ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第143頁目 お決まりのポーズと言えば?

 おかしい。さっきまで確かにアルレの”気配”を感じていたんだ。なのに何処にもその存在を感じない。まさか風が吹くタイミングに合わせて遠くに離れたのか? でも、そんな速く移動して音が出ないなんてありえない。

「……目を開けろ。」

 アルレの声が”すぐ近くから”聞こえた。俺は困惑しつつも目を開ける。

「なっ!?」

 なんとアルレは俺の真ん前にいたのだ。アルレが歩いていたはずの方向の地面を見る。

 ……うん。足の爪の跡が残ってる。やっぱり歩いてはいたんだ。でも、だからってなんで音と匂いが、熱が消える? 

「……気配とは情報。違和感と言ってもいい。上手い奴は環境その物になる。」
「違和感がなくなるくらい景色に溶け込むって事か? 匂いとか温度はどうやって誤魔化すんだよ。」
「……魔法を操れば容易だ。」
「風か!」
「……風もあるが、それだけではない。気配の消し方は様々だ。」
「そうなのか。」

 なるほど。局所的に常温に冷ます風を吹かせて膜を張れば匂いも温度も誤魔化せるのかもしれない。でも、そんなテクニカルな魔法、俺には難しいな。

「……俺は未熟だ。服を着ているせいでもあるが……。」

 アルレは蜥蜴とかげなので体毛がない。なので、ルウィアと同じ様に厚手の布を身に纏っている。因みにエルーシュもだ。『富の富』の他の奴等は皆モフモフフサフサだからな。とにかく、そんな布を纏っていたら動きづらくて仕方ない。現に俺だって動き辛いと思っている。そんな服を着てたら多少の音が出たりするのは仕方ないだろう。

「……気配を消すことが出来れば狩りにも役立てられるはずだ。」
「そうなんだろうな。でも、俺には難しそうだ。」
「……難しいと言えるなら出来るという事だ。」

 ……揚げ足をとんなよ。

「何にせよ。今すぐにはできそうにないな。だから、獲物を探してきて貰うのはアルレに頼んでいいか? 俺が動いてもベスを警戒させちまいそうだしさ。」
「……了解した。」

 アルレはそう応えてスイッチを切り替えたように動き出す。俺じゃなくても竜人種は皆体力があんだよな。アルレはあの速度を維持するのが長時間運動する為には丁度良いって事なんだろうか。二本足で走り慣れてるな。まんまリザードマンみたいな見た目のアルレも寝てる時は蜥蜴になるのか……。

「あっ、すげぇ。そう言えば走ってるのに音がしなかった。」
「クロロには難しいからね。」
「風かぁ。水でも同じ事出来るんじゃないか?」
「どうだろう……?」
「匂いと体温と……音か。音が無理だな。」

 この世界の魔法は俺が昔読んでた漫画みたいに都合良くないからなぁ。水球を顕現しても、重力に反発する変易魔法を使い続けないとそれは空中に在ってくれない。しかも範囲をアストラル体で指定するとしてもむら無く均一の力を顕現し続けるなんて難し過ぎる。つまり、気配を消すなら変易魔法を使わなくても上に上がらず下にも下がらない空気の顕現が最も適しているって事なんだろう。

 ……じゃあ無理じゃん。

 水を体の周りに顕現してもビチャビチャ音が鳴っちゃうし。

「……はぁ。成長ってのはそう都合良く出来るもんじゃないか。」
「これくらいの事で落ち込まないでよ。」
「落ち込んでるっていうか、諦めだな。」

 俺は弱い。別に食っていければそれでいいって思ってた。母さんが俺を認める所を見られればいいって。でも、ルウィアの旅に付いて行って思ったんだ。どんな事だって生きてなきゃ出来ない。ちょっと昔の事でもすぐ忘れちまうんだよな。思い出せよ。死にたくないんだろうが。

「可能性はあるよ。だってクロロは新しい魔法が使えたでしょ?」
「ん? あぁ、あれな。」

 新しい魔法。それはザズィーとの一戦で出た謎の魔法。包丁の形をした墨汁みたいな液体だった。実はあの時以降も使えてたりする。形は俺が思い浮かんだ通りの形。つまり、もう包丁の様な形である必要はない。だから……。

「ただの黒い液体だろ。しかもすぐにマナに還っちまうし。」
「そうだけど……。」

 液体の正体は完全に謎だ。どういう物質かもわからない。光を通さず、形も保たれず、口に入れるのははばかられる。使い道は目隠しくらいだ。もっと風とかが使えるようになりてえよ。

「でも、それが使えるっていうのは他の魔法を使えるって事だよ。それに変易魔法はもうお手の物でしょ?」
「緻密な制御とかはちゃんと集中しないと難しいけどな。」
「……いや、でも……そっか。クロロの可使量ならもしかして出来るかも……?」
「何が?」
「前に説明したと思うけど、変易魔法は魔力が沢山必要なの。まだ自分のアウラの付いたマテリアルになら比較的少ないんだけど、それ以外のマテリアルに影響する変易魔法はすっごく沢山魔力を使うんだよね。だから皆マテリアルを顕現してぶつける魔法が一般的なの。」
「……それで?」
「だから、クロロの可使量、総可使量の高さなら既にある空気に変易魔法を使って風を起こせるんじゃない!?」
「……マジカ。」

 俺でも風を起こせる? 空を飛べる……?

「…………マジカ。」
「やってみようよ!」
「お、おう!」

 思えば自分の顕現してないマテリアルに魔法を使った事ってなかった。身体強化はあるけど、それはまた違うし……。

「いくぞ……。」

 物は試しだ。俺は二本足で立ち上がると右手を前に出した。

「何その格好?」

 ミィから投げかけられた質問にハッとする。自然ととったポーズだが、前世では超能力って言ったらこのポーズだったから……。水は最初口から吐いてたり、アニマから出してたりで気にしなかったけど……。

「な、なんとなくだよ。手から出せたらなって思っただけだ。」
「あぁ、まぁ最初はアニマを使わない方が安定するかもね。」
「……だろ?」

 そんな発想は微塵もなかったがアニマに気を割かなくてもいいという意味ではアストラル本体から魔法を使った方が楽なのは確かだ。

「よし。」

 力の流れを意識する。何もマテリアルは顕現しない。するのは力。物を動かす力。

 ……。

 フッと何かが動いた気がした。確かにいつもより何かが減っていく感覚が強い。

「……? もうちょっと強くか?」

 思えば風なんて動く何かが無いと在るのかわからない。でも、魔力が減っていく感覚があるなら何かにはなっているって事だろう。その感覚を意識したままもう片方の手を掌の前にかざした。

「お……?」

 自分の鈍い感覚が信じられず強い勢いで近くの低木に掌を向ける。

『サワッ……。』

 勘違いじゃない……! もっと! もっと……!!

 気持ちの昂りと連動する様に込める魔力が強まっていく。

「おぉ……!」
「凄い! 出来てるよ!」

 風が掌から出る力で操れている! これなら俺だって飛べるんじゃないか!?

 そんな希望からアニマを伸ばして翼の下に配置する。やり方は水の時と変わらない。

「頼む! 頼む……!」
「違うよクロロ! 『やってやる!』 そう言うの!」
「……! やってやる!!」

 ベスが俺を警戒しているかもしれない。そんな考えは俺より一足早く彼方へと飛んでしまっていた。つまり、俺も飛んだのだ。飛沫もあげず。体温も奪われず。俺は……。


 ――一つの自由を手に入れた。


 ゴウッと耳垢を掻っ攫う様な風が頬を揉む。余分な力の流れを削ぎ、必要最低限な場所にこれでもかと周囲の風を送り込んだ。浮かぶ体。いつもより魔力が多く減っている感覚があるのに、ワクワクが、ほんの少し未来への欲望が俺の気持ちをはやらせる。

 その気持ちは俺の身体を乗せて何処までも高く。空へと打ち上げた。

「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「凄い! 凄いよクロロ!」

 グングン視点が上昇していく。ここまで高く飛んだのは角狼族の村から旅立ったあの日以来だ。いや、興奮し過ぎたせいかあの時よりも高く飛んでいる。でもまだまだ雲には届かない。

 見ろよ。世界が空と陸で真っ二つだ。

 境目近くには白い骨ばった大河を渡す橋。その橋の片方にはバラけた施設の集まる街、タムタム。もう片方にはしおれた目ん玉みたいな外壁で囲まれたオクルス。その左手に広がっているのが恐らく白銀竜の森だ。そして、森とはデコボコした地形が奥の草原を隔てている。渇望の丘陵は彼処だろう。本当にもうタムタムの近くまでは来てたんだな。

 ん? あの運河沿いの遺跡みたいな丸い建物はなんだろう。

 我を忘れて自由に飛び回りたいものだが、俺は今アルレに獲物を探しに行って貰ってる所だし……って俺どっから飛んだんだっけ……?

 不味い。

「ミィ……俺どっから来た?」
「えぇ? えーと…………………………わかんない。」
「……だよな。」
「高度落としてくれたらあのアルレって子の捜索手伝うよ。」
「悪い。頼んだ。」

 俺は顕現する力の度合いを弱めつつ翼をばたつかせ、なんとなく風を掴む感覚を覚えるようと試みる。しかし、わかるのは衝撃が弱い分だけ水とは勝手が違うという事だけ。どうやら練習もせずに自由の全てが手に入ったなんて思うのは驕りらしい。今出来るのは直線飛行と覚束ない減速と下降のみ。身体強化さえすれば少しくらい雑な着地は出来るが、万が一の事もある。

「クロロ、あっち!」

 ミィがアルレを見つけたのか触手を伸ばして向かう先を示す。探ろうにもアルレは”気配”を消しているはずだ。なら、俺じゃ全く見つけられないだろう。とりあえず派手に転ばないよう極力優しく地面に降り立つ。しかし、強風で枝が騒ぐ様はここ居るぞと言わんばかりパーチー具合だ。翼膜に当てた風は俺の身体を浮かす程の威力で突撃した後、マナに還らず横に逃げる。つまり周りにはかなりの強風が吹き荒れる訳だ。……どうにか風の逃げ道を考えないとだな。これじゃ隠密行動には向かない。

「……何があった。」
「ぬわっ!?」

 飛ぶ事について色々考えを巡らせていた所、急に声を掛けられ思わず叫声をあげてしまった俺。アルレがいつの間にか傍に立っていたのだ。

「……ふっ。」

 何嬉しそうな顔をしてやがる。今度は気付かれずに近寄れたとでも思ってるんだろう。なんで俺がちょっと悔しい思いをしなきゃいけないんだ。

「……この辺り一帯にお前のアウラが刻まれている。何をした。」
「えっ……いや、ちょっと空を飛んだだけだ。」

 そうだ。アウラっていうのを忘れてた。魔法を使った痕跡であるアウラ。個人の色に近い物って昔説明されたけど、俺はそれを感じ取れた事がない。ってかそれがあるなら尚更隠密行動に向かないな。

 ……ん?

「……空を?」
「そうだよ。ここらへんにはベスが居ないみたいだからな。ちょっと空から見ようと思っただけだ。」
「……そうか。」
「それより、気配を消す事について聞きたい事があんだけど。」
「……なんだ。」
「魔法を使って環境に溶け込んでも、アウラは隠せないだろ?」
「……その通りだ。」
「じゃあ索敵出来る相手にはあんまり意味がないって事なのか?」
「……魔法を使えば、だ。達人は魔法を使わずにそれを可能とする。言っただろう。俺は未熟だと。」

 アルレが未熟……前世じゃ魔法も使わずに気配を消す人間がいたって言うしな。……漫画の知識だけど。

「……ベスの中にはアウラを感じ取る種族もいる。」
「ベスが? まるで魔法だな。」
「……何を言っている?」
「え? アウラを感じ取って逃げるベスがいるんだろ? まるで魔法みたいじゃん。」
「……アウラを感じ取るのは魔法だ。」
「は? それじゃあベスが……。」

 そこまで言い掛けて俺は嫌な記憶を思い出す。

 ウィールだ。アイツは魔法が使えた。でも、ベスだ。フマナ語を話さないウィール達の一族は、例え魔法が使えようがなんだろうがベスなのだ。そんなの……痛いくらい思い知ったじゃないか……。前世でも犬猫や海豚いるかは賢いからって特別視されてたっけ……。俺の考えはそれに近いのかな……。

「そうだな。じゃあ、魔法が使えるベスにはなるべく魔法を使わずに気配を消せって事か。」
「……そうだ。」
「そういや、こっちには俺のせいで戻ってきたのか?」
「……それもあるが、ベスの居場所を幾つか見つけた。」
「わかった。それじゃあ案内してくれ。」
「……こっちだ。」

 アルレは決して饒舌とは言えないが、口下手とも言えない。きっと”必要がないから話さない”みたいなそういうタイプなんだろう。……口下手ならサブギルド長なんて割り当てられないだろうしな。

 それに……同じ竜人種のせいか少しだけ親近感が湧く。顔の造形も少し似てるしな。

 ……少なくともルウィアよりは。


 

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