ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第108頁目 何もかも真面目に考えてたら疲れちゃうよね?

「テメェ! コラ、ババァ! 離しやがれ!」
「坊や達は近寄らないで。私が魔法で捕まえてるだけで、この子はとても強いわ。」

 雪だるまに埋め込まれたみたいな姿に成り果てたドラゴンを見る限りそこまで強そうに見えないが、先程までのテレーゼァとの戦闘でわかる。コイツがどれだけ強いのかが。もしかしたら大きかった頃のファイとも闘《や》りあえるんじゃないか? しかし、それすらも封じ込めるテレーゼァ……強すぎるだろ……。

 因みに、ドラゴンは仰向けに倒され口を空に向けられている。いつ隙を見付けて息吹を放ってくるかわからないかららしい。

「ザズィー……貴方が私に勝てる訳無いでしょう……。」
「誰がそう決めたんだァ゛!? ア゛ァ゛!?」

 すげぇ……その格好で啖呵切れるのかよ……。怒ってるのはわかるけどさ……。

「何故私を狙ってきたの? まさか、遂にゲラルから排除命令が降りたのかしら……?」
「アイツなんかどうでもいいんだよ! ムカつく奴がいたらブッ殺すッ! 常識だろうがッ!」
「……はぁ。それだとなんとなく腹が立ったから襲った相手に打ち負かされたって事になるけど、良いのかしら?」
「……チッ……げぇッ!!」
「……ッ!?」

 力を振り絞ったのか、ザズィーと呼ばれるドラゴンの身体が突如爆煙に包まれた。……近寄ってたら怪我をしていたかもしれない。ドラゴンは土煙を熱風で吹き飛ばし声高々に叫ぶ。

「ババァ! テメェは村を、竜人種を捨てたッ! ゲラルのクソジジィは何も気にしてねぇみてぇだが、真の竜人種でありながら誇りを汚す行為をしたテメェは死罪だッ! 俺が殺すッ! ……覚えとけッ!!」

 物騒な口上だ。しかし、覚えとけと言ったぞ。それはつまり一旦退散するという事。赤黒いドラゴンはくるりと踵を返した。だが、ギロッと長い首を此方に向けて睨んだと思えば口を開ける。

「ッッッッッッッ殺ス!!」

 そして、そのまま飛んでいくドラゴン。辺りは完全に荒れ地となってしまった。完全なる災害である。

「なんなのかしら……相変わらず扱いづらい子だわ……。」
「こ、怖かったぁ…………ルウィア? ルウィア!? ねぇ! ルウィアが死んじゃった!」
「いえ、気絶ですね。アロゥロさん、無意識にずっとルウィアを抱きしめてましたから。」
「えっ!? 嘘!? お、起きて! ルウィア!」
「へぶぶぶぶぶ!?」

 大騒ぎしながら俺に倣《なら》って蛙姿に戻ったルウィアの顔に水を掛けるアロゥロ。

「坊や達に被害は無さそうね。安心したわ。」
「ありがとうございます! おかげで助かりました!」

 一先ずはテレーゼァに礼を言わなきゃな。もし彼女が居なかったらどうしようもない戦いが始まっていたかもしれない。死ななかったにしても、ミィやファイがあのドラゴンを殺したなんて事になってたら村で商談を……なんて場合では無くなってしまうからな。しかし……。

「アレ、誰なんです? 村の人?」

 既に何処かに行ってしまった赤黒いドラゴン。仲間、だと思ったんだけどな……。村人が全員あんなんだったなら母さんの情報なんて……。

「ザズィー……ザシュルズィード・アズライグ・ティガルボルッフ。……帝国騎士『葵《まもり》』の団長の……次男よ。」
「えっ……。」

 『葵《まもり》』の団長の……? それって……。

「つ、つまりあの人はウィルさんの息子……? って事ですか?」

 次男……俺が何男か知らないけど、アイツが俺の兄だって言うのか……?

「ウィルの? どうして? ザズィーの父親は団長のブレンダン・アズライグ・ティガルボルッフ。三番隊隊長であるウィルの上司よ。」
「え、あ、団長、ですか。ウィルさんは隊長、ね。」

 は、早とちりだった……よく考えたら族名とかも違う気がするしそりゃそうだよな……。びっくりした……親族まだいるんじゃんって喜びそうになっちまった……。

「気性の荒さは相変わらずだったわね。父親譲りなのはわかるのだけれど何故こうも極端なのかしら。」
「その団長さんもあんな感じなんですか?」
「普段はとても冷静よ。でも戦いの時の荒ぶり様は正に瓜二つね。でも、普段の冷静さは兄であるジグルが全て受け継いで……って言ってもわからないわよね。本当に歳をとったものだわ。ついつい余計な事まで話しそうになってしまうなんて。」
「余計だなんて事は……。」
「まぁ、心配しないで。ザズィーはあんな事言ってたけど、ゲラルが私に強く出られる訳ないわ。にしても、何がしたかったのかしらね。狩る訳でもなく、ただベスを殺すだけだなんて……。」
「確かに。最初は俺達に気付いてないみたいでしたよね。」

 だが、そもそもの疑問はそれよりも前に遡《さかのぼ》る。

「最初、ベス同士が争ってましたけど……。」
「白蛇《しろへび》族の『剣奴《けんど》』とウナね。ウナは単に此処を縄張りにしていた群れでしょう。」
「その白蛇族とか『剣奴《けんど》』って……?」
「白蛇族は此処等を縄張りにしてる亜竜人種の外族の一つよ。自分達はあまり表に出ず、先程のベスを戦闘用の奴隷として使役するの。」
「奴隷……。」

 忘れてたけど、この世界には奴隷がいるんだっけか……。オクルスでもタムタムでも見ることが無かったもんだからあまり意識することは無かったけど……それのイメージは前世の知識のせいかこれ以上無く”悪い”。いや、でも、『奴隷』は奴隷じゃないのかもしれない。俺がフマナ語で聞いている言葉は『使役される者』という意味だ。そのフマナ語を日本語で奴隷と翻訳しているだけ。もしかしたら、もっと雇用者と被雇用者みたいな平坦な関係性かもしれないよな。……でも、自分は表に出ない代わりに獲物を狩らせるって……いやいやいやいや! 白蛇族は白蛇族で自分達の仕事があるんだろう!

「じゃあ、狩りを横から邪魔したって事ですか?」
「そうなるわね。……でも、ザズィーの事だから腹癒《はらい》せの可能性もあるわ。」
「腹癒せ……。」

 あれは子供がなんとなく蟻の行列を踏み潰して刹那的な快楽を得るのと同列の行為なのか……。ネズミのベス一匹を屠る事すら躊躇いがあった俺とは余りに遠い……違いすぎる人種だな……。

「何にせよ。もう村が近いという証よ。あのベス達こそ、竜人種の村の近くで騒ぎを起こすなんて自殺行為だったわね。」

 俺は何も言わない。だが、その不遜な態度と行いが赦されるのが”真の竜人種”と呼ばれる者達だと理解は出来た。何故なら、あたかも死んで当然みたいな言い草をするテレーゼァの瞳からは微塵の哀れみも感じ取れなかったからだ。

「うん。引き車に問題はなさそう!」
「セクト達も落ち着いてきたようです。」

 個人的な話をしている間、丁寧に引き車の状態を確認していたアロゥロとルウィアがオールグリーンと告げて来る。

「村に行けばあの様な竜人種の方達と沢山会える訳ですね。」
「アメリは呑気だなぁ……。」
「ソーゴさんと違って私は気兼ね無く村に入れるのが幸いです。」
「それはどうかしらね。竜人種は排他的よ。あの村はまだ寛容な方だけれどね。それと地形の問題もあるわ。」
「地形ですか? 私はソーゴさんと違ってしっかりと飛べるのでどんな地形でも問題ないと思いますが。」
「一言余計なんだよ。」
「……着けばわかるわ。」

 少し含みを持たせて荒れた大地を歩き始めるテレーゼァ。

「ソーゴさん! 早く乗って!」
「わかってるよ!」

 アロゥロに促されて脚力強化で飛び乗る俺。そう、最近気付いたんだけどね。荷台の上って普通に爪引っ掛けて上る事も出来るし、なんなら魔法で一跳びなんだよね。あァ馬鹿らしい。

「セクト達、テレーゼァさんがいれば安全なはずだから……! もう少しだけ頑張って……!」

『『『キュォイッ!』』』

 言葉を理解した訳では無いが、ルウィアの思いは伝わったんだろう。セクト、ローイス、ラビリエは息の合った返事をしてテレーゼァの後を追うように走り出す。

『チキッ!』

 遅れてファイが力強い跳躍で付いてくる。後ろの守りは任せろって感じかな。


 ……はぁ……眠気が一気に吹っ飛んじまった。


「(クロロ、なんか落ち込んでる?)」
「(落ち込んでるっつうか……悩んでる。)」
「(何を?)」
「(何をって…………俺、竜人種の仲間に会えばさ。色々と知る事が出来ると思ったんだよ。)」
「(うん。実際その通りだったじゃない。まさか白銀竜だけじゃなくて父親の事もわかるなんて思わなかったし……嬉しくないの?)」
「(あぁ~……うん。嬉しいかって言われると嬉しい、のかな? でも、親戚も父親も全員死んでるらしいし……。)」
「(知らない方が良かった?)」
「(そんな事は…………どうだろう……。)」

 父親の存在なんて知らない方が良かった。そういう面もあるだろう。それはまるで穴のないドーナツがある事を知ってしまった時の様な虧損《きそん》的感覚と言うか……。広く感じていた部屋が鏡面による錯覚だと気付いた時の概念的毀損きそん感と言うか……。まぁ、つまりは”損”なんだよ。”損”をした気分なんだ。

「(いや、でも、独りじゃなかったっていう嬉しさもしっかりあったんだよ。でもさ、あぁー! なんだろうな! 情報ってのは多すぎると頭が痛くなる! これじゃあ喜びも悲しみも噛まずに飲み込んじまう!)」
「(ふふっ、食いしん坊のクロロらしい言い回しだね。)」
「(父親がいたとか、それが帝国騎士の隊長だったとか、親族は殆ど死んでるとか、父親の上司の息子がグレてたとか! 俺はどれに何を想えばいいんだよ!)」
「(クロロ、考える事はね。義務じゃないんだよ。精霊は君達と違って果てしない時を生きるの。それを全て正面から受け止める事はしない。そんな事をしたらアストラルは死んじゃうからね。自分の出来る事を出来る分だけやるんだよ。私達みたいに朽ちないマテリアルを持っていなくてもいい。君がそれについて考えることは進行である事に違いないんだよ。)」
「(幾つかは放っておいていい問題かもしれないけど、そうじゃないのもあるだろ。母さんを探す為にも父親や親族の件はなんとか整理しないと……!)」

 目を背けていては母さんと繋がる情報をいざと言う時に取り出せないかもしれない。それは好機を逃がすって事だ。その好機が二度も三度もあるとは限らないだろう。だからこそ、俺の中で父親や親族について割り切らないといけないのだ。

「(そうだろうね。もしかしたら、親族繋がりで白銀竜を辿れるかも、或いはウィルって人がクロロの父親だって明かす事になる可能性だって〇《ぜろ》じゃない。でもね。心の整理は宿題じゃなくて予習なんだよ。)」
「(予習……?)」
「(そう。出来事はありのままから変わらないの。それをどう捉えるかはこれからクロロが新しく決めるんだよ。やらなくても咎める人はいない。上手く飛ぶ為に雷雲を避けるんじゃなく翼を鍛える……って感じ?)」
「(なる……ほど……?)」

 わかるようなわからないような……。

「(クロロは時々凄く真面目になるよね。なるようになるよ。)」
「(なるようになるってそんな無責任な……。)」
「(無責任で良いんだよ。誰だって自分の行動した結果を全て受け止めてる。言葉でくらい無責任になったってフマナ様は怒ったりしないよ。……多分。)」
「(言葉でくらい無責任に……。)」

 なるようになる。それはミィが長い年月を生きてきて至ったあるべき姿勢なのかもしれない。全ての人はどうにもならない世の中をどうにか出来る範囲で身を守って生きている。その経験が積まれれば積まれる程、腕の届かない範囲が如何に多く近く遠い場所なのか実感するのかもしれない。ミィからすればほんの一瞬に違いない俺の人生。ミィはこれまで何を積み何を崩していったのだろう。月の裏側の様に不明瞭なミィの過去。そこにいるのは神か悪魔か……。

 いつかは知ることになるのかな……。

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