ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第119頁目 ドラゴンとネズミは友達になれないの?

『『○○、ウィール!』』

 ウィールが俺の事を大人のネズミ達に身振り手振りで説明している時だった。突然背後からウィールを呼ぶ声が聞こえたのだ。

『○○○○!』

 それにウィールが嬉しそうに返事をする。すると、やってきた二つの袋……を押す小ネズミ。ってこれ、ウィールの荷物じゃねえか! そういや外に置きっぱなしだった! さっきの広場からウィールの言葉でどっかに行った奴等はこの荷物を取ってきてたんだな。

『○○、○○○!』
『○○○!』

 パンパンに膨れた二つの袋を開けて驚く大人のネズミ達。中身は勿論シカモドキジモンの毛皮と骨である。

『○○○○○! ァソーゴ!』

 俺と一緒に狩って手に入れたと言っているのだろう。情けない事に俺は殆ど役に立ってないんだけどな……。

『○○○○?』
『○○○……。』

 その後も手を大きく広げて何かを模《も》し、跳ねる動きや食べる真似で今までの事を大袈裟に説明している。ウィールの挙動一つ一つに驚いたり不思議そうにしたり……ネズミの表情はとても豊かだ。雪崩《なだれ》を表現するかの様なジェスチャーをする頃には、大人のネズミ達は袋を持ってきた子供のネズミと共にウィールの大冒険譚に聞き入っていた。

 そして、全て話し終えたのだろう。ウィールの口はようやく音を途切れさせる。すると、ゆっくりとこちらへ二匹の大人ネズミが跳ねてくる。そして、片方が口を開けた。

『……ァソーゴ?』

「はい。」

 はい。で良かったのだろうか。言葉も通じない間柄では短い相槌しか打てない。だが、そんな下らない事を考えてる間に、大人のネズミは下を向いて蹲《うずくま》ってしまった。まるで土下座の様にも見える。

「? ……?(な、なんだってんだ?)」
「(私に聞かれてもわかんないよ。)」

 ウィールも他の二匹の小ネズミも蹲《うずくま》ったりはしていない。どういう事だ? これはどういう意味なんだ? 疑問に思ったのも束《つか》の間、大人ネズミ達はまた普通の姿勢に戻ってしまう。

『○○○○……○○○○○○○。○○○○○。』

 落ち着いた口調で言葉を連ねている。きっと真面目な事を言っているんだ。だから、俺も真面目な顔をしていよう。とりあえず、俺も何か喋って言葉が通じてないアピールをしておくか。

「えっと……昨日、今日とウィールにはお世話になったんですよ。今朝なんて命まで救って貰って……何言ってるかわからないでしょうけど。」

 伝わってほしいが、これをジェスチャーのみで伝えられる気がしない。どうしようかな……。

 巣に入ったばかりの頃は色々と警戒したものの、今となってはただの異文化交流に過ぎない。世話になった相手の両親にくらい挨拶したっていいじゃないか。だからこそ謝意をどうにか――。

『ジジジジジジジジジジジジジジジジジ。』

「ん?」

『『『『『!?』』』』』

 な、何だ? 異音が聞こえる。なんか蝉の声を低く地味にした様な……。

「うおっ!?」

 ウィールを含む部屋の中のネズミ達が全員俺の入ってきた通路へ駆け込み始めた。

「な、なんだってんだ? おい! ウィール! 置いてくなって!」

 そうだ。ここは巣の奥の奥の奥。置いて行かれては堪《たま》ったもんじゃない。俺は急いで部屋から出たネズミ達を追い掛ける。他の通路の奴等も何処かに向かって走って行っているようだ。今まで何処に隠れていたのだろうか。大人ネズミ子ネズミ老ネズミと、通路はネズミの濁流が支配している。間違えて何度かネズミを踏みつけつつ俺もその流れに乗って何処かに向かった。

「(どうしたんだろう?)」
「(俺が知りてえよ!)」

 来た時は凄く長く感じた通路だったが、ネズミに流されてみればすぐに出口に辿り着いてしまった。あぁ、太陽の光が眩しい。目が慣れてしまっていたけど、やはり地下は暗かったな。しかし、俺が穴から這い出ても、続けて穴の中からは大量のネズミが溢れ出てくる。ってか穴ってここだけじゃねえのか。崖下の亀裂の前には俺が這い出た穴の他にも八つ程の穴があり、各所から数えきれないネズミが現在も止まらず溢れ出てきているのだ。最早ウィールが何処にいるかなんてわからない。と言うかもう怖い!

「い、一旦邪魔にならないよう端に寄っとくか。」
「外族を踏まないよう気をつけなね。ほら! そこ!」
「うおっ! 危ねえ危ねえ……。」

 ネズミ達は亀裂の前に満遍《まんべん》なく広がっていく。色だけ見れば茶色い液体が溢れてきている様にも見える異様な光景だ。しかし……なんだ? 全員が崖壁《がいへき》の亀裂の方を向いて……!?

「ふむ……。」

 気付けば、亀裂の中に座《ざ》す白い蛇がこちらを見て頷いていた。テレーゼァが語っていた白蛇族とか言う輩だろうか。敵意は……わからない。すぐに襲って来ようとはしてこないみたいだが……。それと気になる事がもう一つ。ネズミ達は白蛇族の方を向いて全員蹲《うずくま》っているのだ。一体どういった意味なのか。さっきも大人ネズミ達が俺に向けて蹲《うずくま》ってたけど……。

「竜人種よ。お前はイムラーティ村の者か?」

 挨拶なども無く投げられた問い。これは今後を左右する質問に違いないだろう。なんだろうと正直に答えるまでだけどな。ただ、媚《こ》び諂《へつら》う気は自然と起きなかった。俺は胸を張って答える。

「違う。俺はイムラーティ村に用があったんだが、こんな身体の色でね。」

 翼を拡げて黒い翼膜を見せる。説明するよりこちらのほうがわかりやすいだろう…………蛇って色とか見えるんだっけ? あ、いや、余計な事は考えないようにしよう。

「それを見た親切な竜人種に場合によっては危険だと止められたんだ。今はどうしようか悩んでるところ。」
「……ふむ。しかし……。○○○○、○○? ○○○○○○。」

 白い大蛇は急にネズミ達に語りかけ始めた。すると蹲《うずくま》る大勢の中、一匹のネズミが頭を上げて立つ。小さく、背中に矢筒を背負った……ウィールだ。

『○○○。』

 白い大蛇は続けてウィールに何かを語り続ける。するとウィールは口を開けた。

『○○○○、ァソーゴ! ○○○○○! ○○○!』

 ウィールはさっきと同じように明るく大袈裟に説明し始める。白い大蛇 は一通り聞き終えると、ウィールに何かを伝えた。それを聞いたウィールは他の仲間の間を縫うように蛇の元へ近付き横に立つ。そして蛇が何か言うと怯えたような顔を見せ、直後、蛇は長い尾でウィールを――締め付けた。

「!? な、何やってんだお前!」

『グ……ゲゲッ……。』

 最早言葉とも思えない声を漏らすウィール。

「やめろ! おい! どけ! どけっつうの!」

 俺は怒りと焦りに背中を押され前に出ようとするが、ネズミ達が全くどこうとしない。しかし、ネズミは小さいので、足を高く上げて不格好ながらも向かう事はできる。

『ガッ……!』

「やめろっ! やめろぉ!」

 もうウィールの命が危ない。俺は意を決してアニマを翼の下に伸ばした時だった。蛇が不可解な事を言い始める。

「安心しろ。殺す気はない。」
「はぁ!? なら! 今それは何をやってるってんだよ!」

『ァ……。』

 ドサッと雑に地面に降ろされるウィール。体がビクビクと痙攣していて無事とは到底思えない。そして、俺はやっと白蛇族の近くまで辿り着き……槍を突きつけられていたのだった。いつの間にか亀裂の奥から他の白蛇族が近寄ってきていたのだ。ウィールを締め付けていたただの大蛇とは異なり、女性の上半身、つまり、人の様な身体がある個体だ。少しだけデミ化しているんだろうが……白蛇族の体温はネズミ達の様に高くなく気温に近い。だから、気付きにくかったのか……?

 チクショウ! もっと気を張っておけば……! 

「クソ……!」
「そう荒ぶるな。”真の竜人種”よ。」
「友達が殺されそうになって黙ってられるか!」
「……!? 友達……? こいつがか?」
「そうだよ!」
「(ねぇ、クロロ。こいつらなら私が殺してあげてもいいかも。)」

 最近は荒事に非協力的だったミィが珍しい提案をしてくる。どういう風の吹き回しだろうか。

「これは……驚いた。お前は崇高《すうこう》な心を持っているらしい。」
「はぁ?」
「まぁ待て。私はこの剣奴《けんど》に罰を与えたまでだ。」
「罰だって? こいつが何したって言うんだよ!」
「”真の竜人種”という危険因子をこの里に招き、仲間を危険に晒す行動をした。」
「はぁ!? こいつと俺は友達だ! それをウィールは説明したんじゃないのかよ! 命まで救って貰ったんだぞ!」
「言葉も通じていないだろうに友達とは…………本当に純な者だ。しかし、だからこそ此奴がお前を連れてきた理由がわかる気もする。」
「何を言って――。」
「良いか? 私達はか弱き亜竜人種だ。”真の竜人種”が殺すと言わば出来る事は逃げる事のみ。招き入れたのがお前の様な者だったのは幸運に過ぎない。剣奴《けんど》を戯《たわむ》れ代わりに蹂躙する赤竜も徘徊しておる。その様な輩を招けばここの里は終わりだ。わかるだろう。」
「……ッ!」

 竜人種に殺されかかった俺だから尚わかる。ウィールはどういう意図があって俺を招いたのかわからないが、確かに行きずりの竜人種を隠れ里に案内するのは軽率と言われても仕方なかったかもしれない。

「それと、お前には悪いがな。此奴等は私達の奴隷だ。どう扱おうと私達の自由だ。」
「知らねえよ! コイツは俺の友達だ! 俺が怒るのは俺の自由だろ!」
「少しズレた反論だが……確かにお前が何を思おうとそれは自由だ。まぁ、此奴一匹が死のうと特に影響はないが、くれてやる程お人好しでもない。……戯《ざ》れたいだけであれば好きにしろ。」
「……。」

 俺は何も言い返さなかった。最早何に怒っていいのかわからなかったからだ。これが……奴隷だって言うのか。蛇はこちらを一瞥《いちべつ》もせずにネズミ達に何かを語る。そして、それに従ったのか物資と思われる物を蛇達の前に並べ始めた。正に俺が知っている奴隷の姿だ。虐げられ、搾取されるだけの存在。

 俺はそっとグッタリしたウィールを抱えて蛇の側から離れ壁の際に寄る。槍を構えた蛇女は俺が大蛇に危害を加えようとさえしなければ特に何かする気もないらしい。

 奴隷か……俺はネズミ達としっかりとしたコミュニケーションを取れていない。彼等が何を考え、何を思っているのか俺は知らないのだ。俺とウィールの間にある縁は命を救って貰った恩と何処か通じ合った気がしたという物だけ。そりゃ大恩かもしれないけど、友達だって思っているのがお互いかどうかも……。


――わかんないんだよな。




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