ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第56話

「ソーゴさん。 ソーゴさん。」


あまり聞き覚えの無い声が俺の潰えた意識を呼び覚ます。


「ん~?」


俺は重く軋む身体を動かして立ち上がる。意識はまだ定かではないが、経緯はボンヤリと思い出せそうだ……俺は地面にへばり付いてくたばっていたようだ。そして、開けられた目が捉えた物は……緑髪の、美少年……?


「え、誰。」
「あ、えっと、すいません。僕です。僕。」


そう言って髪の毛が皮膚となり、人の小さい目が膨張して大きくなっていく。うわ、キッモ。


「ってルウィア? びっくりした! お前……!」


都合よく魔法でイケメンになりやがったな! と、言いかけたが、瞬時に”不細工に変身する物好きはいないだろう”と思い直して口を噤む。


「な、なんでしょう……?」


そう首を傾げながら、また美少年の姿へ戻るルウィア。緑色の髪は街中でもちらほら見かけたりもしていた。ルウィアの特徴と言えば横髪と襟足が金髪なとこくらいだろうか。この世界では変な髪の色もよくいる1人か……。


「いや……お前そんな姿になれるんだったら常にそうしてろよ。そしたらバレる事もなかったろ。」
「えっと、デミ化はしていましたよ。でも、強い痛みを感じるとこの姿をマトモに保っていられないんです。」
「じゃあそんなにデミ化が上手いのにバレたのか?」
「その……バレたと言いますか……知っていたと言いますか……。」
「なんだそれ……ってそういやあいつ等は!?」


俺は周りをキョロキョロと見回す。すると、マレフィムがすぐ側で此方を見つめていた事に気付く。そして、その目は細くこちらを責め立てるかの様なオーラを放っていた。


「え? あの、あいつ等って……アメリさんの他に誰か……。」
「い、いや、アメリだよ。アメリの事。」
「……そうですか。しかし、申し訳ありませんでした。こんな夜までここで待たせてしまって……。」
「夜?」


俺はその言葉を聞いて部屋の明るさがランプによるものだと気付く。


「俺、そんなに寝かされてたのか?」
「寝かされ?」
「いや、言い間違えただけだ。あっ!」


俺は急いでバスケットを開けて中身を見る。そこには、まだ俺の食べていないアニーさん特製サンドが残っていた。マレフィムがこの量を食べきれる訳無いもんな。心配するだけ無駄だったか。


「あんな事をしておいてまだ食べ物の心配ですか……。」
「あんな事ってお前等……お前が理不尽に俺を吹っ飛ばしたんじゃねえか!」
「あの……もしかして喧嘩をしていたんですか?」
「喧嘩って程でもねえけどよ……。」
「えぇ、本当に。それにしてもルウィアさん。何故これ程時間が掛かったのです? 仕入れる量がそれほど多いという事でしょうか。」


マレフィムは俺に向けるツンとした態度を和らげてルウィアに質問をする。昼前に出て行って夜まで掛かるなんて商人は大変だなぁとくらいしか俺は思わないけど。


「それが、途中騎士団の方から取り調べを受けてしまいまして……。」
「騎士団!? 大丈夫だったのかよ!?」
「え、えぇまぁ。僕は朦朧として覚えてないと答えましたし、それに、その……現場からアウラも見つからなかったそうなので……。」
「アウラが見つからない?」


そう言って首を傾げたのがマレフィムだった。


「はい。そうみたいです。あれだけの『神法』を使ってそんな事が出来るなんてしりませんでした。ソーゴさんは凄い『神法』が使えるんですね!」
「『神法』ってなんだ?」
「魔法の事ですよ。フマナ教徒であるシグ派の方は神法と呼ぶのです。」
「なんだそりゃ。」
「ソーゴさん達はイデ派なのですね。」


どっちでもない俺はどうすればいいんだ? 魔法でも神法でも無い呼び方ってないのかよ。


「フマナ教じゃなければどう呼べばいいんだ?」
「……え、えぇ!? フマナ教じゃない!? も、もしかして神教や精霊教の方なんです……?」
「いえいえ、違います。ただの世間知らずです。そもそも、私はそこまで熱心な教徒ではないので……ですが、普段からフマナ様には恩義を感じているのですよ? 私達がこうしてここに存在できるのはフマナ様に許されたからなのですから。」
「あ、安心しました。僕、神教や精霊教の方には会った事がないので……。」


え? え? なんかすっごいやり取りが気持ち悪いというか……なんか受け付けないんだけど。しかも、勝手に俺フマナ教徒にされてるし……でも、それが波風を立てないやり方って事なのか? もし、そうでないならマレフィムに後で抗議したい。


「それは置いておいてだ。結局何がどうなったんだ?」
「あっ、えっと、すいません。その、仕入れに関しましては幾つかの場所からなんとか取り揃えられそうでして、あの、今からこれを出して早速受け取りに行こうかと。」
「今から!? そんな簡単に揃うモンなのか!?」
「え、えぇ……全ては親の残してくれた伝手のおかげですよ……感謝しかありません。」


だとしてもだ。持ってくのって食べ物なんだよな? もし、これで俺と出発する計画が失敗したらどうするつもりだったんだろうか。俺、責任とか負う気ないしな……。


「で、ですので、これ程待たせておいて申し訳ないのですが、今から商品を受け取りに行って来るので、その、明日まで待っていただけないでしょうか……? 明日には出発出来るように、準備しますので……!」


グイっと詰め寄る澄んだ瞳。おぉ、よく見るとデミ化しても目は鮮やかな赤なんだな。ちゃんとした洋服なら王子様みたいだけど、可変種の服を着ているから中東辺りの放蕩王子……って結局王子じゃねえか。俺もデミ化したらめっちゃイケメンになってやろ!


「わかった。じゃあ、俺等はもう帰るけど、外を出歩いても大丈夫そうなのか?」
「えぇ、その、恐らくは。裏通りで殺人なんて日常茶飯事ですし、えっと……死体も見つからないという事なので、麻薬中毒者の集団幻覚だと思われてますよ。僕への取調べもとりあえずはといった感じでしたし……。」


裏通りで殺人は日常茶飯事……? 嘘だろ? …………でも、あんな奴等ばっかりなら仕方ねぇのかもなぁ。


「念には念を入れてここで一晩待ったほうがいいのではないでしょうか?」
「馬鹿言うなマ……アメリ! 俺はアニーさんのご飯が食べたいんだ!」
「アニーさん……ですか?」
「えぇ。大広場にある『小さな巨人亭』の主人の奥さんです。とても美味しい料理を作られるのですよ。」
「そ、そんなに美味しいんですか。その、『小さな巨人亭』という名前なら聞いた事があります。もし、稼ぎが安定したら是非行ってみたいです。」


あそこってちょっとだけ相場より高いんだっけか。でも、その大口の商談ってのを成功させたらお祝いに奢ってやってもいいかな。奢るのはマレフィムだけど。


「じゃあ、えっと、バタバタして申し訳ないんですけど、もう行ってもいいですか……?」
「ん? あぁ。」


そうか、俺達がここに居たら家の鍵を閉められないよな。俺はとりあえずバスケットを持っていそいそとルウィアの家から出た。ルウィアも家から出てエカゴットを2匹連れ出そうとしている。多分あのコンテナ型の馬車を引かせるのだろう。


「そ、それじゃあ、また明日、宜しくお願いします!」
「おう!」


とりあえず元気良く返事をしたが、実は帰り道をわかっていない。空を見れば月が俺等をほんのりと照らしている。しかし、少し視線を落とせば雲を暖色に染める明かりが生えていた。まだ深夜でもない。アレは恐らく賑やかな大通りを照らす人工的な明かりに違いないだろう。


「多分向こうですね。」
「そうみたいだな。こういう時簡単に飛べるマレフィムが羨ましいよ。」
「言っておきますが、街中でクロロさんを飛ばしたりはしませんからね。」
「俺だって御免だ。」


ここはまだ、人通りの少ない裏道である。一応気を張りつつ俺は2本足で歩きながらアニーさん特製のサンドを頬張る。……結局ミィの食べ滓は捨てたのかな……勿体ねえなぁ……。


「クロロさん。もうミィさんにあんな事しちゃいけませんからね!」
「別にいーじゃんかよー……。」
「まだ言いますか!」


マレフィムが怒気を発したと同時に背中から激痛が走る。


「いってぇ!!」
「自業自得です。」


今の俺の反応がミィによるものだとわかっているだろうマレフィムは素っ気無い一言で片付ける。


「あっ、そういえばさっきルウィアが言ってた事だけどよ。魔法でも神法でもない呼び方はねえのか? 俺はフマナ教じゃ――。」
「いけません。それは街中で言っていい言葉ではありませんよ。下手をすれば殺されてしまうかもしれません。」
「殺されッ!? そんな大事なのかよ!」
「当然です。」


歩みを進めて少しずつ明かりが灯されている道に出る俺達。柄は悪いが、歩く街人も視界に入るようになり、何処からか聞こえるベスの遠吠えと飲み屋から漏れた喧騒が帰り道が間違ってないと教えてくれている。


「当たり前でしょう。私達は全てフマナ様に生み出されたのですよ? 親を蔑ろにすれば、他の兄弟から責められるのは当然でしょう。」
「はぁ~あ……そもそも創造神なんて本当に――。」
「学ばない人ですねぇ。貴方の言葉を借りるとしましょう。食べられてしまいたいのですか?」


俺の口を局所的な風圧で無理やり閉じたマレフィムは、今日何度も見せた険しい顔で俺に問い詰める。日本生まれの俺には全く共感出来ないが、それ程までにフマナ教は絶対的なものなんだ。そう改めて思わせられる。


「クロロさんがどう考えるかは自由です。ですが、それはあくまで小さな1人の意見に過ぎません。森での独り言ならともかく、ここは大勢のアストラルが渦巻く都会なのですから軽率な言葉は時に容易く人を消し去るでしょう。……今朝のクロロさん達のようにね……。」


それはマレフィムが出来る細やかな抵抗なのだろう。しかし、彼女は俺達と共に歩むと決めた。即ち今の言葉は自分にさえ刺さる言葉のはずなのだ。


それから俺達は少しの間無言となり、疎らながらに人通りの絶えない大通りにたどり着く。見覚えのある場所だ。等間隔に置かれた謎の技術で光る街頭。フィラメントの様な眩い光は大小様々な虫型のベスを集めている。森が近いからかそういったのも沢山いるのだろう。だとするとやはり気になるのは……。


「うへぇ……。」


俺達はやっと『小さな巨人亭』の前に着いていた。しかし、窓から溢れる光に集る虫達……。森の民は虫を餌にしたりもするので、小さい虫など殆ど気にしないが、俺は違う。大穴に居た頃は気にする余裕もなかったのだが、多少人並みの生活水準に戻ると気になってもくるものだ。ってかこんなにウゾウゾ蠢く大量の虫を見て平気な日本人はそんなにいないはずだ! 多分だけど!


「どうしたんですか?」
「マレフィムはやっぱり平気なんだな。アレ見ても。」
「邪魔だとは思いますが、気にしていたら森では暮らしていけませんよ。クロロさんは虫嫌いでしたか?」
「嫌いって程嫌いじゃないけど……アレには触りたくないな……。」
「無意味に虫を殺すというのも気が引けますしね……しかし、触る必要等無いでしょう。」


その通り。何故か『小さな巨人亭』の入り口であるドアには全く虫がひっついていない。ただのドアから光が出ている訳がないので虫は少なくて当然なのだが、”少ない”ではないのだ。不自然に虫が一匹もついていない。街灯もだけど……俺の知らない魔法技術が使われていたりする……くらいしか想像できないのが足りない頭の辛いところだな。


ん? これはこれは……涎が滲む良い香りが……虫より飯、飯!
俺は意気込んで美味しい料理へと通ずる目の前のドアを、足りない頭で押すのだった。

          

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