ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第52話

「なぁ、流石に可愛そうだったんじゃないか?」
「いいんですよ。私をぼったくろうとした罰です。」


服を購入した後に市場の端っこに来た俺は、ビルとビルの隙間を借りて早速着替えるマレフィムを翼で隠しているのだった。


「ぼったくる?」
「えぇ、この服は淡く綺麗な黄色に見えますが、ヴィンテージモノで色褪せているだけですよ。確かに、縫合はしっかりしていますし、デザインも私好みですが小人用の服があの値段というのはありえません。」


そうか。確かに小人用の服は使う布地も少ないもんな。ジャケットとパンツがセットでって字面だけだと値段が張りそうだけど、小人用だと安くなるのは必然だろうし。


「恐らく少し高めの仕入れ値で店に並べたはいいものの、全く売れずに困っていたのでしょう。私みたいな有翼の妖精族はあまりいませんからね。需要も少ないという訳です。それがようやく売れそうになったので焦ったのではないでしょうか……どうです? 着終えましたけど。」


その許しを受け、少し横にどいてマレフィムを見る。するとそこには、しっかりと臀部と胸部の体積が増し、女性である事を見間違えようのなくなったマレフィム、改め、アメリがいた。


「凄いな。髪まで短くしてたのか?」


マレフィムの時より心なしか髪が長くなっている気がする。


「男を装う場合は髪質を少し荒くするので……整えたらこれくらい下までいくのですよ。」
「こ、細かいな。」
「ちょっとした拘りですよ。さて、今からどうしましょうか。」


もう日も天辺を過ぎ、服を探して歩きまわったせいか空腹感が少し増してきている。


「なんかまたちょっと食べたい。」
「またですか……そういえば食べ物が沢山並んでいる場所はあまり探索していませんね。」
「そうだな。そっちへ行こ――。」


そこへ突如漂ってきた鼻を刺激するこの香り。……前世で似たような香りを嗅いだ事がある。まさか……この世界にもあるというのか? カレーが!


「(……? どうしたの?)」


俺はミィに返答もせず香りが漂ってくる方へ歩みを進めていく。


「ソーゴさん? そちらへ行くのですか?」
「あ、あぁ。ちょっと付いてきてくれ。」
「何か、独特な香りがしますね。」
「……あぁ。」


香りを辿り、人を掻き分ける。近付けば近付くほどに強くなっていくその香辛料の香り。カレーなのか? カレーはただの料理ではない。日本人の心に強く結びついている魂の料理の一つである。俺がカレーを求めているのは美味だけではなく、その味や香りに染み付いた懐かしき記憶。帰る家は無くなり、その家で待つ母も消え、共に料理を囲む父も最早いない。ただ、その記憶を思い出すことは……出来る。


「はーい! らっしゃい! 一皿600ダリルの香草汁だよぉ!」


周りの喧騒に負けないよう懸命に売り物である料理を宣伝する店主。その隣にはホビット族が丸ごとすっぽり入りそうな大鍋が置いてあった。中にはドロッとした緑色の汁。


「これは……凄い匂いと見た目ですね。」
「(……それって食べ物なの?)」
「お嬢さん、初めて見るのかい? これはメピタホ村名物の香草汁さ。見た目は独特だけど、一口食べたら病みつきになる美味しさだよ!」
「そのメピタホ村とは?」
「西の山脈を超えた向こうにある砂漠の村だよ。昼は暑くて夜は寒い場所だからね。これでもかと薬草をぶち込んで煮込んだ料理で元気になろうって生まれたのがこの料理さ。なんでも家によって味が全然違うらしいぜ! つまり! この香草汁はこの店でしか食べられない! お1つどうだい!?」


俺は期待を込めてマレフィムを見る。直ぐにその意図は理解してくれたようだ。


「では、1つ頂きましょう。」
「あいよっ! お嬢さんの分もサービスしちゃおうかな!」
「わっ、私の分は結構で――あっ、ぁりがとうございます……。」


目にも留まらぬ速度で渡された親切は拒みきれなかったようだ。その後、俺も香草汁を受け取る。


「そこで食べててくれ! 使い終わった食器はここに入れてくれな!」


店主が示したのは水がたんまりと入った桶。そこには既に幾つか木製のお椀が沈められている。便利な使い捨ての紙皿なんて物はないよな。
そして、早速芳しい香りを放つそのスープを見る。見た目はグリーンカレーに近い感じだ。日本のカレーと違ってサラサラしてるし、そのまま形の残っているチリチリとした葉っぱも沢山浮いている。俺の知ってるカレーとは違うけど……これはこれでとても食欲をそそられる。


「うぅ……香りはまだ我慢できますが……ただ香草を磨り潰して煮ただけの様なこの見た目が……。」


マレフィムは小人用のお椀を前に尻込みしている。カレーを知ってないと少し煮詰められた青汁にしか見えないもんな。仕方ねえか。


「ソーゴさん、幾ら香りがいいからってこれは……。」
「(……私だったら絶対食べない。だってヘドロみたいな見た目だよ?)」


失礼な事言うんじゃないぞ、ミィ。


「いいから一口飲んでみろって。」
「そうだよ! お嬢さん! あっ、細かくはしてるけど、香草は小人さんには苦いだろうから無理して噛まないようにな!」
「……うぅ。」


目を瞑って一気に香草汁を呷るマレフィム。


「……!? 思ったほど……苦くないし……刺激的で……悪くない……です。」
「(うそぉ!?)」
「だろう? 企業秘密だが、ウチのは少しとあるベスの乳も混ぜているんだ。だから口当たりまろやかなはずだぜ!」


俺も香草汁に口をつける。ピリッと舌を走る刺激、鼻腔を突き抜ける香り、後からそれを包み込む様な乳のまろみ。塩味、酸味、甘味、苦味、辛味、そして、旨味。全てが溶け込んだこの不気味な色の液体は間違いなく俺にとってのカレーそのものであった。勿論、俺が家で食べていたソレとは別物である。しかし、それでも俺の求めていた記憶を手繰り寄せるには、充分な程に不可分なカレーなのであった。


「ソーゴ……さん? 泣いているのですか?」
「……え? い、いや、時間も時間だし、眠くなっただけだよ。」
「その割りには……。」
「だ、大丈夫、大丈夫! にしても、美味いなぁ! これ! こんなの初めて食べたよ! なんとか村? いつか行ってみたいな!」
「メピタホ村な! あんな遠いとこ行かないでいいから、ウチで沢山食ってってくれよ!」
「そんなに美味しいのかい?」


大袈裟に美味しいとはしゃぐ俺達に興味を持ったのか1人の男が話に入ってきた。その男は可変種で、白い羽を纏い、目には朱の……。


「!?!?」
「あぁ、うち自慢の香草汁さ! お兄さんも食べてくかい? 一皿600ダリルだよ!」
「是非、一つ貰おうかな。」
「毎度ォ!」


香草汁を注文をしながらこちらをジロジロと観察し始める高鷲族の男。しかし、こちらとてそんな事をされて黙っている訳にはいかない。とりあえず先制にでる。


「ど、どうかしました?」
「あー! ごめんね? ちょっと人を探しててね。飛竜族と妖精族とペットのスライムって組み合わせの人達を探して、話を聞いたらここで見かけたって言うからさ。でも……。」


ソーゴとアメリの二人組み。そして、ミィは俺の翼の根元でシート状になっている。どうしたって同一人物とは思わないはずだ。


「スライムもいないし、どう見ても別人だね。参ったな。そうそういる組み合わせじゃないと思ってたんだけど。これじゃあまた嫌味言われちゃうよ……。」
「はい、どうぞぉ!」
「あぁ、きたきた。これだけ食べて他の所探しに行こうかな。」
「なんか悪い事してしまいましたね。」
「いやいや。別にこっちの都合だし。気にしないで。」


高鷲族の割りには、穏やかな人だな。まぁ気付かないでくれるのは助かるんだけどさ。とにかく、ボロを出す前に離れよう。


「じゃあ、俺達はこれで。ごちそうさまでした。」
「また来てくれよぉ!」


なんて肝が冷える食事だったのだろう。おかげで久々に思い出した俺の郷愁も何処かへ消えてしまっていた。


*****


「なんだか今日はドッと疲れました……。」
「……俺もだ。」


俺達は予期せぬ高鷲族との遭遇後、危機感という熱が冷めやらない内に『小さな巨人亭』へ戻り、夕食の時間まで休憩をしていた。もうそのまま夕食を食べずに寝ても良かったのだが、身体がアニーさんの料理を求め過ぎて示し合わせた訳でもないのにマレフィムと2人、いや3人で1階に降りていた。


太陽は落ち、ベランダからしきりに聞こえる喧騒も散り散りと失せて行く。その喧騒は完全に消えてしまった訳ではなく各々の食卓で弾けるのだ。『小さな巨人亭』の1階もその喧騒の逃げ場所である1つというのはそこで食事をすればわかる。水と油が混ざり合い香り豊かな湯気となってここの空気となっていく。酒精は人を賑やかし、感情を震わせる。俺はまるで昔からの常連の様にファイマンの歌に酔いながらアニーさんの料理に舌鼓を打った。


「色々ありましたが、1日目はとりあえず成功と言えるでしょう。」
「そうだな。」
「しかし、やはり油断をしてはいけないのだという事も再確認させられました。」
「……本当に。」
「こうなると流石にもう、明日から街の西側へ出掛けて情報を探った方がいいのではないでしょうか……。」
「(だから言ったでしょ。)」
「あぁ……悪かったよ。俺もそうした方がいいと思った。」


今日鉢合わせたのが高鷲族で良かった。もし角狼族なら流石にバレていたかもしれない。


「ぉ、ぉ待たせしました。」


俺等が追加で注文した料理を運んでくるアニーさん。


「アニーさん、ですよね?」
「えっ、は、はぃ……。」


服の上からでも隆起した筋肉がわかる身体には不釣合いなとてもか細い声だ。顔の造形だって悪くない。ファイマンの評価通り美人だとは思うのだが……その筋肉は一体全体どうしたというのか。


「アニーさんの料理、美味しすぎて感動しました! こんな美味しい料理食べた事ないです!」
「私もです。これ程美味な料理にオクルスで出会えるとは僥倖です。」
「ぁ、ぁりがとぅござぃます。是非、楽しんでぃただけたらぅれしぃ……です! ……そ、そのっ、まだ他にも料理があるのでっ……! ごめんなさぃ……!」


顔を赤らめつつペコリと頭を下げて厨房に走り去る彼女。あれ? 本当に結構可愛いな。いや、でも、包丁投げて来るんだよな……本気を出せば金属の鍋だって折り曲げられそうだし……それでも……何処か儚げなあの感じはどこからするんだろう……。


「お兄さん、ここの宿に部屋を借りてるのかい?」
「え、えぇ。」


急に話し掛けてくる岩殻族の男性客に戸惑いながら答える俺。この世界は日本と違って本当に気軽に話しかけてくるよなぁ。ついつい萎縮しそうになってしまう。こいつの厳つい顔のせいでもあるんだが……眉も髪もないんだもんなぁ……。


「そんな別嬪な妖精族連れてるんじゃ此処等じゃ『小さな巨人亭』が一番だよな!」
「わ、私、別嬪ですか?」


煽てられて急に照れるマレフィム。女性らしさを褒められて喜んだりはするのか。そんな事気にしないと思ってた。


「ここって有名なんですか?」
「なんだ! 知らずにここに来たのか? そりゃ運がいいな。俺も詳しくは知らねえけどよ。なんでも、店主のファイマンは王国騎士とコネがあるらしいぜ? だからチンピラ共はここに寄り付かないのよ。」
「王国騎士とコネ?」


それは俺にとって嬉しくない話だ。情報だけ得られるなら嬉しいのだが、深く関わってるとなると危険度が一層増す。そのコネが騎士団の知り合いがいるから気兼ね無く悪人を通報出来るとかその程度だと助かるけど……。


「そうそう。この宿屋は他の宿屋より少しだけ値が張るが、その代わりに美味い飯と平穏があるのさ。ただし、俺等が羽目を外すからちぃとばかしうるせけどな! がっはっはっは!!!」


み、耳元で大笑いしないでくれ……。マレフィムを見ると俺と目が合う。やはり今の話は気になったようだ。でも一日しか借りてないし出ようと思えば出られるだろ。それよりも、今日はとにかくアニーさんの料理で癒されようぜ。

          

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