神が遊んだ不完全な世界

田所舎人

主人公(仮)の始動

「それは……どいういうことですか?」
 ケアの発言に対して凛は訝しげな言葉を投げかける。
「皆さんは思いませんでしたか? 野村さんの過去の不透明さや文化や常識の相違。そして私達とは全く異なる価値観や考え方を持っていることに」
「確かにそうですが……」
「カンナ様が野村さんを直接ではないにせよ塞がった傷口を開き出血させるということは普通ではありえないことです」
「もしスミスの言うことが正しいとするなら、私は圭介を試合を通じて怪我をさせたことがあります。神子ならば私は傷を負わせることはできないはずです」
「ええ、普通ならそうでしょう。しかし、野村さんは『無用者』。イレギュラーな存在です。野村さんは神子を傷つけることも傷つけられることも可能な稀有な神子という存在なのでしょう」
「どうしてそこまで分かるんですか」
 不信感を隠すことなく凛はケアに詰め寄る。
「それは秘密です」
 ケアはニッコリと微笑んではぐらかす。
「ただ、私は彼を『狭間者』あるいは『漂流者』と呼ばれる異なる世界の珍客だと思っています」
「ああ、それなら間違いないと思うぞ」
 ユニはケアの結論に対し同意する。
「こいつを最初に匿ったのは私だ。そのときに色々と聞かせてもらったから『狭間者』だと私も思っていた」
 狭間者。異なる世界の狭間を渡る者。神の気紛れか世界の位相が部分的に重なったのか様々な理由で異世界との干渉が起きる。そのため、全く異なる物品や生物がこの世界に迷い込むことがある。記録によれば『光と轟音と熱を放ち街を滅ぼした小さな金属』や『触れることのできない宙に浮いた刀剣』といった狭間物も存在する。
「……なるほど」
 凛は圭介という人物の背景に関して少しだけ理解することができた。そして、咽び泣く圭介の『帰れない……』という呟きの意味がはっきりと分かった。
「野村さんは狭間者であると同時に神子でもある。そんな奇特な存在ということです」
「それじゃあ、圭介の様子が急におかしくなったのも……」
「今朝の騒動、あの時も左腕から出血していました。おそらく、その影響が今になって現れたのでしょう。カンナ様が野村さんを落ち着かせたようなので大丈夫ですが、もしも精神的に不安定ならば、魔術を使用した際になんらかの反動があるかもしれません」
 そういってケアはベルトから小石程の大きさの黒い石を取り出した。
「スミス。それは?」
「これは物質化した虚素の塊です。これを野村さんに飲ませましょう」
 ケアは水筒を取り出して口に水と先程の虚素の塊を含み、圭介に口移しで飲ませる。
「これで圭介さんの魔素が一時的に減ります。三日三晩も経てば元に戻るでしょう」
 圭介の体内で猛る魔素が虚素と打ち消し合い沈静化していった。
「ところでスミス。虚素とは一体なんなんですか?」
 凛はケアに問う。
「そうですね……。虚素について説明するには歴史から語らなければなりませんが、虚素が存在する経緯を省けば、虚素とは魔素と相反する元素。魔素が「+1」とするならば虚素は「―1」。方向性の異なる元素です」
「おかしいな。そんな話、聞いたことがないぞ」
 ユニが顎に手を当て、記憶を探るように視線を漂わせる。
「虚素は発生と同時に魔素と打ち消し合い、その存在自体が明らかにされないため、一般的には知られていません。僕の体質のせいか、虚素を不活性のまま物質化することができますがね」
「……もしかして、お前……」
 ユニが何かを感づいた呟きがするが、その先を続けることはなかった。






 圭介の意識は川底から昇る水泡のように浮上し、パチンと目が覚めた。圭介の目の前にはユニや凛をはじめとした面々。口元が不思議と濡れており、若干血の味がした。
「ケイスケ!」
 カンナが飛びつき、圭介は後頭部をもたれかかっていた木に叩きつけた。
「痛い、痛い」
 圭介は混乱した思考の中、意識を失う前の記憶を辿っていた。
「圭介、大丈夫ですか?」
 凛が圭介の顔を覗き込む、圭介の口元には血の跡があり、吸血鬼のようだと凛は思った。
「ああ、大丈夫。大丈夫だよ。うん。大丈夫」
 圭介は自分に言い聞かせるようにそう繰り返す。圭介の胸に顔を埋めるカンナを抱きしめ、髪を優しく撫でる。甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
「ありがとう。皆、来てくれて。心配かけたみたいだね」
 カンナを抱きしめたまま、立ちあがる。
「本当にもう大丈夫なんですか?」
 圭介の目は泣き腫らし、赤く充血していた。
「ああ、大丈夫」
 十夜の柄を握り、引き抜く。
「やることやって家に帰ったら安静にしようかな」
「ケイスケ? あのおうちに行くの?」
 圭介の胸に顔を埋めていたカンナが上目遣いに圭介の瞳を見つめる。
「ああ、帰ったら一緒に街を回ろうな」
 少し荒くカンナの髪を撫で回す。
「圭介。私もついていきます」
「……そうだね。どうも身体の調子が悪いみたいだしサポートは任せた」
 凛は静かに頷き、ユニとケアに何かを伝えると二人は了承した。
「では、参りましょう」
「カンナ、いい子にしてるんだぞ」
「うん!」
 圭介は孤面で表情を覆う。にやけた表情を誰にも見られないように。
「さてと、行こうかね」
「まるでピクニックにでも行くような足取りですね」
「ああ、そうだな。ピクニックは終末にするものだって決まってるからな」





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