ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第109頁目 神様って幸せなの?

 赤黒き暴走竜の襲撃を退けた後は平穏そのものであった。しかし、村の近くで下手に動かない方が良いというテレーゼァの意見に従いその夜は全員共に火を囲んだ。食料は冷凍肉を申し訳程度に手を加えた物が中心だ。俺どころかテレーゼァを満足させられる程の量こそ無いが、竜人種の特性上俺達は空腹に強い。アロゥロも本来は水だけで済む種族だし、ミィとファイは食事をしないし、マレフィムはこのサイズである。それでも食事はするのだ。俺達は美味という心の栄養の為に食事をする。健全なアストラルを保つ為に。……まぁ、美味って言えるほど美味しくないんだけど。

「あぁ……寒い地域は火傷の心配が無くて助かります。」

 と、ルウィアが雪に刺し込んであった串焼きを齧る。便利だからって焼いた肉を雪で冷やすのはどうかと思うんだけど……種族によって体質が違うし温かい料理が美味いっていうのも前世の印象というか…………そう言えばなんか焼いた肉より生肉の方が美味しい感じがするな。前世では生肉なんて食べなかったけど、今生はそういう嗜好って事なのか? それともそれが竜人種っていう身体なのかな? でも、味がしっかりついた料理もそれはそれで美味しい。うーん……。

「熱いのが好きな人も多いんだよね。」
「人も、というか普通は加熱をしますね。熱を通すとお腹を壊し難くなると言いますし、食感も大きく変わります。それを楽しむのですよ。」
「へぇー! 熱を通す前と通した後かぁ………………炭?」
「炭ではありません。炭になる前ですよ。」
「焦げ?」
「うーむ……焦げでも無いんですけど、専門的な知識は学者様に聞かないと私も説明出来ないですね……。」

 なんだったっけな? タンパク質がどうたらこうたらで、酸化がどうたら? あれ? 違う? まぁ、いいや。それをフマナ語でなんていうのかわかんねえし、正解も忘れてる。

「アメリさんでもわからないんだね。娯食《ごしょく》って奥が深いのかも!」
「……若い内から美食を知ると大変よ。」
「そうなんですか?」
「えぇ。昔は美食に呪われて死んでいった人が沢山いたと言われてるわ。」
「呪われて……?」
「大袈裟に言っているだけよ。結局は何でも突き詰めようとすると誰も手に入れてない物に手を出そうとするの。やがて、禁忌にすら涎を垂らすようになるわ。例えそれが親友や家族の血肉であろうとね……。そうやって身を滅ぼすというお話。」

 青ざめた顔をするアロゥロ……。皆口を噤《つぐ》んでしまった。

「冗談よ。」
「じょ、冗談になってないです! 怖いですよぉ!」
「あらごめんなさい。」
「趣味が高じてフマナ様の恩恵すら踏み躙《にじ》ってしまうというのはなんとも恐ろしい話ですね。」
「で、ですね……気持ちがわからないです……。ペッペゥやチキティピより家族が美味しく感じてしまうなんて……。」
「いや、わかっちゃ駄目だろ。」
「そうだよ!」
「あ……そうか……。」

『パチンッ!』

 と、焚き火が一際強く弾けた。まるでもう旅が終わってしまうかの様に感じてしまう切なさが胸に降る。早いよな。旅の半分も終わって無ければ、本番もこれからだって言うのに……。

『ボゥッ!!』

 突然の突風に火が悲鳴を上げる。こっそりとミィの魔法を借りて雪で風除けの壁を作っているのだが、それでも風というのは完全に防げる物ではない。引き車を壁にしても車体の下からはゴウゴウと隙間風が入ってくるし、完全に雪で囲ったら酸素が無くなってしまう。アロゥロはミィに体温調節して貰えなかったらいつもの明るさを保てないだろうな。

「流石に風が強いわね。老いた身体には辛いわ。」
「私も飛ばされそうですよ。海が近いせいだと仰っていましたね。」
「そうね。もう少し北に進めば崖下に広がる荒々しい海が拝めるわ。」
「いいなぁ。見てみたいなぁ、海。」
「でもその……引き車が倒れたらいけませんからね……。帰りに少し見るくらいなら大丈夫かと思います。でも、村は海沿いですから着けば見ることが出来ますよ。」
「そうなの!? やった!」
「でも入ったりは出来ないわよ。海は崖の下だもの。『泳竜《えいりゅう》』と縁を結べれば別だけれど。」
「こんな時期にこんな場所で海に入ったら死んじゃいます! でも村には『泳竜《えいりゅう》』もいるんですね!」

 『泳竜《えいりゅう》』……また新しい単語だな……竜人種の一つの分類みたいだけど……文脈と字面から考えるに泳げる竜人種って事なのかな。首長竜みたいな感じの。あぁ……でも、ドラゴンと恐竜って違うよなぁ。見ればわかるか。

「世界でも極端に数が少ないと言われている真の竜人種という方達が集まる村……もしかしなくても貴重な体験ですね。これだけでもご一緒させて頂いた価値を実感致します。」
「数が少ないって……貴方達に言われたくないわよ。神聖なゴーレム族を連れている行商人なんて竜人種より少ないんじゃないかしら。」
「た、確かにそうかもしれませんね。」
「やっぱりファイって珍しいんだね。」

『チキッチキッ。』

 頷く動作をした後小躍りする様に身体を一回転させるファイ。

「(……こいつ、身体が小さくなってから少し性格変わってないか?)」
「(あぁ、前の身体だとすぐに何か踏み殺しそうで怖かったんだって。)」
「(!? ミィ、会話出来るのか!?)」
「(あれ? 言ってないっけ?)」

 ミィにとっては取るに足らない事実かもしれない。だが、それは俺にとって限りない真理への近道と言えた。一瞬で色んな欠片が俺の頭を埋め尽くす。ミィの正体、ファイの使う数字、文明の象徴である機械、地球への手掛かり………………。


 ――――日本への帰り方。


「(…………ッ。)」

 それでも……。

「(クロロ……?)」

 口は開かない。

「(……なんか、怒ってる?)」

 俺は母さんに認められたい。でも、それは”この世界”に産まれて色々嫌な目に遭って……それを清算する為にやろうとしてるんだ……。なのに、元の世界に帰れるという選択肢を見付けてしまったら……?

 それでもまだ俺は”この世界”に執着していられるのか?

 聞きたい。

 聞いてしまいたい。

 だが、もう独りの俺が耳元で囁くんだ。

「帰る手段なんて無いって言われたらどうする? そして、危険思想の持ち主としてミィやマレフィムが俺から離れていってしまったら? そしたらお前は今後の人生にどう責任をとるつもりなんだ?」

 俺は弱い。

 誰かの力を借りなきゃ生きてなんていけない。

 ……ちくしょぉ。

 だから、俺は……。

「(……怒ってなんかねえよ。ただ驚いたんだ。これからファイに何かあればミィに頼むよ。)」
「(うん。任せて!)」
「だからファイはそんなに珍しくないんだよ。」
「テラ・トゥエルナにはそんなにゴーレム族が眠っているのですね。」
「もう何年もテラ・トゥエルナには行ってないけども……確かに記憶では眠るゴーレム族を何人か見た気がするわね。でも、ファイがゴーレム族の中でよく見る種族というだけでゴーレム族が珍しくない訳ではないでしょう。」
「そうですよ。まず起きているゴーレム族というだけでどれだけ尊き存在だと思っているのですか。今のファイさんとの関係を過激なフマナ信者に見られたら怒られてしまうかもしれません。」
「えー! でも悪い事してないんだよ?」
「そ、その、アメリさんの言う事はそんなに間違ってないんです。フマナ様を思う形は人それぞれですから……。」

 気付けば会話に置いてかれていた俺。皆仲良くなったよなぁ。最近はマレフィムがアロゥロの肩に乗ってルウィア達と話すものだから少し寂し………………なんて事は微塵も思ってない。全くな。俺にはミィがいるし。夜になったら嫌でもマレフィムと話さなきゃだし。

「テレーゼァ様はやっぱりイデ派?」
「そうね。」
「アメリさんもだっけ?」
「はい。今ここでシグ派はルウィアさんだけなのでは?」
「えぇ!? ルウィアってシグ派なの!?」
「え、えっと……はい。」

 そう考えるとこれって種族も国も宗教も違うカップルって事になるのか? まだ、カップルじゃねえけど……。イデとかシグとかよくわかんねぇけど大変だなぁ。この世界は生まれた時に加わるステータスが肉体だけじゃないって事だもんな。思想までどっちかを強制されるなんて……でも前世でも似たような雰囲気はあったか。楽して生きたいって思ったら怒られるし、負けて悔しいと思ったら女々しいって言われて、がさつだとオッサン臭いとか……そんな考えの押しつけなんて何処に行っても変わらないのか。結局人は自分の為に動くんだよな。

「シグ派になった可変種はオリゴに影響が出るって……。」
「そ、そうですね。でも、その……影響が出るだけですよ。悪影響ではありません。」
「植人種とかじゃなければデミの身体って結構不便じゃない?」
「その、不便なだけであったならフマナ様はこの姿にならなかったと思います。それに、種族の違う方とも近い目線で語り合えるというのはとても……素敵な事だと思うんです。」
「それはぁ……私もそうだと思うけど……。私は、時々なんでフマナ様がこの世界を創ったのかなって考えるの。変な事言うかもしれないけど、私がフマナ様だったら幸せしか創らないと思うんだよね。」
「えっと、幸せ……ですか?」
「うん。海も山も太陽もみーんな素敵だけど。でも、結局のところ幸せで良いんじゃないかなって。」
「…………その幸せの形が海や山や太陽なのよ。」

 ルウィアとアロゥロの会話に黙っていたテレーゼァが入ってくる。しかし、なるほど。物じゃなくて気持ちか。世の中酒池肉林で埋め尽くされればいい的な? ある意味一歩先を行った答えとも言える。この世界的な例えで言えばマテリアルなんていいから健全なアストラルだけで良い……みたいな? アロゥロって意外と哲学家だなぁ。

「アロゥロ、物事には終わりと始まりがあるでしょう。でも終わりと始まりだけが在るというのはありえないの。所謂《いわゆる》”影”というべきかしらね。頭の中で何も遮る物がない空間に光を置く。そこには決して影は存在しないわ。でもこの世にそんな場所は存在し得ない。それと同じ様に終わりと始まりには過程が付いてくるの。幸せは終わりと始まりに過ぎないのよ。あの煌めく星空も、その揺らめく火も、貴方自身も、幸せから産まれて幸せに向かう過程ね。」
「……………………凄い!!!」

 アロゥロの突然な反応を受け軽く痙攣した様に驚くテレーゼァ。

「……何かしら?」

 取り繕うの上手いな。

「そんな事考えた事もなかったです! テレーゼァ様凄い!」
「過程ですか……。深いですね……勉強になります。」

 マレフィムは頷きながら軽く羽をパタつかせて気分良さげに筆を走らせる。

「やぁね。なんだか照れ臭いわ。ただ何を過程に何を結果とするかってだけの話よ。」
「色々知りたい。沢山の人と仲良くなりたいと思ってました。でも、この世界を創ってフマナ様はお離れになってしまいました。それはフマナ様にしかわからない理由だったって事なのかな? 私達はフマナ様が与えて下さった物で幸せになっていいって事だよね?」

 お離れに……? やっぱりフマナ様って元々この世にいた設定なのか? 

「えっと、それについては色々研究されてるみたいですけど。一つ確かな事があります。それは、僕達から幸せを奪うことはしなかったという事です。」
「そうですね。万能なるフマナ様と共に在れば決して真の幸せは手に入らなかった。とも言われております。フマナ様は私達の為にお離れになったと。」

 学年順位が並でも優等生が傍にいたら馬鹿に見える的な感じか? そんな馬鹿なこじつけありなのかよ。

「イデ派の中にはお離れになったのが私達を創ったという失敗からだって言う人もいるけど、テレーゼァ様の言う通り私達が幸せから生まれたって考えたらそんな事はないんじゃないかなって思えるね。」
「そんな方達もいるんですね……。」
「シグ派と違ってフマナ様を超えるって思想だから、拗らせるとそうなっちゃうんだよ。」
「ま、まぁシグ派にも”そもそもデミにならなければフマナ様と似ても似つかない可変種はベスと変わらない”って言う人達もいますからね……。」
「そんな人居るの!?」

 結局宗教なんてそんなもんだよなぁ。どの世界もまぁよくもそんな下らない物が流行ってるもんだ。皆神じゃなくて自分の信じたい考えを信じてるだけじゃねえか。でも……そうだな。神の視点から見た自分が生まれた意味っていうのは考えた事がなかった。幸せから……ね。ロマンチックだこと。

「世の中自分の事情を押し付ける輩で溢れかえってるわ。貴方達は偶々《たまたま》それに出会わなかっただけ。」
「ックチン!!!」
「あら。」

 場の空気に勢いよく息を吹き込んだのはマレフィムだ。妖精族の身体は小さい。それはつまり体温が気温の影響受けやすいという事でもある。身体はミィに包まれているはずだが、顔まではカバーされていないと冷える箇所もある訳で。

「お、お恥ずかしい……。」
「……もう寝ましょう。恐らく明日には村に着くと思うわ。」
「で、ですね。」
「アメリさん、こっち!」
「あ、ありがとうございます。失礼します。」

 焚き火で温められたアロゥロの胸に誘導されるマレフィム。そんな事しなくてもミィに温めて貰えばいいのに。でも、あれもコミュニケーションの内か。因みにアロゥロは寝る時に蔦植物へと戻るので、マレフィムは潰される心配も無く共に寝る事が可能なのだ。

 俺ももう眠い。

 悩みも苛立ちも、夢の中じゃ朧気になる。

 心の麻《しび》れも堕ちた灯火も悉《ことごと》く潰《つい》やし、絢爛《けんらん》な天井を見上げて夢を泳ごう。

 今日は昨日と斉《ひと》しい日。

 そう思いながら。





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