<同意>確かに、それもそうだ。では少しづつ進めて行こう。」
「<同意>そうね、ではそちらから提示してちょうだいよ。」
応援席で見ている勇者達には何が行われているのかさっぱり分からない。
「何かしら?あの2人の会話の前に付けてる同意とか無反応とか…」
「自分の発言や思考をわざと明確化しているのか??何故だ?」
「う〜ん…わからんなぁ」
「<提示>まずは金銭的な提案だ。雇い主からの提示金でどうだ?」
「<拒否>いくらか分からない金額じゃ何も何とも言えない事ぐらい分かるでしょ?」
「<同意>分かった。私が今回貰っている賃金は2000ゴールドだ。」
「<無反応>…ふふ。」
「<疑問>…その笑いは?」
「<回答>随分安いと思っただけ」
「<質問>提示額では満足出来なかったか?」
「<無反応>…。」
「なるほど…。金額には興味無しか、ではものの試しに聞こう。<質問>何が欲しい?」
「<無反応>…。」
「<継続>…。」
また2人は黙り出した。タリエルに至っては眉毛の端を釣り上げて、腕を組んで相手を睨んだまま固まってしまった。
「なぁハック。これってもしかしてさ…」
「勇者殿、これはどうやらとんでもないゲームだぞ。」
「ハック先生、マルマルさん。2人は何をしているんですか?」
「お互いに自分の所有している『何か』を譲り、このゲームに負けてもらうよう『交渉』している。言わば自らの身を切らせて結果としての勝利を得る舌戦だ!」
「じゃあ、相手が負けを認める程不利になる条件を出さなきゃ勝てないって事ですか!?」
「…そうとも、だから『自尊心』なんて名前が付いて居るのだろう。自らそれを手放せなければ勝てないのだからな。」
「「うわぁエグい〜」」
心配な表情でタリエルを見守る勇者達だった。
しばらくの沈黙を、リコが破る。
「<質問>…聞きたいのだが、何故このゲームに乗ったのだ?」
「<回答>アンタは可能性のある方にしか賭けないでしょ?…それをねじ曲げてやりたかったのよ!」
「<質問>では、さらに聞くが私が『このゲーム』にするという予感はあったか?」
「<無反応>…。」
「その無反応、肯定と取らせてもらうぞ?」
「どうぞお好きに。」
「では、私に対して先程から何の提案も無いのは、『自ら負けを認める可能性がある』と受け取ってもいいかな?」
「………<肯定>」
「「「はぁ!?」」」ガタッ
勇者チームが椅子から立ち上がった。当然だ、タリエルがもしかしたら負けを認めるかもしれないと自分で発言したからだ。
「おいタリエル!何言ってんだよ!!」
「なんなのだ!?ソナタは先程から何を考えている!?」
タリエルは、背中から来る仲間の声に答えなかった。
「…やはり統計は嘘を付かない。最後の質問だ。<質問>私に対しての要求は?」
「………<回答>ボッコンボッコンにブン殴る!!!」
タリエルは怒りを顕にした。賭けの席で。
「良かろう。では仕上げに入らせて貰うがいいかな??」
「さっさとして!!」
「これはまだ現実ではない。それを良く覚えておけ。」
「ふん!!!」
「その『当日』、『盗み』があった。そしてその『犯人』は既に裁かれている。」
「………それで?」
「<提案>その『盗み』で件のブツは盗まれた。そしてその場にいた冒険者にそれの奪還を依頼した。冒険者は『報酬』として、『減額』を要求してきた。…これでいいかな??」
「…………………………<思考中>」
何の話なのかさっぱり分からない提案をリコはし出した。タリエルは机に頭を伏せて悩んで居るようだった。
「なんです?さっきの話??」
「分からないわ…タリエルちゃん何を悩んでいるのかしら?」
「おい!タリエ…」グイッ
声を掛けようとする勇者の肩を、ハックが力強く止める。
「………勇者殿、タリエルを今回負けさせるのだ。」
「「「はぁ!?」」」
「何言ってんだ??ハック?」
「ハック導師は先程の話を理解出来たんですか!?」
「あんなの、ちっとも理解出来ないぞ?ユーシャもそうだろ?」
「そうだよ!何も分から…「勇者殿!!」」
ハックは深々と頭を下げた。
「分からないのならそれでいい!!タリエル・チリードルを負けさせてやってくれ!!仲間として、1人の友として頼む!!!!」バッ
「「「え、ええぇ??」」」
勇者達は困惑した。この2回戦をクリア出来ればグロットン一家に無条件で交渉出来る。…なのに、ハックは『負けさせてやれ』と言うのだ。
「………うっ…………くぅっ…」ヒック
リング上のタリエルは声を殺して泣いていた。
「泣いてる…?なんでタリエルが……………ぁ」
勇者の頭を、ひとつの考えが過ぎる。
・タリエルは、危機管理鼠と戦う事に嫌悪感を顕にした。
・リコという男は、タリエルの同期で現在のファステ出張所鑑定局員だ。
・奴はどんな小さな可能性すらも見逃さず計算し、自らの負けに最も遠い決断を下す。
・今のタリエルに、リコを負けさせる条件は突きつけるのは難しい。何故なら、現時点で『奴』の弱みを握れていないから。
・では逆に、リコが持つタリエルが『負けを認める』弱みとは?リコとタリエルが考える絶対的に負けない強い選択肢。相手の信念すら曲げさせる、失ってはならない『自尊心』とは?
・ハックだけがこのメンバーの中で気付いた。そしてそれを勇者○○に認めて欲しいと懇願した。俺とタリエルとハックに共通する部分がある?
「…………そっかぁ」
勇者はひとつの答えに辿り着いた。その顔を見て、ハックも大きく頷く。
「…ユーシャ?」
「え?何ですか??」
「リーダー…?」
「勇者君達は何か分かったの!?」
「…おいタリエル!席から離れてもゲームに支障が無いならこっちに来てくれ!!」
「「「え!?」」」
「…いいぞ。仲間と話し合う必要もあるだろう。」
「…………。」ガタッ
タリエルは俯いたまま、静かに立ち上がった。顔は良く見えないが、涙の後がチラッと見えた。
金網の前まで来るタリエル。手は相当の力が入っているのか、真っ赤になるまで握りしめられていた。
「…いい、負けてくれ。タリエル。」
「「「勇者(君、さん、)!!」」」
「気にするな、次に勝てば良いだけだ。安い買い物だろう?1Gしか損しないんだし。」
「………ゆうたん。」ポツリ
握りしめた手を開き、タリエルが金網を掴む。その手に勇者は優しく手を添えた。
「ダガーを取れ、それでいい。済まなかった。」
「うぅぅ…」
「気にするな、良いんだ。俺が悪かったよ、ゴメンな」
タリエルは、ゆっくりと席に戻った。
「な、何の話なんですかっ!?リーダー??」
「ヤンド君落ち着いて…きっと何か考えがあるのよ。」
「でも…負けちゃうんですよね?タリエルさんが!」
「キャッシュグールは泣いていた…何故?」
勇者とハック、タリエル以外の、会場の試合を見守る人達ですら何の話をしているのか分からなかった。
「…いいわ、提案してちょうだい。」
「では、心して聞くように。」
「分かった。」
「<提案>ファステ出張所の『監査結果』を訂正し、不正取引の事案は回避不能な案件として報告する。」
「<同意>全て認めます。」
「では、負けてくれ。<現金の亡者>よ。」
タリエルは…ダガーを勢い良く抜いた。
「…このゲーム、私の負けです。」スパッ
タリエルはダガーを使って親指を切りつけ、血の滲む指で硬貨を掴み、丁寧に<危機管理鼠>に渡した。
「…おめでとう。これで君はファステ出張所の店主だ。この勝負は私の中でも実に有意義な勝利だったと負けた君を讃えよう。」スッ
リコは鑑定局員のバッチをタリエルに差し出した。
「「「………え?」」」
「しょ!勝負ありっっ!!第2回戦の勝者はグロットン一家の代打ち、リコ・コーポートです!!」
カーンカーンカーン!!!
アナウンスと試合終了の鐘が鳴り、勝負は決着した。
第91話 END
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