神が遊んだ不完全な世界
主人公(仮)と格闘
圭介はフランの研究資料だけではなく、他の研究者達の遺産に目を通していく。ハイオクが研究していた内容や試料もこの場に並べられていた。
圭介はハイオクの研究資料が並べられている一画に違和感を感じた。魔眼でその一角を見つめる。ハイオクの手がけた資料には彼の魔素が薄くだが存在していた。そして、ハイオクの魔素とは異なる魔素が壁から染み出ていた。
圭介が壁を調べると壁には擦れたような跡が薄く残っていた。壁を軽く叩けば他の場所とは異なる音がする。そのことから、この奥には隠し部屋があると推測した圭介は壁を分解し壁を消し去る。壁を分解した魔素を器用に操り、圭介が隠し部屋に入った後に再構築。傍目から見れば圭介が壁抜けをしたように見えるのかもしれない。
どうやら隠し部屋は研究施設のようだった。研究材料、研究資料、研究機材、様々なものが陳列されていた。
圭介は隠し部屋の資料棚に視線を向ける。圭介は気になる題名の中でも特に気になった『内面世界の具現』といった資料だった。
内容は、この世界はとても不安定であり、莫大な魔素によって自分だけの世界を創生できるといったものだった。この世界には莫大な魔素を保有した者が思い描く世界を実世界に持ち込むといったものだ。箱の中に新たな箱を出現させる。基本的な現象は実世界と同様ではあるが、箱の中の箱の中だけに通用する新たな法則が適用される。例えば、その世界だけ七色に空が変化する丘を世界に創生した人物がいた。その人物は己の思い描く美しい空を具現するといった一心から新世界の創造を行った。その人物は『七天の丘』と新世界に名づけた。
新世界の創造主。それが彼らの持つ能力だ。新世界は実世界によって自然淘汰され消滅するが、創造主の魔素が続く限り新世界は創造する。
もしかしたら実世界もまた神の作り出した新世界なのかもしれない。
そのように記述された資料があった。
日は傾き、陽光が優しくなった夕方、圭介達は図書館を後にする。
「カンナ、それ全部読むのか?」
「うん!」
カンナが抱きかかえている大量の児童書や絵本。図書館の運営や維持のため、蔵書の写本が販売されている。少々値は張るが、作りはしっかりしており、長旅にも耐えられそうである。それらを大事そうに抱え、圭介が重そうだから代わりに持つというと、カンナは自分で持つと言い頑固な一面を覗かせ微笑ましい姿に皆は笑みを浮かべた。
「そろそろ飯の時間だな。食堂に行くぞ」
ユニは図書館で思う存分読書に耽ったのかホクホク顔で皆の率いて先頭に立つ。
「食堂って……確か、この時期にはどこも満員で軒下すら入れませんよ?」
レスリック到着初日、人込みで散々な目にあったことを圭介は思い出していた。
「一般客はそうだろうが、私達のようなソルバーなら行ける場所があるだろ」
「えーっと……」
「レスリックの木々。レスリックのギルドだよ。顔出してないのか?」
「ええ、忙しくて忘れてました」
「入国審査にギルドの証を使ったなら顔を出しておくのが筋だぞ。あそこなら飯が出るから夕食はあそこで済まそう」
そういって圭介達は人込みを掻き分けながらユニに追従し、レスリックの木々へと向かう。
レスリックの木々と呼ばれる冒険者ギルドは数多くのソルバーやワーカー達が多数の席を埋め尽くしていた。
「マスター。席空いてる?」
「おお『血染めの』か。二階の奥側、窓辺の席が空いてるぜ」
赤茶色の髭をたくわえた四十代後半に見えるユニにマスターと呼ばれた男。レスリックの木々のギルドマスター、アルムだ。
ユニは例を告げると圭介達を連れ、二階の既定の席へと座る。
「ユニさん。さっきの人から『血染めの』って呼ばれてましたけど、どういう意味なんですか?」
圭介がユニに率直に尋ねる。
「ああ、私の髪が赤いのは返り血を浴びて赤く染まってるなんて噂が立ってそう呼ばれてるんだ。通り名や二つ名みたいなもんだよ」
「やっぱり、有名なソルバーは二つ名なんてあるんですね」
「ああ、いろんな二つ名があるぞ。例えば『陽炎』や『ヨウカイ』、それから『ドールズドール』なんてのもいるな。まぁ二つ名なんて見た目か能力にそれらしい名前を付けるんだろうけどな。私なんかは見た目の印象だけで呼ばれてるようなもんだよ」
「なるほど。陽炎に妖怪、doll’s dollですか」
「そんなことより、飯だ飯。好きなもん頼んでいいからな」
ユニの言葉に従いメンバーは思い思いのメニューを注文する。運ばれてきた大量の品々は全て余すことなく胃袋へと納められた。
圭介達が談笑していると、ふと階下の騒ぎが起こっていることに圭介は気が付いた。
「ここに『血染めの赤髪』が来てるそうだな。出てこい!」
叫んでいるのは体格が良い男だった。手甲を嵌め、軽装な姿だ。
「もしかして、ユニさんのことを呼んでるんじゃないですか?」
「もしかしなくても、『血染め』の通り名を持つ者は数多くいるが、『赤髪』と付くのは私ぐらいなもんだろうさ」
階上からユニを探している男を見下ろす。
「そうだ。圭介。あいつと戦ってみろよ」
「え……」
「たぶん、目的は私と戦って名を上げようって輩の一人だ。見た目と纏う雰囲気からして中の下といった実力者だろう。自分の力と依頼をきちんと線引きができれば引退するまでソルバーとして食っていける素養はありそうだな」
「見ただけでそこまで分かるんですか?」
「まぁな。経験からの直感だから当てにはならんがな」
ユニは階上から挑戦者の目の前まで跳躍する。
「何か用か?」
「ユニリアス=キニアリブだな。俺と仕合え」
「やっぱりか。そうだな、仕合ってやってもいいが、条件がある。二階にいるあそこの黒髪の子と戦って勝ったら勝負してやろう」
ユニは右手人差し指を圭介に向けながら高らかに宣言する。ギルドで食事をしていた全員の視線が圭介へと注がれる。
「その話、俺が審判を務めよう」
そう口を出したのはギルドマスターだった。
ギルドマスターが開口するとギルド内のソルバー達は一斉にどちらが勝つかと話し合っていた。どうやらどちらが勝つかを賭けにするためらしい。
「圭介、ちょっとこい」
圭介はユニに呼ばれるがまま階下へと跳躍する。
「その木刀と魔術は使うな。それと魔眼もできるだけ使うな。素手だけで相手をしてみろ」
「つまり、相手にハンディキャップを渡せと」
「お前は自分の体を過小評価している。魔術や眼や道具に頼らずに自分の力がどれほどのものか試してみろ」
ユニは圭介の背中を強く叩く。圭介はその張り手で店外まで吹き飛ぶ。
「というわけだ。仕合うなら外でやろうじゃないか」
「嘗めやがって……速攻で片づけてやる」
男は店外へと足を向ける。
圭介は人通りが多い店先に俯せのまま倒れていた。あまりの光景に通行人は圭介から遠く離れ、人垣によるリングができていた。
「痛いなぁ……。いくら体表を覆った魔素で衝撃を殺せるといっても、踏ん張らなかったら吹き飛んじゃうのに……」
圭介は立ち上がりながら体についた砂を落とす。
「坊主、悪いが最初から全力でいくぜ」
男は構えを取る。左足と左腕を引き、右足と右腕を前に構え、やや半身といった構え。
「お手柔らかにお願いします」
圭介は圭介は左足と左腕を前に、右腕と右足を引き、両手を平にして構えた。
最初に動いたのは男だった。腰を下ろした次の瞬間、左足が大きく地を蹴り、一歩で圭介との間合いを詰める。その勢いのまま圭介の胸を右ストレートが狙う。圭介はそれを左手で軌道をずらすが、男はその勢いのまま、右肘で差し出された圭介の左腕を破壊しようと襲いかかる。圭介は咄嗟にそれを右腕で受け止める。男は一歩身を引きながら、受け止められた右腕を伸ばし、圭介のこめかみを狙った裏拳を放つ。圭介は上体を逸らし裏拳を躱す。裏拳にはあまり体重が乗っていないにも関わらず、重々しい風切り音が聞こえた。
「ちょっとあぶなかったですね」
圭介は少しだけ、自分の首が半回転する未来が見えた気がした。
「見た目の割にやるじゃねぇか」
男は構えを整える。
「上半身を逸らしながら、俺の膝を狙ってくるとはな」
「まぁ簡単に避けられちゃいましたけどね」
圭介は男がまず胸部を狙ったのは呼吸器を乱し、詠唱をさせないためと経験的に察知した。若草道場での特訓の際、受け身に失敗したときや、胸部を強く殴打された時、顎に衝撃を受けた時等は魔術の行使に支障を来しやすい。続けての右肘は圭介の左腕の関節を狙って放たれたもの。ある程度の感覚神経の持ち主ならば、初撃は反射で防げるかもしれないが、二撃目は一撃目からノーモーションで放たれる。これを防ぐために右手で相手の右肘を受け止めることになり、受け止める側は右手と左手が交差する。その体勢で裏拳が飛んでると左手で受け止めるには右腕を上げ、裏拳を受け止めねばならず、そうすると脇腹を相手に晒すことになる。そうしないためにも自身が下がることを余儀なくされる。
一撃一撃が布石となる連撃を放つ男をユニは中の下と評価するあたり辛口なのかもしれない。
圭介は全身を覆う魔素の密度を濃く厚く満たす。
「……思った以上に強いな」
男は圭介が一回り大きくなり、存在が濃くなるよう感じ取った。
圭介は瞬歩・桜により間合いを詰め、両手の掌底を男の胸と腹に打つ。男の体表を覆う魔素は瞬時に接触部へと集まり、厚い層をなす。
「魔流」
圭介の手からドロリとした黒く濃い魔素が圭介の腕、掌底を経て男の体表、体表魔素に風穴を開け、体内へと侵入する。
「っ!?」
男は衝撃を受けていないにも関わらず地に膝をつく。呼吸は乱れ、胃に溶けた鉛を流し込まれたと感じるほど発熱し、体表を覆う魔素は不安定に乱れる。
「これで僕の勝ちってことでいいですか?」
圭介は振り向いてユニに問う。
「ああ、上出来だ。お前は体の素養は恵まれてないが、それを補って余りある魔素を操れるから、攻防のの魔素運びは十分だ。私なら最初の打撃の時に腰砕きの蹴りを入れられたが、無傷で勝てたんだ。……萌木の修行は役に立ったようだな」
ユニは圭介の頭をガシガシと撫でた。
そんな圭介の姿を遠くで見つめる4人がいた。
圭介はハイオクの研究資料が並べられている一画に違和感を感じた。魔眼でその一角を見つめる。ハイオクの手がけた資料には彼の魔素が薄くだが存在していた。そして、ハイオクの魔素とは異なる魔素が壁から染み出ていた。
圭介が壁を調べると壁には擦れたような跡が薄く残っていた。壁を軽く叩けば他の場所とは異なる音がする。そのことから、この奥には隠し部屋があると推測した圭介は壁を分解し壁を消し去る。壁を分解した魔素を器用に操り、圭介が隠し部屋に入った後に再構築。傍目から見れば圭介が壁抜けをしたように見えるのかもしれない。
どうやら隠し部屋は研究施設のようだった。研究材料、研究資料、研究機材、様々なものが陳列されていた。
圭介は隠し部屋の資料棚に視線を向ける。圭介は気になる題名の中でも特に気になった『内面世界の具現』といった資料だった。
内容は、この世界はとても不安定であり、莫大な魔素によって自分だけの世界を創生できるといったものだった。この世界には莫大な魔素を保有した者が思い描く世界を実世界に持ち込むといったものだ。箱の中に新たな箱を出現させる。基本的な現象は実世界と同様ではあるが、箱の中の箱の中だけに通用する新たな法則が適用される。例えば、その世界だけ七色に空が変化する丘を世界に創生した人物がいた。その人物は己の思い描く美しい空を具現するといった一心から新世界の創造を行った。その人物は『七天の丘』と新世界に名づけた。
新世界の創造主。それが彼らの持つ能力だ。新世界は実世界によって自然淘汰され消滅するが、創造主の魔素が続く限り新世界は創造する。
もしかしたら実世界もまた神の作り出した新世界なのかもしれない。
そのように記述された資料があった。
日は傾き、陽光が優しくなった夕方、圭介達は図書館を後にする。
「カンナ、それ全部読むのか?」
「うん!」
カンナが抱きかかえている大量の児童書や絵本。図書館の運営や維持のため、蔵書の写本が販売されている。少々値は張るが、作りはしっかりしており、長旅にも耐えられそうである。それらを大事そうに抱え、圭介が重そうだから代わりに持つというと、カンナは自分で持つと言い頑固な一面を覗かせ微笑ましい姿に皆は笑みを浮かべた。
「そろそろ飯の時間だな。食堂に行くぞ」
ユニは図書館で思う存分読書に耽ったのかホクホク顔で皆の率いて先頭に立つ。
「食堂って……確か、この時期にはどこも満員で軒下すら入れませんよ?」
レスリック到着初日、人込みで散々な目にあったことを圭介は思い出していた。
「一般客はそうだろうが、私達のようなソルバーなら行ける場所があるだろ」
「えーっと……」
「レスリックの木々。レスリックのギルドだよ。顔出してないのか?」
「ええ、忙しくて忘れてました」
「入国審査にギルドの証を使ったなら顔を出しておくのが筋だぞ。あそこなら飯が出るから夕食はあそこで済まそう」
そういって圭介達は人込みを掻き分けながらユニに追従し、レスリックの木々へと向かう。
レスリックの木々と呼ばれる冒険者ギルドは数多くのソルバーやワーカー達が多数の席を埋め尽くしていた。
「マスター。席空いてる?」
「おお『血染めの』か。二階の奥側、窓辺の席が空いてるぜ」
赤茶色の髭をたくわえた四十代後半に見えるユニにマスターと呼ばれた男。レスリックの木々のギルドマスター、アルムだ。
ユニは例を告げると圭介達を連れ、二階の既定の席へと座る。
「ユニさん。さっきの人から『血染めの』って呼ばれてましたけど、どういう意味なんですか?」
圭介がユニに率直に尋ねる。
「ああ、私の髪が赤いのは返り血を浴びて赤く染まってるなんて噂が立ってそう呼ばれてるんだ。通り名や二つ名みたいなもんだよ」
「やっぱり、有名なソルバーは二つ名なんてあるんですね」
「ああ、いろんな二つ名があるぞ。例えば『陽炎』や『ヨウカイ』、それから『ドールズドール』なんてのもいるな。まぁ二つ名なんて見た目か能力にそれらしい名前を付けるんだろうけどな。私なんかは見た目の印象だけで呼ばれてるようなもんだよ」
「なるほど。陽炎に妖怪、doll’s dollですか」
「そんなことより、飯だ飯。好きなもん頼んでいいからな」
ユニの言葉に従いメンバーは思い思いのメニューを注文する。運ばれてきた大量の品々は全て余すことなく胃袋へと納められた。
圭介達が談笑していると、ふと階下の騒ぎが起こっていることに圭介は気が付いた。
「ここに『血染めの赤髪』が来てるそうだな。出てこい!」
叫んでいるのは体格が良い男だった。手甲を嵌め、軽装な姿だ。
「もしかして、ユニさんのことを呼んでるんじゃないですか?」
「もしかしなくても、『血染め』の通り名を持つ者は数多くいるが、『赤髪』と付くのは私ぐらいなもんだろうさ」
階上からユニを探している男を見下ろす。
「そうだ。圭介。あいつと戦ってみろよ」
「え……」
「たぶん、目的は私と戦って名を上げようって輩の一人だ。見た目と纏う雰囲気からして中の下といった実力者だろう。自分の力と依頼をきちんと線引きができれば引退するまでソルバーとして食っていける素養はありそうだな」
「見ただけでそこまで分かるんですか?」
「まぁな。経験からの直感だから当てにはならんがな」
ユニは階上から挑戦者の目の前まで跳躍する。
「何か用か?」
「ユニリアス=キニアリブだな。俺と仕合え」
「やっぱりか。そうだな、仕合ってやってもいいが、条件がある。二階にいるあそこの黒髪の子と戦って勝ったら勝負してやろう」
ユニは右手人差し指を圭介に向けながら高らかに宣言する。ギルドで食事をしていた全員の視線が圭介へと注がれる。
「その話、俺が審判を務めよう」
そう口を出したのはギルドマスターだった。
ギルドマスターが開口するとギルド内のソルバー達は一斉にどちらが勝つかと話し合っていた。どうやらどちらが勝つかを賭けにするためらしい。
「圭介、ちょっとこい」
圭介はユニに呼ばれるがまま階下へと跳躍する。
「その木刀と魔術は使うな。それと魔眼もできるだけ使うな。素手だけで相手をしてみろ」
「つまり、相手にハンディキャップを渡せと」
「お前は自分の体を過小評価している。魔術や眼や道具に頼らずに自分の力がどれほどのものか試してみろ」
ユニは圭介の背中を強く叩く。圭介はその張り手で店外まで吹き飛ぶ。
「というわけだ。仕合うなら外でやろうじゃないか」
「嘗めやがって……速攻で片づけてやる」
男は店外へと足を向ける。
圭介は人通りが多い店先に俯せのまま倒れていた。あまりの光景に通行人は圭介から遠く離れ、人垣によるリングができていた。
「痛いなぁ……。いくら体表を覆った魔素で衝撃を殺せるといっても、踏ん張らなかったら吹き飛んじゃうのに……」
圭介は立ち上がりながら体についた砂を落とす。
「坊主、悪いが最初から全力でいくぜ」
男は構えを取る。左足と左腕を引き、右足と右腕を前に構え、やや半身といった構え。
「お手柔らかにお願いします」
圭介は圭介は左足と左腕を前に、右腕と右足を引き、両手を平にして構えた。
最初に動いたのは男だった。腰を下ろした次の瞬間、左足が大きく地を蹴り、一歩で圭介との間合いを詰める。その勢いのまま圭介の胸を右ストレートが狙う。圭介はそれを左手で軌道をずらすが、男はその勢いのまま、右肘で差し出された圭介の左腕を破壊しようと襲いかかる。圭介は咄嗟にそれを右腕で受け止める。男は一歩身を引きながら、受け止められた右腕を伸ばし、圭介のこめかみを狙った裏拳を放つ。圭介は上体を逸らし裏拳を躱す。裏拳にはあまり体重が乗っていないにも関わらず、重々しい風切り音が聞こえた。
「ちょっとあぶなかったですね」
圭介は少しだけ、自分の首が半回転する未来が見えた気がした。
「見た目の割にやるじゃねぇか」
男は構えを整える。
「上半身を逸らしながら、俺の膝を狙ってくるとはな」
「まぁ簡単に避けられちゃいましたけどね」
圭介は男がまず胸部を狙ったのは呼吸器を乱し、詠唱をさせないためと経験的に察知した。若草道場での特訓の際、受け身に失敗したときや、胸部を強く殴打された時、顎に衝撃を受けた時等は魔術の行使に支障を来しやすい。続けての右肘は圭介の左腕の関節を狙って放たれたもの。ある程度の感覚神経の持ち主ならば、初撃は反射で防げるかもしれないが、二撃目は一撃目からノーモーションで放たれる。これを防ぐために右手で相手の右肘を受け止めることになり、受け止める側は右手と左手が交差する。その体勢で裏拳が飛んでると左手で受け止めるには右腕を上げ、裏拳を受け止めねばならず、そうすると脇腹を相手に晒すことになる。そうしないためにも自身が下がることを余儀なくされる。
一撃一撃が布石となる連撃を放つ男をユニは中の下と評価するあたり辛口なのかもしれない。
圭介は全身を覆う魔素の密度を濃く厚く満たす。
「……思った以上に強いな」
男は圭介が一回り大きくなり、存在が濃くなるよう感じ取った。
圭介は瞬歩・桜により間合いを詰め、両手の掌底を男の胸と腹に打つ。男の体表を覆う魔素は瞬時に接触部へと集まり、厚い層をなす。
「魔流」
圭介の手からドロリとした黒く濃い魔素が圭介の腕、掌底を経て男の体表、体表魔素に風穴を開け、体内へと侵入する。
「っ!?」
男は衝撃を受けていないにも関わらず地に膝をつく。呼吸は乱れ、胃に溶けた鉛を流し込まれたと感じるほど発熱し、体表を覆う魔素は不安定に乱れる。
「これで僕の勝ちってことでいいですか?」
圭介は振り向いてユニに問う。
「ああ、上出来だ。お前は体の素養は恵まれてないが、それを補って余りある魔素を操れるから、攻防のの魔素運びは十分だ。私なら最初の打撃の時に腰砕きの蹴りを入れられたが、無傷で勝てたんだ。……萌木の修行は役に立ったようだな」
ユニは圭介の頭をガシガシと撫でた。
そんな圭介の姿を遠くで見つめる4人がいた。
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