NPC勇者〇〇はどうしても世界をDeBugしたい。みたい!?
第70話 #12『娯楽と堕落の街カッポン』
「名もなき冒険者よ。何故呼び出されたのか分かるか?」
「さぁ…ね。」ゼィゼィ
肩で息をつくアンジェラにカルガモットが話しかける。アンジェラは警備員に膝をつかされ、両肩を抑え込まれる形でカルガモットと対峙していた。2人の近くには観客が寄ってこない様にされていた。
「理由は1つだ。貴様が無様な試合をしているのに私は腹が立って仕方ない。」
「そうかい。」
目を逸らしたまま話を聞くアンジェラの頬を、張り飛ばす。
「!!…っ」ブバァッ
突然張り手を食らったのでアンジェラは口の中を切ってしまったのだろう。思いっきり血を吐いた。
「貴様も闘技場に進んで立つ所を見れば、『戦士』の端くれなのだろう。一方的な試合をされて恥ずかしく無いのか?」
「おいてめぇ!!いい加減にしろ!何考えてんのか知らねぇが…おい!クソ!離せよアイツに用があるんだよこっちは!!」
血気盛んな勇者がカルガモットに掴みかかろうと飛び出すも、警備員にあっという間に抑え込まれてしまっている。
「お前の仲間か?あの者が戦った方がまだマシな試合が出来たのでは無いのか?」
「けっ…何が言いたいんだ?さっきからさ。たいした用が無いなら試合に戻りたいんだけど。」
「貴様に1つ聞こうと思ってな。何を思って戦う?」
「…何?」
「富か?名声か??…戦っているのなら、何かを勝ち得たい筈だ。今の無様な試合は、貴様の野望が叶えられるとは到底思えない」
「なんだ?…ゲハッ。心配してくれるのか?」
「此方は聞いているだけだ!心配など微塵にもする筈が無い。お前の望みとはなんだ!それに見合う戦いがそれなのか!?」
アンジェラは、その問い掛けに真面目に答えるつもりなど毛頭無かった。今はただ、この切れた口の中をすすぐ為の何か飲み物が欲しい。ただそれだけを考えていた。
「…あ!……そうか。『酒』だ。」
「な…に……??」ギリリィ
カルガモットの表情が、怒りで激しく歪む。
「貴様…勝利への渇望でもなく、更なる高みへの向上心でもなく…ただ、『酒が欲しくて』戦っていると言うのかっ!?」
「…そうだよ。私の望みは『酒』だ。」タララッ
アンジェラの顎の先から血が垂れる。先程の口から垂れた物なのか、顔面のあちこちに出来た切り傷からなのか、もはや判別はつかない。
ただ、その滴り落ちる血を見て、カルガモットは怒りに剣の柄を利き手で掴んだ。
「領主様!?」「どうか落ち着いて!!」
警備の者達も慌ててカルガモットを止めようとする。賭け試合の最中に、来賓に挑戦者が殺されたとあっては暴動すら起きかねない事態になるからだ。
「ぐっ…ふぅ。大丈夫だ。」
カルガモットは手を柄から離す。その代わりに、腰にあった道具袋からある物を取り出す。
「…うん?」
今まで黙って見ていたカシリアも、流石にこの異様な事態に危機感を感じていた。
カルガモットが取り出したのは、古めかしい1つの酒瓶だった。
「それをどうするんだい?元領主さん?」
「私はこの戦士に心底呆れ返った。地位も名誉もなく、ただ『酒が欲しい』から戦いに挑むだと?戦士としての風上にも置けない。だからその腐った性根をプライドと共に打ち砕いてやるだけだ。」
カルガモットは瓶の蓋を空ける。ほのかにブドウ酒の様な香りがした。
「貴様がここの試合に勝ったとしても飲めない様な、極一部の選ばれた人間しか飲めないとても高価な『酒』だ。今から貴様にこれを飲ませてやろう。」
「へぇ、そいつは嬉しいな。」
そう言うアンジェラの顔の前で酒瓶をチラつかせる。そしてその酒瓶を…
「……………。」ビシャビシャ
「どうした?飲まないのか?」
カルガモットは手に持った酒をアンジェラの頭の上から掛けた。
「いい加減にしろォオ!!やっていい事と悪い事があるぞカルガモット!!」
「酒が欲しかったんだろ?ほら、有難く思え。」
周りで見ている悪党の群衆でさえも、カルガモットの性格の悪さに嫌な素振りを見せた。
「ひでぇ…」
「あれはやり過ぎだぞ…」
「金持ちってアタマのネジ飛んだ様な奴しか居ないのか??」
「ぷっ…あはは。」
そして、その中で誰かが1人だけ笑った。笑い声を上げた。
その瞬間、観客達の目線は一斉に声のする方に向いてしまう。
その笑い声の正体は、他でもなく酒を頭から浴びせ続けられているアンジェラ本人だった。
「あはは!うわははは!!」
「あいつ、殴られ過ぎて頭がどうかしてるぞ?」
「なんて奴だ。領主も、あの女戦士も。」
「もう良いだろう。闘技場に戻ってさっさとケリを付けてくるがいい。」
「……ありがとよ。カモ領主。」
「ふんっ!!」ガシャン
カルガモットは殻になった酒瓶をアンジェラの頭で叩き割った。その瞬間、観客達から小さな悲鳴がきこえる。
「領主様!そこまでにして下さい!さぁ!!試合続行だ!選手を中に入れろ!」
アンジェラの頭は軽く瓶の残骸を払われて、押さえつけられたまま金網の中へと押し戻される。
「なんだったんだ?ありゃ??」
「さぁな。よく分からん。自分の権力を見せつけたかったんじゃ無いのか?」
ゲロッギとワバズは『どっちもバカな奴等』という様な表情で呆れていた。
「すまんな、チャンピオン。水を刺した。」
「何があったのか知らねぇが、勝負には関係無ねぇ。次のラウンドで終わりだ。」
「もちろん、こっちもそのつもりだ」
両者は金網際まで離れて、手を付く。
ゲロッギは見逃してしまった。アンジェラの顔は血だらけで、更に酒をかけられて汚れ、挙句瓶の破片まで着いていたからだ。
アンジェラの目が、恐ろしく充血して、肌まで赤くなっている事に。
アンジェラは拳を作る。握れば握るほどに力が入る。その気になれば指が潰れるのでは無いかと思えるぐらいに。腕に血管が浮き出て、浅黒いオーラを放って見える。
「『酒』ってこう言う事だったのか。ふん、もっとわかりやすくしろよ。バカカモ。」
アンジェラは思い出していた。カルガモットと握手した時に渡された紙切れに書いてあった事を。
そこには小さくこう書かれていた。
『試合中に酒を飲め』と。
第70話 END
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