ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第45話

「ねぇ、クロロはクロロのママに会えたらどうするつもりなの?」


そう俺に問いかけたのはメビヨンである。今日もマレフィムの授業を終え、メビヨンと一緒に魔法の練習をしていたが、俺はミィの証言通りに上手く飛ぶ事が出来ず不貞腐れ揃って休憩していたのだ。暴走していた時の俺はどうやって飛んでいたんだよ……。


それはともかく、メビヨンはドダンガイに囚われていた両親に会ったと語っていた。俺はそれを見ていないが、全く両親を知らない状態であった時とは実の親に対する感情が変わるだろうというのはなんとなく推測出来る。俺は難しいけど、いつか親に会える……と思っている。しかし、メビヨンは違う。目の前で両親が消えてしまったのだから。


「俺は……。」


どうするか……か。そういえばしっかり考えてなかったかもな。でもこれだけは決まっている。


「俺を本当の子供だって認めてもらって……ありがとうって言う。」
「ありがとうって……? クロロはママを恨んでないの?」
「そりゃあ、よく解らない竜人種の仕来りとやらで捨てられたのは腹立つけど……子供は俺だけじゃないんだ。俺を生かそうとして他の姉妹が迫害されるなら、俺が母さんの立場でも同じ判断をしたかもしれない。……子供に良いも悪いも無い。ただ、1より2をとった……それだけだろ。」


俺は偶々その”1”だった。そして、偶々前世の記憶を持っていたから今も生きられているのである。


「やっぱり、クロロって変わってるわよね。」
「やっぱり……?」
「あれ、なんでやっぱりなんて……。」


メビヨンは俺との記憶を殆ど失くしているのだ。やっぱりなんて思わないはずだけど……不思議そうな顔をしている俺を見てメビヨンは屈託無く笑う。


「ふふふっ。なんでかはわからないけど変わってるのがクロロっていうのは覚えてる。だから、やっぱりクロロは変わってるのよ!」
「なんだよそれ。」
「それにしても不思議な感覚だわ。クロロの事、殆ど知らないのに知ってる。クロロの言葉に納得しちゃう。やっぱりクロロはアタシの友達なのね。」


そうは言うが、それでもやはりメビヨンは変わってしまった。前はこれ程素直ではなかったはずだ。もっと無駄に張り合ってきたし、ツンツンしていた。魔石は繋がりが薄く重要でないモノから溶かしていったという。その結果、メビヨンは俺に関する嫌な記憶や印象を捨て、自分にとっての大事な友達という結果だけを残してしまった。彼女の中には外から来た生意気な年下や、自分の出来ない事を出来てしまう妬ましい奴という印象が殆ど残っていないのだ。その不自然なまでの変わり様に俺はどうしようもない気持ち悪さを感じていた。それは例え喧嘩した記憶であろうと大事な思い出である事には違いなかったはずなのだ。それなのに何故こんな洗脳しているかの様な態度で接されなければならないのか。


そんな理不尽な思いを”俺だけ”が抱いている。


「……レニ・ドニッシュ・ステラ。」


突然メビヨンが呟いたのは彼女の実の親が授けた名前だ。


「ほかの翼猫族には会いにいくのか?」
「……ううん。」


寂しそうに首を横に振るメビヨン。表情からそれが色々な鬩ぎ合いの末の結果的な返答だという事が感じ取れる。


「……アタシは、ジャオラン一族よ? ステラ一族なんてどうでもいい……とは言わないけどそれでもアタシはパパとママの子供なんだから。」
「でもダロウさんも言ってただろ。知らないで否定するのは――。」
「わかってるわよ。だから、もし翼猫族のステラ一族が見つかったら報告には私もついて行くつもり。」
「……そっか。」


その時がメビヨンの、俺にとっての母さんと出会う。それに近い事なんだろう。自分の存在を認めてもらう。その点に関しては全く同じだ。


「俺がもし、旅の途中でステラ一族に出会ったらメビヨンの事を伝えておくよ。」
「何言ってるのよ。クロロがこの村を出て行くのなんて、当分先の話でしょ。その前にはアタシが探しに行くわ。」
「それもそうか。」
「そうよ。」


余計なお節介だろうか。だが、ミィとマレフィムはもう家族みたいなもんだし、同年代……とも言えないけど、友人らしい友人はなんだかんだメビヨンが初めてかもしれないのだ。彼女の為なら多少なりとも力になりたい。今俺に出来る事は――。


「魚、食うか。」
「……え? 急に何?」
「好きだろ? 魚。」
「まぁ……好きだけど……。」
「今日の魔法の練習はこれまで! ちっとも飛べないし! デミ化も全然出来ん! だから魚を食う! わかったか!?」
「……う、うん……うん?」


まるで顔にはてなマークが張り付いているような顔をするメビヨンだが、俺はそれをお構いなしにいつかの如く走り出す!


「おっさきー! 今度も俺に追いつけないぞォッ!」
「あっ!? ちょ、ちょっと! 今度もってな……待ちなさい! 急にずるいわよ!」


俺達を包みこむ嫌な霧を払って逃げるかの様に走った。走って、泳いで、喰って、笑った。それは、数ヶ月前なら想像も出来なかった体験だ。こんなに楽しい生活を壊していい訳が無い。



*****



「今日もいい天気でしたね。」
「あぁ……。」
「書置きはちゃんと目の着く場所に置いた?」
「あぁ……。」
「……それでは、行きましょうか。」
「…………あぁ。」


俺は今日、この村を出る。


行き先は森の北西にあるオクルス。元々手長猿族の縄張りだった場所を避けて、南から渇望の丘陵に入りそこに沿って行く。その為に俺は深夜、こっそりと村のはずれに来ていた。


「(それでは、行きますよ! 翼を拡げて下さい!)」
「(わかった!)」
「(上手くバランスをとって下さいね! さぁ!)」


その小さい掛け声と共に身体全体に風を感じる。その風は翼を強く押し上げた。その風に負けないように俺は翼に力を込めてガッチリと固定する。ミィからは俺が普通に飛んでいたと聞いたが、知っての通りその時の記憶は無い。俺は自分のバランス感覚だけを頼りに、一方向に吹き込む風を出来る限り身体を揺らさないよう抱き込む。地を離れる足の感触から少しの恐怖が心に滲む。何年経っても落下したあの記憶はトラウマだ。


「(落ちないよな!?)」
「(大丈夫なはずです!)」
「(はずってなんだよ!!)」
「(落ちても私が守るから!)」
「(た、頼むぞ! ミィ!!)」


ミィが付いていなければ試みようとも思わないこの飛び方。俺はマレフィムの風魔法で空を飛ぶのだ。いつだったかのアンコウ型ベスみたいに身体がまん丸に近ければ安定するんだろうけど、俺はドラゴンだ。下手に風を当てればブレる。なので、綺麗に翼膜で風を掴まないといけないのだ。


グングンと高度を増す身体。森の面から上に遠ざかり、青々とした木の葉から垣間見えるすり鉢上の村。角狼族の村にはいつかまた訪れたい。……この魔石という不安要素が無くなってからだけどな。


「最初からこうやって飛ぶ練習すればよかったんじゃない?」
「嫌だよ! こえーよ!」
「それよりも! まずは渇望の丘陵を離れましょう!」


えーっと……あのめっちゃ遠くにある森が切れてる先のボコボコしてるところが渇望の丘陵だよな。そこから曲線を描いて北西に伸びてるんだっけ。こんなに高くまでくると、ドダンガイとの戦いの痕も見える。よく生き残ったよな……俺。そのまま身体を揺らさない様に反対側を見ると、葉が不自然に盛り上がった場所がある。あっちが高鷲族の村、つまり北か。パパドやスメラにもいつか礼を言いたいな。


「クロロさん! 前を向いてください! 行きますよ!」
「お、おう!!」


そのマレフィムの声で風の方向が変わる。後ろから前へ、追い風だ。


「上手く風を受け止めてくださいね!?」
「わかってるって!!」


想像よりも急な加速で村から遠ざかっていく。本当はもっとあそこに居たかった。皆々俺に優しくしてくれた。それは俺だからっていう理由だけじゃないと思うんだけど、それでも暖かかったんだ。あの大穴に居た時とは比べ物にならないくらいに。


「お、おいいいい! 速くねえか!? 速くねえか!?!?」


思い入れのある場所から離れてしまう切なさと寂しさに酔いしれていたいのに、状況がそれを許さない。風を切る音が耳を劈く。どんどん近付いていく渇望の丘陵。月明かりが照らす芝に茶色がぶちまけられた丘。あの茶色は掘り返された土か、乾いた血なのか……知ろうとも思わない。…………腹が空くだけだからな。


「あの戦闘痕には近付かない方がいいでしょう! 調べ物をしている角狼族がいるとも限りませんからね!」
「行こうと思っても行けねえよ! 風を吹かせてるのはお前だろうが!」
「そうでした!!!」


南を向いて右、つまり少し西の丘陵に向かう。それからどうするかはあまり知らない。だが、俺はミィとマレフィムを信じている。というか俺は角狼族達に迷惑を掛けたくないという要望しか伝えていない。


「これだけの広い丘陵を魔石一つが支配していたとは! 信じられません!」
「私もだよ。でも、あれだけの精神なら感知だけは幅広く敷けたんじゃないかな。」
「ああああああ! 今だけはへばりつけるミィさんのその身体が羨ましいです!!!!」
「今だけって何さ!!! あんただって自分で飛べばいいでしょ!!!!」
「人を飛ばすなんて初めてなんです! 同時に魔法を使ってうっかりクロロさんを落としてもいいんですか!?」
「許さねーよ(ないよ)!?!?!?!?」


俺の背鰭に掴まるマレフィムの頭を軽めの力で鞭打つミィ。ミィはへばり付くなんてお手の物だし、触手を他人の顔に這わせてどんな状況でも普通に会話できる。今俺の身に吹く風の影響を受けない唯一の存在である。


深夜上空。3つの月の下。静寂の中で大騒ぎしながら飛ぶ1匹と1人と何かは緩やかな放物線を描いて地面に近付いていく。


「……おぃ……おぃおぃおいおいおいおい!!!! そういや着地教わってねーぞ!!!! うわああああ! うわあああああああああああああああ!!!!!!!」
「あっ! 暴れないでください……!!」


強い追い風の中、幾ら羽ばたいても殆ど意味は無い。俺は後、数秒でぶつかる……!! ……と思ったが直後身体全体に向かい風を受けた。よく考えれば当たり前の対処法ではあったのだが、頭も身体も理解が追いつかずとにかく続けて羽ばたいた。すると、当然その豊満な向かい風を掴んだ翼により俺は反対側に跳ね返る。


「うおおおっ!!」


既に俺の足の高さは俺2つ分くらいしかないが、足が着かないというのは水中であれ、空中であれ難しいもので……上半身が斜め後ろに勢い良く押されて一回転。頭の天辺が草を掠めて情けなく地面に堕ちるのであった。


「ご、ごめん! クロロ! 急すぎて間に合わなかった!」
「……い、いや、大丈夫だ。心臓には悪かったけどそこまで痛みは無い。」
「ちょっとマレフィム!」
「そんな! クロロさんが暴れ始めたので前側にアニマを全部伸ばしてたんです! 間に合わないですよ! ミィさんだって間に合わなかったでしょう!」
「まぁまぁ、大丈夫だっての。」


この騒がしさがあるから、まだ寂しさを堪えられるんだよな。ホント、頼もしいよ。




          

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品