ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第39話

「魔法は願いを叶える奇跡なのよ。メビヨンが望めば空も飛べるし、雷だって落とせるの。」
「そうだぞぉ? でもな、奇跡にも理由がある。理由がなければ、そりゃあ呪いだ。『フマナ様は理屈っぽい。』なんて言葉があるんだ。筋の通らない事はフマナ様も叶えちゃくれないのさ。」
「ちょっと、貴方ったら。もう少し夢のある事を教えないと……そんな事言ってもわからないわよ。」
「そんな事ねぇよ! メビヨンは賢いからなぁ! そこらの奴等たぁ違うのさ!」
「……もう。」


ふと思い出すそんな幼き頃の情景。


『フマナ様は理屈っぽい。』


想像神フマナ様がアタシ達に与えたと伝えられているこの力は、万能であり万能でない能力。順序と法則を理解して使わなければ望みが叶えられる事は決して――無い。


それなのにどういうこと?


頭の天辺がクロロの十倍の高さはあると思えるその巨躯が薙いだ斧。その斧も使い手と同じくらいの長さがある。最早それは災害と呼ぶに相応しい。そんな畏怖すらも抱いてしまう一撃を、小さき黒い竜はまるで翼を沿えるだけで……止めた。


片翼の先を向けただけ。それだけで、刹那、巨斧に途轍もない豪風が吹き、芝を巻き上げて大地を露出させる。それでも、斧は確かにしっかりと風を切り裂く様な角度で薙がれていた。それがピタリ止められてる。彼は斧に触れてすらいない。


直後、彼はその止まった斧に向き合い尻尾で思いっきり上に打ち上げる。それこそ目にも留まらない速度で行われたその動作は、尾が当たったと思われる部分が欠けた斧と、悠然と体勢を整えなおす彼の所作を見てアタシが推測した事。


打ち上げられた巨斧は吹き飛ばされたと同時に巨人族の手を離れ、ドーム状の霧に触れた瞬間それは霧に戻り霧散する。


「……どういうこと?」


まるで一回も噛んでいないスジ肉を喉に押し込められているかの様な、全く飲み込みきれない状況。元々の目的であるクロロを連れ戻すという事が頭から薄れていく。これはアタシがどうこう出来る問題じゃない。


それでも、歩みを止めないクロロ。


「ク、クロロ! 待って!」


彼女はどうやらアタシとは違うみたい。まるでクロロの事を諦めてなんかいない。一度は呆然としていた気を奮い立たせてクロロの前に立ちはだかる。あれはまずい。今の彼の前に立つ事、それは。


パシャァッ!


無慈悲にも想っている相手の暴力に散らされる彼女の身体。


「どうしたの!? ねえ! クロロってば!」


彼女の声は止まない。歩くクロロの身体を纏わりつく様に這う液体。それが多分今の彼女なんだと思う。恐らく彼女にしか出来ない説得方法だ。


「んぐぐぐぐぐ……! 何これ!? すっごい力! 止まんな――。」


その彼女の声も更なる轟音で掻き消される。巨人族が両手の掌で地面を抉りつつ思いっきりクロロを挟み潰した。合わされた掌を前に、少し屈んで微動だにしない巨人族はまるで幼子が泥遊びをしているだけのようにも見えるけど、その掌の中は想像すらしたくない程に赤く染まっているはず。彼女は無事だと思う。でも、彼、クロロは……。


アタシはもう目を逸らす事すら忘れていた。何故か恐怖は無く、あるのは虚無感のみ。



……ぁ。



その搾り出した一音を頭に浮かばせた時、泥を切り裂く様な音と同時に巨人族が叫び声をあげた。でも、苦悶の声じゃない。狂喜を帯びた笑いに近い悲鳴。よく目を凝らすと、巨人族の両手の指数本からは鮮血が滴っている。その手を除けた場所には、血で染められた翼を天に目一杯広げた彼が巨人族を見据えていた。


「……翼で巨人族の指を斬ったの?」

そんな御伽噺を聞いた子供が抱く、疑念の様な言葉を呟いた瞬間。彼は地を割る程の力で巨人族の頭に飛び掛った。でも、唯の直線的な跳躍でしかないそれは、身体を捻った巨人族に辛うじて回避されてしまう。


「ははぁ……。小僧、思ったよりやるなぁ。」


巨人族が喋った!?


あまりにも強大過ぎる力の応酬に、無意識でクロロと同じ様に暴走した何かだと思ってた。でも、ソイツはこの現状を楽しんでて、それどころか暴走するクロロに対して感想すら漏らしている。


「今までは戯言をほざく工作兵の様な雑魚ばかりだったが……ようやっと現れよったか……! 寡黙に命を求めるその姿勢……好ましいぞ……!」


そんな威勢の良い台詞を吐くと、急に周りの霧が巨人族に集まり始めた。その間にも巨人族の頭に飛び掛るクロロ。それを巨人族は蝿でも払うように裏拳を叩きつける。


弾かれる衝撃音。


斜め下、アタシのいる方向に吹き飛んだ黒点は大地を割るが如く、地面を抉って一線を引いた。無意識に身構えるアタシの身体と、凪いでいく音に微かに聞こえる少女の声。


「……ロロ! ク……ロ! クロロ!! 死んじゃやだ! お願い!! 正気に戻って!!!」


悲痛な声に応える声は聞こえない。本来ならバラバラになってしまっている亡骸に心を痛めるはずが、何故かアタシはクロロは死んでいないと核心してた。ふと、巨人族を見ると尚も霧は深く、濃く集まって身体に吸い込まれていっている。


「ぁはぁあぁぁぁ……ぁはあああはあはあはあああぁぁぁぁ!!!」


不気味な笑い声。でも、それに呼応するようにクロロの方からする声色も変わった。


「……クロロ……? ……クロロ!? ……何……これ……何してんの!? ねえ!!」


クロロは、浮いていた。


飛んでるんじゃない。浮いているの。翼は微動だにせず、風も凪いでいる。でも、クロロの身体は木彫りの玩具を掴んで空を飛ばせている様な、不自然な見た目で浮いているの。足だけ動かし、地面を踏みしめるかのように空を歩むその光景はまるで神話の様にも見えた。先程までと変わらない"足取り"で巨人族へ向かうクロロ。


「……ぬぅぅぅぅぁぁぁあああああああああああ!!!!!」


雄叫びを上げながら、片方の肩を前に出してクロロに走っていく巨人族。初速は鈍かったけど、巨躯を支える太い足が地面を穿つ度、その速度は目に見えて増していく。一方クロロの足取りは変わらない。でも、少しずつ上昇していく所を見る限り、やっぱり目的は巨人族の頭なんだと思う。そして、両者は必然的に接触する。


クロロの高度は丁度、殺傷能力が最も高いはずの肩辺りだった。あれだけの質量をぶつけたんだから、もしかしたら巨人族はこの攻撃でクロロを殺すつもりだったのかもしれない。その信じられないシーンはアタシの目に、まるで時がゆっくりと流れる魔法が使われているかの様に映った。


砕ける鎧、噴出す血液、そして、高笑い。結論から言うとクロロは巨人族の肩に埋まった。


「ぬははははは!!! こんな魔法は初めてだ! 一体どの様な理屈で――ぬぅ!?」


目を充血させながらも、余裕がありそうに笑う巨人族の鎖骨辺りが不自然に盛り上がる。


「……ぬっ!? ……ぐっ……ぐぅっ……!」


まるで身体の内側から釣り針を引っ掛けられたかの様だった。尚もそのこぶは大きさを増して……破裂する。そこから現れるのは、小さき黒の竜。


「ぐぅぅぅっ!! こやつ!」


痛みに耐えながらもクロロから解放された巨人族はクロロを鷲掴みにする。でも、様子がおかしい。


「なぁっ!? どういう事だ!! 本当に不動だとでも言うのかぁ!?」


命さえも掴んだはずのクロロが、固定されてる様に全く動かない。地面が抉れる程足で踏ん張ってクロロを動かそうとしている。それでも、巨人族の拳は全く動かない。



「…………ぃいかげんに……しろおおおおおおおおおお!!!!!!!」



拳から響く少女の声。気付くと、巨人族の拳の上には透明な少女が腰に手を当てて肩を怒らせていた。


「ぬぅ……?」


今まで巨人族の眼中にも無かったはずの存在。そんな彼女の強さをアタシは知っていた。


クロロを掴む腕の手首が突然爆ぜる。血煙を撒き散らし、もう片方の手で千切れた腕を押さえつつ巨人族は一歩下がって悶える。すると何故か誰もいない後ろを振り返る巨人族。


「……俺が…………俺が後退しただとおおおおおおおお!!!!!! ……ぬああああああああああああああああああ!!!!!!」


それは今までに無い程気迫の込められた咆哮だった。最早ドーム状の霧を全て取り込む様な勢いで霧を集めている。でも、クロロの方にも異変があった。


「があああああああ!!!! あああああっ!!!!!! あああああああああああああああああ!!!!!!!」


クロロを掴んでいた手は千切れて下に落ちたけど、その手から開放されたクロロも巨人族に共鳴するように宙で叫んでいたの。それは苦しみや喜びというよりは戸惑いに近い。そんな感情を感じた。その声は彼から離れない彼女をも戸惑わせる。


「クロロ! ど、どうしたの!?」


*****


「おれ、ゴジラだからさいきょーだぜ! カズなんてふみつけていっぱつだから!」
「いーや! ぐんたいのほーがつえーし! めっちゃいっからな! むりょーたいすーのぐんたいでぶっころだぜ!」
「いや、そんなにニンゲンいねぇだろ。」
「クローンでつくんだよ! そんなこといったらショウはなんなんだよ!」
「おれはだいとーりょーだから。カクおとすから。」
「ゴジラにカクはききませんー! カクもってるひこーきがきても! こうやって――。」


*****


戸惑いの咆哮が小さくなっていくと、ゆっくりと降下しながら項垂れるクロロ。でも、只事ではない何かを感じる。何か? 違う。クロロの身体が見る見る黒さを増していってる……! 各部位の輪郭もどんどん境界線を失くしていく。それによって何が起こるのかは見当もつかない。巨人族の咆哮は依然止んでないけど、巨人族を向いたクロロは姿勢を低くして口をゆっくりと開ける。


風景との境界線により辛うじてわかるクロロの行動。既に表情は闇に呑まれて確認できない。でも彼にはまだ自我が無いのだろう。



――閃光。



眼前全ての色を白く灼き焦がす光と、不滅の闇。アタシはその神々しく唐突なコントラストからの逃げ場所を瞼の裏に求めざる得なかった。


魔法は奇跡だと生まれて初めて感じた瞬間だった。魔法で水を飛ばせる? 火を放てる? だからなんだっていうの。知ってるんだからそれくらいできるわ。でも、アタシは巨人族の身体に大穴を開ける光を知らない。


「ねぇ……クロロ? 何をしたの? その光は何? ねぇ……クロロ……私……わからないよ……。」


支える物が無くなり、巨人族の頭が大きな音を立てて地面に転げ落ちる。彼女の消え入りそうな声は、絶えずクロロを止める為に言葉を投げかけていた。でも、クロロは無意味だと言いたげに少し地面にめり込んだ巨人族の頭へ向かって歩き始めてしまう。アタシはそれを見て、もう本当に何をしてもクロロを止められないと悟ってしまった。


アタシはこの時、全てを諦めて逃げておくべきだったんだと思う。何がアタシの足を引きとめていたんだろう。


決着は着いていた。事は終わっていたはずなの。




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