ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第159頁目 ロブ・ストーリーは突然に?

 見る見る間に地面が近付いて来ている! 怖い……! が、ミィを信じるしかねえ!

「いた! アロゥロだ!」

 その姿を目で捉えたと思えば、アロゥロが向いている方の地面が大きく隆起した。そして、後ろからアロゥロに迫るあれは……。

「アルレか……!」

 アルレはまた気配を消してアロゥロに近付こうとしていたのだ。そして、大きくナイフを振りかぶったのだが、その刃が届く前にアルレは見えない力で吹き飛ばされてしまった。一安心……と言いたいが、シィズは何処だ?

 ……見つけた。

 神檀の前で外套がいとうを被った背の高い謎の人物に言い寄っている。アレは何かを訴えているのか? 仲間割れをしてくれているならありがたい!

「もう危ないから着地の用意するね!」
「あ、あぁ!」

 ミィに返事をした直後、俺は大量の水に包まれる。爆発とかよりは有り難いけどこれで助かるのか!? ってもう地面にぶつかる!! そんな恐怖から目を瞑った。落ちた場所はアロゥロとシィズ達の間。バシャンッと大きな音を弾けさせ、辺りに小さな濁流が溢れる。ご丁寧に俺の四肢はしっかりと地面に優しく降り立てられていた。その感触で目を開ける。

「チッ! 追いかけて来やがった! でも、好都合だよ!」

 俺を見てそう叫ぶシィズ。その声に以前の様な陽気さは微塵も感じられない。本当に演技だったんだな。

「おい! 約束通り竜人種を連れてきてやったよ! 早くその魔巧具を寄越せ!」
「あははっ、馬鹿だなぁ。こんな仕事でこの魔巧具が貰えると思ったの? 君、商人のセンス無いね。」

 彼奴が俺達を誘き寄せた依頼者なのか? そして、やっぱりなんだかシィズに協力的じゃない……? それに何処かで聞いた事があるような声だ……。

「なっ!? てめぇ! 騙してたってたのかよ!? ……クソがっ! アルレ! 逃げるぞ!」

 シィズは即座に依頼者が味方じゃないと判断して撤退という方法を選択した。その瞬間的な決断は流石だ。自分だけでなくアルレに指示まで与え、逃亡という目的を最短の距離で達成しようとしてたと思う。彼奴があんな事をしなければ。

「ふふっ、これは僕の物だよ……。」

 外套から出した黒い羽毛で覆われた手には懐中電灯の様な形の機械が握られていた。それの先端を迷いなくこっちへ向ける。訳も分からず高鳴る鼓動。銃? 大砲? 魔法の杖? 何をしようとしてる? 今から走ってこれから起きる何かを避けられるか? いや、避けなくちゃ駄目だ!

 危機感から俺は身体強化も強めずに足を一歩踏み出す。その時だった。

「あ゛っ゛!゛?゛」
「ミ、ミィ!?」

 聞いた事もないミィの苦しそうな声。

「おい!? ミィ! どうした!?」

 返事は全く帰って来ない。だが、全身から汗の様な液体が滴ってきた。こうなった原因は考えるまでもなく彼奴だろう。そう思った俺はヤツを睨みつけた。それがその時の俺に出来る精一杯の仕返しだったからだ。

「上手くいったかな? おい、聞こえているなら僕の前に姿を現せてくれよ。」

 平坦な声で虚空に願いを告げる男。誰に言っている? そんな疑問にミィは答えた。彼女は水蒸気となって集まっていき水として姿を象る。

「ミィ……?」

 変わらず光を透かすその身体。しかし、見たこともない成人女性の姿をしていた。彼女はこちらを一瞥もしない。

「ふぅん。ちゃんと言葉は理解出来てるんだね。」
「な、何をしやがった!?」
「やぁ、久しぶり。クロロ君。あ、ミィだっけ? 君はあの逃げた二人を捕まえといて。」

 その指示を受けて身体を霧散させるミィ。その霧が向かう先はたった今逃げているシィズ達だ。シィズはオリゴ鳥の姿に戻り空へ、アルレは低木の茂みの中へ逃げ込んだはずだったが……ミィからすれば何の障害にもならない。

「は、放せっ!」
「……ッ!」

 見慣れた方法でミィに拘束されたシィズ達は抵抗も虚しく男の元へ連れて来られてしまう。俺はその間、何が起こっているか理解出来ず、動けもしなかった。

「ご苦労。……ってあれ? 僕の事わからない?」

 此方がわかりやすい反応をしなかったからだろうか。男は外套をめくり顔を現した。鋭いくちばし、白い顔に黒い冠羽、そして……目の端の特徴的な朱。高鷲族だ。

「知らねえよ!」
「あ、そっか。自己紹介はしてなかったね。僕はヴィチチ。ヴィチチ・ロアルド・ティッカだよ。ってもう追放されたからヴィチチ・ロアルド、だったね。」
「追放? お前キュヴィティのなんかなのか?」
「あれ? 知らないの? 僕はキュヴィティ兄さんの弟だよ。」
「キュヴィティの……!?」

 キュヴィティと言えば魔石欲しさに裏から手長猿族を操って森を混沌に陥れたとんでもない奴だ。ソイツの弟がマトモな訳ないだろう。俺の警戒はより強まっていく。それに……! ミィはどうしちまったんだ。ゴーレムを操る魔巧具とか言ってたが、それで操られたって事なのか? ゴーレムと精霊が親戚みたいな物って言ってたけど、だからってそんな……!

「本当に覚えてないんだね。僕ら、オクルスで一度会ってるのに。」
「オクルスで?」

 高鷲族となんて森を出て以来一度も…………! 一度だけある! カレーを食った時だ!

「お前、あん時の!」
「あはっ、やっと思い出した? でも、無駄話はこれくらいにしようか。ミィ、この二人は殺しちゃって。」
「なっ!? おい! や、やめ――。」
「あっ……あぁ゛っ……。」
「うっ……!」

 苦しみ始めるシィズとアルレ。あれは恐らく、二人から水分を抜こうとしているんだ。でも、止め方がわからない。どうしようもないという状況。今こそミィはシィズ達を手にかけているが、それが終わったら俺の番が来るのだろう。こんな事になるなんて考えてもいなかった。俺が少し強くなったからってミィはどうにかなる相手じゃ――。

 さくれる地面。

 前触れもなく隆起した土塊がシィズを包んでいるミィ諸共もろとも吹き飛ばした。その衝撃でアルレはミィから解放されて地面に落ちる。やったのは当然、アロゥロだ。

「ありゃりゃ、そう言えば彼女を忘れてたよ。さっきまで棒立ちしてたからどうしたんだろうとは思ってたんだけどね。じゃあ――」
「や、やめろ!!」
「あれ、先に殺して貰おうかな。」

 絶望的だった。ミィからアロゥロをどう退ければいいんだ……! 

「ぉ待ちなさぃ。」
「!?」

 ヴィチチを呼び止める声。変に奇妙な抑揚と特徴的なリズム感。たったの一言だというのに不気味さを感じる響き。

「……兄さん?」

 怪しい身体の角度にダルそうな仕草。そして、常に人をおちょくっている様な瞳。……現れたのは死んだはずの高鷲族、キュヴィティだった。

「キッ、キュヴィティ!? お前死んだんじゃ!?」
「ゃですねぇ。魔石に何の用意もせず近付いたとぉ思いですかぁ? あぁんなの想定内ですよぉ。」

 だが、俺はドダンガイと争った後、キュヴィティの亡骸らしき物を見ている。

「お前は渇望の丘陵で死んだろ! 死体だって見たんだぞ!」
「んぅー? それは本当にわたくしの死体ですかぁ? うふふふふふふふ。まっ、他種族の死体なんてどれも同じようなもんでしょう。」
「兄さんそれより、アレ、持ってきたの?」
「えぇ、なぁんとか手に入りましたよぉ。」

 キュヴィティが黒い羽毛から透明な筒がついている括《くび》れのない空の砂時計みたいな道具を覗かせた。

 まだ何か持ってんのかよ!

「そぉ怖い顔しないで下さいよぉ! 別に貴方を殺して魔石を奪おうとは思ってなぃんですからぁ。…………まぁだ。っさあ! 今はそれよりぃ! ヴィチチッ!」
「わかってるよ。ミィ、兄さんの持ってる魔巧具に入るんだ。……ん、あれ? 彼女、止まっちゃったね。」

 ヴィチチの言う”彼女”とはミィの事ではなく、アロゥロの事だった。確かにアロゥロは虚ろな目で此方を見つめているだけ。その視線は誰に向けているのかもわからない。いや、それよりもミィだ。魔巧具に入れだって?

 ミィはまた水蒸気となった身体を纏めてキュヴィティの前に立つ。こんな時に思う感想でも無いのだが、その向こう側の景色を芸術的に歪ませて透く姿はまさに神秘的で美しく、精霊と呼ぶに相応しいと言える様相だった。そんなミィにキュヴィティは謎の魔巧具を向ける。すると、ミィは身体の大部分を崩し、残りの本体と思われる部分がその透明な筒の中へと入っていった。

「ミィ!」

 俺はせめてもの抵抗として一本の水を放つ。あの筒を吹き飛ばせればそれでいい。その一心で。しかし、それをキュヴィティが予期していない訳もなく軽く身体を引っ込めるだけで避けられてしまった。

 舐めんな! そのまま横に薙げば! そう思った。しかし、俺の放った水は不自然に曲線を描き、キュヴィティの頭を潜らせてしまう。

「なっ!?」

 驚きはしたが、理屈は簡単だ。キュヴィティは強い風の流れで水鉄砲をいなして曲げただけ。だが、その一瞬の間の内にミィは魔巧具の中へ入ってしまった。閉じられる蓋。ミィをどうする気なのか、なんて事も考えなかった。ただ単に思ったんだ。

「ミィを返せ!!」
「おぉ、こわぁ。」

 おどけるキュヴィティに俺は衝動のまま駆け出していた。多分魔法の方がよっぽど痛手与えられるのに。完全に混乱してたんだと思う。だが、その直後の衝撃が俺を少しだけ冷静にする。

「痛っ!」

 戸惑うヴィチチの声を瞬時に掻き消す光と爆発。エネルギーをどれだけ圧縮したのかってくらいの衝撃は木々と地面を穿つ。身体に当たる沢山のつぶてと土。こんな魔法、マレフィムにだって使えない。もし、出来るとするなら……。

『チキッ。』

 敵か、味方か。


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