ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第114頁目 アメリさん、ちょっと待って!?

「テ、テレーゼァさん……ですか?」
「何かしら。」
「ふわぁ……綺麗……。」
「本当に……。」
「ありがとう。悪い気はしないわね。」

 村長様に付いていきながらテレーゼァさんもデミ化なさったのですが……元々の棘々した白い甲殻をドレスの様に象《かたど》っていて、女性の象徴とも言える胸やぉ、お尻がしっかり強調されている……その、美しくも格好良い女傑《じょけつ》と言えるお姿でした。髪は甲殻と同じく少し黄色みがかった白色で、肩にもかからない程度の短さながらも光を反し凄くツヤツヤしています。ですが、テレーゼァさんらしい頼りがい溢れる毅然さは全く変わっていません。これが大人の魅力なのでしょうか……。

「ふん。その姿になったのは何年ぶりだ。埃が被っていそうだな。」
「貴方の様に古臭い香りがしないよう心掛けているわよ。少しは着飾る事を覚えたらどうかしら。」
「この辺境の村で着飾ってどの様な利点があるというのだ。貴様は頭まで着飾っているのか?」
「掟を着飾って満足している貴方に言われたくないわよ。」
「……ふん。」

 うぅ……険悪な雰囲気が広い洞穴の中を満たしていきます。こ、ここで喧嘩をされては困るのですけど、テレーゼァさんはソーゴさんのお願いで白銀竜の情報を聞くみたいなんですよね……。

「ルウィア、お前達は長旅で疲れただろう。今迄通りここはどの様に使っても構わん。テントを張ってもいい。皮や木材なら奥の方に備蓄がある。好きに使え。」
「あ、ありがとうございます。」
「助かりますね。」
「後で見に行こっか。」
「それと、荷降ろしを終えたら引き車をここにしまえ。でなければウナに漁られるか夜風に飛ばされてしまうだろう。」
「ウ、ウナですか……!? 竜人種の村の近くまで来るなんて……!」
「不都合でもあったか?」
「えぇっと、ア、アメリさんはウナが苦手で……。」
「ふむ。なれば今日明日は警戒しておこう。客人に怪我をさせたとなれば一大事であるからな。」

 村長様が話をする後ろで先程の半デミ化した村の方々が僕達が持ってきた木箱《商品》を一つ一つこの洞穴に運んで来ています。普段はここに保存し、一年を通して少しずつ使用するみたいなんですよね。この辺りは気温が低く、乾燥地帯でもあるので長く保存が利くのだと思います。

「しかし、今回は量が例年より多いのであるな。もしかしたら来年までに消費しきれぬやもしれん。ルウィア、お前は需要という物を理解せねばならぬな。」
「じゅ、需要、ですか……。」
「そうだ。我々竜人種は嗅覚に優れている者が多い。今アレを運んでいる者達の中には苦痛に感じている者も多いだろう。故に我等は身体が大きいとは言え、お前の引き車一台で運べる量さえあれば一年保つ。だからこそそれを必要以上に持って来られても困るのだよ。」
「す、すみません。」
「謝るべき事ではない。この村に香辛料を運んでくる商人の如何に貴重な事か。私達は感謝の気持ちを示すためにもローイスとの取引に応じたのだ。しかし、人の善意で成り立つ取引は商売と言えないだろう。それはある意味での盗奪《とだつ》とも言える。違うか?」
「村長様の仰る事はご尤もですね。」
「アメリさん……。」

 僕の考え無しなやり方を窘《たしな》める村長様にアメリさんが賛同しました。アメリさんは度胸がありお話も上手で……ソーゴさんの言う商人に向いている人とは正《まさ》しくアメリさんみたいな人なんではないかと時折思うんです。村長様だけでなく、そんな方からも注意を受ければ落ち込んでいいよね……。

 やっぱり僕は未熟なんだ。ここにさえ着けばどうにかなるって思ってたけど、そう簡単な話じゃないよね……。

「ルウィアさんはまだまだ学ぶべき事が多いです。村長様の仰っていた事をご存知だったのだとしたら、貴方はオクルスを出た時点で既に商売に失敗していたとも言えるという事ですよ? で、あるなら貴方は更にしなければならない事がある訳です。わかりますか?」
「えっ、き、急に何を……。」
「村長さん、失礼致しますね。彼は私の大事な友人ですので。」
「……ふむ。」
「ルウィアさん、考えて下さい。貴方の失敗《損》を村長様が代わりに受けて下さったのです。ですが、貴方は商人です。何よりも利を得なければなりません。」
「は、はい……。」
「村長様はもしかしたら来年の購入する量を減らすかもしれないと仰っしゃいました。これは明確に利が離れていくという事ですね? だからこそ貴方は利を引き寄せなければなりません。」
「引き寄せるって、ど、どうすれば……。」

 そ、そんな簡単に言われても具体的な方法が思いつかないよ……。利を引き寄せるんだよね? 僕が持ってきた香辛料は多過ぎたのに……村長様はそれを買うと言って下さって……でも、来年はいらないかもしれないと……。来年は他の商品を売るとかかなぁ……。

「村長様、確かに量は多かったかもしれませんが二年分、という訳ではありませんよね?」
「そうだな。大体一年と半分程度だろうか。」
「それに先程嗅覚が鋭い故に持ち運ぶのも苦痛だと仰っしゃっていましたが、それでも仕入れているのはそれだけ必要とされているという事。そうですね?」
「……幾ら香りが強かろうと薄めれば芳《こうば》しくなる。」
「香辛料を使った料理は人気があるのですか?」
「ここは僻地《へきち》だ。梳き木や、多少たくましき草木はあれど、口にして楽しめる植物は少ない。人は無き物を求めるだろう。」
「でしょうとも。聞きましたか? ルウィアさん。この村の方々は生きる為に不要であるにも関わらず嗜好として香辛料を買っているのです。そこに対価を支払っているという事がどれだけの好機かわかりますか?」
「え、えっと……つまり伸び代がある、って事ですか?」
「その通りです! そこで村長様。この村では香辛料をどの様に使用しているのでしょう。」
「む? 物にもよるが、特にパリツィンが人気だな。無くなるのはこれが一番早い。肉にまぶしたり、寝床に撒いたりもする。身体を温かくし、防虫となり、味も適度に刺激的で色々な用途で使われるのだ。」
「なるほど。」

 パリツィンか……。比率が最も多い香辛料なのはただ好んでいるからだと思っていたけど、用途が豊富だからというのもあるんだ。

「パリツィン……久しく食べてないわね。」
「……貴様にやる分はないぞ。」
「相変わらず度量の狭さはウナの額と変わらないわね。」
「とまぁ、この様に余剰分を他の方に補填する手段を作る事も次の利点に繋がりますね。」
「(アメリさん、よく普通に話を続けられるね。)」
「(ま、まぁ……それが彼女凄さとも言えますから……。)」

 アロゥロの言う通り、この心の強さ図太さは……その、凄いと思う。見習うべきなのかなぁ。

「それよりもです。商人なら損を利に変えてしまいましょう!」
「変えるって、どうやってですか……?」
「損こそ好機なのです! こういう時こそ利を得られる機会なのですよ!」
「それは……私の前で言っていい事なのか?」
「おやおや、まさか竜人種の村の長とあろうお方がルウィアさんの才能を見抜けない訳が無いと私は思っておるのですが?」
「調子のいい事を……。」
「いえ、調子がいい等と……! これこそが私なのです。まずは有用な香辛料の使い道を考えましょう。消費量が増えれば需要は増します。」
「え、えーっと……。」

 村長様の言う通り、それを眼の前で話すのは……。言ってしまえばもっとお金を払わせる魂胆って事だし……。

「村長様、ルウィアさんの成長はいずれこの村を豊かにすると私が誓います。」
「ほう。ではそうならなかった場合はどうするのだ?」
「おや? それではこの村が豊かになった際には私にも何か見返りがあるようにも受け取れますが?」
「ア、アメリさん……!」

 そ、それは失礼だし、ちょっと責め過ぎですよ! もしこの村と軋轢が出来たら困るのは僕なのに……!

「何を馬鹿な。貴様は友人と言えど、ルウィアの負う責任を共に賄《まかな》う気なぞないだろう。」
「えぇ。次回、私はここには来ないでしょう。私は一切の責任を取りません。」
「馬鹿馬鹿しい。であるなら何故”私が誓う”等と戯言を……。」
「そうです。”私が誓う”と言いました。私がルウィアさんの代わりに誓うと言ったのです。私はルウィアさんが事を為すと誓っただけ、責任を取るのは全てルウィアさんです。」
「「ア、アメリさん!?」」
「(ぁ~もうめちゃくちゃ。)」

 アメリさんの横暴な口ぶりに思わずアロゥロと抗議を重ねてしまいます。でも、ミィ様も呆れてる通りむちゃくちゃですよ! アメリさんが勝手に契約して僕が全部責任を負うだなんて……!

「アメリと言ったな。お前は何を言っているのかわかっているのか?」
「勿論ですとも。私はですね。ルウィアさんの大胆になる機がズレていると常々思っていたのです。彼はしかと決断力と行動力を持っているのですよ。でなければ両親を失っても環境を整えて翌年には前年通りに商売を続けるなんて不可能です。ですが、それ程の力がいざと言う時に行使される事のまぁ少ない事。まぁまぁまぁまぁ少ない。これが傍にいる友人として如何にもどかしい事か。ですよね? アロゥロさん。」
「え? あ、う? うん。」
「(うんうん。)」

『チキっ。』

 え? 皆そんな事思ってたの?

「そこで今回は私が代わりに誓ったのですよ。今後成長してこの村を豊かにするため奔走《ほんそう》すると。ただし、利も全て彼の物です。私は何でも無い余計な何か。言ってしまえば幻でしょうか。」
「全く……貴様の様な口達者な者には久々に会った。……しかし、ルウィア、貴様がローイスと比べて些《いささ》か気が小さいと思えるのも確かだ。それは取引相手としてではなく、知人として気になる所である。それが少々の協力で克服出来るのであれば私も気分がいい。限度はあるが多めに見てやろうとも。明日までに私を納得してみせろ。」
「お任せあれ! ……と貴方が言うのですよ。」
「え、は、はい! お、お任せあれ! ……です!」

 と、とんでもない事をしてくれましたが、これが”損を利に変える一歩”という事なのかも。本当にアメリさんからは学べる事が多い……けど次からはもう少し事前に何か話したりして欲しいなぁ。

「では、早速方法を考えましょうか。」
「え? か、考え、なかったんですか?」
「ない訳ではございません。採用するかはルウィアさん次第ですし。」
「アメリさんって割とノリで生きてるよね。」
「(同感。)」

 てっきりどうにかする方法が定まっているのかと……これじゃあ、これからが本番じゃないかぁ! な、なんとかしないと……!

「微笑ましいわね。」
「あぁ、お前とは違い若さの煌めきを感じる。」
「自分こそは若いとでも思っているのかしら?」
「なんとでも言うがいいさ。私が老いていようと若かろうと貴様が若くないという事実は変わらん。」
「貴方の憎たらしさは全く老いそうにないわね…………それで、改めてだけど。サフィーは今何処に居るのかしら。」
「知らん。」
「……どういう事? 外で話せないからってここに来たんじゃない。耄碌《もうろく》でもしたの?」
「耄碌《もうろく》するにもまだ早かろう。……サフェーウィッラが今年始めに南の森を去ったというのは聞いた。そして、その後ここには戻っていないのだ。」
「なるほどね。それも一つの大きな情報と言う事かしら。」
「そうだ。この村は変わらず例の件に関しては不干渉を貫いている。サフェーウィッラを匿う事も無ければ情報の提供もする気はない。」
「それは彼女と帝国の話でしょう。私には関係無いわ。」
「わかっている。でなければ話してなどいない。」
「それに不干渉と言ってもサフィーの、スロヴェニスタ一族《いちぞく》を見殺しにしたでしょう。見方によっては充分帝国側よね。」
「私はスロヴェニスタの一族を見殺しにしたのではない。他の村民を救ったのだ。」
「都合の良い眼だこと……ザズィーが居なければこの村はとっくに燃やされてるわ。貴方が何をしようとね。」
「感謝しているよ。あやつにとっては不満だろうがな。」
「…………サフィーは感知もされていない訳?」
「そのようだな。」
「王国の中を飛び回るはずがないわ……となると帝国の上よね。」
「水上という可能性もあり得るが……どうだろうな。愛《う》い子等もいると聞いた。だとすると降りる地は要るであろう。」
「お笑い草だわ、ゲラル。貴方に”愛《う》い子”のいる親の気持ちがわかるみたいな言い方。」
「……まだその事を憎んでいるのか、テレーゼァよ。」
「……まだ? あの子がいない日が来なくなった事なんてないわ。あの子は今もいないのよ。」
「………………サフィーが向かった方角は恐らく去った森の西から大河を超えた先、アエストステル領地のバルフィー古戦場の方角だろう。」

「誤魔化さないで……!」

 これから香辛料の使い方を新しく考案しようという時でした。村長様と何かを話していたテレーゼァさんが急に大きな声で怒気を放ちます。他の竜人種の方達も荷物を運ぶを手を止め、洞窟の外にいるローイス達の怯える声が聞こえてくる。この感じ……まるで暴れていたゴーレムに襲われた時の様な……うぅ……毒が出ないように気をつけないと……。

 

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