ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第124頁目 竜の味覚はわかりませんね?

「……わかった。」

 村長様は意外にも快諾して下さりました。

「あら、聞き分けが良いわね。」
「何、貴様等の言っている事は最もだと思っただけだ。長旅に疲れた者達に難題を課して期限を短く定める等、まるで虐めているようではないか。そんな事は許されまい……?」
「……そうね。でも何故かしら、ゲラル、貴方って寛容であっても私を苛立たせられるのね。最早特技と言えるわ。」
「勘違いするな。お前の特技が苛立つ事なのだ。」
「今私を挑発する意味がわかっているのかしら。」
「私の元へ戻る切っ掛けが出来るという事であろう?」
「テレーゼァ様、落ち着いて下さい。」
「…………。」

 今にも飛びかかりそうな雰囲気を醸し出すテレーゼァ様を宥めなくては私の命が危ないのです。村長様を前にすると冷静では居られない様ですね。厄介なものです。

「……すみません。村長様にはそちらに伴い食材の提供をして頂きたいのです。」
「で、あろうな。何が要る?」
「肉と魚を竜人種二人分、そして、メガッサを漬け込んだお酒と穀物と砂糖と乳を頂けると助かります。」
「いいだろう。しかし、わかっているのだろうな? 助力と共に期待も膨らんでおるぞ?」
「当然理解していますとも。ですが、お手柔らかにお願い致しますよ。」
「案ずるな。私は誇り高き真の竜人種である。弱者への配慮はしかと心得ているぞ。」
「ありがとうございます。」
「して、その試作用の食料はここに持ってくればよいのか?」
「はい。こちらに運んできて下さると大変助かります。」
「ふむ。それと砂糖と言っていたが、この村に砂糖は無い。代わりに虫蜜ならあるがそれで良いか。」
「甘みが強ければ問題ございません。」

 砂糖はありませんでしたか……しかし、仕方ありません。甘味を分けて頂ける時点で幸運と言えるでしょう。

「それと穀物についてもだが……この村で質が良いものが手に入るかはわからぬ。基本的に好んで食す者は少ないのでな。酒の材料となるものしかないはずだ。」
「構いません。」
「ならば良かろう。しばし待て。」
「すみません。お願いがもう一つございまして……。」
「何?」
「実は浴場を一つ作りたいと思っていまして。その為に土地を掘る許可を頂きたくございます。」
「浴場? ふむ……まぁ、良いだろう。ここの横の地でも掘るが良い。しかし、あまり深く掘ってはならない。その下の私達の住居が崩れては困るのでな。」
「なるほど。承知致しました。そちらについては気をつけましょう。」
「しかし、浴場とはな。考えもしなかった。期待が増したぞ。」
「それは困りましたね。まだ試作すらしていないのですが。」
「要望はここまでか? 今夜までには全て出来上がるのであろうな。」
「やってみせましょう!」
「ほう。良い返事だ。」

 料理なんて然程時間が掛かるものではございませんし、色々試すにしても今日一日があれば終えられるでしょう。村長様には急ぎ食材を用意して頂くとして、私とアロゥロさんで浴場を作りすぐに料理の方も手伝わなければ。昨日の方法は全て壁に纏めて記してあります。頑張って寝た分頑張らないとですね!


*****


「おいしょっ!」
「無理はしないように。」

 風魔法で表面の雪を払った後、アロゥロさんが土魔法を使って穴を掘り始めました。適した大きさはわかりませんが、昨日に村の方々を見ることができたのである程度基準は把握しております。

「大きい竜人種の身体の全身が入るように多少深めが良いでしょうね。」
「はーい。」

 宙へ浮き隣で小山となり積もる土。私も慣れない土魔法で穴掘りを支援します。私の場合、土魔法と変易魔法で土を退かすより変易魔法単体で退かした方が効率が良さそうです。

「小石とかには気をつけないとね。」
「それが怖いのでアニマで距離を付けて行っているのです。」
「なるほどね。でもこの作業、ソーゴさんがいたら一瞬で終わるのになぁ。」

 ソーゴさんの魔力を借りられたら確かに一瞬でしょうね。ですが、彼をここに呼ぶわけにもいきません。そもそも村長様はソーゴさんが近くで待っている事を認知しているはずなのです。それでも放置をしているのはどういった思惑なのでしょう……。

「私の可使量は一度に運べるのこれくらいだよ。ソーゴさん凄すぎ……竜人種って皆ソーゴさんみたいな魔力なの?」
「竜人種はずば抜けた魔力を持っていると聞きますから、もしかしたらソーゴさん以上かもしれませんよ。」
「エルフ族並なんだっけ。だとしたら災害扱いされるのもわかるなぁ。」
「勿論全員がという訳ではないんでしょうけど、才能という意味では敵わないでしょうね。」
「うん。村の近くで会った竜人種の力見て、私ちょっと引いちゃったしね……。」
「あれは凄かったですよねぇ。少なくともソーゴさんはあれ程の魔法使えないはずですよ。」
「そっかぁ。あんなに魔力あっても出来ないんだ。」
「魔力があっても魔法の技術が別ですからね。」
「……っと。こんな感じ?」

 テレーゼァ様一人ならオリゴ姿でも入れそうな穴が掘り終わりました。次はここに雪を大量に持ってくるのです。

「では、お願い致します。」
「(皆精霊使いが荒いんだよぉ。)」

 そんなミィさんのボヤキと共に周りの雪が生き物の様に今掘ったばかりの穴へ滑り込んでいきました。そして、その大量の雪は輝く白さを失っていき水へと変貌を遂げるのです。ここまで鮮やかな水魔法を使える方は世界何処を探してもミィさんだけでしょうね。魔法の切り替えや魔力の滞りといった物が全く見られませんでした。恐ろしい技術です。やがて、水となった雪は失っていた白さを煙として放つようになりました。もうお湯になったのでしょう。

「あったかい!」
「ミィさんの体温調節のおかげで忘れがちですが、ここは本来私達では生きていくのが難しい程の寒い地なのですよね。」
「そうだよ。感謝してよね。」
「してますしてます! 流石ミィ様!」
「そこまではいい。」
「アロゥロさん、早くこの中にパリツィンを入れてしまいましょう。」
「はーい。どれくらい?」
「まずは少量入れて様子見をしつつ足していきましょう。要はパリツィンがこの湯に染み出せばいのですから、お湯を舐めて辛みがすればいいはずなのです。」
「なるほど! 確かに! じゃあまずはこれくらいかな。」

 パリツィンは拷問に使われる程辛味のある香辛料です。元々は私より少し大きいくらいの棘の生えた果実であり、その棘の部分を粉々にした物が香辛料となるのですよね。幾ら竜人種が浸れる水の量とは言え、そこまで沢山使わずに効能のある湯を張れるはずです。今アロゥロさんが数回パリツィンを握って入れましたが、おそらくあの量で問題ないはずです。

「けほっ! い、痛い! なんか目に染み……。」

 アロゥロさんが急に咳き込み朱に染まった手で目を拭おうとしました。

「いけません!」
「わっ!?」

 パリツィンは肌の弱い種族が直接触るのは危険と呼ばれている香辛料というのを失念しておりました。しかし、アロゥロさんの手が一瞬でお湯で包まれ赤い粒を取り除かれていきます。勿論そんな事が出来るのは……。

「危ないよ。」
「あ、ありがとうございます。」
「本当に危なかったですね。私も迂闊うかつでした。申し訳ございません。」
「パリツィンってなんだか凄いんだね……。こんなの食べるの?」
「あくまで香辛料ですからそのまま食べるという方はいませんよ。」
「私は竜人種の好きな味、好きになれないかも……。本当に助かりました。ミィ様。」
「もしそのまま目なんて擦ってたら今日一日中地面の上で転げ回ってたかもね。」
「うっ…すみません。」
「気をつけなね。」
「は、はい。ごめんなさい。」
「今度からは私が風魔法でパリツィンを入れましょう。」

 こんな物でしょうか? なんだかあっさりと終わってしまいましたね。これならすぐに合流できそうですね。村長様から食材を受け取る際挑発をされたとしてテレーゼァ様の暴走、ルウィアさんに止められるでしょうか……。

 激しく不安なので早く戻りましょう。


*****


「只今戻りました。」

 ふんわりと香る様々な香辛料の混ざった複雑な臭いがこの地下を満たしている気がします。というか目と鼻に染みる様な空気が漂っているような……。それはどうやらデミ化したテレーゼァ様が掻き混ぜるあの火に焚かれた土砂入れから出ているようです。

「あら、お疲れ様。」
「お、お帰りなさい。」
「何か凄い臭いしてるよ……?」

 アロゥロさんは先程パリツィンで痛い目を見そうになったせいか、この強烈なパリツィンの臭気に良い顔をしませんね。まぁ……私も美味しそうな香りには感じないので似たような表情をしているかもしれませんが。

「ルウィアさんは……あぁ、そう言えば熱に弱いのでしたね。だからそんなに離れているのですか。」
「え、えぇ。でも、肉を刻んだり魚を刻んだりなら出来るので補助と言う形で手伝ってますよ。」
「その様ですね。」

 ルウィアさんはテレーゼァさんから少し離れた所で食材の下処理をしているみたいです。熱に弱いというのは私が思っている以上に厄介みたいですね。加熱を用いた料理が行えないとは。

「(ところで、食材の受け取る際にまた村長様と喧嘩になったりは……。)」
「(そ、それが頼まれた人がそのまま食材を運んで下さっていて、あの後村長様はこちらにいらっしゃってないんですよ。おかげで、僕も安心しました……はぁ……。)」
「(それは何よりです。)」

 テレーゼァ様にご執心に見えましたので、何かと顔をお出しになるかと思っていたのですが……トラブルの種は少ない程助かります。

「テレーゼァ様、お料理出来るんですね!」
「そうよ。意外かしら。」
「でも、テレーゼァ様くらい長く生きてると料理なんて出来て当たり前なのかも。」
「世の中当たり前、なんて事何一つだってないのよ。私は子供に美味しい物を食べさせたかったから料理を覚えただけ。」
「お子さん、ですか。」

 テレーゼァ様から余り触れたくない話題を振られたのか戸惑った様子のアロゥロさん。村長様との話の流れから察するにもうお子さんは亡くなっているのでしょう。それについて聞くのもどうかと思いますし、ここで触れずに話を続けるのも不自然。他人事とも言えませんので助け舟を出したい所ですが……。

「気を遣う事はないわよ。もうわかってるでしょうけど……私の子はもうマナへと還っていったわ。私の子はね……災竜だったの。」

 大人な対応と言えました。相手の気まずいと思われる部分をストレートに排除するフォロー。しかし、その後に続いた彼女の告白。

 私は、耳を疑いました。
 


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