ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第185頁目 思った事言っちゃ悪い?

 たった今ルウィアを蹴ろうとしたガスカンとかいう奴は長い耳をピンと立てた面長の獣人種だった。鹿の様にも見えるが角は生えてないんだよな……まぁ、なんだっていい。今コイツは俺の友達を殺そうとした。俺にとってそれは絶対に許せない事だ。夕日が怒りの炎が如く俺の灰色の鱗を照らす。

 太く逞しい脚は強化した翼の縁で防いだ。そして、俺は首を伸ばして噛み付こうとするが、すぐに脚を引っ込めて笑うガスカン。結構な威力の蹴りを防いだってのに痛くないのかよ。丈夫だな。

「……へっ、まさか竜人種が出てくるなんてよォ!」

 何故か両手を地面に付いたかと思えば、尻をこちらに向け両足の蹄で鋭く刺突を一撃。

「くっ!?」

 四つ這いの俺は横っ腹にそれを喰らいそうになるが、脚の向けられた方向に跳ねてダメージを減らす。

「馬鹿野郎! ガスカンの脳足りんが竜人種に喧嘩を売りやがった!」
「あのルウィアって奴の仲間なのか!?」
「いいから逃げるぞ! ここらが更地になっちまう!」

 逃げ始める野次馬共。別にそんな事しねえっつか出来ねえよ!

「うるぁ!」

 後ろ向きからの両足蹴りが掠った後もそのまま地面を蹴り、縦回転しながら宙を舞う。勢いに乗って俺に向かって来る気か。だが好都合だ。俺はタイミングを合わせて身体を捻り思いっきり横回転した。せめて相手の放つ技が蹴りか拳かくらいは見るべきだったが、気にせず長い尻尾を伸ばして叩き込む。

「はっ! 残念だったな!」

 だからこそ尻尾はいなされたのかもしれない。だからこそ俺は思いだしたのかもしれない。

 憎きザズィーの動きを。

「がらッ゛――。」

 一回転したら上手く前脚を軸にしてもう一周。それだけの動きだった。それでも尻尾を外した時に冷静だったからこそ出来た動きだ。尻尾を一瞬だけ曲げ、身体を回転させる速度を早めてから当てる時にだけ尻尾を伸ばガスカンの胴にぶち込む。

 面白い程気持ち良く横に吹き飛んでいくガスカン。だが、すぐに俺は冷や汗をかく。何故なら奴が飛んでいった先には建物が……!

「あぁっ!」

 長い首を萎縮させ乙女の様に口を手で塞いでしまう俺。しかし、差し込まれた影にぶつかってガスカンの勢いは死んだ。ほんの一瞬の出来事である。

「や、やっと来やがった!」
「おせえぞ!」

 人狼の様な見た目の獣人種が割り込んでガスカンを受け止めたのだ。

「ルウィア、競技前にこんな危ない事しないでよ……。」
「ソーゴさん大丈夫ですか?」
「アメリ。」

 俺の心配をするマレフィムの後ろではアロゥロがルウィアを介抱している。アロゥロの言う通りだよ全く。怪我したら全てが台無しになるかもっつか死んでかもしれねえってのに……。

「おいおい何してやがったんだ? 自警団が動くの遅すぎるだろ。」
「うるせえ……死ななかった事をフマナ様に感謝しろ。まだ昼の騒動も片付いてねえんだ。」
「馬鹿、自警団に喧嘩売ったって勝てねえよ。」
「……チッ、能無し共が。」

 捨て台詞を吐いてガスカンを抱く人狼から離れていくゴロツキ。なんだか角狼族を思い出す。角は無くて毛が長いな。目が見えねえ。なんて思ってたらこっち来たぞ……? やべえ、怒られるかな……。

「手加減、協力感謝する。」
「え、あ、あぁ。」
「部下が持ち場を離れていたらしい。コイツはどうする? 引き取るか?」
「ぇあ!? いや……そっちでなんかすんならそうしてくれ。もう興味はない。」

 そんな飯のお裾分けみたいに人を勧めんなよ……。

「そうか。わかった。」
「やぁやぁやぁやぁ! 見張り頼んだのにどうなってるんでさぁ!」
「すまない。後で部下にはキツく言っておく。」
「キツくって……こっちは死にかけたってんですよ!?」

 ディニーが自警団に不満をぶち撒けている。最初から護衛を頼んでいたとかならそれも仕方ない気がするが……。

「おい、あんたがルウィアなのか?」
「”ボス”を手懐けたってのは本当か!?」
「やるじゃねえか! ガスカンもやられちまったし、これで心置きなく出場出来るな!」
「亜竜人種にやられる程度の奴がよくも騒げたもんだ。」
「やったのは竜人種だろ。」
「お前ら聞かれたら殺されるかもしんねえぞ?」

 野次馬共が好き放題言ってくれたもんだ。だが、騒動に紛れてルウィアにちょっかいを出そうって奴もいるかもしれねえ。ちょくちょく亜竜人種がどうのこうのって言葉が聞こえるしな……。

「どけえお前等! ルウィアは俺の友人だ! 怪我させようってんなら容赦しねえぞ!」

 俺が思い切って叫ぶと一瞬の静寂を挟んでどよめきが波紋の様に広がっていく。

「亜竜人種を竜人種が庇った!?」
「嘘だろ?」
「方便か建前だろどうせ。大枚叩いてんだよきっと。」
「それならあのルウィアってのはかなり実力者って事か!」
「俺はルウィアに賭けるぜ!」
「ポッと出の奴が優勝なんて出来るかよ。」

 ったく碌でもない連中だな。驚き方も会話の内容も品がねえ。それでも、俺が竜人種なおかげか近付くだけでルウィアにたかる群衆はすぐに場所を空ける。

「ルウィア、怪我は無いのか?」
「は、はい。」
「いつも無茶ばっかしやがって……明日、優勝するんだろ?」
「! も、勿論です!」
「聞いたかお前等! 明日のレースはコイツが優勝する! 実力でだ! それまでに汚え真似してみろ? それなりの事をさせて貰うからなァ!」

 今度は何故か完全に静まりかえってしまった。先程ガスカンが怒声を放った時よりもだ。しかし――。

『うおおおおおおおおおおお!!』

 とんでもない歓声があがる。予想外の反応にたじろぐ俺。

「”竜人種”が優勝宣言しちまったぞ!」
「こりゃ見ものだな!」

 な、なんだ?

「そ、ソーゴさん……。」
「応援するぞ、ルウィア。信じてるぜ。」
「任せて下さい……!」
「ヒッヒッ! 面白い事してくれるじゃないか。」

 聞き覚えのあるしゃがれた声。現れたのはまさかの人物だった。

「ミザリー! ……さん! なんでこんな所にいるんだ?」
「馬鹿言ってんじゃないよ! 出場する騎手を見ずにどうやって金を掛けるって言うんだい!」
「あぁ……。」

 そりゃそうだと納得すると、周りの奴らも婆さんに話しかけ始める。

「なんだ婆さん知り合いか?」
「あぁそうさ。ルウィアはウチの客だよ。ボスを手懐けたのはホントさ。この町の奴等ならそれが偉業って事くらいわかるだろ。」
「おぉ! そりゃあ楽しみだ! くぅー! 誰に賭けるか悩むぜぇ!」
「はん。悩んでるようじゃまだまだだね。」
「婆さんはどいつに賭けるんだ?」
「わたしかい? わたしゃあ……デケダンス、と言いたい所だけどロッゾだね。ここんとこの彼奴は熱いよ。」
「何ぃ? 詳しく聞かせろ!」

 場の熱気が膨らみきっている。俺達を無視して賭博とばく談義で盛り上がるミザリー。本当に騎手の発表を見に来ていただけみたいだ。

「ソーゴさん! あんな事言ってどうするんですか!」

 そう俺に険しい声で責め立てるのはマレフィムだった。

「な、なんだよ。」
「”竜人種”が優勝する選手を断言なんてしてしまったら余計な混乱を招きます!」
「はぁ? なんで?」
「竜人種は嘘を吐かないんですよ!」
「だからなんだよ?」
「その意味を言葉の通り受け取っている人達が殆どです! もしこれでその、ルウィアさんが負けたりしたら変な悪評が流れたりするかもしれないんですよ!」
「変な悪評? 嘘吐きの竜人種がいるってか?」
「そうです! そうなったら誇り高き竜人種が何を思うか! もしかしたら命だって狙われてしまうかもしれません!」
「……マジか。」
「そうですよ!」

 大袈裟だとは思うが俺はそろそろこの世界の実情を知りつつある。亜竜人種というだけで差別され、竜人種というだけで畏怖いふされる。その価値観を崩す様な事をすればどうなるのか。不敬な行いをした俺の親族なんかは皆殺しにあったと聞く。マレフィムが言っている事はきっと起こりうる事なんだろう。

「なら……。」
「負けられない理由がまた一つ出来たって事ですよね……!」

 そう横から口を挟んだのは誰でもないルウィアだった。その目は優しさを宿しながらも真っ直ぐで揺るがない輝きを放っている。そこに疑いはもう浮かばない。俺はいつの間にかアロゥロと同じ感覚になっていた。出来る。こいつならきっと。

「じゃあロッゾがキテる訳だな?」
「そうだね。でも明日のコンディションによっちゃロワルドにするのもアリさ。何にせよ。最近のデケダンスはどうにもツイてない。ありゃ駄目だね。あれに賭けるのはトーシロさ。」

 まだ話してんのかよ。しかし、こうも名前が出ないと気になってくる。

「なぁ、ルウィアには賭けないのかよ。」
「ルウィア? 上客にゃ違いないが、相棒が幾ら強くたってねぇ。結局は場数さ。旦那にゃ悪いけどわたしゃルウィアに賭ける程遊べるラブラは持ってないねぇ。」
「な、なんだよそれ!」
「やっぱりそうなのか?」

 愕然がくぜんとする俺に構わず横から”やはりルウィアは優勝出来ないのか?”と聞いてくるクソ野郎。

「あぁ、無理無理。アンタもレースくらい見たことあんだろう? そんな簡単なモンじゃないんだよ。あくまでルウィアは客寄せさね。」
「それもそうだなぁ。」
 
 本人がいるってのに勝手な事を言うミザリー。余りの言い草に腹が立ってくる。

「じゃ、じゃあ、そのレースの過酷さとやらは竜人種の誇りとどちらが重いかって話ですね……!」
「ルウィア……。」

 言い返したのはまさかのルウィアだった。

「ほう、言うじゃないか。此方も言わせて貰うけど、レースで負けても同情して割引なんてしないよ。」
「あ、当たり前じゃないですか。そんな事やったら、店が潰れてしまいますからね。」
「ヒヒッ! 良い顔してるよ旦那。チケットにゃ礼を言うけどね。勝負ってのは時に非情なモノさ。せいぜい稼がせて貰うよ。」
「あ、おい! もうちょっとだけ話を聞かせてくれよ!」

 ホクホク顔で人混みに消えていくミザリー。

「今日のオバアさんちょっと感じ悪い!」
「あの人の考える事はいまいちわからないけど、あの人なりの激励なのかもしれないよ?」
「それなら言い方が良くない!」
「しかし、ミザリー様なりの激励……ありえると思えるのがあの方の捻くれ具合と言いますか……。」

 流石に憤るアロゥロ。だが、それをたしなめるルウィアとマレフィム。あれが激励か? 只管ひたすらに腹立たしかったんだが。

「あぁ! ルウィアさん! 先程はありがとうございやす! おかげで命拾いしましたでさぁ!」
「ディニーさん。怪我はないですか?」
「えぇ、なんとか! ソーゴの旦那もナイス宣言でさぁ! これは大盛り上がりでさぁ!」
「あー、俺は別にそんなつもりじゃなかったんだが……。」
「またまたぁ! 毎年毎年トラブルは起きるもんですがね。ここまで盛り上げて貰っちゃあ来年はどうしようかともう焦りがやってきてやすよ!」
「……ウチのルウィアが負けるだなんて思っちゃいねえけど、なんかあったからって責任はとらないからな?」
「責任も何も竜人種は嘘を吐かないんでさぁ! その言葉に神秘的な意味が宿っているかはわからんですが、こういうイベントにはいいスパイスになりやす!」

 クソ……こいつもマレフィムが懸念してた様な事考えてんのか。ディニーみたいな考えのゴロツキが他にも沢山いて”もしも”があったら滅茶苦茶厄介な事になりそうだな。

 ……だが、イケる。ルウィアなら勝てる。それならいっそ大口を叩こうじゃねえか。

「アンタは俺の言葉を信じちゃいねえのか?」
「そういった事にあっしが答えると不正だ贔屓ひいきだって周りが煩いんでさぁ。」
「あ、あぁ、なるほどな。」

 しっかりしてんなコイツ。そこはノッて欲しかったんだが……。

「あ、一応忠告でさぁ。明日の出場までに怪我か何かしたら代わりの選手はこちらで選ばせて貰いやす。」
「あぁ、わかった。つまりは何も無きゃいいんだろ?」
「そうでさぁ! 浮かれてルウィアの旦那に何か無いよう気をつけてくだせぇ。」
「き、気をつけます!」

 ルウィアは大声で返事をするが、さっきの行動を見る限り全く安心できないぞ。こいつ帰り道、暴漢に襲われてる奴がいたら真っ先に突っ込みそうだもんな。俺が見張り&護衛をしっかりしなければ。

「へへっ、明日を楽しみにしてやすよ! それじゃ、あっしはウナの方の発表も控えてやすので!」

 歯切れ良く話を切り上げると去っていくディニー。日が暮れようとしている時間だが、イベントの前日ともなればやる事がてんこ盛りなんだろう。それでもあんな笑顔で働けるんだ。すげぇなぁ。

「うおぉぉ! また暴れてる奴がいるぞ!」

 この祭りの熱は全く冷めそうにない。ってかここら辺の泥は立ちションや立ち便だかが混じってて臭いから暴れないで欲しい。自警団はこんな騒ぎをどうにかしなきゃいけないのかよ。俺等もまた騒ぎに巻き込まれる前に帰ろう。







 

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