ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第110頁目 人でも”待て”は難しいよ?

 生粋の日本人である俺。にもかかわらず、荒れた日本海というのを見た事が無かった。海と聞いて思い浮かべるのは白い砂浜となだらかな海面に耳を撫でるような波の音。そこに、ちょっとした潮の香り。うん。今並べた海の要素と繋がる景色は一つも無い。もっかい言おう。ひとっっっつも無い。

 穿《うが》たれ切り立った崖に激しく体当たりをしながら砕けていく大波、デブがプールに飛び込む数倍はある轟音を立てているせいでルウィアとアロゥロのラブトークが一切聞こえない。そう言えば中学の頃、陽気なデブの太田が動けるデブだと証明する為にプールに腹から飛び込んで……

『ヘソがとれたああああああ!!!!!』

 って泣き叫びながら沈んでいったのは、今でも思い出すと笑ってしまう。腹を真っ赤に腫らしただけでなんもなかったんだけどな。……ってそれは今関係ねぇ。

 俺が話したいのはここの崖が火曜日にやってたサスペンスドラマのロケ地に使われていそうなくらい物騒な崖だっていうのと、そこに幾らかの課金をして雪原とファンタジー要素を付け足した様な見た目をしているって事なんだ。まず、崖にはこれでもかってくらい風と波に磨かれた鋭利な氷柱が無数に並んでいて、もうそれだけでファンタジー! だけど、俺が言いたいのはそこだけじゃない。どういう理屈であぁなっているのかわからないけど、崖の側面に尖った燕の巣みたいな塊が所々へばり付いているのだ。そのサイズは大なり小なり様々である。

 テレーゼァに色々聞いてみたいが、海からの風が強すぎて毛皮の貼り付けてある引き車の上から移動する気になれない。ミィに体温調節して貰ってはいるが、常に全部分を一定の温度に保てる訳じゃないからなぁ。流石にそこまで万能じゃないんだよなぁ。

「ソーゴさん。」

 気付けばルウィア達と話していたはずのマレフィムが耳元の傍に来ていた。

「うぉっ!? お、驚かすなよ! 何かあったのか?」
「そろそろ着くそうです。」
「え? でもテレーゼァさん何も言ってないぞ?」
「ルウィアさんが覚えてるそうです。もうそれほど近くまで来ているという事ですよ。」

 なるほどな。ルウィアは初めてじゃないんだもんな。流石に近くまで来たら道もわかるか。っつかそれまでわかってなかった方が問題なんだけどさ。

「あ、そうだよ。なぁ、あの崖下ってどうなってんだ?」
「凄いですよね。正に大自然の神秘と言えるでしょう。どうやら、鱗波《りんば》という現象らしく下から吹き上げる風によって出来るそうです。」
「風が吹き上げてなんであんな丸く膨らむんだよ?」
「そこまでは知りませんよ。しかし、『冰水晶《ひすいしょう》』という物が関係しているらしいです。」
「『冰水晶《ひすいしょう》』?」
「えぇ、水に含まれる特殊な成分が長い年月を掛けて『冰水晶《ひすいしょう》』という氷によく似た見た目の結晶を作るらしいのです。」
「よく似た? じゃあ、アレって氷じゃないのか?」
「氷の部分もあるでしょうね。ですが、全部が全部そうではないとの事です。」

 ややこしいなぁ。氷みたいな結晶ってつまり硝子とか水晶みたいなもんだろ? 割れたの踏んだら痛いだろうなぁ……こわっ……。 

「見なさい! 着いたわよ!」

 テレーゼァが強い風の音や車輪の音にも負けない声量で俺達に”行き”の終わりを告げる。

 ついに……ついに……!

 心に動かされて前脚を荷台前部に掛け遠くを眺めた。まるで散歩の雰囲気を感じ取った犬の様だが、それを揶揄する者もいない。今はこの旅が一先ずの節目を迎えたという事実に浸りたいのだ。

 だが……何も見えないぞ? 前の道は少しの下り坂になっている。眼の前にあるのは長く続いた崖の縁に対し、垂直に切れ込みを入れた様な地形だけ。あれを迂回すると言うのならかなり遠回りしなきゃならなさそう……。いや、それよりもだ。何処にイムラーティ村があるんだよ? 

「テレーゼァさん! 村は何処なんですか!?」

 俺も風には負けていられない。

「そこよ!」
「そこって!?」
「そこの崖の下よ!」
「……崖の下ァ!?」

 俺は目を丸くして前方を遮る大地の切れ目を見る。村があの下にあるって言ってんのか? 村って言うもんだからもっと家とか……。

 そう思った直後に思い出される赤黒きドラゴン。可変種はオリゴの姿で寝る。あのサイズのドラゴンが何頭も集まって寝る様な場所が普通の村みたいな場所な訳無かったんだ。

 これから見られるファンタジーな光景への期待感が少し冷静になった頭を揺さぶってくる。色んな竜人種が暮らす場所というのは一体どんな場所なんだろう。ドラゴンが、俺の……仲間達が……!

「ルウィア、止まって!」
「は、はい!」
「わっ!? どうしたんですか!?」

 アロゥロの問いかけに答えず黙って俺の元へ歩いてくるテレーゼァ。

「坊や、貴方は此処までよ。」
「……え。」

 ”突然”ではない。これまでに何度も話した事だ。俺は村に入らず、代わりにテレーゼァが話を聞く。俺もそれで納得していた。しかし、いざ目的地を眼の前にして言われると、どうにも快く返事が出来ないものだ。……しかし、仕方がない。此処で文句を言ってテレーゼァが協力してくれなかったら意味がないんだ。

「村人はもう坊や達に気付いているわ。もしかしたら”禍着《まがつ》き”の坊やの事もね。これからはルウィア達も発言と振る舞いには気を付けなさいね。大丈夫だとは思うけど、敵対していると思われたら即座に殺されてしまう。そんな場所よ。」
「は、はい……。」
「……わかりました!」
「心得ましょう。」

『チキッ!』

 テレーゼァが全員の返答を確認したすぐ後だった。

『ボゴッ!』

 と、音を立てて引き車の横の地面が隆起する。上に盛り上がった分だけ、下には空洞が出来るのが道理である。つまりちょっとした洞穴が出来た訳だ。

「雑かもしれないけど、少しの間ここに居て頂戴。その間、狩りは禁止よ。ルウィア、だから坊やに食料を。」
「わ、わかりました!」

 慌てて操舵席から降りて座席の下にある物入れから食料を取り出すルウィア。

「ご、ごめんなさい。此処まで付いてきて頂いたのに……。」
「気にすんなよ。俺の目的はテレーゼァさんがなんとかしてくれるみたいだからさ。それより、しっかりと商品売ってこいよな。ここで売上出さなきゃ来年も来れねえぞ?」
「ま、任せて下さい!」
「私もいるから大丈夫だよ!」
「私もおります。」

 とは言いつつもはやはり漠然《ばくぜん》とした悔しさが拭えない。でも、目的を忘れちゃ駄目だ……。しかし、アロゥロはともかくマレフィムが付いていくのはなんか不安なんだよなぁ……なんて考えていると目があったマレフィムが近付いてきた。

「(……その、すみません、私だけ。ミィさんがいるからそこまで心配はしなくても良いとは思うのですが……変な事はしないようにして下さいね?)」
「(大丈夫だよ。私に任せて。それに皆私の分身を身に着けてるんだから何かあった時はすぐに皆に伝えられるよ。マレフィム達も気をつけてね。頑張って守るつもりだけど……限界はあるんだって最近思ったから……。)」
「(私だって立派な大人ですよ? 見くびらないで下さい。だから、その、落ち込む必要なんてありません。いいですね?)」
「(……ありがとう。)」
「(ほら、あんま話してると疑われるかもしんねえから。)」
「(ですね。)それでは、行ってきます。」

 そう言って既に操舵席に座るアロゥロに向け飛んでいくマレフィム。

「少しだけ辛抱なさいね。」
「……はい。」
「サフィーの事ならちゃんと聞いてくるわ。」
「お願いします。」
「えぇ。」

 俺の頼みを聞くと、テレーゼァは背を向ける。

「行くわよ。」
「は、はい!」
「ソーゴさん! ちょっと待っててね!」
「おう!」

 残されたファイが俺を見る。

『チキッ。』

「大丈夫だよ。アイツ等を守ってやってくれ。」

『チキッ。』

 ファイは軽く頷くと高く跳躍して引き車の後を追う。強い風が俺の耳に主張する。

「クロロ。」
「ん?」

 いつの間にかミィは少女の姿になっていた。竜人種は目が良いというのに大丈夫なんだろうか。

「まずは、その食べ物を中にしまおうよ。」
「そうだな。入り口でいいよな? 解けて腐るのも嫌だし。」
「うん。」
「……。」
「クロロ?」

 美味そうな肉が眼の前にあったら、少しくらい摘み食いしたくなるのが男の子ってもんだろう?

「あっ! ちょっと! お腹空いてたの!?」

 カチンコチンに凍った肉の端をガリッと齧る俺。

「口寂しくてさ。ちょっとだけだよ。」
「ちょっとじゃないよ! 結構ガッツリ食べてるじゃない! あぁっ! また!?」
「大丈夫。結構大きい肉の塊がこんなにあるんだぜ? 少しくらい食べても平気平気。」

 ルウィアが置いていってくれた肉はジモジやメッメクチィの肉を冷凍した物と燻製した物だ。よく見たらマレフィムが自分用にと作っていた木の実の燻製も少し置かれている。これ、多分マレフィムに許可とってないよな? 大丈夫か?

 なんて下らない事を熟《つくづく》考えていると、ガッと歯が何かに支《つか》える。だが、おかしい。たかが凍った肉如きに俺の歯が通らない訳……。

「んぐ?」
「駄目!」

 なるほど。ミィに阻まれたら噛める訳がない。その細い腕でどうやって俺の顎を閉じる力を無力化しているんだろう。歯が刺さっても痛くないからって人の口の中に手を入れるのはどうなんだ? しかし、この世の中には俺にすら噛めない水が存在するんだな……。とりあえず、俺は諦めて肉から口を離す。

「……ミィ。」
「何? お肉ならお願いされても許さないからね? ”ちょっと”だけって言っても全部はその”ちょっと”が集まって出来てるんだから!」
「いやいや、そうじゃなくてだな。」
「うん?」
「狩り、行こう。」
「えぇ……?」

 俺はよくよく見て欲しいと言いたげに足元に積まれた肉の塊を指で指す。

「常識的に考えるんだ。俺がたったこれっぽっちの肉で満足出来ると思うか?」
「まぁ……それは……そうだけど……。」
「だろ?」
「でも、竜人種ってそんなに食べなくても我慢出来るんでしょ?」
「普通の竜人種ならな。」

 そう、”普通”の竜人種なら長い期間何も口にしないでも平然としていられるらしい。だが、生憎《あいにく》俺はその”普通”じゃないんだよ。障害を抱えているんだ。精神肥大症っていう厄介な物をな。

「精神肥大症っていうのは食ったもんをアストラルの精神に変えちまうって事なんだよな?」
「みたいだね。」
「って事は食ったマテリアルがそのまま身体の養分になりきっている訳ではないって事だ。只管《ひたすら》に燃費が悪いんだよ。」
「……つまり、もっと沢山食べないと餓死しちゃうんじゃないかって?」
「そういうこと。」
「うーん……ありえなくはないけど……考えすぎなんじゃ……でももしもって事もあるし……。」
「命は一つしかないんだ。ここでそのもしもが起きたらどうするんだよ。」
「そう、だけど……。」

 とりあえず洞穴の入り口に肉を置き、雪を掛けてちょっとした瘤《こぶ》のようにする。何処に隠したか見失わない為だ。

「本当に行く気なの?」
「あぁ。テレーゼァはこんなに頼りになるミィを知らないんだ。だから見苦しい狩りをしてドタバタ騒いだら他の竜人種に警戒されるって思ったんだろ。でも、ミィが手伝ってくれたら一瞬じゃねえか。」
「私は手伝わないよ。」
「えぇ!?」
「だってあのテレーゼァって子の言う通りやっぱり自分で狩らなきゃクロロの為にならないと思うし。」
「そんな事言わずにさァ! 餓死しちまうんだぞ?」
「バレそうになったら私が氷の膜を張って誤魔化す、くらいはしてあげる。」 
「た、頼むよぉ!」
「ダーメ! そうと決まったらほら、行くよ! 大丈夫。クロロを死なせたりなんてしないから。ふふっ、明るい時間の狩りなんて久々じゃない?」
「あ、ちょっ、待てよ!」

 此処等のベスは俺一人じゃ荷が重いってのに……!

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