ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第86話

「いっけぇええええええええええ!!」
「ソーゴさん!?」

 俺は叫ぶ。届いて欲しいのは声じゃない。ありったけの思いを込めた魔法だ。俺の伸ばした一本のアニマから細く強く圧縮された水が発射され敵の本体に当たる。不都合な事に敵の本体は球体だ。なので、この威力を丸っと受け止めてはくれないだろう。だからこそ、出来る限りの力を! ここに!

『ガ、ガガッ!!』

 想定外の衝撃に傾くボディ。八つの光は想定通りこちらへ向いた。

「やっぱ傷付かねえかッ! でも、脚くらいならッ!」

 俺は標的を脚に変えようとしたが、惜しくもその巨体とは思えない軽やかなステップで躱されてしまう。少しは掠ったようだが……駄目か……! しかし、奴からの標的は移った。ここには高威力の射撃をしてくる硬い敵と、低威力の攻撃しかしてこない上に一撃で殺せる程度の邪魔な敵がいる。奴が選んだのは狙い通り後者らしい。

「来ました!」
「あぁ! 成功だ! 後ろに下がるぞ! まさかこの期に及んで体当たりなんてしてこないはずだ! 奴は、攻撃を当てやすい距離まで近づいてくるだけ! 俺等が逃げないとここには来ない!」
「はい!」

 大声で認識の共有をしつつ後退する俺達。少し遠くにいるからって光球を射ってこない訳じゃない。ゲームだとこういう時はジグザグに……!

「ってそんな余裕ねえ! マレフィム! お前は狙われてないから飛んで逃げろ! 危なくなったら助けてくれ!」
「わかりました!」
「ってさっそくぅ!?」

 マレフィムが高速で上昇すると同時に俺の身体が風で横に吹き飛ぶ。咄嗟《とっさ》に翼を縦に立てて横風を受けやすい体勢をとったのだが、想像以上に風が強かった。だが、俺が居た場所が爆ぜる様を見て結果良ければ良しと思い改める。

「走って下さい!」
「わ、わかってるって!」

 やばいやばいやばい! 今打ち込まれたら……!?

『バキャァッ!』

「……へ?」

 轟音に振り返る。奴の姿が消え、残るは白い煙が立ち昇る空白。あれは、氷が砕ける……。

「あ!!」

 そう叫んだマレフィムは敵の居た方向ではなく、空を見つめていた。俺もその視線を辿る。闇夜から落ちる八つの流れ星……いや……! 

 あれは……!


「ファイか!」


 俺は打ち合わせもしていないファイが、こちらの思惑通りに動いてくれた事に歓喜の声を上げる。あの高さからあれだけの質量をぶつけられたら流石に少しは怯むだろう。

『ギャィンッ!』

 落下と共に金属が穿たれる音と衝撃が冷気を孕んだ白煙を吹き飛ばす。そして……。

『ヂュィィィィィン!』

 敵にのしかかっているであろうファイが、穴の奥に向けて今迄より高出力の光線を放った。立ち昇り始める闇夜へ馴染んでいく黒煙。それを目で捉えると体中に妙な虚脱感がやってくる。

「……勝った。」
「……ですね。」

 気付けば傍に飛んで来ていたマレフィム。アイツから何かを聞き出す事は出来なかったけど……この戦いを生き抜けただけでも……。



『――ビシュウゥゥゥゥゥゥン!』



 突如空へ放たれる一本の光矢。

「……は?」
「何が――。」

 それから間も無く衝撃音と共に穴の外へ吹き飛ばされるファイの身体。放物線を描いて無造作に地面に打ち付けられるソレからは既に偽りの感情すら伺えない。千切れた数本の脚と穴の開いた本体。


 ……恐らく、事切れて、いるのだ。


『ギュィッ、ギュィッ、ギュィッ、ギュィッ。』

 穴の底から規則的な音が聞こえてくる。これから起こることを考えたくない。絶望が穴から這い出る前にここから立ち去らなくては……! いや、今なら追い打ちを掛ければなんとか!?

 無理だ! さっさと逃げろ!

 でも、そしたらファイは……!

「ファイ! ファイィ!」
「アロゥロ! 待って!」

 その声で我に返る。ファイの元へ走る少女の影。アロゥロだ。その後をルウィアが追いかけて止めようとしている。あいつらは逃げる事なんて考えていないじゃねえか。アロゥロはファイを、ルウィアはアロゥロを気に掛けている。

 それなのに俺は逃げるのか?

「ファイ……! なんで……! やだ……いやだよぉ……!」

 ファイの元へ駆け寄り涙を零すアロゥロ。それにファイは反応するどころか、顔に何も表示されない。やはり……ファイは……。

「アロゥロ! 今は駄目だ! じゃないと――。」

『ギャンッッッッッ! ガギッ……。』

 穴の底から一跳ねで標的の元へ飛び降りる無慈悲そのものは着地と共に少し体勢を崩す。本体にはファイによって開けられたと思われる大穴が開いていた。やはりノーダメージとは言えない状態なのだろう。そんな奴が狙うのはファイなのか、それとも残りの不穏分子か……。どちらとてやる事は変わらない。奴は初めてその脚を振りかぶった。

「ぁ……あぁ……あ、アロゥロ……!。」
「ふ、ファイ! 起きて! じゃないと……!」
「アロゥロ! お願いです! 聞いて――。」
「やめろおおおおおおお!」

『ギャァイィン!』

 俺の叫び虚しくその冷酷な爪はルウィア、アロゥロ、ファイのいる空間を引き裂く。もう動きもしないファイの身体は大きく回転し、ルウィア達の柔らかな肉体は……。

「る、ルウィアさん!」
「ファイ!」

 マレフィムが驚いた様な声でルウィアを呼び、尚もアロゥロの悲痛な声が聞こえた。

「……蛙? オリゴか!」

 俺も事態を飲み込んで浅い安堵を抱いた。ルウィアが大きな蛙の姿へと戻り、アロゥロを抱きかかえて高く跳躍していたのだ。どうやら必殺の一撃を間一髪で避けられたようである。しかし、敵も標的をファイからルウィア達に変えたのか、強く地面を踏み込んでその巨体を空中から落ち始めた二人に叩きつける。

「……よ、避けられ――ぁぐッ!」
「きゃああっ!」
「ルウィア!」

 ルウィアは咄嗟にアロゥロの身を投げるも、モロにタックルの衝撃を受けて吹き飛ばされてしまう。アロゥロは軽く当たっただけで済んだので、そこまでダメージは負ってない様だが、それが逆に悪手であった。アロゥロは敵のすぐ近くに落下したのだ。

「……まずい。」
「ッ!!」
「アメリ! 俺も行く!」

 俺は今から起こる最悪のシーンを何が何でも避けたいと思った。それを隣にいたマレフィムも考えていたのか、すぐにアロゥロに向かって飛んで行く。俺もそれに続くが、敵の前足は疾うに振り上げられていて……そのまま袈裟斬りの如く下ろされた。

「……クッソォォォォォオオオオッ!」

 間に合わない。だが、脚は止めない。それでも見たくない。

『ギャンッ!』

「ぁぁぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 俺は気付けば目を瞑っていた。だから、何が起きたのかは見ていない。だからその声しか情報は得られなかった。ただ、それすらも俺の予想と違っていて……俺は走り続けながらも目を開ける。

「ルウィア……?」

 アロゥロの細い声が彼の名を呼ぶ。先程の叫び声はルウィアの物だったのだ。ルウィアはあれだけの巨体に激突され、そのまま激しく大地に撲りつけられようと尚も諦めずその健脚でアロゥロを突き飛ばしたのだ。

 ――自らの身体と引き換えに。

 地面へ拡がる小さな染み。それは俺の大好物であるはずの、血。

『ギュギィン、ギュイン、ギュゥン、ギュイン。』

 気付けば走るのを止めていた俺に聞こえるのは、無機質な駆動音と、啜り泣く少女の声だけ。それだけが俺の鼓膜へ主張する。

「ゃだ……いやだ……ルウィア……。」


 どうすれば良かった?


 今更ルウィアの命を悼《いた》むのか?


 ただ逃げる事しか考えなかったお前が?


「ソーゴさん! この距離なら私達の魔法でも少しの影響は与えられるはずです! でないと今度は……!」
「……あ、あぁ!」

 ……そうだ。ここで集中を途切らせちゃ駄目だ……! 水を撃ち込むんだ……!

 ……逃げなくてか……? ルウィアは食われる側だったんだ。 雪山にあるマーテルムの村。それだけで情報は充分だろ? アイツはベスに成り下がったんだ。

 それなら、ほら。


 ――哀しくないだろ?


「うあああああああッ!」

 マレフィムが叫びながら空気砲を敵にぶつける。金属の身体に当たり弾ける風が土や砂利を吹き飛ばして俺の身体に微かな痛みを与えた。今は……今は無駄な事を考えちゃいけない! 少なくともアロゥロはまだ生きてる……!

「ルウィアさんを……! ルウィアさんを、よくも……!」
「うおおおおおおおッ!」

 俺は超圧縮した水に心を満たす全ての感情を込めてぶつける。怒り、憂い、哀れみ、寂しさ、安らぎ、怖さ等々、圧縮しきれなかった水は目の端から溢れていく。何がいけなかったのか。どうすればよかったのか。そういった疑問を自分に投げた瞬間から俺は瞼一枚ですら動かせなくなるだろう。

『ガ、ギギギッ……ギッ……ガギッ……。』

 横からの強い圧力に抵抗し動きが鈍くなっている。

「今です! アロゥロさん! 離れて下さい!」

 そうマレフィムが叫ぶが、アロゥロは泣きながら無言で首を横に振ってルウィアから離れようとしない。どうにかしなければ。この状態をいつまでも保たせられたりはしない。しかし、アニマを増やし勢いを増す俺の魔法に奴の踏ん張る脚が地面を捉えきれなくなる。そして、身体が傾き亀の様に裏返し……きった!

『ズギャンッ!』

「なっ!?」
「そんなっ!?」

 落胆と驚嘆が俺達の口を勝手に動かす。奴は片側からひっくり返ったかと思えばそのまま脚を逆側に曲げて難無く着地したのだ。なんとも機械らしい動きである。ってそんな感想を覚えている暇はない。奴はアロゥロのすぐ近くまで来ているのだ……が……。

『ギュイン……ギュィン、ギュゥィン、ギュン、ギュィン。』

 奴は標的をアロゥロから俺達に変更して早足で向かってきたのだった。気合の攻撃魔法によりルウィア達よりも俺達の方が危険な分子だと認識したんだろう。

「上手くアロゥロさんからこちらへ気を逸らせましたね!」
「あぁ。だが、これからどうする。」
「あのロボットは先程から魔法を使いません。それほど弱っていると見て間違いないでしょう。」
「俺もそう思う。」
「ですから、ファイさんの与えた傷はとても大きいという事です。つまり……。」
「そこを狙うんだな?」
「その通りです!」

 その言葉を合図に俺達は後方へ走り出す。しかし、五メートル程あるその巨体を悠々と弾ませるアイツが俺達より遅いというのはありえない……! 飛ぶべきか? だが、魔力を使い過ぎて倒れたらそれこそ死んじまう! マレフィムも俺も、既にかなり無茶な魔法を使っているのだ。どうすればあの穴に確たるダメージを与えられる……? 前世ならどうだった……? 大きい相手と戦う時は……!

 …………!

 俺はズサァッ! と急停止を掛けて敵と向き合った。

「ソーゴさん!?」

 前世の記憶を手繰り寄せ、改めた覚悟で俺は叫ぶ。

「悪いなアメリ! 勝負に出るぞ!」

 命は賭けない。

「俺はァッ! ここにいるッ!!」


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