ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第182頁目 これからを知ってる?

「付いてくんな!」
「つれないじゃないか。一緒に飲んだ仲だろう?」
「うるせえ! それと何の関係があんだよ!」
「ボクは君の宿くらい把握してるよ?」
「きっも!? っつかそれも付いてくんのと何も関係ねえだろうが!」
「それはその通りだ。」

 乱闘酒場を抜けて静かな夜道を騒がしく歩く。マレフィムは熟睡中。俺は困惑中。ノックスは……よくわからん。

「ふぅ、これくらいにしておこうかな。別に困らせたい訳じゃないしね。」
「おっ、おぉ? ……そうしてくれ。お前は色々とちけぇんだよ。」
「近い? そうかもしれない。でも、だからといってボクの肌に歯牙を突き立てない君が好きになってきたよ。」
「なっ!? 何言ってんだよ! 気色悪ぃな!」
「ふふっ、期限の日を楽しみにしておくよ。」
「へっ、精々良い返事を期待しておけ……?」

 いない。

 背中から聞こえるマレフィムの小さな寝息。どうやら俺は闇に声を放り込んでいただけみたいだ。前触れも余韻もないな全く。訳がわからなすぎて怖気が走るぜ。しかし、遅くなっちまったな。人生初めての酒は……何故か緊張したけど今思えばこんなもんかって感じだ。酩酊めいてい状態になる程飲んでないけど、あのまま飲み続けてたら俺も乱闘の中心にいたかもしれない。……気をつけないとな。

 少々自信がなかったのだが、なんだかんだフラフラと歩いていくウチにルウィア達の香りを嗅ぎ取れた道に出た。それを辿って行くと見覚えのある風景に。やがて、宿にしているレンタルガレージを見つけた。俺達の部屋のシャッターからは光が漏れている。もう帰ってるみたいだな。俺は鍵が掛かってるかの確認も兼ねてドアを頭で押そうとする。だが、何やら話声が聞こえてきた。俺は何となく部屋に入らず聴覚を強化して盗み聞く事にする。今、俺を咎める人はいないのだから。

「ソーゴさんが悪いんだよ。」

 間違えようもなくルウィアの声だった。

「でも……。」

 異論のありそうなアロゥロが言葉を濁らせる。どうやら二人で会話しているらしい。しかし、そうか……まぁ、うざったがられてるとは理解してたけどよ……。盗み聞きってのは碌なもんじゃねえな。聞きたく無いモンまで聞かせやがる。……入るか。

「ソーゴさんは僕を信用していないんだ。いつも僕をひよっこ扱いする。ひ、ひよっこではあるんだけど……僕はマーテルムで立派に仕事を果たせたと思う。でも、やっぱりアレじゃ胸を張れないんだ。ソーゴさんは僕に話せない事を色々抱えてるのは理解してるし、僕の知らない所できっと沢山辛い目にあってる。」
「……うん。」

 ……? 

 半ばヤケクソ気味で動いた俺の身体が固まった。それはまさかの告白である。盗み聞いていい事ではないのだろうが、俺はその場から動く事が出来なかった。

「それはいいんだよ。話してくれなくてもいい。でも、ソーゴさんは僕達を守るべき人達の中に入れてるんだ。」
「お互いに守り合いたいって事?」
「……そうだね。ここで僕達は別れる事になるけど、それでも僕はあの人達の事を生涯忘れないと思う。掛け替えの無い恩人だよ。だからこそせめてソーゴさんの中にいる僕はもっと立派でありたいと思うんだ。彼にとっておりの仕事をした、とかじゃなくて……ちゃんと……ちゃんと助けるだけの価値がある奴と仕事をしたって思って欲しい……! レースの賞金だってソーゴさんに報酬として受け取って欲しいんだ!」

 予想もしていなかったルウィアの考えが胸に刺さる。

 そんな事を考えてたのかよ……。俺はてっきり増長してるとばかり……なんで俺はこうも見る眼がないんだ。

「だから、それを伝えようってば。」
『……チキ。』
「だ、駄目だって! 僕が考えて僕がやって僕が勝ち取った賞金をソーゴさんに渡す。それがチップだよ。それに……有り合わせの報酬なんてちょっと格好悪いじゃないか……。」

 胸に走った痛みはやがて目の奥に伝播し瞳から溢れ出る。

 馬鹿野郎。一丁前に格好つけやがって……馬鹿野郎……。

「有り合わせではないと思うけど……。」
「とにかく、これが最後のチャンスなんだ。ソーゴさんには『やっぱりオクルスまで送ってく』なんて言わせないようにしなきゃ……!」

 そう、か……。

「それにしてもソーゴさん達遅いね。」
「も、もしかして最近ちょっと突き放してるせいで怒ってたりするのかな……。」
「もぅ! そういうの気にするんなら話せばいいでしょ?」
「だ、だからそれじゃ駄目なんだってばぁ!」

 ちくしょぅ……。

 ”自分勝手”だったなぁ……俺……。

「結局トマンソンさんも神巧具についてわからないって言ってたし、その、僕等に出来る事はお金をあげる事と心配をかけない事くらいかなって……。」
「わかってるよ。でも最近、ソーゴさんちょっと寂しそうだよ? ねぇ、ファイ?」
『チキッ。』
「うっ……そ、それは僕も感じてるんだけど……でも、これは僕なりの意地なんだ。」
「ソーゴさんにはミィ様の事もあるんだし。そんなに心配させない方が良いと思うけどなぁ。」

 あぁ、俺は本当に馬鹿だ。ミィを助けなきゃとか、マレフィムに無理させないようにとか、ルウィアを怪我させたくないとか……そんな事ばかり考えていた。……ったく、一体何様なんだよってな。

「そ、そんな事言わないでよアロゥロ! もう明日発表なのに、ここで話しちゃったらきっとソーゴさん、無理矢理にでも僕を止めようとする!」
「……しそう。」

 あぁ、しただろうな。でも、やっちまった。やられちまったよ。もう、俺はルウィアを止める事なんて出来ない。それをしてしまったら、この旅でのルウィアの成長を全否定してしまうみたいで……。

「でしょ? 僕は口だけの商人にはならない。ちゃんとソーゴさんにやりきった所を見せるんだ!」
「はぁ……今日だってソーゴさんをなだめるの大変だったんだからね?」
「ご、ごめんよ。」
「いいよ。私だってソーゴさんには恩があるしね。だけど……怪我、しないでね。」
「うん。ま、任せてよっ!」
「ふふっ、ルウィアならきっと出来るよ。」

 ……ここで入るのは違うよな。それに、こんなグシャグシャの顔……彼奴等には見せられない。

「ふぅ……。」

 俺はいつも自分の視野の狭さに驚かされるな。魔法を極めれば千里眼とか使えたりするんだろうか。

 ……もう少し夜風に当たって来よう。

 俺は振り向いてまた静かな町へ戻っていく。

 思えば、最近独りになるってなかったな……。いつだって隣にミィがいてさ。ミィがいなくなればマレフィムが傍にいてくれる。今だってそうだ。そういう意味じゃ俺は今独りじゃないとも言える。呑気に俺の背中で寝息を立てているコイツは、俺が死にかけたせいで無理をさせる事になった。いつも予想外ってのは俺を苦しめる。全てが予想出来たらつまらないなんて台詞を前世でよく聞いた。その”つまらない”ってのは”死”と比べてどれだけ避けたい事なんだろうか。ミィを助けられなかったり、ウィールを失ってしまう事よりもその”つまらない”ってのは避けたい事なんだろうか。

 ……この世界は全く優しくない。魔法はある癖に解り易いレベルもステータス数値も無い。魔力だのアストラルだの今更過ぎて突っ込む気も起きないが、俺は一体何処を歩いてこの世界を生きている? 冷静に考えれば何もかもが理解が及ばないモノばかりだ。それでも俺はどうしようもなく断片的に地球との繋がりを見つけてしまう。例えばゴーレムだ。アレはどう見ても機械であり、地球の情報を持っている。それを識る度に前世へ帰る希望があるんじゃないかと勘ぐってしまうが……今一歩勇気が足りない。

 これはもしもの話。仮の話だ。地球に帰る方法が見つかったとして、俺は今の目的である『母さんを見返す事』を放り投げるのだろうか。俺が災竜であるという理由で事情を話せない人は沢山いたが、それでも俺は多くの善意を受け取って旅をしてきた。たった数ヶ月かもしれない。それでもきっと無碍むげには出来ない量の想いがこの旅に添えられてしまった。


 どうでもいい。


 ……言うだけなら簡単だ。いいさ。”手遅れ”という可能性からは眼を背け、最早俺一人の目的でなくなってしまったこの旅の行方を喜ぼうじゃないか。俺の背を、足を、翼を、尾を。多くの人が押し支え、これからも多くの人が手引くのだろう。俺はその人達に理由を返さなくてはならない。対価を渡さなくてはならない。だが、そこまでだ。俺が彼等にしてやれる事は必ずしも喜ばれる事ではない。

 ルウィアはそれを俺に気付かせてくれた。彼奴には彼奴の、俺には俺のすべき事があるんだと。今回ばかりはルウィアのやりたい事を見守ろうじゃねえか。それが俺の為であるってんならよ。

 ただ、一つだけ気になる事がある。”権限”の事だ。ファイは俺に嘘を吐く権限が無いと言っていた。ファイと俺には何の繋がりも無いはず。なのに何故俺とルウィア達とで違いがあるんだ。俺と彼奴等の違いはなんだ? 災竜である事? それともまさか……転生……。


 ……まさかな。


 母さんを認めさせるくらいになったらゆっくりと地球の情報を集めて回るさ。……テラ・トゥエルナは比較的ゴーレムが多い地域らしいし、その時はまた来るだろう。森の方はあまり良い思い出無いんだけどな……。

「んあっ……わしぃ……。」
「ははっ、まだ嘆かわしいか?」

 その時はミィもマレフィムも無事に連れて来る。そんで全て上手くいったんだと伝える。そして、本当の名前を教えるんだ。お前等と別れるのが惜しいよ。本当なら付いてきて欲しいと言いたい。でも、そんな我儘言えるはずがないよな。俺等は全く違う目的地を目指しているけど、その道中に何度だって交わろうじゃねえか。いや、目的地を過ぎても何度だって。

「んっむ……。」
「マレフィム。俺、もう少しだけ頑張れる気がするよ。」
「……。」

 返事は無い。こいつ明日大丈夫なんだろか。そんな心配をしながら空を見上げる。月の明るさを知ったのはこの世界に来てから。人の幅を知ったのもこの世界に来てから。星が沢山あると知ったのもこの世界に来てから。自分の小ささを知ったのもこの世界に来てから。一つ一つ知って俺は”これから”を変えていく。明日からは少しだけルウィアに優しく出来るはずだ。

 少なくとも今回は間違えないで済みそうだな。そんな安堵が俺の足取りを軽くした。


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