ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第166頁目 寒いのは冬の所為?

 圧縮される閉塞感。闇というのは何処までも開放的で、満遍なく窮屈な物だ。例えば、闇に硬さがあったらどう思う? 影を貫けない恐ろしさなんて想像も出来ないだろう。だが、俺はそれを経験した。抗えなく迫る貫けない闇を。

『こわかった。』

 なんて安っぽい感想だろう。今思える感想はただそれに尽きる。俺は死んだ事なんて”一度しか”ない。そりゃ一度は生まれ変わったさ。でも、また生まれ変わる保証が何処にある? それに、生まれ変わった先で幸せになれるという根拠も無い。だからこそ、生まれ変わるのとは別の未来に希望を感じてしまうんだ。”無”という可能性に。だが、待って欲しい。俺は本当にそれを望んでいるかと言えば断言出来ないのだ。つまり死にたいのか生きたいのかわからない。今の俺がわからない。わからないは不安だ。だからこそこう思う。

『こわい。』

 俺はどうしたいのだろう。最早情けないとすら思えない。どうすればこの恐怖から逃げられる? 逃げていたい。いや、違う。安心が欲しい。逃げていたいんじゃない。でも生きてるって事は常に死を抱いているのと同じ事じゃないか。不老不死なんて幼稚な対処法以外でどうすればいいんだ。

 俺はここにいる。

 なら、ここに居続けるにはどうしたらいい。どうしたらこの恐怖から……。

「……まぶ。」

 肌寒い風を払うかの様な心地よい陽の光。闇を裂く程でもないが、確実に闇を薄めている光。青、白、緑、茶、それを縁取ふちどれば長閑のどかな草原と晴天が俺の瞳に飛び込んでくる。俺は身体の上に乗った大量の毛皮の重みを感じながら辺りを見回す。

「……朝?」

 とんでもない悪夢だった。シィズ達と殺し合ってキュヴィティが生きてて……ミィが……。

 ドラゴンの視界というのは人に比べて広い。だからこそ傍で毛布の上に寝かせられているマレフィムに気付かない訳が無かった。いや、普通に寝ているだけかもしれない。だが、マレフィムがこれ程俺の近くで寝るだろうか。……止まらない胸騒ぎを鎮めようとルウィアを探す。

「呼んだ方が早いか……。」
「ソーゴさん! 起きて大丈夫なんですか!?」
「……ッ!?」

 そう声を掛けてきたのは探していた人物、ルウィアだった。だが、声のする方を見て今迄多少視界に入っていた物が景色に収まり俺はしっかりと認識した。天に伸びる折れた柱と円盤に、空を遮る壁の様な大木。それは俺の悪夢を象徴するシンボルとも言えた。思わず唾を飲み込み震え上がる身体を宥めようとする。

「ルウィ、ア……。」
「ま、まだ休んでいて下さい。」
「俺は、生きてんのか……?」
「はい、生きてます……! ファイさんが助けてくれたんですよ……!」
「ファイが……?」

 どうやって? 動力が尽きかけていたってのは嘘だったのか? でも、ファイは嘘を吐くんだろうか……。いや、俺はファイの事なんて何も知らなかったじゃねえか……。

「うっ……。」

 仄かな身体の痛みが意識が途切れる寸前の恐怖を匂わせる。

「や、やっぱりまだ辛そうじゃないですか……! 何処か怪我をしてるんですか?」
「いや、わからない。なぁ、どうやって俺は助けられたんだ?」
「ファイさんが神壇しんだん様を説得してくれたそうです!」
「……はぁ? いや、確かにファイが神壇がどうこうって言ってた様な……。」
「はい。本棚様の神法から最初に抜け出したファイさんが、神壇様とお話をされて本棚様を鎮めるよう言って下さったようで……。」
「それってもっと早く出来なかったのか?」
「なんでも『距離依存型のセクリリー』……? すみません。ちょっと難し過ぎて僕も詳しく覚えてないんですけど……。それが原因である程度近づかないといけなかったみたいです。多分神法の射程距離みたいな物だと思います。」
「詳しくは本人から聞くさ。」
「……すみません。」
「謝んなよ。……ってお前それ。」

 俺はルウィアが肩から斜めに掛けている鞄に気付く。それはアニーさんから貰った鞄だ。そこには……。

「あっ、すみません。少しの間僕が預かってたんです。」
「だから謝んなって。……中に、入ってんのか。」
「……はい。」

 暗い声でルウィアは鞄から忌々しい魔巧具を取り出した。中には変わらず透明な液体が揺れている。……こんなはずじゃなかったのに。

「……何か反応があったりは?」
「……ありません。」
「……そうか。」

 死んでたりはしないんだよな……? なんて考えたくもない疑いを拭い、『なんとかここから出してやらねえと』と思い直す。

「ミィは捕まってアメリも……アメリも? おい、そう言えばアメリはなんで倒れてんだ? 倒れてんだよな?」
「その……精神損傷です。ソーゴさんが本棚様の神法で閉じ込められた後、凄い無茶をして……。」
「アメリが……そうか……なら、後で謝んねえとな。……そういやファイは何処だ? アロゥロも見当たんねえけど。」
「そ、それは……。」

 鞄にミィをしまい直しながら俯いて言葉を詰まらせるルウィア。

「……ん?」

 何を言い淀む事があるというのか。

「お、おい、やめろよ。まさか……。」

 俺は正直シィズ達の件からミィがこうなっちまった事でもういっぱいいっぱいなんだ。これ以上”別れ”があるってんなら……!

「お、お待たせ……! って、あ! ソーゴさん! 起きたの!? 大丈夫!?」
「ア、アロゥロ。」
「へ?」

 元気よく声を掛けてきてくるアロゥロ。予想していた事態が事態だけに、安心よりも驚きが前に出て間抜けな声を出してしまった。なんでこの蛙はあんな紛らわしい態度をとったんだ? という怒りが芽生えると同時に聞き慣れた音が耳を突付つつく。

『チキッ。』

 ファイだ。二人が去るなんて事はなかった。ここに来てやっと安心が実感出来てくる。

「このっ!」

 少し八つ当たり気味にルウィアの背中を頭突く。

「い、痛い!」
「あ、ちょっと! ルウィアはまだ怪我人なんだよ!?」
「そうだった!? 悪い! 大丈夫か!?」

 すっかり忘れていた事実に焦ってルウィアに安否を問うが、苦々しい顔で彼はこう言った。

「ま、まぁ、この程度なら。でも、それくらい元気なら心配は無さそうですね。」

 言ったな? とは思ったものの口にはしないでこちらも苦笑で返す。心から悪い事をしたとは思ったからだ。

「でも、アロゥロは何をしてたんだ? なんで何処に行ったか答えてくれなかったんだよ。」
「え、っと……それは、その……。」
「わ、わ、駄目! ルウィア、絶対言っちゃ駄目だからね!」

 隠されると尚更気になる物だが……なんだか聞いていいのかどうか微妙なラインの話題っぽい……。

「はぁ……まぁ、いいや。取り敢えずファイと話がしたいんだが……。」
「ファイと? いいよ。」
「ってそうだ! 洗脳の件は……!」
「大丈夫です。」

 俺の疑問に落ち着いた口調でルウィアが答えた。

「もうしっかりと話し合ったそうですよ。だから、安心して下さい。」
「そう、なのか?」

 俺は若干戸惑いながらもアロゥロとファイを見る。アロゥロが静かに頷いている所を見ると間違いなく”話し合い”とやらは終えているらしい。

「私がファイに身体を貸すね。」
「お、おう。」

 自然に行われる洗脳への手続き。最早洗脳と呼んでいいのかさえ疑問に思えてくる。

「……おはようございます。ソーゴさん。」

 突然無表情で挨拶を唱えるアロゥロ。流れからしてこいつはアロゥロの顔をした……。

「ファイか?」
「はい。」
「……色々聞きたい事がある。」
「はい。」
「まずは、えっと……俺を、助けてくれたんだってな。」
「はい。」
「……なんでだ?」
「……アロゥロが悲しむと思ったからです。」

 納得のいく答えだった。しかし、それはファイが人だったならという前提である。ファイの答えには隠しきれない”情”が含まれている。だが、ファイはきっとただの機械に過ぎない。それが俺の理解が及ばない技術で造られた物だとしても機械には変わりないだろう。それからあからさまな”情”を感じ取れるのは俺にとって抗いがたい違和感が在った。

「この会話内容ってアロゥロにもわかるのか。」
「いえ、現在は完全に意識をっております。故に、この会話がアロゥロに認知される可能性はありません。……ルウィアさんが話さない限りは。」

 ファイの返答を聞いて俺はルウィアを見た。するとルウィアは焦って弁明する。

「は、話さないですよ? でも、聞かれたらまずい事を聞くんですか?」
「……場合によってはな。」
「そ、そうなんです?」
「あぁ。……で、だ。ファイ、助けてくれてありがとうな。」
「感謝は不要です。」
「なぁ、ファイは俺に嘘を吐けるのか?」
「私には”貴方”に虚偽の情報を与えられる権限がありません。」
「……ん?」

 何かニュアンスがおかしかったぞ? どういう事だ?

「権限? 誰になら嘘を言えるんだ? ルウィアには嘘が言えるのか?」
「ルウィアさんには虚偽の情報を与えられます。」
「何故俺には嘘を言えない。」
「貴方の『アカウント』は『識別コード』が『一般ユーザー』に値する為、我々『マシナリー』の機能は一部制限されているのです。」
「なんだって?」

 またこれだ。難しいフマナ語で話されてもわからない。微量なニュアンスくらいなら推測出来るが……。

「私は貴方に虚偽の情報を与えられないのです。」
「それはわかったって。」

 その理由を知りてえんだよ……にしても、やはりと言うか、ファイの返答は如何にもな機械的回答だ。正に俺の想像通り。だからこそ嘘が無いという前提で聞きたい事があった。さっきの”答え”が本当だと言うのなら。

「……ファイには感情があるのか?」
「現在は長期的『多次元学習』により、『人工意識』の定義内に及ぶ自我が構成されております。」
「……うん? つまりどっちなんだ?」
「感情と呼ぶ現象は私という個体の自意識の中で起こりうるという事です。」
「つまりあるんだな。なら、前も聞いた事なんだが……。」

 ……その先が出ない。聞いていいのだろうか。ファイは生きているのかなんて。それにそれを聞いてどうする。生きていないならなんだって言うんだ。感謝をしないのか? 感情は無いのか? こんな事、聞いた所で無意味だ。それより、もっと知りたい事があるだろう。

「……なんでもない。ルウィア、ミィを見せてくれ。」
「ミィさんについてですよね。それならもう聞きました。でも、ファイさんにはわからないそうです。」
「……そう、か。」

 クソッ……。

「なら、神壇と話す事は出来るのか?」
「私が通訳するという形であれば可能です。」
「やっぱりか! だったら、神壇と話をさせてくれ!」
「わかりました。」
「因みに俺達に敵意があったりは……?」
「ありません。」
「よかった。……まぁ、敵意があったらもう殺されてるか。」

 ……怒ってないといいけど。

 とにかくミィを助ける為のヒントが欲しい……!
 

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