神が遊んだ不完全な世界

田所舎人

主人公(仮)と木造車

 食事を終えた圭介達はハイオク邸からレスリック向かう。圭介、凛、カンナ、ニーナ、ケアの五人は圭介の手作りの車に似た何かで走り抜ける。サニアから奪った指輪や圭介自身が作った魔具を組み合わせ、金属製の車輪に圭介のただ回転するだけの魔具を装着し、適当にクッションを敷き詰めるといったあまりにも見た目が悪いものだった。
「圭介……これはなんというか……すごい感性ですね……」
「圭介さん。これは一体なんなんですか……」
「ケイスケ。お尻が痛い」
「野村さん。もう少しどうにかならないでしょうか……」
 このような評価である。
「もう少しの我慢だよ。もう少しで着くからさ」
 あまりの酷評に圭介は苦笑いをする。馬を操ることができない人間ができる限界がこれである。
学術発表まで残り二日。今日と明日のうちにテイラーを発見をしなければ、圭介は学術発表を皆と一緒に見て回ることができない。それだけはなんとしてでも避けるため迅速に解決をしたかった。
「俺はやることがあるから、少しだけ席を外すけど皆は見て回っていいから。用事が住んだら後から追いかけるからさ」
「分かりました。早く戻ってきてくださいね。カンナが寂しがります」
 先程の騒動のこともあるためかどことなく圭介の体を気遣うような素振りを見せつつ言う。
「ああ、大丈夫。すぐ終わるから。それにカンナの首飾りが場所を教えてくれるから簡単に合流できるよ」
「あのときの細工ですか?」
 ニーナが圭介に尋ねる。
「ああ、方角がわかるぐらいで距離までは分からないけど、微弱な力をルビーが持ってて、俺の魔素が少しだけ引っ張られるって感じ。注意しないと気づかないぐらい微弱な力だけど便利だよ。ただ、力を使うってことはその都度、魔素を供給しないといけないんだけど、カンナの魔素って特殊みたいなんだよね。わざわざ俺が供給しなくてもいいみたい」
 カンナの保有する魔素は何故か純粋であるため、ルビーに残存する圭介の魔素を水増しするように増えている。色は薄くなり力は弱くなっているがしっかりと残っている。
「不思議ですね」
 凛はカンナを見る。
「凛も欲しい魔具とかある? 作れる範囲であれば作るけど?」
「いえ、私は雪丸があれば十分です。それよりもちゃんと前を向いてください。ぶつかってしまいます」
「はいはい」
 圭介は後輪に魔力を込めながら前輪で舵を取る。ますます揺れは激しくなり、それぞれの尻が悲鳴を上げる。
 圭介がわざわざ木造車を作ったことには理由がある。
「それじゃあ、俺は行くから」
 そういって凛、カンナ、ニーナ、ケアを下ろした木造車はガタガタと音を立てながら走る。
圭介が目指している場所は多くの食材を扱っている店。遠目に見ても多くの客がいるため品物が足りるか圭介は心配をしたが、店は学術発表に合わせ前もって多くの在庫を抱えており、まだまだ多くの品物を扱っていた。そこで圭介は銀貨二十枚分の食材を調達し、ついでにいくつかの調味料と水も購入する。そして、それらを木造車に載せ運ぶ。肉や野菜、米やパン、味噌や塩といったあらゆるものが木造車の上で跳ねる。
「えーっと、それから大鍋が必要かな」
 業務用かと思われる大鍋や切れ味が鋭い包丁、フライパンや食器といった必要なものを銀貨五枚で買い揃え、郊外へと運び出す。
 圭介は辺りを見渡し、数本立つ木々からおおまかな位置を探り出し、少女淑女が過ごす大部屋へと木造車を走らせる。
 コンコン。
 圭介は床扉を叩く。中からはざわめきが聞こえる。
「飯持ってきたから開けてくれー」
 そう言うと床扉は開く。中から顔を出したのはダリアだった。
「ちょっと買いすぎちゃったから手を貸して」
 そう言って米やパンが入った布袋や保存がきく肉や野菜、塩や味噌といった品々をバケツリレーのように運び入れた。
「……こんなにいいんですか?」
「ああ、いいよ。あとこれも」
 そういって残った銀貨をダリアに渡す。
「ある心優しい商人が君達のためにと提供してくれた銀貨だ。一人頭十数枚になるだろうから、それを旅費にするなりなんなり自由に使うといいよ」
 ジャラジャラと音のする銀貨袋をダリアは受け取る。
「!? こんなに……」
 銀貨袋の紐を解き中を覗きみたダリアが声を裏返す。
 二百万円と考えれば圭介は惜しいと考えるが、銀貨二百枚と考えればあまり執着はない。
「僕にできることはこれぐらいだからね。それにこれ以上僕が君達にできることはないと思う。あとは自由にするといい。銀貨十数枚もあれば故郷に帰るなりこの土地で暫く滞在するなり選択肢はあると思うよ」
 圭介は最後まで面倒を見るつもりはない。
 そんな圭介に近寄る数人の少女。それはカンナと同じくらいの年齢に見えた。
「ありがとう。お兄ちゃん」


「……」


「気にするな。気紛れの道楽だから。それから、俺はもうここにはこないし、これ以上手助けもできない。あとは自由にするといい。君達はもう奴隷じゃないんだから」
 圭介は大部屋に欠けた魔素を注ぎ足す。
「この部屋も長くは持たない。俺が補強しなければ二、三日で崩れるだろうから、それまでに今後について決めるといい。水と食料はしばらくは保つだろうが、それでも有限だからね」
 圭介は消費された水を継ぎ足す。
 それだけ言うと圭介は大部屋から出る。
 あえて、銀貨について詳細には言わなかったが彼女達があの銀貨を奪い合ったり、争いになったとしても関知しない。あとは彼女達に全てを任せる。彼女達は誰かの庇護を受けているわけではないのだから。
「さてと、どーなるかな」
 どう彼女達が動くのか圭介は気にかけつつも立ち去る。


「ケイスケ!」
 カンナは大きく圭介に向かって手を振る。そして何故かユニも同行していた。
「あれ? ユニさん。どうしたんですか?」
「ああ、さっき凛を見かけてね。声をかけたのさ」
 そして、ユニはすっと圭介の耳元で「少し話がある」囁いた。
「さぁ、カンナ。あちらに美味しそうなお店がありますよ」
 感づいた凛はカンナを甘そうな香りを漂わせる店へと促す。
「ホントだ! みんな、行こうよ!」
 そういってカンナは凛とニーナの手を握り店へとトコトコと走る。
「それで、あの人たちから情報が入ったんですか?」
「ああ、それと関係があるか分からないが、不思議な事件が昨晩起こったんだ」
「不思議な事件?」
「お前も聞いたはずだが、例の奴隷を扱ってる商店の店主が襲われたって話だ。しかし、不思議なことに何も盗られているわけではないらしい。しかし、店主の屋敷の敷地には覆い繁った森が突如として現れたという話だが調査してみると、一人の男が地面に埋まっていただけという話だ。酔った人間の証言だったから信憑性が疑われているんだが、何人もの人間が目撃したと言うんだよ」
「不思議な話ですね」
「なぁ? 不思議な話だろ? その店主の名前はスラグっていうんだが、そのスラグは襲われたにも関わらず、被害がないことを理由に口を開こうとしないんだよ。それと同じ頃に女の奴隷が忽然と行方知れずになったそうだ。これもテイラーとやらの事件に関わりがあるのかもしれないな」
「でも、そんな屋敷を襲うなんてきっと大人数の盗賊が攻め込んだんでしょうね」
「かもしれないな。ただ、これも噂なんだが、犯人は一人らしい。武装した人間が多く屋敷に押しかけたら誰かが必ず目撃してるということが根拠らしいが……まぁ潜伏しているテイラーがわざわざそんな目立つことをするとも思えないがな」
「そうですね」
「ところで、新しく入ってきた話は他にどんなものがあるんですか?」
「ああ、そのことなんだが、どうもNCBの多くがフランの下に集まっているらしい」
「NCBって魔薬でしたっけ」
「ああ、耳汚しになるがきちんと説明しておこうか。NCBってのは胎児を原料に作っている魔薬なんだが、製法はいたってシンプル。胎児を妊婦から引き剥がし、密度の濃い魔素の檻の中で殺すんだ。お前風に言うなら色の着いた魔素の脱色のためだな。魔素っていうのは時間と環境によって自然魔素に還元されるまでの時間が変わる。胎児は魂の染色が未完全でありながら、一つの生命体として存在する。つまり、脱色の時間が極めて少ない」
 圭介の表情が消える。
「これは私がNCBの量産工場を壊滅する作戦の時に簡単に聞かされた話だ。全部が正しいとは限らん。ただ、密度の濃い魔素の檻と言った場所を私は見たが……あまりに酷い有様だった。……」
「そのNCBというどんな効果があるんですか?」
「そうだな……ほぼ純粋な魔素を粉末に定着させているといったところか。保存期間はきちんとした保存方法で数十年。野晒しにしても数年は保つ。なにせ純粋過ぎて自然に溶け混ざり合うまで時間がかかる」
「そのフランという人物がNCBを集める理由は思い当たりますか?」
「フランが、というより魔術師が魔薬に手を出す理由は単純だよ。足りないものを補う。逆に言えば大規模な魔術を行使するためには何か補助が必要ってことさ」
「確か、フランという人物の専門は生体ですよね? 生体で大規模って何か思い当たりますか?」
「そうだな……フランが扱っているものといえば、自然治癒力の向上方法。肉体破損部位の再構成理論。感覚器官の鋭敏化。人工魔覚の発達。……分からん……どれもフラン自身の力で十分な分野だと思うが」
「……分かりました。貴重な情報をありがとうございます」
「いや、乗りかかった船だからな。それに、何か嫌な予感がする」
 そう言ってユニは踵を返すと甘い薫りを漂わせる店へと入っていった。



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