ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第6頁目 親の言う事なんて全部守れないよね?

「んんっ……ふぅ……あっ……はぁっ……。」


この世界に来て初めて自分が男だと認識させられそうになる悩ましい声。今、この大穴に親ドラゴンはいない。いるのは俺とあの姉妹だけ。


「ほら、ここ、力抜いてください……。」
「ふっ……んっ……。」


マッサージなんてベタな展開じゃない。そもそもあいつ等マッサージとか知らないだろう。


「そう……ゆっくりと……。」
「くぅっ!……はぁ……はぁ……。」


結論から言えば脱皮だ。元気っこのな。


「難しいですよぉっ!」
「初めてじゃないでしょう! 頑張りなさい!」


ちなみに俺は一度も脱皮をした事がない。そのまま大きくなっているのだ。あいつ等を見る限り、脱皮って疲れそうだからあんまりしたくないんだよなぁ。


「……魚がっ……食べたいっ……ですっ……」
「えぇ!? で、でもそれは……」


突拍子も無い生の欲望を聞いて、真面目っこが巣からこちらを覗きこむ。実はあれから一度も魚を交換していない。あいつ等からすれば母親は絶対だしな。仕方ないだろう。だが、あの母親の思い通りってのも捨てられた俺からすれば癪だ。なのでこちらからちょっかいを出す。


「別にいいぞ。」
「えっ、あの……。」


話掛けて来た事に驚いたのだろう。真面目っこが言い澱む。

「肉、美味くなかったか?」
「美味しかったです! また食べたいです!」


巣の奥から元気っこが叫ぶ。正直で宜しい。因みにだが、こいつら二人は母親から言葉を学んだせいで口調が丁寧だ。子供らしい事を一々丁寧に言うから少し面白い。俺もそれが理解出来るくらいには学習しているのだ。


「で、でも母様が……!」
「ばれなきゃいーんだよ。ばれなきゃ。怒られないし美味しい魚も食べられるぞ?」
「そうです! ばれなきゃいーんです!」


元気っこがは大胆なのかアホなのか……。でも、こっちの味方になってくれるなら説得する手間が省けるから助かる。


「でも、もし母様が――」
「良い考えがあるから、魚を獲ってきた後呼びかけるよ。」


不安を遮るように、此方が行動する事を伝える。変にネガティブな事を考えさせる前に希望を目の前に吊るさねば。


俺はあいつ等の話を聞かないようにいそいそと漁へ出掛けた。なるべく一口サイズの小さい魚を狙う。無事獲ったら戻り、籠代わりに使っている綺麗に洗った頭蓋骨へ放り込む。これを繰り返す。何度も、何度も、何度も。網があったら一網打尽なんだが、そんな便利な物は生憎持っていない。まぁ、こういった事も俺には立派な娯楽とも言える。のんびり楽しみながら誑かそうじゃないか。


気付けば頭蓋骨は小魚で満たされていた。勿論毎日この量を獲ってる訳ではないが、こんだけ食ってもいなくならないんだ。本当に広い地底湖だ。


「はっ! ……あぁっ! ……で、出れました……! ……はぁっ……はぁっ……。」
「お疲れ様です。」
「おつかれ。ほぅらご褒美だぞぉ~。」


さぁ、誘惑だ。沢山の魚の中から比較的小奇麗な魚を探す。傷がついてなくて、光をよく反射しそうな……これでいいか。選んだ魚を口の先で咥え、垂らして見せびらかす。揺らすと魚が光を反射して存在感が増すかもしれない作戦だ。どうだ!?

「ください!」


なんて素直な元気っこ! 悩む間とかねぇのかよ! ……でも。


ほうこはくっひゃなそうこなくっちゃな!」


俺は魚を咥えたまま頭蓋骨を持って、よたよたと便所ゾーンのすぐ近くにいく。つまりは巣のすぐ下だ。そして、一度咥えた魚を頭蓋骨の中に戻して説明する。


「いいか? 俺が今から魚を投げる。それを上手く口でキャッチしろ。巣の中に落ちなきゃ臭わないはずだ。」
「わかりました!」


良い返事だ。上手くいくかはわからないけどな!

気を取り直して魚を咥える。しなり易く咥えやすい尻尾をだ。そして、頭を少し下げてからなるべく真上に飛ばすように投げる。


いうほいくぞ? ……へーおせーのっ!」



思い通りに飛ぶかは不安だったが、問題無く狙い通りのコースへ飛んでいく魚。
それが巣の少し上までいくと吸い込まれるように曲がり元気っこの口の中へ入っていった。


は?


え?


元気っこの方から咥えに行ったのではなく、魚が自ら飛んでいったような不自然な軌道だ。


「美味しい!! もっと! もっとください!」


ぽかんとする俺に構わず追加の魚を強請る元気っこ。


「待ちなさい! 魚の前にこれを食べないと駄目でしょう!」


ん? 『これ』ってなんだ? 巣の真下にいるせいで真面目っこが指す『これ』がわからない。


「それ、あんまり美味しくない、です。」
「でも、食べなくては駄目と母様が仰られていました!」
「……無くなればいいのですよね?」


元気っこが巣の奥に引っ込んで、ズリズリと何かを引き摺ってきた。あれは、皮だな。脱皮した皮だ。


「あの……お肉じゃなくてこれはどうですか?」


なんという提案だ。まさかそれを食べるのか? 皮だぞ? 人間なら爪や髪を食べるのと変わらない行為じゃないか。しかも、肉の代わりなんて絶対に御免だ。


「肉じゃなきゃ駄目だ。魚をもっと食べたいならそれを食べてからにしろ。」


それをこっちに捨てられたりしても気味が悪い。しっかりと上で処分してくれ。


「でも、味しないですし、美味しくないんです。」
「そんな物を他人に勧めるな!」
「うぅ……。」
「あの子の言うとおりです。」


いや、これは利用できるぞ。これこそ免罪符になる。きっと釣れるはずだ。


「あぁ~……魚って獲れたてが一番美味しいんだよなぁ。でも、俺はもう充分食べたしなぁ……でも腐らせるのは勿体無いしなぁ。」
「アタシが食べます!」
「駄目だ。お前はそれが食べ終わってからな。それまでは勿体無いしもう片方の子に食べて貰おうかな。仕方ないんだよ。捨てるのは勿体無いだろう?」


なんて白々しい誘い方なんだと我ながら思う。しかし、子供は白々しさを知らない。


「仕方ない……ですか。確かに、捨てるのは勿体無いですし……それなら……まぁ……。」


ここだ。ここに付け入るぞ。俺はすぐに魚を咥えてさっきの軌道に魚を飛ばす。


ほえほれっ!」
「えっ!? あっ!」


いきなりで驚いただろうが、考える隙は与えない方がいい。魚は限界まで上に上がった後、重力に従って進む方向を変える。が、それは下へではない。真面目っこの口の中へだ。


「ふぁ~……美味しい……!」


やはり気のせいじゃない。あの子ドラゴン達はどうやってか魚を吸い込んでいる。ドラゴンだから吸い込む力が強いのか? 俺はあんな事できないぞ。というか、試した事無い。やればできんのかな。

試しに思いっきり息を吸ってみるが、変な所に空気が入り込んだ感じがして咽てしまった。涙目になりながら、頭にはてなマークを浮かべる。ちょっと悔しいから乱暴に魚を投げつけてやろう。そのまま勢いに任せてぽんぽん投げ込んでも、真面目っこはどうやってかそれを吸い込んでいく。その様子をみて元気っこは涙目である。


巣から聞こえるバリバリといった音は、恐らく皮を貪っている音に違いない。魚が無くなる前にと、急いで食べているのだろう。このペースで続けたら本当に魚が無くなってしまうので、一旦手、というか頭を止める。


「どうだ。美味いだろ。」
「はい……!」
「これならきっとばれないよ。その代わり肉をくれ。」
「え? これは捨てるのが勿体無いからって……。」


そうは言ったが、実際に利益を得ている訳だから対価は必要だ。魚がなくなる事が対価になる訳がない。


「もともと魚は肉と交換だって言っただろ。それともまさか嘘をついたのか?」

まるでヤクザのようなやり口だが、それでも肉は欲しい。ドラゴンは高潔な種族と毎日聞かされてるんだ。嘘なんて……。


「嘘なんて吐く訳ありません!」


ほらな。やったぜ。


「それなら後でしっかり肉をよこせよ? まだ食べたいだろ?」
「うぅ……。」


まるで幼気な少女をシャブ漬けにしようとしてるみたいだ。ごっこ遊びとしては面白い。


「食べ終わりました! 魚! 魚をください!」
「ま、待って! 魚を食べた分だけお肉をって……。」
「そういう条件でした。食べたならその分お肉をあげないと駄目です。」


フンスッと本当に聞こえる元気っ子ドラゴンのドヤ顔。多分母親から説教されるとかそういうの全く考えないで言ってるなあいつ。だが、それでいい。


「くれるならいいんだ。ほらいくぞ。」


肯定の意見が出たとこで、契約が締結されたかのように解釈できるような態度を見せる。そんじゃ引き続き魚を投げ入れますかな。


魚が宙を舞い、子ドラゴンの口に吸い込まれる。段々俺も手馴れてきて、どんどん頭蓋骨の中身が減っていく。途中からは真面目っこも我慢できなくなったのか魚の吸い込みに参戦していた。


マジでどうやってんだアレ。

「最後だ。」


そう言って最後の一匹を投げる。


「いただきます!」
「アタシの!」


争奪戦の勝者は……。


「ックン……これが最後だなんて……。」
「あぁー!」


真面目っこである。


「アタシそんなに食べれてないです!」
「そうだな。だから今度いっぱいやるよ。」
「本当ですか!?」
「私も……。」


真面目っこも、もう遠慮しないな。これで後には引けないはずだが、念は押しておこう。


「どっちにもやるから、飯を食う時に巣の外へ肉のついた骨を落としてくれ。今日食べた分だけ。嘘つきじゃないもんな?」
「はい!」
「わかりました。」

こうして俺等は秘密の関係を持つ事になる。あいつ等には名前がない。だから呼ぶときはおいとか、なあとか、そんなのばかりだった。それでも話すだけで関係性は構築される。


そして、お互いを思う心も少しは感じ取れる。あいつ等は俺を嫌ってなかったし、獲物を自力で狩る者として敬いを持ってもいた。俺だってあいつ等を血の繋がった家族と知ってからは、何かむず痒い距離感を感じている。お互いに歩み寄りたくても歩み寄れず、近いはずなのに遠い存在。それはまるで文字だけの文通のみで築いたかの様な仲だった。その人の文字や文体を知っていても、本人の顔や声色は決してわかりきれない。全てを書ききれる事はなく、全てを読み取れる事もない。そんな奇妙な関係である。


それでも、共通の母という存在を隔てて餌と言葉を交換した。


「いつか、外で一緒に遊べるといいですね。私も立派になって、母様の様な素晴らしい狩りを見せてさしあげます。」
「その時はアタシに魚の獲り方を教えてください!」
「あぁ。いつかな。」


その時は、俺に名前を教えてくれ。

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