ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第30話

大量の魚が入った籠を背負い、森の中を抜ける。枯れ草で編まれたシートみたいなので蓋をしているとはいえ、ジャンプなんてしたら山盛りの魚が落ちてしまうので、大樹は全て迂回して行った。あの籠は底が縦に折られ山が出来ていて、それを嵌めるように背中に乗せて運ぶらしい。俺は背中に翼と背鰭のような棘があるので、乗せられなかったから松明を持つ係りである。メビヨン、クロウ達、マレフィム、ミィも同じく松明係だ。メビヨン達は口で咥えて、マレフィムは風魔法でアンコウモドキと一緒に浮かせてるのだが、ミィは頭に火の着いた松明が刺さっているだけのスライムである。大変シュールな見た目だ。新種のモンスターっぽい。


走らず歩いたので時間の掛かる長い道のりだったが、月明かりとは別の柔らかい光が灯っているのが目に映る。やっと村に着いたようだ。


「いっひあーん(いっちばーん)!」
「あっ! うるい(ずるい)!」
「あ、あっえよー(待ってよー)!」


クロウ達は村に気付いた途端、ダロウ達を置いて駆け出してしまった。


「ったく……。」


そんなクロウ達にぼやくダロウだったが、本気で怒ってはいないようだ。


「クロロ、メビヨン、改めて聞くが、この魚は村の皆で食べていいんだよな?」


メビヨンに渡す為だったのを知ってから念を押して聞いてくる。だが、村の皆に渡すというのはメビヨンからの提案だった。


「えぇ、構わないですよ。」
「ぷはっ、こんな量1人じゃ食べきれないし、皆で食べたほうが美味しいわよ。」


村が近付いてきたからか、少しデミ化して口から松明を離して手に持ち返答するメビヨン。俺からすれば既に渡した物だ。どう扱うかはメビヨンの勝手である。


「じゃあ今日は魚祭りだな。女共集めて全部調理して貰おう!」
「(で、でも、今度またアタシの為に魚獲ってよね……。)」


ダロウを無視してそんな事をこっそり耳打ちしてくるメビヨンに、俺は笑いながら頷いた。



*****


今宵も村を炎炎と照らす櫓の大火。この村の名物だ。角狼族は兎にも角にも宴が大好きで、毎日宴の種を探している。でも、これと言った段取りが決まってる訳じゃない。飲むのも食べるのも気分次第で、ただ集まって火を囲む。それをマレフィムは、主なる目的が寄り合う事なんでしょうと論じていた。前世の俺だったら、ひねて騒々しいと1人離れていたかもしれない。でも、今の俺は求められ、為した事相応の評価もされていた。それを称えられるのはやぶさかではない。


「聞いたぜクロロォ! メビヨンの為にこいつを仕留めたんだってぇ? こりゃメビヨンは嫁に行くしかねえんじゃねえか!? なぁ! ダロウよぉ!」
「まだ早えッ! まだ早えが……見込みは有りだぜ!!!!!」


ウオオオオオオォォォッッッ!!!!!と野太い歓声を上げる男衆に俺はたじたじだ。メビヨンはドミヨン達と一緒にいるみたいだけど聞こえてるだろうなぁ……。


「それでなんだよ? 雷の牙まで使えたらしいじゃねえか。なんならお前も狩りに来るか? 俺もガキ共が騒いでる竜の息吹の威力を見てみたいからよぉ。」
「なぁ、メビヨンもいいかも知れねえけどウチの娘はどうだ!? 角狼族は旦那に尽くすぜぇ?」
「ばっかやろう! クロロは俺が先に唾付けたんだ! 横から盗ってこうとすんじゃねえ!」
「っんだそりゃあよぉ! 族長になって意地汚くなりやがって! おい! クロロ! ウチにゃ娘が3人いる! 好きなの選んでけよ!!」
「魚魚魚ァッ! こんだけありゃオクルスでおぉぉぉ儲けできるぜぇ!? おいクロロォ! 俺にも泳ぎ方教えろよォ!」
「酒ぇ~と月ぃ~があわさればぁ~……魚も空飛ぶ朧闇ぃ~♪」


もうしっちゃかめっちゃかだ。自分の娘をそう物みたいに扱うなっての……。酔っ払いが面倒なのは何処行っても変わらないか。


「てめぇダロウ! こうなったら決着つけようじゃねぇか!」
「上等だてめぇ! おら! アレ持って来い!!」


そんなダロウの一声で何処からとも無く投げ込まれたのは一輪の縄。二人は睨み合いつつ広げた輪の中に入りオリゴとなる。


先ほども言った通り、縄で出来た輪なので、完全な円じゃない。ちゃんと張ってもいないので不出来なジャガイモみたいな円だ。これは男達が酔っ払った際によく行う”遊び”である。


「クロロや……。」


そんな嗄れ声の呼び掛けで振り向く。後ろに佇むは、長老のワガイであった。


「お主も”おのこ”故に、気になるじゃろうが、あまり良い見世物とは言えぬ。此方へ来なされ。」


男達がこれから始めるのは前世で言う相撲である。しかし、人ではなく角狼として行うのだ。牙は使わず、角を前に突き出し、突進して縄の外に一本でも相手の足を着かせる。それはとても男らしく、興奮する見世物だが、この世界においてそれは酔っ払いの殴り合いと扱いはなんら変わらなかった。俺もあのままあの場に居たら、色々と面倒事に巻き込まれそうだったので素直にワガイに付いていく事にする。

「あらあら、ワガイ様ありがとうございます。」
「何、お主等が向こうても角が立つじゃろうての。」


俺に気付いて駆け寄ってきたのはドミヨンだ。


「子供を前にあんなに馬鹿騒ぎして恥ずかしい……。クロロはああなっちゃ駄目ですよ。」
「は、はい。」


ドミヨンはダロウの妻であり、4児の母である。旦那の駄目な所を妻としてフォローするそんな女性の強かさをしっかりと持つ彼女。凸凹がしっかり噛み合ってると思わせてくれる夫婦だ。そんなドミヨンに俺をバトンタッチし、ワガイはまた老人達の集まりに戻る。向こうではまた例のプラスチックっぽい札を持って輪を作ってるんだが、一体何をしているんだか……。

「クロロはこちらで私達と食べましょう。貴方の獲って来てくれた魚、とっても美味しいわよ?」
「あら! クロロちゃん! マレフィムちゃんお借りしてるわよ!」
「ミィちゃんが果物好きって本当なのね。とても可愛らしいわ。今度、旦那にオクルスでスライムが買えないか聞いてみようかしら。」


女衆が囲むのは、男衆が好む料理とは毛色の違う料理の数々。魚や肉、汁物もあるが、果物の比率があからさまに多い。犬って果物好きなんだっけ……そういや、カズん家の犬は西瓜が好物だってよく話してたような……。まぁ、犬である前に女性って事なのかな。そりゃ偏見か。


因みに、角狼族は食器を使わない。皿じゃないぞ? フォークとかスプーンとかの事な。基本は大皿や鍋に大量に料理があって、それをおたまか素手で小皿に取り分ける。後はそのまま皿から摘んで喰うか汁物は掻っ込むかのどちらかだ。そして、水が入ってるボールがあるので、そこで汚れた手を洗う。魔法で手を洗う奴はいない。それはマナー違反とされているらしいからだ。何故かって? 魔法で顕現させた水は消えるけど、手に付いていた汚れは消えない。つまりそこらに食べ滓を撒き散らすのと殆ど変わらないのだ。


「ほら、メビヨン、クロロくんが来たわよ。」
「わ、わかってるわよ。」


後ろのお母さん達に促されて、メビヨンが近付いてくる。やはり、ダロウ達の話が聞こえてたのかどこか態度がぎこちない。そのまま俺はメビヨンと一緒に女性達の輪の中に座った。


「あ、あの……今日は本当にありがと……。」
「お、おう。」


それにつられて俺も何処かぎこちない返事をしてしまう。


「パパから凄い怒られたけど……もし死んじゃったら今日のご馳走も食べられなかったし。」
「……。」
「それにアタシは多分あんな大きいベスだって狩れない。だから、もう少し強くなってから我侭を言う事にしたの。」
「……そうか。」


我侭を言うのを止める、と言わないのがなんともメビヨンらしい。にしても、後押ししたのはあのアンコウモドキだったか。それでメビヨンの安全意識が高まるなら安いもんだ。


「本当、年下にこんな強い子がいるなんて……ちょっと悔しいわ。」


ダロウ達の集まりから大きな歓声が聞こえる。もしかしたら決着がついたのかもしれない。メビヨンはこんなに落ち込んでるのに暢気なもんだ。


「強いだなんて……そのベスを倒せたのは偶然だったんだよ。咄嗟に噛んだ時、雷の牙が使えなかったらもしかしたら死んでたかもしれない。」
「そんなギリギリだったの!? ……でも、アタシはまだ死ぬかもって感じた事もないもの。」
「そう落ち込むなって。俺もびっくりしたよ。ベスっていうのは本当に色んなのがいるんだな。」
「この村はパパを筆頭に強い雄が多いんだけど、弱い雄ばかりの村はとても苦労しているって聞いたわ。小さいベスは小さいベスで素早いから……。」


ダロウは角狼族の族長だが、村はここだけでなく、ここ周辺に点在しているらしい。その中でここが一番大きい村だそうだ。それ故に角狼族の実力者もこの村が一番多い。


「ベスは全部が全部好戦的じゃないだろ? 逃げ足が速くても弱い奴ばっかり狩ればいいんじゃないか?」
「それじゃ獲れる数が少なくて家族を養えないわ。」
「そっか……それなら数が多くて好戦的なベスが必要だよなぁ。そう言えば、海に白くてデカい鳥のベスが何羽かいたんだ。あぁいう鳥のベスはどうなんだ?」
「白くてデカい鳥……? それ、高鷲族じゃない?」


高鷲ってなんかいつだったかに聞いた事あるような……なんだったけな……。


「えーと……この森に沢山いる可変種の一つだっけ……?」
「そう。アタシ達の次か、次の次くらいには多い部族よ……え? あの海にいたの?」


急に険しくなる声色につい身を引いてしまう俺。あそこにいたら何か不味いのか?


「ねぇ、ママ。クロロが海で高鷲族を見たって。クロロ、まさか高鷲族に見つかったりはしてない?」
「え? いや、そんな事は無い。多分……。」
「……それは問題ね。あそこは私達の縄張りのはずですし、何が目的かしら。パパに族長会議で問い詰めてもらう必要があるかもしれないわね。」


珍しく重い声のドミヨンだ。縄張りを侵犯されたとかそういう問題なんだろう。俺は結構重大な出来事を目撃してしまったのか。


「それでも、申告漏れか何かでしょうからそこまで大事にはならないでしょう。それより高鷲族に見つかったかどうかが問題ね。」
「クロロ、本当に見つかってないんでしょうね?」
「見つかってないと思うよ。こっちに寄っても来なかったし。」
「それは竜人種を警戒してという可能性もございますよ?」


マレフィムがふよふよと飛びながら俺の頭に着地して、話に割り込んでくる。


「そうねぇ。その可能性もありえるでしょう。とりあえず、パパには話しておきますから安心なさい。」


と、ドミヨンは柔らかな笑みを俺に向ける。この人達に育てられるメビヨン達は本当に幸せだよな。


「それでクロロさん。例の雷の牙ですが、完全に使いこなせるようになったのです?」
「それが全くなんだよ……獲った小魚の尾鰭を咥えて思いっきり噛んでみたんだけど何もおこらない。」
「なんでも、あのベスを強く噛んだら雷が出たのですよね?」
「そのはずなんだけどなぁ……。」


あの時は死に物狂いで強く噛んだんだ。そしたら魚が跳ねた。それ以外に何かあったか……?


「噛まないと雷が出ないなら、飛竜族は口を閉じて火を噴けるって事なの?」


目を見開いてメビヨンの方を向く俺。キョトンとした表情から、皮肉でなく純粋な疑問だという事が伺えるが、その通りである。噛まないと雷が出ないならどうやってあの臭い息を吹きつけるのか。それはありえない。多分やってる事はガスコンロと同じはずなんだ。ガスを噴射して電気でバチッと引火させる。それなら思いっきり噛む事は放電のトリガーじゃない。ならどうやるんだ? どうやった……?


俺は歯を閉じないように顎に力をグッと入れてみる。すると突然、頭に衝撃が走った。


「グゥッ!」
「(こんな場所で変な事試みないの。)」


衝撃の正体は頭の上に跳んできたミィだ。小声で注意されてしまったが、確かにこの場でやる事ではないかも。

「あら! やっぱりミィちゃんはクロロくんがお気に入りねぇ。」
「あぶぶぁっ! へぁっ! ふぶふぁっ!!」
「大変! マレフィムちゃんが溺れてるわ!」


そういや既にマレフィムが頭の上に乗ってたんだったわ。


「(み、ミィ!)」
「(はーいはい。)」


俺の一声に囁くように答えると、すぅっとミィの上に乗っかるように浮き上がるマレフィム。


「べふっ! へっっ! ふぁ……な、何故急に私の上へ……。」
「まぁ! 本当にミィちゃんは賢いわね! 酔っ払ってる時の旦那より賢いかも!」


そんな冗談とも受け取りにくい冗談で場を盛り上げる奥さん。

「マレフィム、大丈夫か?」
「大丈夫なんかじゃありませんよ……ん? 何やら身体から良い香りが……。」


ミィは完全に水を操作出来るが、境界線を間違えると生物の細胞も干乾びさせてしまうので、分離する際に生き物に付いた水を完全に操作する事はあまりない。そんな事もあり、今、マレフィムの服はミィの水で濡れていた。そこから良い香りがすると言うのである。マレフィムはその香りが気になったのか掌の舐めてみる。


「甘い……? まるで果実の様な……。」
「へぇ、どれどれ?」
「……わっ! ちょ、ちょっと!」


俺も気になったのでマレフィムを鷲掴みして、長い舌で軽くペロリと舐めてみる。


「本当だ! 甘い!」


果実フレーバーの水だな。さっき奥さん達から果物を貰ってたから、その味が……ってあれ?


突如、手に握っているマレフィムの身体から強風が溢れ掴んでいられなくなる。そして、次に目に映るはミィの操る芳しい水が混ぜられたマレフィムの風魔法であった。


「「デリカシィー!!!!」」


その夜の記憶はそこで途絶えている。

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