ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第165頁目 償ってもらうよ?

「駄目です!!」

 もう日は落ちかけていました。赤みの強い卵の黄身の様な色を身体に反射するファイさんは神聖なゴーレム族です。そんな方に僕は自分でも驚く様な声を浴びせていました。

「あっ、い、いやっ、ち、違うんですっ。ご、ごめんなさい。」
「……何が違うのでしょうか。」
「いや、えっと、僕がこんな事言える立場でも無いと思うんですけど、と、とにかく駄目かなって。とにかく駄目なんです。とにかくは……えっと……まず、事情を話して頂けないですか?」
「…………わかりました。」

 ファイさんの表情は分かり難い。身体が硬い甲殻で覆われている種族はこれが理由で商談相手として苦手だ。今どんな感情で事情を話す気なんだろう。

「私はアロゥロを共生相手としていました。その為にも彼女を洗脳する必要があり、彼女は私の為に生き続ける事を定められていたのです。」
「……えっ?」

 洗脳? ファイさんの為に?

「ち、ちょっと待って下さい! 洗脳? アロゥロさんを? その言い方じゃまるで……!」
「はい。私は出会った時にアロゥロを洗脳しているのです。」
「そんな……! で、でも! アロゥロはファイさんに守って貰ってるって……!」
「共生ですから。お互いを守るのは当然です。」
「…………あの。」
「はい。」
「アロゥロを、どう洗脳したんですか……?」
「どう、とは。」
「え、えっと、アロゥロは……普段、特に違和感なく僕と話してました。それこそ自分の意思に反している様な事はしてなかったと思うんですけど……。」
「私達の『OS』には標準機能として『亜人』の『遠隔操作』機能が搭載されています。」
「え、えぇっと……?」
「……私達にはあなた達を操れる能力があるという事です。今も私はアロゥロを操っています。」
「は、はい。それはわかったんですけど、普段のアロゥロはそんな感じじゃなかったじゃないですか。もっと自然にファイさんを慕っているように見えました。」
「それは私に好意を抱くという洗脳をしたからで――。」
「でも、今みたいに完全に意思を奪って操りきる事も出来たんですよね?」
「……その通りです。」

 アロゥロは今、完全にファイさんのアストラルが乗り移っているかのように行動している。多分、ファイさんの神法の腕なら完全な別行動も可能なんだと思う。自分の為だけならそれが一番いいはずだ。なのに、アロゥロは我儘を言っていた。自分がしたい事を自分の口で言って、時にはファイさんを手伝わせたりもしていたしファイさんもそれに応えていた。自分の為だけだと言うのなら、アロゥロにそんな勝手は許さないと僕は思う。

「僕は……商談相手に気に入られようと頑張ります。」
「何の話でしょうか?」
「好意を抱いて貰おうと頑張るのは洗脳とは違うんですか?」
「違います。その行為は必ず好意を抱かれる結果にならないからです。私は、アロゥロから選択を奪いました。」
「だから悪いって言うんですか?」
「その通りです。」
「悪いと思っているんですね?」
「……はい。」
「なら、謝って下さい。」
「謝罪、ですか。」
「えっと、僕にじゃないですよ? アロゥロにちゃんと謝って下さい。」
「…………。」
「ファイさんは完全にアロゥロの意思を奪わなかったんです。た、確かに、選択する機会を奪ったかもしれません。でも、アロゥロがそれをされてどう思ったかはファイさんにも僕にも決められないと思います。だから、しっかり、アロゥロにお話して下さい。それで、しっかり、怒られて下さい。洗脳を完全に解いてからです、よ?」
「……私は…………わかりました。」

 何か言いかけてたファイさんだったけど、受け入れてくれたみたい。

「しかし、話すには――。」
「ぼ、僕を洗脳して下さい……!」
「……いいのですか?」
「僕は、ずっとアロゥロを守ってくれてたファイさんを信用しています。今日だって僕達を助けてくれました。」

 ファイさんと長い間一緒にいた訳じゃないし……シィズさん達から手痛い裏切りにあったばかりだけど……なんでだろう。それを理由にファイさんを疑うのは何故か違う気がするんだ。タイミングを間違えちゃいけない。そんな危機感だってある。……甘いのかな。でも、もう僕は洗脳してって言ったんだ。覚悟、しなきゃ。

「さ、さぁ! どうぞ……!」

 うぅ……それでも恐さが全くない訳じゃない。僕は拳をギュッと握って、その時を待――――。


*****


 微睡まどろみと言うには明瞭で、衝撃と言うには静粛せいしゅくな意識の移り変わり。境界らしき境界は無いのに明確に何かが変わった。

「んん…………うっ……いた……。」

 痛みとそれに対する自分の反応でここが現実なんだと実感した。

「……大丈夫ですか? あまり無理をしないようにして下さい。」

 私の顔を覗きこんで来たのは、いつも私を守ってくれる人、ルウィア。でも、何処か違和感がある。

「なんだろ。ちょっと、身体のアチコチが痛い。」
「怪我をしたのです。取り敢えず座って下さい。」

 違和感が強くなった。その理由は簡単だ。

「ルウィア? ちょっと、他人行儀じゃない?」
「……私はルウィアではありません。ファイです。」
「あははっ、珍しいね。冗談を……。」

 らしくない事をするルウィアに思わず笑ってしまったけど、ルウィアにしては”わざとらしさ”がなさ過ぎる。彼はこんなに器用じゃない。

『チキッ。』

 ファイがルウィアの傍に付きこちらを見つめている。別にそれから何か感じ取った訳じゃないんだけど……少なくともルウィアはいつもと違う気がした。

「……本当、なの?」
「はい。只今、ルウィアさんの身体をお借りしています。」
「そんな事が出来たの?」
「はい。」

 人の身体を借りて会話が出来る!? そんな魔法があるなんて!

「な、なんで教えてくれなかったの!?」
「それは……。」
「あ、そうか。人の身体を勝手に借りたりするのは良くないよね……。でも、ベスとかの身体を借りたら……。」
「宜しいですか?」
「えっ、あっ、うん。ってそうじゃないよ! ファイとこうして普通に話せるなんて! なんで!? ルウィアの身体を勝手に操ったの!?」
「いえ、了承は得ています。」
「どうやって!?」
「……貴方の身体を借りてですよ。」
「私の?」
「……はい。」
「私、操られてたの?」
「…………はい。」

 ルウィアの身体を操ってるって言ってたけど、ルウィアの表情は全くルウィアらしくない。ただ無表情な顔。それでも、私はしっかりとファイの気持ちを感じられた。ファイは今、申し訳なく思ってる。多分、私を操ったから。

「そっか。全然気付かなかった。いつから――――。」

 断絶した記憶。でも、その向こうはしっかり思い出せる。シィズさん達がファイを人殺しだって言って……ルウィアを……。

「ひっ!?」

 恐怖と不安が体中を駆け巡っていく。

「ル、ルウィア! ルウィアのお腹が!」
「……思い出したようですね。」

 私は焦ってルウィアファイに詰め寄る。ルウィアのお腹から出ていたのは獣人種っぽいベスを殺した時に出てくるのと同じ物だった。
血って私達で言う水みたいな物なんだよね? それをあんなに沢山出してて、とても軽傷だったとは思えない。

「今は魔法で繋げてるので問題ありません。」
「そう、なの? ……そうだ。話が出来るならもっと早く教えてよ! シィズさん達がね! ファイが人を殺したって言うの! そんな事しないよね!? ねぇ?」
「私はサインと呼称されていた個体を殺しました。」
「……嘘。」
「嘘ではありません。その後、貴方を操りゼルファルと呼称されていた個体も殺しています。」
「……ぇ?」

 何を……言ってるの? 私が……? ……そう言えば、シィズさん達は? なんで誰も……あれ、引き車の隣に……。

「ソーゴさん!?」
「お待ちください。寝ているだけです。」
「何があったの? 何が、起きたの……? アメリさんは? ミィ様は?」
「アメリさんも同じく寝ていますが……ミィさんは魔巧具に封印されております。」
「どういう事!?」
「落ち着いて下さい。全てお話致します。まず、貴方を操るまでの話を――。」

 不思議な感覚だった。ルウィアの顔から語られる内容は私の胸を締め付ける物ばかり……。知っているのに知らない事。避けられるのに避けたくない事。私が人を殺して、ミィ様は捕まっちゃって……。

「私は、貴方に同族殺しをさせてしまった。」
「同族……って言っていいかもわからないや。そうなのかな。獣人種と私は同族なのかな。」
「私にとっては同族です。」
「やっぱりゴーレム族って特別なんだね。」
「特別、というよりは”別”と言い表すのが的確かもしれません。」
「……そっか。それで? それを全部話して謝ってってルウィアに言われたんだっけ。」
「……はい。」
「私が、ファイを信用してるのも偽物の感情なの?」
「アロゥロを洗脳したのは出会った当初と本日のみです。ですが、今抱いている感情は全て私が改変した意識の上に成り立っている物であり、正常な意識とは言えません。」
「正常な意識って何?」
「この場合の正常な意識の定義というのは、論理性に基づいた順次思考を用いて構築――。」
「違う!」
「……何がでしょうか。」
「ファイの言ってる難しい事はよくわからないけど、きっとそれは私が聞きたかった事じゃない!」
「……。」

 ファイはずっと私の傍にいたと思ってた。でも、本当はそんな事無くて……もっと、私では思い描けもしない遠くから私を見ていたんだね……。

「ねぇ、洗脳を解いてよ。私、自分の目でファイを見たい。」
「現在は洗脳を全て解除してあります。」
「そうなの? でも、私はファイが好きだよ? これは正常じゃないんでしょ?」
「正常ではありません。そして、洗脳を使用しなかった場合、貴方が私をどう評価していたかはわかりません。」
「……わからないの?」
「はい。」
「じゃあ……なんで謝るの??」
「……私は貴方から選択する機会を奪ってしまったのです。」
「それはそうだけど、最初だけなんだよね? 確かに私を勝手に操ったのはちょっとムカッてしたよ。しかも身体まで怪我されて。」
「……申し訳ないと思っております。」
「でも、私は家族が死んでいく悲しみや辛さを知ってるし、ファイが殺されたとしたらどうあっても復讐したいと思うよ。だから……ファイがした事は理解も共感も出来る。」
「ですが、貴方に同族殺しを――。」
「同族って言うけど、そんなの別に仕方ないでしょ。」
「仕方ない……? ですが、同族殺しは最大の禁忌と――。」
「禁忌とかよくわからないけど、ファイの常識と私の常識は違うの!」

 ファイはちゃんとフマナ語を話せるみたいだけど、やっぱり考え方が少しズレている気がする。確かに人殺しなんてしたくなかった。気分だって悪い。でも、ミィ様が捕まってソーゴさんもアメリさんも倒れて、ルウィアだって……大怪我してる。そんな状況で私だけ手を汚さずにどうにか出来ただなんて思えないよ……。

「だから、これから私が言う事に対して謝って。」
「……わかりました。」
「まず、私を操ってた事。」
「……申し訳ございませんでした。貴方の――。」
「次!」
「えっ。」
「私と話せるのを内緒にしてたか事を謝って!」
「……申し訳ございませんでした。私は――。」
「次!!」
「あっ。」
「この前料理手伝ってってお願いしたのにいつの間にかどっかに行っちゃってた事謝って!」
「それは今回の事――。」
「謝って!」
「ですが――。」
「謝ってよ!」
「……何時いつの事でしょうか?」
「今日っていつ?」
「本日は……。」

 それから、私はルウィア、じゃなくて、ファイにいっぱい謝って貰った。そして、沢山お喋りもした。今迄私だけが話しかけていたのに、今日は応えがある。答えがある。……今迄、話せる事なんて知らなかったからちょっと恥ずかしい事も相談したりしてた。そんな事も、今日あった嫌な事も、これ迄守ってくれてありがとうって事も全部全部全部!

「……私ね。ファイがしようとしてる事、わかるよ。」
「どういう事でしょうか。」
「何処か行っちゃう気なんでしょ……?」
「…………。」
「それってなんで?」
「……償い、です。」
「ふふっ、じゃあ駄目だね。」
「駄目というのは?」
「私、もう償ってもらったもん。」

 固まるルウィアファイ。でも私達は今近づいている。きっと誰よりも速く。

「その様なログは――。」

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