ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第111頁目 縛りプレイって強制されてやるもんじゃないよね?

「ねぇ、なんだかこうして二人で歩いてると会ったばかりの頃を思い出さない?」
「そうだなぁ。あれからそんなに経ってないのに色々あったよな。」
「うん。マレフィムが付いてきたりダロウ達に会ったりね。」
「ダロウさん達、今頃元気にしてるのかなぁ。」
「ダロウもそうだけどメビヨンの方が気になるんじゃない?」
「んー……まぁ、置き手紙は置いたとは言え急だったもんな……。」

 もう白銀流の森を出てから二ヶ月くらいが経過しようとしてるんじゃないだろうか。というか、ミィと会ってから一年も経ってないのか……。なんでかもっと昔からの長い付き合いにすら感じてくる。

「ふふっ……。」

 突然笑い出すミィ。

「なんだよ?」
「んと、あの時のクロロを思い出してね。『友だちになってください!』なんて物語の中の台詞みたいだよね。」
「べ、別にいいだろ! じゃあ友達が欲しい時はなんて言えば良いんだよ?」
「一緒に遊ぼうとかでいいでしょ。」
「変わんねえだろ。」
「何恥かしがってんのぉ?」
「うるせぇな。」

 最近は日が落ちるのも早い。今はあの太陽の高さからして大体昼過ぎと言える時間だろうか。テレーゼァが魔法で作ってくれた簡易的な洞穴を背に竜人種の村とは反対の方へ歩いていく俺達。夜に動いた方が良かったかなぁ……でも騒ぐならいつ騒いでも同じだよなぁ。

『ゴソッ。』

「!?」

 本来ならありえない動きをする雪。雪原の一部が突然盛り上がったのだ。咄嗟に身体強化度合いを引き上げる。ミィもパシャッと身体を崩し、俺の背中に貼り付いてきた。雪の盛り上がりは小動物にしては大きく、大型の動物というには小さいサイズだ。

「……なんだ?」
「(……なんだろう?)」

 盛り上がったまま微動だにしない雪球。

「そこ、なんかいるよな?」
「(……多分。)」

 雪の下にいるせいで熱の感知は行えないが、俄《にわか》に嗅ぎ取れた獣臭が俺でもミィでもない存在を暗示していた。どうする……? 向こうは何故か動いてこない。ベスか人か……問うだけ無駄な事だ。さっきもミィがこう言ってたろ。

「命は一つしかないってな!」

 可能な限りの速度で雪球の前まで駆け俺は前脚を振り上げる。俺の爪は爪のみでぶら下がっても俺を支えられるくらい丈夫であり、俺を支えられるくらい力強いのだ。

『モソッ。』

「!?」

 上半身だけ雪の中から姿を現すベス。俺はそれを見ると振り上げた腕を降ろして思わず距離を取る。

『○○○?』

 緩急の激しい機敏な動きで雪から顔を覗かせたのは毛むくじゃらの顔に眼を覆い尽くす黒目、長い髭に真ん丸の耳……ネズミだ。今迄会ったネズミの中で一番小さい。……森で俺に飛び込んだきた奴よりもだ。

「…………。」

 沈黙の中逸らされない視線に何処か気不味さを感じてしまう。何故一匹でこんな所に? 俺を襲う気だったのか? そんな疑問が渦巻くが、とりあえず開けた口から出た言葉はなんとも気の抜ける一言だった。

「……お前、寒くないのか?」

『○○、○○○○○!』

「な、何だって?」

 やっぱりこの小ネズミも森で会ったネズミと同じくフマナ語は話せない様だ。

「(どうしたんだろう? 外族の言葉なんてわからないしね。)」
「(それでも念の為隠れとけ。)」
「(そうだね。そうする。)」

 キョロキョロと周りを見渡す小ネズミ。しかし、すぐにこっちを見て固まる。

「お前……子供か? 家は何処に在る? って聞いても答えられねえよな……敵意は感じられないし…………無視すっか。」

 多少の警戒を維持しつつ小ネズミを背にその場を離れる事にする。しかし……。

『ズボッ。』

 その音を聞いて振り返れば小ネズミは雪から飛び出ていた。脚は細長く、普通のネズミでない事がよくわかる。逆関節とでも言うのだろうか。膝は後ろの方で曲がっており、カンガルーの脚みたいになっているのだ。雪を掴むというよりは刺して歩くのだろう。どっちが楽かなんてのは……考えるだけ無駄か。それと、何やら縄で背に細長い木箱をぶら下げている。仲間と逸《はぐ》れたのか……?

 とりあえず未だ敵意を感じさせない小ネズミ。ドでかい黒真珠の様な瞳でこちらからジッと見つめているが、俺には関係のない事だ。さっさと獲物を探そう。

『ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ……。』
『ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……。』

 俺の歩いた分だけ聞こえる雪を刺す音。勿論、犯人は後ろの小ネズミだ。

「(なんで付いてくるんだ?)」
「(知らないよ。仲間だと思ってるとか?)」
「(このまま付いてこられたら狩りどころじゃねえぞ。)」
「(そうだね。)」

 あ、そうだ。ちょっと勿体ねえけどアニーさんから貰った鞄に……あった。非常食のジャーキーを入れてたんだった。

「(そんな所に干し肉入れてたの……? マレフィムに怒られても知らないよ?)」

 そんなミィの言葉を無視して、小ネズミの前にジャーキーを千切ってを放り投げる。

「○○○○?」

 その行動を疑問に思った様だが、雪の上に鎮座《ちんざ》するジャーキーに警戒もせず鼻先を近付けてクンクンと臭いを嗅ぎ始めた小ネズミ。そして、食べ物だと気付いたのか前歯と舌でジャーキーの端を食《は》み、齧り始めた。だが、与えたのはジャーキーの欠片だ。幾ら小ネズミの身体が小さいとは言え、自然体で身長は七〇センチくらいか? すぐ食べ終わっちまうだろうな。だがそのサイズを与えたのは敢えてだ。小ネズミはジャーキーが気に入ったようで、ご馳走をもっと強請《ねだ》ろうとこちらへピョンピョンと跳ねてくる。しかし、俺は予定通りもう少し大きく千切ったジャーキーを小ネズミの後ろの方目掛けて思いっきり投げた。飛んでいくジャーキーに小ネズミは驚くほどの超反応で視線を貼り付けている。となれば次は……。

『ザッ! ザッ! ザッ! ザッ!』

「おぉー……早い早い。んじゃな。」

 ジャーキーの投げられた方へ、俊敏《しゅんびん》な跳躍で駆けていく小ネズミ。俺はその逆方向へ走って逃げる。勿論身体強化は欠かさない。

 しかし、俺はここが雪原だという事に気付いてしまった。あの小ネズミはフマナ語を話せないとは言え言語を扱うのだ。だとすれば足跡を辿るという手段が思いつかない訳でもないだろう。

「しょうがねえ。」

 俺は身体全体を思いっきり身体強化して、地面を……弾く!

「わっ!? 何!?」
「足跡でバレちまうからさ! ちょっとだけ遠くに飛ぶんだよ!」

 空中にいたら普通に見つかるからな。さっさと距離をとらなきゃ。

 アニマを複数行きたい方向とは反対方向に伸ばすと自分に向けて大きい水球を顕現。後は、変易魔法で……!

「…………ッ!」

『バシャッッッッ!!!』

 自身の数倍の太さはある放水を翼を広げて全身で受け止める。まるで少年漫画の悪役の最後みたいな絵面だが、この際それは仕方が無い。

 しっかし……音とか見た目が派手過ぎるなコレ……。絶対見られてるわ。


*****


「(さ、さみぃ……ミィ! 早く温めてくれよ!)」
「(君は本当に馬鹿だなぁ……。)」

 水に翔ばされ少し離れた地点。くそぉ……濡れるってデメリットをすっかり忘れていた。もう使わねえ。絶対にだ。だが、飛んでく途中雪の丘の上に群生する梳《す》き木に集まるシカモドキジモン達を見つけた。ミィに狩りを手伝って貰えないと聞いた時は困ったもんだと思っていたが、今はテレーゼァがいないんだ。ルール無用ならあの程度の獲物、余裕だぜ。

 そして狩りとなったら集中だ。咳袋に水を溜める……!

「(ちょっと。駄目だよ魔法使っちゃ。)」
「(はぁ!?)」

 まさかのミィの制止に抗議の一文字で意を示す俺。

「(まさかこの期に及んで魔法の練習だなんて言う気か?)」
「(勿論!)」
「(狩れなきゃ死んじまうかもしれないんだぞ?)」
「(そんな事はないから安心して。もしもの時は私が狩ってあげるから。だから今は魔法を使うの無し!)」
「(うそだろ……?)」
「(嘘じゃないよ。さっ、行って!)」

 ご機嫌に俺の殴り込みを促すミィ。いつもは下り坂を駆けてく場合が多いが今日に限っては上り坂。

 全力で走れば追いつけはするだろうが……マジかぁ……。

「(恨むからな?)」
「(狩りを許してるだけでも感謝しなさいっ!)」
「(ちぇー……。)」

 飯を食う為にはやるしかない。

 力を爆発させないで、緩やかに角を立てず、流れるように強弱を……制御する……。身体を支える手足も、尾も首も、振り回すのではなく、レールに沿うみたいに。唇の先、翼爪の先、尻尾の先まで全てを意識するんだ。足の先だけじゃなく。全身を使って地面を、力を受け止めろ。何にも引っかからない様に力を入れていく。加速する景色。まるで俺の身体が伸びていくように雪面の上を這《は》う。速度に明確な段階はない。気分は宛《さなが》ら蛇である。全力まで力を出さず、半分程度の速度を維持し、梳き木の合間を縫うように走れ!

『……!?』

 流石にここまで距離を詰めれば俺に気付くだろう。風下に居るとは言え下にいる俺は上からよく見えるはずだ。……なるほど、隠れず丘の上で堂々と葉を貪《むさぼ》るなんて、って思ったけど。逸早《いちはや》く天敵を感知する為だった訳だ。それはつまり、逃げ切る脚に自信があるという事でもある。

 いや、ここで横着して速度を上げちゃ駄目だ。 

『キョホホホホホホホホホホホホ!!』

 最初の一匹が警告の声を挙げ、全員がそれに呼応する。背を向けて後ろ足をバネの様に伸ばし、気持ち良いくらいの軽快さで逃げていく餌達。

 クソッ! やっぱり速度を上げるか!? ……ん?

 俺は逃げ惑うジモンの後ろに張り付きながらよく観察する。確かに地面を蹴った直後には加速をする訳だが、直線で進める地形ではない。梳き木や厚く積もった雪、そして、同じ方向に逃げる仲間達が障害となって全速力を出せないのだ。ちょっとした曲がる方向の迷いや、恐怖と焦りからくる身体の制御の甘さが文字通りジモンの脚を引っ張っている。それに比べ俺の余力はどうした事だ。単純に力強く地面を蹴った代償として着地の処理に追われていた以前とは違い、シンプルな駆け足のルーティーンで無駄な思考を省きどのルートを通れば最短なのかという考えに殆どの思考を割けている。

 なるほど。早く移動するには無駄な力を使わずに最適化しろって事なのか……。本来ならこれだってみるみるウチに体力が減っていってそのペースメイクに思考が割かれる訳だが、そうならないのが異常な体力を持つ竜人種……って事ね。

 尚も必死で逃げ続けるジモンの中、一匹が数々の不幸を一身に受ける事となった。完全に俺の標的となったソイツ。比較的小さい所を見ると若い個体なんだろう。もう少しで牙が届く。梳き木を避ける度に縮まっていく距離。焦ってステップをして脚を滑らしそうになれば踏ん張りも効かず跳躍だって必然的に小さくなる。

 もう、そろそろ……! 

 残り一メートルも無いと言ったところ。俺は次の梳き木で決着を付ける事にした。一回だけ地面を強く蹴れば間違いなく俺の牙は……!

 いただき……ッ!?

 口を大きく開けそこから気化した涎を漂わせた直後、目の端にもう一つの熱源を捉えた。それは間違いようもないプリッケツ。というか、ジモンの尻……から伸びる脚の黒く硬い蹄が眼前まで迫っていたのだ。

 嘘、だろ?
 


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