ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第57話

昨日と変わらず大繁盛するこの店は、現在俺らが拠点としている『小さな巨人亭』である。ここで味わえるアニーさんという美食の化身から生み出された料理はこの上なく美味しい。店主であるファイマンの無駄に美声な歌声も良き調味料と言えるだろう。なんと癒やされる場所なのだろうか。因みに朝に借りたランチの入っていたバスケットはすぐに返却して、今日もここで夜を過ごすつもりだ。


「ファイマン! せっかくイメチェンしたんだ! 今日は『情熱の鬼人族』を歌ってくれよ!」
「いいとも! アニー! 『情熱の―。」


厨房にいるアニーさんはファイマンが今から何を頼もうとしたのか察したのだろう。俺には何を頼もうとしていたのかわからなかったが、返事として返されたのは包丁である。要は断るという意味だろう。未だにおっかなびっくりな光景なのだが、周りの客は皆それを見て笑っている。俺もその内、このやり取りを見慣れてしまったりするんだろうか。


「悪いがアニーは付き合ってくれそうにない! デュオの相手はリクエストした君でいいかい?」
「お、俺かよぉ! 照れちまうぜぇ。」


囃し立てる客の声と共に満更でもなさそうな岩殻族のおっさんがファイマンの元へ歩み出る。ってお前かよ!?


「さぁ! 行くよ!」
「お、おう!」


スパニッシュ風な伴奏を始めるファイマンとそれに応えるおっさん。そんなスタッカートの利いた切れの良い演奏も出来る楽器なんだな。だが、楽しい雰囲気を割って入る荒々しく扉を開ける音。


「おう! 邪魔するぜぃ!!」


野太く大きい声と共にズカズカと店に入ってくる男。いや、男達。


「ち、ちょっとごめんね。ドンダ! もう少し静かにドアを開けてくれよぉ!」


呆気に取られる岩殻族のおっさんに詫びを伝え、不躾に入ってきた男へ抗議を入れるファイマン。どうやら、知り合いのようだ。


「んだこらぁ!! この程度で壊れる程軟弱なもんを作った覚えはねえよ!」
「壊れるとか壊れないとかいう問題じゃないんだよ! お客さんに迷惑だろう!」


中に入ってきた男はまた見慣れない種族であった。しかし、俺にとっては少し嫌な印象を持つ身体をしている。短足に長い手。そう、手長猿族に似ているのだ。しかし、膝関節が確認出来る程の足の長さはあり、手も下ろせば地面に掌が着けられるという程度である。それでもやはり人間的と言うには気が引ける奇妙な見た目だけどな……。


「あれって『ドワーフ』族だよな……?」
「王国騎士の鎧を着てる『ドワーフ』って……噂の騎士団長じゃねえか?」
「俺、前もここでアイツ見た事あるぜ。酔ってくると奢ってくれたりする割りと気のいい奴だ。」


ざわつく客達。騎士団長って……もしそれが本当なら大変だぞ……? 俺はなんとなくマレフィムの方を見る。するとマレフィムもこちらに目線を送っていたのか目があった。


「初めて見ましたがあれは『ドワーフ』族ですね。少しお話を伺ってみたいですが、騒がれてる通り本当に騎士団長なら早めに部屋に戻った方が良さそうですね。」
「あぁ、賛成だ。でも、どうする? 階段は入り口の横だぞ。」
「それが問題ですね……。」
「良いからもう早く入ってきてくれよ!!」


そう叫んだのはファイマンだ。どうやらドンダという男は他にも何人か連れているらしい。


「おう! お前等! 早く入って来い!」
「うわわっ! 隊長! そんな大きな声を出さないでくださいよ!」
「はぁ……せっかくの休日前だってのに……。」


入ってきたのはホビット族の二人だった。そして、その二人……俺は見覚えがある気がする。


「ロイ! リアン! お前等だったのか! よくきたな!」
「隊長が本当にご迷惑を……すいません。」
「ファイマンさん。ご無沙汰しております。」
「!?」


すぐに反応を示したのマレフィムだった。


「(ま、まずいです! まずいですよ!)」
「(誰だっけアイツ等?)」
「(白銀竜の巣に偵察に来ていた王国騎士副団長の二人ですよ!)」
「(えっ!? やばいじゃん!)」
「(えぇ、ですが、まだ顔は見られていません! ここは慎重にいきましょう……!)」
「(もしもの時は……。)」


ここでまた急に物騒な一言を放つミィ。


「(ま、待て待て待て! 流石にそれは短絡的過ぎる!)」
「(そうです! 今はおさえてください!)」
「酒くさっ! もう何処かで飲んで来たのかい!?」
「え、えぇ……。」
「酒で楽しむのにも助走が必要なのだ、と訳のわからない事言い始めまして……。」
「訳のわからないだとぉ!? ファイマンの歌は酔えば更に楽しめるんだ! そうだろ!? お前等ァ!」


先にいた俺達を煽り始めたドンダだったが、どうやら俺の姿に気付いたようである。


「ぉお? 竜人種? しかも高位で中々珍しい種類じゃねえか。」
「……ですね。」


目を細めるロイ。ほんわかしてるけど仕事に熱心そうだなアイツ。隣のリアンって奴もこっちを睨んでやがる。


「あぁ、彼等は昨日からウチで泊まっているソーゴさんとアメリさんだよ。旅人さんらしくてね。この街を観光してるみたい。」


おいおいおいおい。個人情報って言葉をしらねえのかよ。


「アメリさん……隣の妖精族か……竜人種と妖精族……。」
「……うん。」


ロイとリアンが何かアイコンタクトを取って俺達の方へ向かってくる。ど、どうしようか。何か、逃げる算段を……。


「すいません。僕は王国騎士団遊撃隊副隊長のロイ・リグルスです。お二人は竜人種と妖精族でお間違いないですよね?」
「えぇ。そうです。」


軋む心に苦しんでいる俺の代わりに返事をしたのはマレフィムだった。

「あの、この様な場で申し訳ないのですが、少しお話を聞かせて頂いても宜しいですか?」
「……拒否権等無いのでしょう。」
「その通りだ。実は今日の昼頃、西通りで殺人が起きたという報告が来ている。証言によると犯人は竜人種と妖精族の二人組みだったそうだ。その二人はすぐにその場を立ち去ったらしいが、オクルスで妖精族と竜人種の二人組みは見つからなくてな。そして、今やっと一組目を見つけた訳なんだが……。」
「その事件の犯人が私達であるかもしれないと?」


ロイと違ってリアンは敵意を隠そうともしないな。そこまで殺気立たれたら一周回って落ち着いてきたわ。


「……まぁ、そうだな。」
「あ、でも、まだ容疑の段階ですので、まず今日一日の行動を教えてください。」
「私達は社会という柵が嫌になり旅人として生きているのです。なんの権利があって私達の行動を知ろうとするのですか? そもそもそんな事件があったとは知らなかったのですが、殺されたのは何方です?」
「そ、それはだな……。」
「ここにいらっしゃる方で何方かその殺人事件とやらをご存知の方は?」


シンと静まりかえるフロア。すると1人がこんな事を言い出した。


「俺、ちょっと耳に挟んだけどよ。なんでも薬中の戯言って話じゃねえか。かなり強い草を燃やしちまったモンだから、周りにいた奴等が全員イッちまって、化けモンだのなんだの騒いで小便チビりながら逃げ出したって聞いたぜ?」
「んだぁ? んなもんの捜査を律儀にやってんのかよ! 西通りなんてよく売女や家無しがくたばってるじゃねえか!」
「それよりさっさとアソコにたむろってる盗人共を捕まえてくれよ!」


急にまた騒がしくなっていくフロア。どうやら俺達を擁護する意見が多数のようである。


「おら、ロイ! リアン! 飲みの席をしらけさせてんじゃじゃねえッ! ファイマンに迷惑が掛かるだろうがッ!」
「い、いや! そんなつもりは!?」
「そうです! 今日起きた事件は不可解な点が多く――。」
「まぁまぁ。ロイ、リアン、真面目なのは良い事だが二人共そんな事をしそうな人じゃないぞ。まだたった2日の付き合いだけど、下手な客よりよっぽど礼儀正しい客だよ。アニーの料理も褒めてくれるしね!」


その長い手でロイとリアンの頭を掴むドンダ。そこにファイマンが諭しに入る。どういう力関係なんだろうか。騎士様の副団長を説得出来るってただのツテじゃなさそうだよな。


「お前等! どうも部下がいらねえ仕事を持ち込んじまったようだ! 悪かったな! だが、炎ってのは種火から育てるのが面白いってもんよ! 今日は俺の奢りだァ! ファイマン! 『たたら場と酒樽』頼んだぜ!」
「ははぁ! 任せな!!」


ファイマンがドンダに応えて猛々しい旋律を奏で始める。一瞬キョトンとする客達だが、岩殻族のおっさんと同時にドンダが歌い始めると段々と場の暖かさが戻ってくる。


「おーとこーの聖地ー! たーたらー場にはー! はーがねもとーかす程ーのたーましーいを!!!」


その野太い声はドンドン重なっていき妙な一体感を生み始める。気付けばロイやリアンも肩を抱かれ、酔いどれ歌唱隊の中へ引きずり込まれていた。楽しそうだなぁ。俺も腹ごなしに……。


「(クロロさん! 何混ざろうとしてるんですか! 今の内に部屋へ戻るんですよ!)」
「(あ、あぁ、そうか。そうだよな!)」


なんだかこのブロードウェイチックな雰囲気についつい釣られそうになるな。魔法でも使ってるんだろうか……。みたいな難癖を付けてると、目の前をアニーさんが空いた皿の回収しつつ通る。丁度いい。


「アニーさん。」
「ひ、ひゃぃ!」


かしゃんとアニーさんが持つ皿が跳ねる。いきなり話しかけられてビックリさせてしまったようだ。うーん……筋肉さえ無ければただのロリっ子なんだけどなぁ。


「ごめんなさい。急に話し掛けて。今日はもう疲れちゃったんで部屋に戻ろうと思うんです。お会計、いいですか?」
「は、はぃ。少し待ってぃてくださぃ……。」


アニーさんは小走りで入り口のカウンターの方へ虚石を取りに行った。これで支払ったらもう部屋に戻れるぞ。


「ぁの……ぉ会計3800ダリルです……。」


アニーさんが持ってきた虚石にマレフィムはお金を支払うと、少し周りを見渡してお礼の述べた。


「アニーさん、夕飯もそうですが今日持たせていただいた料理がとても美味しくて感動しました。」
「ぁ、あぅ……ぁりがとぅござぃます……。」


マレフィムの感想を聞いたアニーさんは頬を赤らめて、シルクハットのツバを両手で掴んで深々と被り恥ずかしがる。その二の腕の筋肉が自己主張を止めてくれたら、ただのいじらしい少女なんだけどなぁ。


「それで、私は是非アニーさんに料理を教わりたいと思いまして……。」
「ぇッ!? わ、わたしにです……か?」
「そうです。この2日間で本当に歯が溶けきりそうな程貴方の料理の腕を思い知らされました。なので、是非その力の片鱗でも私に宿す事が出来ればと思ったのですよ。ですが、私は妖精族の村で果実や木の実の燻製やローストくらいしか行った事がないのです。」


寧ろそんな事出来たのかよ。というか村に閉じこもって木の実や果実ばっかり食ってちゃ、そりゃ食べ物がベスだなんて疑いもしないよな……。


「燻製……私も……興味あるんです……その……出来たらでぃいんですど……教えあぃとか……できません……か……?」
「それはいいですね! 喜んで! ……ですが、その、近々この街を離れる事になりまして……もしかしたら明日には出てしまうのかもしれないのです。なので、明日の朝に初心者でも作れるような簡単なレシピをいただけないでしょうか? 私も寝る前に燻製のやり方等を書いて明日お渡ししますので。」
「残念ですけど……わかりました……それなら、これを……。」


アニーさんは両手をシルクハットから離し、エプロンのポケットから伝票の様な物を取り出す。そこに束ねられた木の皮の一枚をマレフィムの前に置いた。多分これに書いて欲しいという事だろう。そして、またすぐにシルクハット深々と被るアニーさん。


「また……この街には戻ってくるのです……か……?」
「えぇ、恐らくは。その時は是非直接お教え願います!」
「……! 楽しみに……待ってます……!」


両手で掴むシルクハットのツバを真ん中に寄せ、皺で山を作り、その隙間から片目で覗いてマレフィムに目線を合わせてくる彼女。そして、ツバから片手を離し座るマレフィムの前に、ストップとでもジェスチャーをするように掌を向けた。マレフィムはその掌に同じく掌を合わせる。そして、お互いに優しく微笑んだ。


「宜しくお願いしますね。」
「ょ、よろしくぉねがぃします……!」


少し震えた声で挨拶をするアニーさん。何をしてるんだろう。


「それでは、部屋に戻らせていただきますね。ご馳走様でした。」
「は、はぃ……! 良き、夢を……。」
「「良き夢を。」」


まだ寝ないけど、俺達はアニーさんに応えて挨拶をする。
そして、騒がしいフロアから逃げるように部屋に戻っていくのだった。

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