ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第125頁目 自分の首を締めているのが自分だなんて思います?

 テレーゼァ様のお子様が、災竜……?

「え、えぇ!」
「災竜ってあの伝説の災竜ですか!?」

 ルウィアさんとアロゥロさんがこれだけ驚く程災竜とは希少な存在です。その存在は巨額の富を生み、一度市場に出回れば一瞬で光を当てられた影の様に消え失せてしまうと言う……それが、あのクロロさんなのですよ……。

「そうよ。……災竜というのは確かに珍しいのだけれど、殆どの竜人種は下らない誇りの為にその存在を明かさないだけ。本当ならもっと沢山いるはずよ。」
「で、ですが、黒い色の部位がある竜人種でさえそれ程多く産まれないと聞きます。」
「お嬢さんの言う通り。でも、私にはわかるわ。黒い部位のある竜人種、つまり禍着まがつきと災竜は別物よ。」
「何故そう思われたのです?」
「私の子は私に似た白に近い甲殻で産まれてきたのだもの。」
「そんなはずは……! 災竜とは先天的なものでは!?」
「違うのよ。私の子は少しずつまだらに甲殻が黒くなっていったわ。闇に呑まれる様にね……。」

 なんと……では、クロロさんも元々は白銀竜に似た姿をしていたという事でしょうか。

「そんな……じゃあテレーゼァ様の子供って……。」
「えぇ、掟に……父であるゲラルに息子は殺されたの。」

 想像していたよりも、確執はとても深いものでした。それは私が口先でどう小細工を働こうと意味の無いくらい。

「それを何処か仕方ないと思えている自分がいるからこそ、私は彼と言葉を交わす事が出来ているわ。勿論許せない気持ちの方が強いけれども、自暴自棄になって他を殺し己を殺せば師や親への恩をも殺してしまう事になってしまう。しがらみっていうのは本当に厄介よね……。何故しがらみは殺せないのかしら。」

 自嘲気味に呟くテレーゼァ様は静かに土砂入れの底を梳き木で作った即席へらで引っかきます。コンッという鈍い音が時間が経っている証拠とでも言いたげに響きました。

「割り切れては、ないのだけれど……貴方達がそう気に病む事では無いわ。今はこの料理を完成させましょう。ごめんなさいね。空気を悪くしてしまったわ。」
「いえ、私も何故あれほど村長様と仲が悪いのか気になっていましたから。」
「ゲラルは真の竜人種であり、刺鏖しおう竜である事にこれ以上無く誇りを持っているわ。だからこそ許せなかったのでしょうね。我が子に災竜という存在が産まれてしまった事が……。」
「で、でも、後から黒い身体になったのならそれは災竜じゃないんじゃないですか?」

 ここでルウィアさんが一つの可能性を提示します。しかし……。

「そんな訳ないわ。タイミングなんて関係ない。身体が全身黒ければ竜人種はそれを災竜とするのよ。私達程ではないにしろ亜竜人種である貴方の種族でも黒は忌み嫌われているでしょう。」
「そ、それは、そう……ですけど……。」
「何にせよ……あの子はもういないの。私が話し始めたのだけれどこの話はやめましょう。今は貴方の仕事を成功させるのがやるべき事よ。」
「は、はい。」

 災竜……今思い返してみれば災竜の伝説を知っていても、実在する災竜がどの様な存在なのか考えた事等ありませんでした。ですが、クロロさんと旅をしても災竜なんてただ色が黒いだけの竜人種だとしか思えません。あのアストラル障害は災竜である事が原因とも考えられますけど……。災竜とは一体何なのでしょうか。災いを呼ぶとはどういう意味なのでしょう。そして、もし後天的に黒い身体に変色したのだとしたら、元に戻れる可能性も否定出来ないのでは……? しかし、産まれた当時の記憶なんて無いでしょうからクロロさんが後天性かどうかはわかりませんか……。

「ルウィア、切り終えた肉を持ってきなさい。」
「え……はい。えっと、お肉ですね。」

 ルウィアさんが肉の盛られた木板を持ってテレーゼァ様に手渡します。

「まだその板を持ったままで居て頂戴。すぐに終わらせるから。」

 そう言ってテレーゼァ様は鍋に入れてある木の棒から手を話し、肉を摘んだかと思えば指先で肉を揉み始めたのです。一体どの様な意味が……?

「何をしてらっしゃるんです?」
「固い筋を切っているのよ。それと固い部分は強く揉む事で味が染みやすくなるわ。ちょっとした工夫ね。」
「なるほど。」

 そう言えば似たような事がアニーさんのメモにも書いてあった様な……。テレーゼァ様は本当に料理が得意なのですね。

「これくらいでいいかしら。ルウィア、板は私が持つから少し離れなさい。危ないわよ。」
「えっ? わ、わかりました。」
「お嬢さんもね。」
「私もですか。」

 まだ肉を土砂入れに入れないのでしょうか。肉一つに色々とすべき事が多いのですね。とりあえずご忠告通り少し離れましょうか。

 私が少し離れた事を確認すると片手で肉を一切れ摘み上げそれを土砂入れの中に入れ……ない? 

『ボウッ!』

 なんとテレーゼァ様は自分の手ごと肉を青い炎の渦で包んだのです。彼女の肌はその程度の炎で爛れなどしないのでしょうが、それでも今から熱したスープに放り込んで火を通すというのに何故態々わざわざ魔法で火を……?

「何故土砂入れに入れず加熱しているのです?」

 テレーゼァ様は火の通った肉を鍋に入れると、流れるようにまた肉を掴んで魔法で肉に火を通します。

「先に表面だけを焼き、肉が崩れにくくするのよ。」
「ほぉ。確かに焼いた肉は表面が固くなりますね。それを利用するのですか。ですが、温かいスープへ入れたらまずは表面から熱されるはずなので変わらないのでは?」
「それはそうだけれど、強い火力で本当に表面だけを焼く事で中と火の通り具合に大きく差が出来るのよ。」
「ふむ。では、弱い火力では意味がないという事ですね。」
「そうね。」
「しかし、火傷が怖くない身体とは便利ですねぇ。」
「ふふっ、そうね。ルウィアには出来ない方法よね。」
「ぼ、僕なんかがそんな事したら大火傷じゃすみませんよ!」

 こうして話を聞くだけでも竜人種の幅はとても広いように感じますね。文献では走る、泳ぐ、飛ぶ、掘るに留まらずう事が出来る竜人種という種族はどんな環境にも何《いず》れかの方法で適応し生き延びる事が可能だと記してありました。しかし、何処か長けていれば何処か弱みのある者もいる。ルウィアさんは所謂その竜人種の弱みを持った種族であると言えるのでしょう。と言っても、ルウィアさんも強力な毒を持っていますからね。一概に弱いという言い方も出来ませんか……。

 私達妖精族だって小さい身体と引き換えに高い魔力や制御技術を得ていると言えます。だとすれば竜人種共通の弱みとはなんなのでしょう。……以前、テレーゼァ様は頭頂眼が弱点だと言ってましたね。ですが、やはりそれ以外の弱点となると種族に細かく別れるのでしょうか。

「鍋料理は私に任せるとして貴方達は甘味を作りなさいな。」
「そうですね。そうしましょう。ルウィアさん、アロゥロさん、手伝って頂けますね?」
「はい。」
「任せて!」
「それでは……やり方を確認しましょうか。穀物を粉末にして砂糖……でなく虫蜜と熱したハチュネと乳を混ぜ、焼くのでしたか。そもそも穀物は何を頂けたのです?」
「プチカです。」
「ふむ。しかし、穀物ならなんでも良いという訳ではないはず。プチカで作れるかは正に博打ですね。駄目なら駄目と早めに判断出来た方が良いので早速とりかかりましょうか。しかし、粉末状にするのはどう致しましょう。」
「(私出来るよ。)」
「(流石です!)」

 ありがたいミィさんの提案に思わず声が弾みます。私の風魔法でも可能と言えば可能ですが、均一に細かく短時間でと言うのは難しいのですよね。是非お力をお借りしましょう。

「(皆さん、ミィさんがプチカを粉末状に砕いて下さるそうです。)」
「(はーい。でも皆ミィ様の分身を連れてるからわかってるよ。)」
「(それもそうでした。)」
「で、私は何すればいいの?」
「アロゥロさんはファイさんと一緒に液体を入れられる入れ物を探してきて下さい。」
「えっと、僕は……。」
「ルウィアさんもアロゥロさんに同行をお願いします。もしかしたら村人の方に借りるしか無いかもしれませんので。ゴーレム族であるファイさんがいれば無碍には扱われないでしょう。」
「わ、わかりました。えっと、虫蜜と乳はあそこにあります。」

 ルウィアさんが荷車の近くに幾つか置かれた食材を示します。あの辺りに使う物を纏めてあるのでしょう。少し見てみますか。

 高いかめと低いかめが一つずつ、隣の大袋には……プチカですかね? 穀物プチカは酒造用と伺っておりますが、料理に使われる事も多々ある味の薄い穀物です。なんとも香ばしい独特な香りがある事で知られていますが、香辛料に使われる程でもありませんので甘味の材料にもなるかもしれません。しかし、この瓶には何が入っているのでしょう?

「(ミィさん、この瓶の蓋を持てたりしますか?)」
「(持ってもいいけどマレフィムから伸びて持ったらマレフィムが大変だよ? 中身が知りたいの?)」
「(あぁ、確かに。そうですね。中身の確認を行いたいのですよ。)」
「(この大っきいのが乳、小さいのが虫蜜だって。)」
「(……なるほど。ルウィアさんにもついているのですよね。ご存知のはずだ。因みにやはりプチカはこの大袋の中です?)」
「(うん。)」
「(では、プチカを砕いて頂きましょうか。)」

 革袋の口の紐を緩めると粉っぽい香りが溢れてきます。焦げ茶色の粒々は小粒で形も不揃い。正に質の悪いプチカと言えますね。しかし、既に殻を取ってあるというのは助かります。幸い工程が一つ省けました。

「(どれくらいやればいいの?)」

 虚を突かれた思いです。そう言えば量について全く考えていませんでした。

「(そうですね……とりあえず百グラムくらいでしょうか。)」
「(そんなんでいいんだ。)」
「(で、では、三百グラムくらいで。)」
「(三百だね。)」

 そう言うとミィさんは私の身体からスライムの様な姿で飛び出し、プチカの入った袋に飛び込みます。

「(そんな大きさで私の身体に付いていたのですか!?)」
「(いや、大気中の水分を集めただけだよ。私の身体はまだマレフィムの肌に貼り付いてる。身体の重さに変化ないでしょ?)」
「(ま、まぁ、確かに……。本当に規格外のお方ですね。)」
「(そのおかげで助かってるんでしょ。)」

 ミィさんは三百グラム分と思われるプチカを体内に取り込むと、それを高速で体の中で回転させ始めます。まるで焦げ茶色のスライムの様なお姿です。

「(なんか今失礼な事考えなかった?)」
「(何を馬鹿な。ご助力に感謝していると考えはしましたけども。)」
「(そう。)」
「(どれくらい掛かりそうです?)」
「(もう終わったよ。)」
「(もうですか!?)」
「アメリさん! 見て! これなら使えるかな!」
「ま、待ってアロゥロ! それ使っていいかは村長様に聞かないと!」
「大丈夫だよ! こんなに汚れてるんだよ?」
「で、でも、一応ここから出てきた物だし……。」
「(もしもの時はマメリに責任とってもらお!)」
「(私ですかァ!? それにマメリじゃなくてアメリです!)」

 ミィさんがアロゥロさんの体から生える様に自身の体を伸ばしてアロゥロさんが抱えていた深皿型の土器を包み込みます。そして、そこから汚れを綺麗さっぱり取り除くと土器を包んでいた水が地面にスッと染み込んでいきました。

 怒られはしないと思いますけど何かあったら責任を私が持つというのは……!
 まぁ、昨日似たような事をルウィアさんにしたんですけども……。

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