ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第154頁目 ロボットは嘘を吐くのか?

「ファイ!?」

 真っ先に名を叫んだのはアロゥロだった。

『チキッ。』

 その重い呼び声に何の異常も見られない様子で応えるファイ。その様子に少し安心するが、まだ油断は出来ない。あのファイは俺等が知っているファイとは限らないのだ。それでも、そんなのアロゥロにはどうでも良かったのかも知れない。止める間もなく彼女はファイの元へ駆け出してしまった。

「駄目だ! アロゥロ!」

 声を掛けるのが精一杯だった。しかし、聞こえているはずのアロゥロは止まらない。俺は気怠い身体に魔力で強化を施す。そんな事をしてる間にアロゥロはファイの元へついてしまったのだが。

「ファイ!」

 もう一度名前を呼んでファイへ抱きつくアロゥロ。

 ……。

『チキッ。』

 何もしない……? アロゥロを傷付ける気はないのだろうか。もしかしたらサインを殺したのはファイによく似た別のゴーレムとか……。

「きゃっ!? ファイ! これ……!」

 アロゥロの小さな悲鳴に身体が強張った。やっぱり駄目だったか……!?

 俺は遅れながらもアロゥロの元へ走った。

「大丈夫か!? ……!」

 ファイは特別大きい動作をしていない。だから、アロゥロを傷付けたのではないはずだった。しかし、そのアロゥロの身体とファイの脚にベッタリと付いた赤い液体はこれ以上無く危機感を煽り始める。

「お前……ッ! その血……!」

『チキッ?』

 何か? とでも言いたげな態度のファイ。まるで不運にも泥が付いてしまっただけみたいな……。

「どういう事なんだい!? なんでファイは襲ってこないんだ!」
「俺だってわかんねえよ!」

 不可解さに苛立ったのか大声で抗議をしてくるシィズに逆ギレで返す俺。でも、本当にわかんないんだよ。あの血は多分サインの血だと思う。それならやっぱり”イカれてる”事を疑うんだが、ファイの様子は見た所今までと全く変わらない。アロゥロだから特別なのか?

「(俺が近付くから何かあったら守ってくれ、ミィ。)」
「(……うん。わかった。)」

 もしもの対応をミィに頼んで俺はファイに近付く覚悟をする。これでファイが俺を襲ってきたら答えは出たのと同じだ。だが、俺だって危険な目には遭いたくない。まずは……。

「なぁ、ファイ。今ここに来たのか?」

チキッ。92.3

 やっぱりこいつはファイなんだ。そして、俺の言っている事をしっかりと理解している。おかしい所はやはり見えない。他の確認もしよう。

「さっきまで見張り番をしてたのか?」

チキッ。98.227

 これも問題なさそうだ。なら……。

「お前はさっき人を傷付けたか?」

チキッ、チキッ。0

 !

 ゼロ

 ゼロ%だ! つまり、傷付けてないって事だよな!

 心を埋め尽くす重苦しい闇が一斉に晴れていく感じがする。やっぱり故障したファイと同型のゴーレムがここらを彷徨ってたって事なんだ。それならばすぐにでも皆で協力して警戒しなくちゃいけない。ゴーレムの怖さは”行きの道”でこれ以上ないくらい思い知ったんだからな!

「ファイ! お前はサインは殺してないんだな!」

チキッ、チキッ。6.4

「……は?」

 流れでついでに確認した程度の言葉だった。だって人を傷付けてないのかって質問に0で返したんだぞ? 何処までの要素を考慮してるのかわからないが、ファイは滅多に0と100を使わない。そんなファイが0を使ったんだ。間違えようもない答えだと思うじゃねえか。

「ファイ? もう一度答えてくれ。お前はサインは殺してないんだよな……?」

チキッ、チキッ。6.4

「サインを、殺したのか……?」

 祈る様に聞き返す。0という数字を渇望する。だが、ファイは間も置かずにその身体を動かした。

チキッ。93.6

「見ろッ! 頷いたぞ! やっぱりソイツがやったんだ! それにその血はどう見たってサインの血だ……!」

 マインが叫んだ。だが、その言葉は俺の鼓膜にはあまり響かなかった。

「どうして……。」

 すぐ後ろにいたアロゥロが俺の心中の思いを口にする。しかし、ファイは肯定か否定しか答えられない。それに対しての答えは返って来ないのだ。

「ソイツはもうアタシ達を襲ってこないみたいだね。」

 気付けばすぐ後ろまでやってきていたシィズが確認するように言う。ファイは光る眼でこちらを見ているが、飛びかかって来そうな素振りもない。やはり故障してる訳じゃないのか?

「これなら落ち着いて賠償の話ができそうだよ。」
「ギルド長! お願いだ! ソイツを殺させてくれ!」
「……。」

 マインはとんでもない嘆願をし始める。だが……とんでもないと評する事こそとんでもないのかもしれない。だってアルレは片腕を失くし、サインは……。

「まず額に換算したいんだけど、損失を――。」
「頼むギルド長! これから稼ぐようになったら全部ギルド長に貢ぐって約束してもいい!」
「……はぁ。」
「頼む! 頼むよぉ……!」

 シィズは溜め息を吐いてマインの方を向く。

「マイン、馬鹿言ってんじゃないよ。それじゃあサインに商人失格だって言われても仕方ないね。」
「でもぉ……!」
「商人が簡単に”全額”を売りに出すんじゃないよ。」
「……? ギルド長?」
「って事だよ。すまないね。旦那等。まぁ、こんな事があったんだ。これから仲良く一緒にタムタムに向かうなんて事出来ないだろう?」
「ど、どういう事だよ。」

 シィズの言いたい事が理解出来ずに俺は上擦った声で真意を問う。

「賠償は、ソイツって事だよ。」
「ソイツ? ファイの事か?」
「あぁ。」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」

 歩いてくるシィズを止めようとした俺は軽く手で押されるだけでなされてしまう。力づくで止めたい。だが、ファイを庇える理由が、ファイを殺しちゃいけない理由が上手く浮かばない。どうしたらいい? 家族を殺された痛み。友人を殺された痛み。

 俺はそれで何をした? ザズィーを殺そうとしたよな? そんな俺がどうしてシィズ達を止められる。

「やっ! 駄目ッ!」

 そんなゴチャゴチャした考えなんて彼女にはなかったんだと思う。アロゥロからすれば、ファイを守れればそれでいい。他はどうでもいいとかじゃないんだ。ただ、ファイを守りたい。それしか頭になかったんだろう。シィズの前に両手を広げて立ちはだかる。これ以上大事な家族には近寄らせないと。

「だ、駄目だよ! アロゥロ!」

 流石に無茶だと思ったのか、ルウィアとマレフィムがアロゥロを説得しに来た。広げた手の片方を両手で掴んで一旦下がらせようとするルウィア。いつもならこれでアロゥロは赤面の一つでも見せてくれたかもしれない。だが、彼女の顔から溢れるのは涙ばかり。

「離して! ファイが殺されるなんて嫌!!」
「ぼ、僕だって嫌だよ! だから交渉するんだ!」
「悪いけどルウィアの旦那。アタシだって別にサインが死んで悲しくない訳じゃないんだ。」

 平坦の声色で告白をして、シィズは腕を払った。素早く。

「あっ!?」

 マレフィムは声を挙げる。ルウィアが無言でアロゥロを押し倒した様に見えたのだ。だが、ルウィアは空気も読まずそんなお遊びをする性格じゃない。

「お、おい?」

 敢えて軽い口調で何かを問いかけた。だが、倒れたルウィアのくぐもった声が聞こえてくる。

「ウッ……ぐっ……。」
「ルウィア……? ルウィア!?」
「アロゥロ……! 離れて……! ど、毒が……っ。」

 蛙の姿の戻ったルウィアは服諸共もろとも脇腹の肉がぱっくり開いている。そこからはみ出る血塗れの見慣れた部位。

「嘘……だろ……?」

 無残な姿となったルウィアに近付こうとした時、前をエルーシュが立ち塞がった。

「悪いねえ。今旦那に出ていかれちゃ困るんですよ。」

 前に人が居れば止まる。当然だろう。

「あっ、あっ! ルウィア! お腹から! どうしよう……!」
「ミィさん! どうにか出来ますか!?」

 マレフィムが隠さずミィを呼んでいる。それくらい傷が大きいって事だ。

「死んで貰うのがまさか二人になるとは思わなかったんだが、ギルド長を怒らせるなんてねぇ。お互い、運が悪いな。」


 ――運? 


「ん?」

 エルーシュが疑問の一文字を発した。そうだろう。俺が頭を垂れたんだから。もう我慢が出来なかったんだ。許してくれ。

「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
「なぁッ!?」

 俺はエルーシュのくるぶしに噛み付く。エルーシュはアロゥロ程デミ化が上手くない。だからこそ、草本種のアロゥロと違う木本種のエルーシュの身体は強く噛める。俺は身体強化を使い思いっきり後ろ側に向かってエルーシュの巨体を投げ飛ばした。エルーシュは剛速で飛んでいき、シィズの引き車の荷台に大きな音を立てて突っ込む。

 それよりも今はルウィアだ。

「よくもやってくれたね! お前らッ! もう我慢する必要なんてないよ!」
「(え? ね、ねぇ、クロロ。)」

 そのシィズの一言で向こうはアルレを含めた全員が戦闘態勢に入った。いや、俺がエルーシュを吹き飛ばした時点でなっていたんだろうな。それとミィが何か言っているが今はそれどころじゃない。

「はあぁぁぁあああああぁぁぁぁ!」

 ゼルファルから解き放たれたマインが複数の岩を俺に向かって放つ。俺達全員を始末する気なのか。もう力で抵抗するしか方法が浮かばない。

「ごめんなさい!!」

 そう言って真っ先に突っ込んできたゼルファル。お前はこんな時でも謝るのか、なんて些細な感想を浮かべる俺を叩き潰す様に力強い拳が一撃。轟音と共に地面が爆ぜる。俺は咄嗟に後退して避けたが、漫画やゲームの様に衝撃波でも出ていたなら致命傷だったかも知れないと馬鹿げた発想で冷や汗をかいた。しかし、直後地面はフィクショナルな動きをし始める。波打つ土がゼルファルを包み込んだのだ。

「なんだ!?」

 俺は驚いた。しかし、今の台詞は俺のじゃない。俺のすぐ横から……!

「アルレ!?」

 アルレは残った片手でナイフを構え、俺の首のすぐ近くまで迫っていた。後、数センチ接近を許したらその鋭利な切っ先が俺の鱗に突き立てられていただろう。しかし、そのアルレの体は土で覆われ身体を動かせずにいる。

「な、何が……?」

 今度こそ俺の台詞だ。周りを見ればシィズもマインも目に映る”敵”は全て身体が土に覆われている。

「アロゥロ……さん。」

 マレフィムが静かに彼女の名前を呟いた。

 アロゥロ……?

 これ程の魔法をアロゥロが?
 
 

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