ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第70話

「うわあああああああああああ! 速い! 怖い!!」

 なっ、なんでこんな事にいいいぃぃぃ! ぼ、僕はただ商いの旅に出ただけだったはずなのにいいいいいい!

「おい! あれ、バーザムさんとこの……!」
「嘘だろ!? ボスに乗ってやがるぜ!」

 飛び降りたいけど! お客さんのエカゴットを逃しちゃいましたなんて! ソーゴさんに話せる訳ないしいいいいい! はえっ!? 大通り!? って前!!! 引き車!?!?

「うわああああ! ぶつかるううううううう!! あぐっ!?」

 よ、良かったあああああ!! 上手く避けてくれたけどおおおおおお! これどうやったら止まるのおおおおおおおおおお!

「キュイィ!? キュエエエッ!!」
「な、何!? なんでこっち見――!? うわぁっ!」

 なんで急に暴れて!? お、落ちちゃう! お、落ち!? 落ち着かなきゃ! 毒が出ちゃう! 大丈夫! 僕は大丈夫。大丈夫……。

「で、でも! やっぱりこわいいい!! 落ち着いてええええええ!!!」


*****


 ホンの一拍程度です。それくらいの間だけ放心しておりました。蹴破られた柵、開け放たれている戸、他のエカゴットは戸惑っているのか、柵の奥からこちらを困ったようにこちらを伺っております。っと……それどころでは無いですよね。あのエカゴットを逃してしまったと知れたらお金を頂く事が叶いません。……叶いませんよね?

「お、追わなくては……!」

 私はすぐに小屋を出てエカゴット小屋の戸をしっかり閉じます。ルウィアさんは一体何処へ……? もっと上に行って確認しま――。

「あっちだ、あっち! バーザムさんとこのボスがまた暴れてるらしいぜ!」
「聞いた聞いた! しかも、今回は人が乗ってるんだって?」
「あぁ、しっかりと背に乗って操ってるって聞いたぜ!」
「嘘だろ!? 処分しようとしたデッツを蹴り殺しかけたボスを操れる奴なんているのかよ!?」
「だから早く行って見てみようぜっつってんだよ!」
「ハハッ! そりゃ楽しみだ!!」

 …………付いていきますか。あのエカゴットはこの街では有名な個体だったようですね。段々なぜ二万ラブラという高額な報酬が提示されたのかわかってきました……。ですが、私はこれくらいでへこたれたりはしません! とにかく、ルウィアさんの無事を確認しませんと! おや、大通りの端に何やら人集りが……あれに違いありませんね。

「うわあっ! は、はげしっ!? いい子だから! 止まって!」
「いいぞぉ! にーちゃん! そのまま離すな!」
「すげぇ! 本当にボスに乗ってやがるぜ!」
「ついにボスの引き取り手が見つかったのかぁ? アッハッハッハッ!」

 赤茶色のエカゴットは背中に乗っているルウィアさんが気に入らないようで、飛んだり跳ねたり大暴れしています。しかし、ルウィアさんも逃さない為に必死なのでしょう。エカゴットの首元に背中から抱きつくようガッシリと掴まりなんとか振り落とされず堪えています。そして、それを煽るように囃し立てる野次馬達。その方達が口を揃えて『ボス』と呼んでいる通り、本当に名の知れたエカゴットのようです。暴れまわるエカゴットから一定の距離を保ち野次馬が輪を成していますね。全く、他人事だと思って……。

 ……他人事ですか。これはもしかしたら一つのチャンスかもしれません。ひとまずルウィアさんの様子を伺いましょう。

「おい。なんだ? 妖精族じゃねえか。」
「へえ、でも、一応ここは王国の隣だしな。偶に見たりもするぜ。」
「いや、ボスに近づいているからよ。アイツ食われちまうぞ?」
「近くで見学する気なんだろ。妖精族は脳みそも小っちぇえからな! よく考えてねえのさ!」

 どうぞお好きに。目立つならいっそ徹底的に、ですよね。

「ルウィアさん。大丈夫ですか?」
「あ、アメリさん!? だ、大丈夫なんかじゃっ、ないですっ、よ! この子を! 止めて! くだっ! さい……!」
「もう少し掴まっていられますか?」
「も、もう少しっ! ならっ! うわっ! 跳ねないでえっ!! でも、はやっ、くっ……!!」
「であるならもう少しだけ辛抱して下さい!」
「え!? が、頑張りますけどっ! なんでっ!? あぁっ!?」

 そうは言いながらも、それだけ縦横無尽に暴れるエカゴットから全く落ちる気配がないルウィアさん。これは隠れた才能かもしれませんね。……関心している場合ではありませんか。ここからは、私の仕事です……!

「さあさあさあ! ここに集まる皆様方! 私、王国帝国老若男女、神、人、精霊何のその、着の身着の儘風に吹かれて旅をする! 便利屋営むアメリと申します! ご覧の通り、小さき身体でありながら! 仲間の手を借り、脚を借り! こうして図太く日銭を稼ぐ! そんな毎日でございます! 今日もてんやわんやなこの日常! 私の為に喘ぐ様! 見ては笑うが、彼は泣く! そんな哀れな懐に! 慰むおぜぜをどうでしょう!」
「はー! 身体を張った芸じゃねえか!」
「おうおう! 姉ちゃん悪だねえ!」
「幾ら女の為でもボスを乗り回すなんざ、酔っ払ったって出来やしねえぜ!」

 野次馬とは、それこそ酔っ払いと変わりません。場の空気にでも酔わなければ、人の不幸を見て笑える訳が無いのですから。とりあえず虚石を取り出しましょうか。

「あ、アメリさん!? な、何を!?」
「もう少しだけ頑張って下さい。そんな思いをしてタダで立ち上がる商人が何処にいますか。」
「ええ!? それ、関係あります!?」

 むっ……意外と冷静ですね。まだまだ余裕はありそうです。

 そんな余裕を感じ取ったのか、『ボス』は急に吠えて一層激しさを増して暴れ始めます。

「実は私! 外族出身でございます! それ故か、ベスの言葉が少しはわかると申しましょう! 今ボスは、大変お怒りでございます。御覧下さい! 彼はまだ本気ではございません! 舐めるな! 俺はボスだ! とそう猛っているのです! ――っあ。 」

 調子良くそう煽った時でした。『ボス』はなんと、宙に跳ねて身体を地面に叩きつけようとしたのです。普通のエカゴットよりも明らかに大きいその巨体が地面に衝撃音を鳴り響かせます。

「ひいいいいいいっ!」

 が、ルウィアさんは無事でした。『ボス』が宙に跳ねた瞬間、無意識でしょうか。咄嗟に身体を上側に捻り、寧ろボスを組み伏せた様な格好になって止まったのです。その上、『ボス』の首を抱き込んでいる手も、『ボス』が頭を守って浮かせていたおかげで強く挟まれていません。不幸中の幸いでしたね。でも、ルウィアさんは何が起きたのか理解出来ていないようです。

「うおおおおおおおおお!」
「あいつ! 騎手かなんかなのか!? すげぇ野郎だ!」
「惚れた女の為にあんな……ウチの旦那も見習って欲しいねえ……。」
「角が無くても竜人種は竜人種だな!」
「かっけー!」

 野次馬の熱狂度合いが格段に高くなりました。ルウィアさん! 貴方の死は無駄にしません!

「さぁさぁ! 彼の汗と涙はこの虚石に! ボスは諦めていません! 私にはわかります!!」
「受け取れぇ!」
「今度レース出てくれよ! ほらよっ!」
「ちゃんとあの兄ちゃんにも上手いもんくわせてやれよ!」
「勿論です! ありがとうございます! ありがとうございます!」

 どんどんラブラが溜まっていきますね! 時々ダリルも混ざってきますが、この際関係ありません。この後、更に2万ラブラも頂けるのですか……私、もしかしたらお金を稼ぐ才能があるのかもしれま……。

「キュアアアアアッ! キュイッ!! キュウウウウィッッ!」
「うわあああっ!?」

 震えながらも無事にしがみつくルウィアさんが相当気に入らなかったようです。今迄に無い最も大きい声でがなり立てたボスは、横たわった状態から身体をしならせ、勢いよく立ち上がります。ルウィアさんの身体はまだボスの身体の片側に寄ったままですので、エカゴットの身体の構造上、牙が届いてもおかしくありません。それに気づいたのかボスは、尻尾を追いかけるウナのように、ルウィアさんに噛み付こうと跳ね回りながら回転し始めました。

「う、うわああっ! 止めて! 落ちっ!? 噛まれるぅっ!?」
「兄ちゃん頑張れ!」
「お? 流石に落ちるか?」
「流石ボスだな。エゲツない瞬発力だ。」
「まだまだです! 彼は負けません! 確かにボスはお怒りです! しかし、これまでの旅の道程と比べたらこんな苦難も……。」
「おい! 片手が離れたぞ!」

 流石にあの体勢から持ち直せませんか。まぁまぁ投げ銭は手に入ったのでそろそろ助け――。

「うわああああああああああああっっっっ! 逆にも回らないでええええええ!」
「――べぅッ!?」
「おい! 兄ちゃんが妖精族の姉ちゃんを掴んじまったぞ!」
「今度は一緒に乗るってのか!?」
「あれは乗ってるって言わないだろ。」
「でもすげぇ! 片手で乗り回してやがる!」
「半端ねえぜ! あの兄ちゃん!」


*****


「んでそこから少し経ってから俺が怒鳴り込んで来たと……。」
「へぇ。」

 ルウィア達がこうなった経緯を嬉々としながら語る男。……ってかアホ過ぎんだろ……何やってんだよ。

「この……『ボス』ってのはそのバーザムさんってとこの暴れエカゴットって訳なのな。」
「へぇ、そうです。誰の言う事も聞きませんで、肉屋のデッツに引き渡そうとしたんですが、それはもう大変な抵抗をしてデッツをボコボコにしちまったんでさぁ。だのにまさかあんな風に乗りこなす男がいるたぁ。あっしも驚きでしてね。」

 何をそこまで喜ぶ事があるのか。野次馬の心理ってのはわからねえな。

「こんな所にいたのかい。全くどうしようもないヤツだよ。今度腕利きの仕入屋を呼ぶから覚悟しとくんだね!」
「おんや、バーザムさん。遅かったですなぁ。」
「ありゃディニーさん。そんで、あんちゃんもかい。なにか騒がせてしまったようで悪かったねえ。」
 
 怯えるエカゴットに対して悪態を吐く女性。見覚えがある。塩を買った店の女店主だ。

「この子達がウチのエカゴット小屋を掃除してくれるっていうもんだから頼んだのさ。コイツは逃げちまったけど……よくあることだし、まぁ、小屋は綺麗になってたしね。報酬は払おうと思ってるんだけどさ……。」

 目を回している二人をまず起こすか。というか、ルウィアはこんな状態になって大丈夫だったのか? もし、猛毒とかが漏れてても嫌だな……。まずはマレフィムを起こすか。

「おい。アメリ。しょうがない……。」

 俺は手から少量の水を顕現する。少量でも妖精族からすれば大量の水だ。

「わぷッ!? はっ? へ?」
「起きたか?」
「っえー……わっ!? そうでした! おば様!」

 俺等の顔を見て色々と思い出したのか姿勢を整えるマレフィム。後ろを振り返って、怯えるエカゴットを確認すると、話を続けた。

「この通り、『ボス』は捕まえました! 逃げてませんよ!」
「……コイツが逃げ出すのはいつもの事だよ。この後ウチに帰ってくんのが厄介なのさ。……それにしても、やけに大人しいね。……まぁ、ソイツは放っておいてウチへおいで、代金を払うよ。」
「は、はい!」

 ルウィアとエカゴットを放置して、喜んでバーザムについていくマレフィム。これだけの騒ぎを起こしていい気なもんだな。でも、悪い騒ぎではなかった……のか?

「あ、ディニーさんでしたっけ。なんだか俺も驚かせちゃったみたいで……悪気は無かったので、それを他の人にも伝えていただければ。」
「なぁに、ご友人が襲われてると思えば焦ったりもするもんです。あっしも竜人種の咆哮を聞いたのは初めてでしたが、思わずちびりそうになっちまいやしたぜ。それより、今度そのご友人を紹介してくだせぇ。あの旦那は良い騎手になりやすぜ!」
「良い騎手?」
「そう! 何を隠そうあっしはレース場を経営してるディニー・グレイルという者でさぁ。そのあっしが見込んだんです。あの旦那は腕のいい騎手になりやすぜぃ。なんせバーザム家の暴君『ボス』をあれだけ乗り回したんですからなぁ!」

 騎手……引き車を引かせるんじゃなく、エカゴットに乗る競技もあるってことか。ちょっと面白そうだな……ルウィアの度胸も付きそうだし。

「旅をしてるって聞いたんでね。ご縁があれば。タムタムの西の方にありやす、ラッキーグレイルにて、いつでもお待ちしてやすぜ。」
「多分、こいつ連れてお邪魔すると思います。」
「楽しみにしてやすよ! それじゃあ。」

 奇しくもレース場の経営者とコネを手に入れてしまった。マレフィム、これはナイスだと褒めてやってもいいぞ。

「ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く