ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第54話

今、目の前で命が散った。人と言えたかもしれない命が。


「クロロさん、貴方は何も思わないんですか……?」
「……え? 何もって、言われてもな……。」
「貴方も……貴方も何も感じないと言うのですか……?」


こいつ等が俺に親切をしたり、取引をして接点があれば何か感じたのかもしれない。でも、違う。こいつ等は俺にいきなり噛み付こうとしたベスだ。意思の疎通等行った覚えが無い。俺の思う人とベスの違い。それをマレフィムに説明すればいいのだろう。


「…………マレフィムはペットを食おうと思った事あるか?」
「いきなり何を――。」
「ペットは家族だろ?」
「……。」
「俺はペットを食う気にはならない。でも、ベスは食う。その違いはなんなんだろうな……?」
「ペットとベスはそもそも分野がッ……!」
「いや、一緒なんだよ。あんまりシンプルに話すのもどうかと思うんだけど、結局は食うか食わないかなんだと思う。……上手く説明出来てないとは、思うんだけど。」


そう戸惑いつつ話す俺を揺れた瞳で見つめるマレフィム。彼女は今、目の前で起きた僅かで確かな歪に脳を揺るがされているんだと思う。


「何を……言って……。」
「なぁ、マレフィム。お前が昨日食べた料理がベスであったという確証はあるか? 故郷の村ではどんな食生活をしてたか知らないけど、食べるってのは命を奪うって事なんだよ。それに値するかしないかの基準は自分が決めるんだ。」
「…………。」


マレフィムは俺の言葉の意味を反芻しているのか、虚ろな目になり俯いてしまった。


「(クロロ、いいから早くあの子を助けて話を聞こう。)」
「……あぁ。」


目の前には呻きながら蹲る蛙。おそらく、デミ化が下手なんだろう。人間の骨格に蛙の皮を被せたような見た目をしていて、可変種用の鮮やかな青い布、つまり服を着ている。


「大丈夫ですか?」
「……ぁ……ぅ……な、何が……。」
「悪い人はいなくなりましたよ。」


俺は後ろ足二本で立ち上がり蛙を立ち上がらせようとする。が……。


「さ、触らないで……!!」


あからさまに拒絶をされてしまう。そんなに恐がらなくても殺す気は無いんだけど……。


「……いや……あの……ごめんなさい……今、僕の肌からは毒が出てると思うので……。」
「……毒?」


拒絶されてしまったのは少し予想と違う理由だった。確かにこいつの肌は鮮やかな緑にコバルトブルーなお腹、そして、真っ赤な瞳。う~ん……前世だったなら間違いなく毒蛙と思い警戒する色だ。俺もこの世界に来て突拍子のない見た目の種族に慣れすぎたのかもしれないな。


「……はい。多分ですけど……僕の腕を掴んでた人は、貴方達が何かしなくても、し、死んでいたと思います。」


えぇ……いや……えぇ…………。


「(俺って毒大丈夫なのかな?)」
「(わからないけど、念のために近付かないようにね。)」
「……あ、あの、ありがとうございます。」


もそもそと立ち上がった蛙は申し訳なさそうに礼を述べてきた。この蛙、弱っているどうこうの前に、とても気弱そうな立ち振る舞いである。そして……幼い? ん~……可変種の歳なんかわかんねーよ。俺だってオクルスに着いてからは、まるでマレフィムと同年齢かの様な扱いを受けている。


「いえ、怪我とかはないですか?」
「少し痛みとかはありますけど、と、特には……。」
「すいません。見た目ではちょっとわからなかったので……お幾つですか?」
「え? と、歳ですか? 42です。」


42……メビヨンと同じか、それより若いくらいか。若いな。背が低いのは若いせいなのか? 可変種だしそれも関係無いか。


「一体こんな所で何を――。」
「あっ、そ、それより! 騎士団がここに来てしまうかもしれません! 捕まってしまいますよ!? ここから離れましょう!」


段々思考がハッキリしてきたのか、狼狽え始める蛙。ミィが殺したのは確か3人くらいだ。水分を抜いて塵にしたとは言え、水を含めば血液は元に戻るし、よくわからない魔法で色々されたら嗅ぎつけられてしまうかもしれない。ここは確かに一旦離れるのがいいかもな。


「こっ、此方へ!」


蛙は俺達を先導して路地の更に奥へ走っていく。その先にいる人々は俺の姿を見る度に逃げたり避けたり小さい悲鳴を上げたりと……先程の一瞬の出来事で、もう悪評が広まっているらしい。


「こ、ここです。」


俺達は多分オクルスの最西にある柵に辿りついた。ただ走る蛙を追いかけて来ただけなのでここまで来た道筋までは詳しく覚えていない。帰り道で迷わないかな。なんて心配もあるが、背中のバスケットの上で完全に黙りこくっているマレフィムも少し心配である。


「……その……ここは僕の家、です。ここなら絶対に安全、という訳でもないんですが……一先ずは腰を落ち着けるかなって……。」
「……おう。」


そこは街の端である石と鉄で出来たドーム状外壁の麓にあり、ダチョウトカゲ……つまりエカゴットが2匹収容された牛小屋みたいなのが隣接してある木造のあばら家。やはり入り口の扉は大きく両開きで、中に入るとコンテナに4輪と前に2輪の座席を付けただけの馬車みたいな乗り物が置いてあった。相変わらず天井が高いので前世で言うガレージと呼ばれる建物と似たような場所である。部屋の端には階段があり、2階があるようなので、恐らく寝泊りは上で行うのだろう。


にしても、俺の姿は目立つからなぁ。騎士団が目撃者を探して道行く人に聞き込みをすればすぐに場所が割れそうなもんだけど……二日目にして大ピンチかよ……。


「(オクルスのど真ん中で町民を殺したのはちょっと迂闊だったんじゃないか?)」
「(ドダンガイみたいなのが相手じゃなければ騎士なんて私からすれば子供みたいなもんだよ。)」
「(子供は集まると厄介だぞ。)」
「(それでも敵わないのが大人なの!)」
「……あの。」


ミィへの抗議は蛙の声で止められる。


「お、おう。」
「あ、改めて、お礼を言わせてください。その……助けていただいて……。」
「ま、まぁ、助けたのは偶然だったんだけどな。」
「それでも、僕は助かったので……。」
「……。」


なんか話しにくいなコイツ。


「その……なんであんな事になってたんだ?」
「えっと……僕は、商人なんです。」
「商人?」


商人ってこんな歳でもなれるものなのか。42って十分おっさんだと思うけどこの世界だとまだ少年……くらいなんじゃないかな。そんで商人になるにはライセンスが必要なんじゃなかったっけ。若いのにそれも持ってるのか。


「それで?」
「あの……先程の人達は仕入屋だったんですけど……近々遠征するという事で、それなら糧食が必要ないですかと僕が持ち掛けたら、その、急に……怒りだして……。」
「急に怒り出す?」
「(あぁ……それは不運だったね。)」


ミィには今の話で既にそうなった”理由”を察せたらしい。だが、俺には見当も付かない。


「この通り、僕、『亜竜人種』なので……仕方ないと言えば仕方ないんです……。」
「(……すまん。教えてくれ。)」
「(亜竜人種は俗称だよ。この子は竜人種なの。)」


竜人種!? 蛙だぞ!? ……蛙……だよな?


「(その竜人種の中でも力の弱い種族は低級だって馬鹿にされて竜人種から疎まれている訳。その結果、竜人種だけど竜人種じゃないっていう分類、ほぼゴミ捨て場みたいな分け方で亜竜人種って括りを作ってるの。そして、可変種で最も権威のある竜人種から虐げられてるから、他の種族も同じ様に扱ってたりする人もいるんだよね……昔からちっとも変わんない。)」


力の弱い種族……なるほどな……エルフ族は強いから手を出す奴は馬鹿だ、みたいな話してたもんな。それなら逆もある訳だ。力の弱い種族が虐げられるんだったら、ただの人間なんてどうなってるやら……この世界では人間も加護があれば魔法を使えるのかな? だとしても弱そうだけど……迫害か……。


「ぼ、僕、ルウィア・インベルって言います。今は亡くなった親を継いで商人をやってるんですけど、その……亜竜人種が嫌いな人かどうかは話さないとわからなくて……でも、ここまで嫌われてるとは思っていませんでした……改めて父さん達の凄さがわかるというか……。」
「思わなかったって……今までも商人をやってたんだろ?」
「僕、まだ商人を始めたばかりなんです。今までは親の側に付いて仕事の姿を見ていただけだったので……。」
「じゃあ親御さんは最近亡くなったって事か……。」
「……はい。」


親の有無。そういう意味ではコイツは俺より”持っていない”人なんだな。しかし、何歳だろうと食い扶持は必要だし、力が弱く都会育ちであるこいつは今まで見ていた商人という生き方しか思い当たらなかったのかもしれない。或いはそれが近道に思えたのか。


「糧食を売ってるのか?」
「糧食……というか食料ですね。その分野なら親が伝手を持っていたので……で、ですので、仕入れ先には困っていません。」
「そうなのか。」


親の遺産は現物に限らないって事か……俺も、遺産じゃないけど加護とか魔石とか凄いモン貰ったからなぁ。


「ですが……その……毎年決まった大口の商談があって……それが、僕1人では出来なさそうで……今から冬をどう越そうか悩んでいたら焦ってしまって今日の様な無茶な営業に……。」
「大口の商談?」
「は、はい……帝国の北の方にある村に、高価で食料を購入してくれる顧客がいるんです。えっと……そこは高位な竜人種の村なんですけど……亜竜人種である僕達とも気にせず商談を結んでくれるんです。」


竜人種の村……それは気になるなぁ。


「あ、あの、白銀竜の森って知ってますよね。ここから東にある森です。そこを治めている白銀竜さんの故郷って噂で聞いた事があるんです。父さんが言っていた事なんで、本当かはわからないですけど……。」
「白銀竜の!?」
「ええ? は、はい。」


母さんの故郷である村? 帝国領の北……か……。


「(クロロ、私のせいでもあるんだけど、オクルスにこのまま居たら変な疑いを掛けられそうだしまずはそこを目指してみる?)」
「(そうするかなぁ。)」


これから仕入屋に探りを入れようとしても、また絡まれてミィが騒ぎを起こしそうだ。真面目にオクルスから出る事を考えなきゃか……。


「それで、その商談がなんで出来なさそうなんだよ。」
「えっと……恥ずかしながら、単純な話です。危険なんですよ。そ、それに遠いですし、僕にはノウハウが足りないので無事にその村へ着ける気がしません。」
「危険なのか?」
「僕も幸い可変種なので、その……不変種のようには狙われないと思いますが、それでも森を抜けて雪山を登るには、どうにも力不足です。」
「(これ、手伝ってあげようよ。)」
「(俺もそう思ってた。)」


寒いのは嫌いだけど森は得意だし、何よりミィがいる。これ程心強い味方はいないだろう。そして、母さんの故郷。もしかしたら父さんに会えたりして……会えても息子だとは明かせないんだけどな……。


「なぁ、ルウィア、だよな。俺、ソーゴって言うんだ。もし良かったらなんだけど、その商談手伝わせて貰えないか? いや、商談とかは良くわかんないんだけど、その村に着くまでは多分役に立てる。」
「えっ、えっと……それは、護衛してくれるって事ですか……?」
「そういう事だな。」
「で、でも……会ったばかりの僕にどうしてそこまで?」


不思議に思うのは当然だよな。今んとこルウィアにとって、俺はただのボーナスキャラクターに近い存在だ。颯爽と現れてピンチを救い! 更なるチャンスを与えようとしている! なーんて胡散臭く思われては後々困る。こいつだって商人の端くれだし等価値というのが第一だろう。


「俺な。その村に用があるんだよ。人を探しててさ。ほら、俺、竜人種だろ?」
「え、えぇ。ですから僕を助けてくれた時、とてもビックリしたんですよ。竜人種がなんで僕みたいな亜竜人種をって……。」
「俺はそういうの気にしないから。」


というか知らないから。


「でも、そのお姿、とても高位な竜族ですよね?」
「……まぁな。」
「それなのに亜竜人種である事を気にも留めない方なんて、その……お気を悪くしないで頂きたいんですけど……初めて、出会いました……。」
「そうか。そうかもな。……んで? どうする? 只働きじゃない。利害の一致だろ?」
「そ、それなら……お願いしても宜しいでしょうか。」
「よし! 決まりだな。因みにその商談とやらにはいつ出かけるつもりなんだ? 俺はさっきので王国騎士に追われそうだからなるべくこの街を早く出たい。」


今更だが、街を出るのがまだ先というのであればこの話は無かった事になる。昨日あんな事があったからには、可能な限り滞在時間は短い方がいいだろう。


「そ、そうですよね……! えっと……ち、ちょっと待っててください。仕入れ先と仕入れる量を確認しなきゃ……!」


蛙はぶつぶつと呟きながら部屋の端にある机の上の何かを手に取った。木の皮が束ねられたソレはおそらくノートの様な物だろう。この家の帳簿か何かなのかもしれない。そして、それを持ってこちらへ小走りでやってくる。その顔付きは先程までのオドオドしたルウィアではなかった。


「す、すいません! 今から、し、仕入れ先とお話をしてきます! なので、も、申し訳ないのですが、夜までここで待っていて頂けないでしょうか! か、かか、鍵は掛けて行きますので!」
「……お、おう。わかった。」


俺が何かを盗む、とかは疑わないんだな。


……なんだ。そんな顔も出来るんじゃん。

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