神が遊んだ不完全な世界

田所舎人

主人公(仮)の夜行

 圭介は椅子に座りダリアと対峙し話をする。ダリアは重い口を開くと、没落貴族の息女であり、借金で首が回らなくなった両親から引き離され、奴隷になったという経緯を圭介は聞いた。
金のない貴族は自身も娘も護ることもできず、娘のダリアは借金の債務不履行のため、担保として引き取られ、ダリアはスラグの商品として今この場にいる。
 圭介は蝋燭を掲げ、ダリアの容姿を見る。やや釣り上がった猫のような鋭いコバルトブルーの瞳。少し鼻が高く、唇は薄い。シャープな顎に細い首。そして、圭介よりも背が高かった。
「……」
 圭介よりも背が高かった。
 圭介の目測で身長は百七十前後、体重は圭介と同じ五十キロ代前半。手足は細いが発育はよさそうに見え、B後半からC前半といったところ。
「あの……ジロジロと見ないでください……」
 恥ずかしそうに言うダリアは胸元を隠し、頬は蝋燭の灯りで朱色に染まっていた。
「ああ、ごめん。さてと、本題と行こうか。僕は君達を逃がしていいって思ってるし、手伝ってもいいと思ってるそれにその方法も僕は持っている」
 圭介は真面目な話をするとき、一人称を僕と言って戯れる癖がある。
「はい、ここから出たい人は手を上げてー」
 まるで小学校の教師が生徒に対して優しく質問をするような口調で言う。しかし、蝋燭の光で照らされた笑顔は奴隷達には道化師の仮面のように不気味に見えたかもしれない。あるいは悪魔の甘言に耳を傾け、心が揺れ動くことに恐怖しているのかもしれない。それでも一人が手を挙げるとまた一人と手を挙げる。それは連鎖的に広がり、集団心理的に纏まっていった。
「オーケー、じゃあ早速脱出しますか」
 圭介は鉄格子を一本折り、十五センチ程の丸棒に加工する。
「saŋka(酸化)。ʦɯɯʣeN(通電)。Kateiɕoɯɾʲakɯ(過程省略)。ʨakɯʥi(着磁)。フェライト磁石に変質完了」
 圭介は短く詠唱し、鋼材を磁石に変える。それを鉄格子に近づけると確かに磁力が発生した。
「よし、初めてのわりには上手くいったな。さてと、あっちが入口で通りが東西に延びていたから……こっちが一番近いかな。ちょっとごめんよ」
 牢屋の中へと入り、石造りの床へ右手を向けると床の一部は消失する。
「ど、どうやったんですか!? 今の?」
 今まで冷静だったダリアの口調が乱れる。
「えーっと……手品だよ」
 圭介は適当に誤魔化す。
「今からトンネルを掘るから少し待っててね」
 圭介はどんどん地下へと穴を掘り、地下三メートルまで掘り進めると少し違和感を感じた。
(息苦しい……)
 掘れば掘るほど酸素の濃度が低くなっていくため息苦しく感じていた。
 土のペンダントを用い、土を固め埋められないように工夫をしながら作業を進める。
息苦しくなれば、ただ回転するだけの魔具に木製の羽を取り付け送風機として使い、圭介は自分を誤魔化しながら進んでいった。磁石を使い、方角を定め、ほぼ一直線にトンネルを掘ることができた。
圭介が二十分程作業を続けたところで一度、どの辺りまで掘り進めたのか確認するため上部に穴を空け確認する。辺りは静寂の中で一陣の風が通りすぎるだけだった。どうやらレスリック郊外までトンネルは開通したようだった。
「さてと、少しだけ工夫するか」
 圭介は掘る時間よりも更に時間を掛けて部屋を作っていた。圭介は気紛れで凝り性なのだ。
 数十人が快適に過ごせるような広い空間に多くの木製のベッドや机や椅子を並べ、簡単な釜と百リットル程の飲み水を備え、それなりの環境を整えた。それらを創造し、加工した魔素はもちろんトンネル作業の時に手に入れた魔素だった。
 圭介は一度牢屋に戻り、全員に蝋燭や油、衣服や布を商店から運び出すよう指示する。圭介の指示にほぼ全員が従いトンネルを通って大部屋に入る。部屋に入る都度、なんらかの魔具であろう首輪を全て分解し奴隷達は晴れて自由の身となった。
「そういえば、まだ名前を伺っていませんでしたね」
「あれ? そうだっけ……? まぁいいや。俺の名前は野村圭介。職業はソルバー」
「野村さんですね……。本当にありがとうございました。これで私達は故郷に帰ることができます」
 そう礼を言うが、圭介の目にはこの人たちが無事に故郷に帰れるとは微塵も思っていなかった。
(そんな格好で故郷に帰るねー……。これ以上はお節介になるのかなー……)
 などと圭介は他人事のように考える。
「そういえば、これだけの仕事をしたことだし何か報酬でも貰おうかしら」
 圭介の何気ない一言に女性達の表情が強ばる。
「まぁその話は追々として、明日の朝頃に食料を持ってくるけど何か食べたい物はあるかな? 肉に野菜に米にパン。注文があるなら持ってくるよ」
 優しく言う圭介だが、先程の失言で後から何を請求されるか分からないといった雰囲気が辺りに漂い、誰もが閉口した。しかし、ダリアだけは覚悟した様子だった。
「私は米と肉と野菜をお願いします。故郷に帰る体力を蓄えないといけないから」
 故郷に帰るためなら何でもする。そういった雰囲気を漂わせる。
「分かった。肉と米と野菜だね。調理道具は適当に持ってくるけど、たぶん鍋とかフライパンぐらいしか持ってこれないからあんまり凝った料理はできないかもね。それから寒かったら薪を使ってね。可能な限り乾燥させたから大丈夫とは思うけど、煙が出るようだったら君達が燻製になるから使用しないでね。それから商店から頂戴した布や衣服はベッドに敷くなり、掛け布団にするなり自由にしてね。あと、水はかなりあるけど無駄に使っちゃダメだよ。それからすぐにでも外に出たい人はそこの扉から外に出られるけど、野犬や盗賊に襲われても僕は知らないからね。っと、まぁ説明はこれぐらいかな。トンネルは俺が部屋から出たら埋めるから、明日はそっちの扉から俺は入るから気を付けてね。それじゃあねー」
 圭介は早口で説明するとさっさと大部屋を出て行った。夜はまだまだ長いが、仕事の本番はこれからだった。


 圭介はスラグ邸を探し出し、遠くから中の様子を伺った。どうやら警備員がいるようだ。
「えーっと、あそこに二人。あっちに一人。……あんなところに一人。正面に四人。……うわー、めっちゃいる」
 圭介は小さな声で愚痴るように呟く。
「それじゃあ、とりあえず。殴り込みと行きますか」
 圭介は顔を布で隠し、スラグ邸へと侵入する。
 スラグ邸は顧客達とのパーティー会場となっており、多くの賓客が自分の着せ替え人形といってもいい奴隷を見せびらかす舞台にもなっていた。そんな賓客が訪れているスラグ邸には多くの傭兵が雇われていた。しかし、圭介はそんなことは知らない。仮に知っていてもこれから行うことはきっと変わらなかっただろう。
「tri:z swɑ'lou rézədəns(木々は邸宅を飲み込む) láit dʌ'z nɑ't əráiv(光は届かない) ðə tri:z wiʧ gróu lʌgzjúrriəntli ʌ`ndərstæ'nd ə líviŋ θíŋ(生い茂る木々は生き物を飲み込む) óunli sáiləns drifts(静寂だけが漂う) wúdz kʌ'vər ɔ':l(木々は全てを覆い尽くす)」
 十夜は大地に根を下ろし、邸宅の敷地全てを森の一部として具現化する。それは十夜の内界にある森の一部だった。敷地の中には今まで無かった川の流れの音や新緑の芽の香り、鳥の巣から動物の足跡までを再現した森そのものだった。
 傭兵達は夢でも見ているかのように茫然自失となり、目前の景色に認識が追いついてなかった。そんな彼らを気にすることなくスラグ邸へとお邪魔する圭介。邸宅の内部も土が敷き詰められ、最早スラグ邸は数百年放棄された家屋のように自然と一体となった人工物といった様相だ。
「さてと、スラグさんってのはどこにいるのかなー」
 全身を黒装束で覆った圭介は隠れる素振りを見せることもなく、魔眼を解放したまま暗闇の中を堂々と歩く。耳を澄ましてみると遠くから甲高い男の怒声が圭介の耳に聞こえてくる。圭介は神経を逆撫でるようなその声を目指し進んでいく。
「傭兵共! この騒ぎはどういうことだ! さっさと私の家を元に戻せ!」
傭兵に対して強い口調で叱責の言葉を投げかける。おそらくあの男がスラグだろう。圭介は木々で埋め尽くされたパーティー会場を天井から見張っていた。木々は屋敷を貫き、あらゆるところに風穴が空いている。そして木々は圭介の意思によって動かすこともできるため、天井であろうが床下であろうが自由に行き来できる。
「どうやら何者かが侵入している様子です。この木々も何者かの魔術によって操られているのか私達の魔術で全てを除去することはできません。早急に侵入者を発見し捕まえます」
 落ち着きを払った男の声が聞こえる。暗いため顔の細部は分からないが、かなりの魔素を有していることが圭介の目を通して分かった。一般魔術師よりもやや上位。圭介の経験から言えばキリスと同等の魔術師だ。
「捕まえる必要はない! その場で殺せ! 首を落としてこの場に持って来い!」
「……承知しました」
 魔術師の男は外か中か見分けのつかない邸内を探索するために踵を返し去っていった。
「スラグさん。これではパーティーは続けられませんな」
 パーティーが中断したことに賓客は腹を立てつつ、スラグを責め立てる口調で話しかける。
「え……ええ……」
 スラグは賓客に対しどのような体裁を取り繕っても現状を変えることはできず、どうしたらいいのか分からない様子だった。賓客たちは珍事にも関わらず大きな動揺は見られない。注意深く見てみると賓客達の近くには目立たないようドレスやタキシードを着ている男女がいくつか見受けられ、何人かの手練がいることが分かる。おそらく彼らも傭兵なのだろう。実力はそれなりのものに見える。
「koɯsokɯ(拘束)」
 森は圭介の意思に従い、傭兵と思われる人物を捕らえようと蔓や枝が伸び、傭兵の足を絡め取ろうとするが、隠し持ったナイフやダガーで襲い来る植物を切り裂く小柄な女性やテーブルの上に置かれたナイフやフォークを操り自身を守る男や自分を捕まえようとした蔓を逆に掴み取り力の限り引っ張る筋肉質な男がいた。
「どうやら、この植物は私達を意図的に狙っているみたいですね」
 魔術師風の眼鏡をかけた男がダガー使いの女性に言う。
「私達三人だけを狙ってるってことは私達が標的なの?」
「どうでしょう? 逆恨みした誰かが襲ってくるにしても、わざわざこのようなタイミングで襲ってくるとは思えません。それよりも気になるのはこの植物の動き。……どこからか見ながら操っている可能性がありますね」
「そんなことよりどうするよ? これ全部燃やしちまったほうが早いんじゃねぇのか?」
 物騒なことを言うタキシード姿の男が床に根を張った大木を両手で抱えながら引き抜く。
「そんなことをしたらスラグさんに申し訳ありませんよ。私達が弁償できるとでも思いますか?」
 魔術師の男はナイフやフォークを使い、一切動くことなく植物を根から取り除いていく。
「ヴァドン、私達も侵入者の発見に加勢した方がいいんじゃない?」
 ダガー使いの少女が魔術師の男にそう提案する。
「いえ、私達はナイルさんに雇われている身です。ナイルさんが何も言わない限りは私達は私達自身とナイルさんとその奴隷を守ればいいんです。それが私達の仕事です」
 ナイルとはスラグに話かけていた人物だ。
「ネイル、ドレスの裾が破れてるぞ。無駄口を叩いてるから破れるんだ」
 筋肉質な男はダガーの少女にそう話しかけた。
「ドレスは動きにくいから自分で破いたのよ。。そんなことに気づかないなんてディザも目が悪いんじゃない? 引退すれば?」
 悪口を言うネイル。
「まぁまぁ、こんな非常事態です。口喧嘩してる暇はありませんよ。それよりもハイドさんはどちらに行かれたんです?」
「あいつか? そういえば灯りが消えた時にはもういなかったぜ」
 圭介が作った木人を引っこ抜いた木で薙ぎ倒すディザ。
「それにしてもこの魔術師、趣味が悪いわね。木の後ろに人影かと思ったらただの案山子なんて。間違って賓客を殺しちゃいそうよ」
 物騒なことをいうネイルは鬱陶しそうに執拗に足元を狙う蔦に対処する。
 ヴァドンの魔術で半径十メートル程を照らす小さな光を出現させているため、自身と周辺を照らすには十分な光源が確保できている。しかし、パーティー会場を照らすことはできない。
「……あいつら、なかなかやるなー」
 圭介は自分の魔術に余裕ののある表情を浮かべながら対処する傭兵達に対し、徐々に強い魔術を使っていった。襲う枝や蔓の数を増やし、木人が回転するように襲い、降り落ちる土塊や落下する大木。他の来客を巻き込まないように手加減はしつつも遊び感覚で魔術は徐々にエスカレートしていく。
「なんかやばくないか?」
 ディザがそう呟く。
「これほどの魔術を連続的に行使できるとは……。殺意が篭っていないことも気になります。この魔術師、私達を甚振るために植物に襲わせていますね。私達の力量がどれほどのものか測っているのでしょう」
「なによそれ! 気持ち悪いわね! もっと堂々と現れて堂々と勝負しなさいよ!」
 圭介はつい、ネイルが立っている地面を滑らせるようにして動かし、ネイルをすっ転ばせる。
「いたっ! もう、なによこれ……」
 ドレスが土汚れ、髪にも土が付着する。
「どうやら『気持ち悪い』と言われて魔術師も怒ったようですね。……やはりどこかで僕達の会話を聞いてるということでしょうか……」
「ヴァドン、俺達でこの魔術師に対抗できるか?」
「難しいでしょう。相手は姿を隠しながらこちらを一方的に弄んでいる。この屋敷や庭を森で覆う程の魔術。恐らく魔素保有量だけで見ても僕とは桁違いでしょう。ハイドさんが魔術師の居場所を特定さえしてくれば勝機はあるかもしれませんが」
 ヴァドンがそういうと同時に圭介の背後に誰かが立ち、圭介の喉に白刃を押し当てる。
「動くな」
 そう静かな声で圭介の耳元に囁く。
「びっくりしたなーもう」
 間抜けな声を上げながら魔術の行使を止める圭介。全く気配を感じずに近寄られたのはこれで何人目かと圭介は回想をしてしまう。
「おや、止まりましたね……」
「ということは誰かが侵入者を見つけたってことか?」
「たぶん、そうじゃない? ……ほら、天井からハイドともう一人降りてくるし。たぶん、あの黒いのが侵入者だよ」
 圭介はロープで縛られ、ブレスレットやペンダント、十夜まで没収されていた。
「どうやらこいつが侵入者みたいだな」
 ディザは大木をその場に置き、圭介をジロジロと睨みつける。
「とりあえず、顔を拝見させてもらいましょう」
 ヴァドンが圭介の覆面に手をかける。
「ɾeŋkeʦɯ(連結)。eŋkakɯsoɯsa(遠隔操作)。kasokɯ(加速)」
 四単語による運動魔術詠唱。テーブルが30m/s^2でヴァドンに目掛けて飛来する。
「ヴァドン!」
 ディザが大声を上げ、テーブルとヴァドンとの間に立ち塞がり、両足で踏ん張り、全身に魔素を漲らせる。テーブルはディザに衝突し、テーブルは砕け、テーブルクロスはヴァドンを覆った。
「コイツ!」
 ネイルは咄嗟にナイフを取り出し、魔術詠唱をしたその喉に目掛けて投擲する。
「ɕoɯhekʲi(障壁)」
 単語による瞬間魔術障壁。物理的に止めるのではなく魔術的に運動量を0にする魔術。
 魔術詠唱とは一般的に詠唱した時間に比例して瞬間出力や継続時間は増える。逆に言えば短ければ発動や早いが威力や効果は弱いものとなるが、本人の瞬間出力が高ければ短詠唱でも十分な効果は発揮できる。
「ネイル! 止しなさい!」
 ヴァドンがネイルに対し強い口調で言う。
「だってコイツが!」
「今の力を見たでしょう? 迂闊なことをすれば先に殺されますよ」
「……」
 圭介は冷静を装いながらも内心冷や冷やしていた。ナイフが自分目掛けて投擲されれば誰だって恐怖を感じる。殺意が込められたナイフは障壁によって空中で停止したまま微動打にせず、障壁が霧散すると、ナイフは落下運動を始め地面に落ち金属音を響かせる。
「さっさと殺せ! 私の屋敷をめちゃくちゃにしおって!」
 そう声を荒げたのはスラグだった。小柄でやや太り気味、健康的に丸く太っていることが圭介にとって見苦しかった。
「hobakɯ(捕縛)」
 圭介は商店から奪ってきたロープでスラグを拘束しようとするが、ロープはスラグの手前で動きは鈍化する。ロープが急に圭介の思うように動かなくなった。
「あまり勝手をされても困ります」
 ヴァドンは右手をスラグを拘束しようとしたロープに向けており、その右手には金の指輪が嵌ってあった。それは運動魔術を行使するための魔具。無詠唱による魔術発動、魔術の遠隔作用の補助といった一般的な運動魔術に必要な要素を一通り備えた一級品だ。
「分かった。分かりましたよ」
 圭介はロープへの魔術行使を止める。スラグは自分が襲われそうになったことに気付き再び口を閉ざす。
「では、改めて顔を見せていただきましょうか」
「俺的には止めてほしいんだけどな。見られたら全員殺さないといけなくなるから」
「何威張ってんだよ。お前は捕まえられている側。俺たちは捕まえている側だ。勘違いするな」
「そう言われてもねー」
 圭介は後ろ手を縛っている縄を器用に外す。
「ほら、簡単に抜けられる」
「お前、どうやって!」
「それこそ魔術でもなんでもない。トリックorマジック。どちらが本当かは君たち次第」
 圭介は結ばれる際、縄抜けをしやすいようにロープに隙間ができるように工夫しただけで魔術行使は一切ない。少し強引に引き抜いたため皮膚が荒れているが問題はない。
「僕の今日のお仕事はそこのスラグ氏にお話を伺うことだけ。君たちに危害を加える気は最初から無かったんだけどね。ついつい見知らぬ他人を魔術実験をしたかっただけなんだ。ごめんね」
 圭介は巫山戯た口調で謝罪をする。急に多弁になる闖入者を警戒するヴァドン達。ハイドは圭介から奪った品々を所有している。そこを圭介は狙う。
「さて、次は僕自身が実験材料だ」
 そういって一歩を踏み出す。
「動くな!」
 圭介の足元にネイルがナイフを投擲する。地面に突き刺さり、床まで穿つ。ただのナイフではないようだ。
「別に当てても構わないよ」
 そう言って圭介はもう一歩踏み出す。ネイルは次に圭介の太腿を狙った。ナイフは的確に太腿を突き刺し、動脈を傷つけ大量出血をするように思われたが、投擲されたナイフは太腿に刺さることなく下衣を浅く裂くのみであり、ナイフは表皮を覆う魔素のみで軌道は逸らされた。
「それぐらいじゃあ傷つかないかな」
「こいつ……」
 悔しそうな表情を浮かべるネイル。
「だったらこいつはどうだ!」
 ディザが床に置いてあった大木を圭介に目掛けて振り下ろす。
「いや、それは俺のものだから」
 右手をかざし大木を分解、吸収する。
「くそ!!」
 ディザはタキシードの袖を破り魔素を右腕に集中させる。ディザの腕は刺青の紋様が施されており、それは人体の局部を魔具と同質の効果を持たせていた。集中し紡がれた魔素は巨大な両手剣となる。大きさは刃渡り四尺、全長六尺五寸のツーハンドソードだ。
 ディザはその両手剣を勇み足から全体重を乗せ振り下ろした。
(凛より遅いな)
「koɯɕiʦɯka(硬質化)」
 圭介は右腕前腕を覆う魔素に性質付与の魔術を行使し、剣の振り下ろし方向に対し、垂直方向に力を加え斬撃を逸らせる。
「今のは少し痛かったかな」
 前腕の表皮が薄く削がれ、真皮が露出し、うっすらと血が滲んでいた。
 ディザは振り下ろした剣を横に薙ぎ、足を狙うが、
「ɕoɯheki(障壁)」
 再び圭介は魔術障壁を行使する。あまり体重が乗せられていない斬撃は障壁に触れると一切動くことなくディザが全力で動かそうとするが、障壁から干渉を受けた剣はびくともしなかった。
「ディザさん。おつかれさまでした」
 そう言って圭介は微動だにしない剣に触れ、分解&吸収する。剣を失った反動でディザの右腕は血の気を失ったように真っ青になる。継続的に剣に流していた魔素を根こそぎ分解され、腕の細胞の生命活動が一時的に停止し仮死状態となる。ディザの右腕は一切動くことなく感覚は全て剥奪され、ディザは右腕だけが案山子になったような気分だった。
「大丈夫。きちんと処置すれば一晩で元に戻ると思いますよ」
 冷静にディザの腕を観察する圭介はディザの剣を分解&吸収した魔素を腕の治癒に回す。滲んでいた血は止まり、表皮の再生が急速に始まる。
「さてと、次はどなたがお相手してくださいますか?」
 圭介は意気揚々とヴァドン、ネイル、ハイドを挑発する。しかし、誰も応えることは無かった。
「そっか、じゃあやめようか。用があるのはスラグさんだけだし、スラグさんは頂いていくよー。君達の雇い主には危害を加えるつもりはないから気にしないでね」
 そういって圭介はスタスタとハイドの目の前に立ち、片手を差し出す。
「とりあえず、それは俺の物だから返して。返さないって言うならダルマにするよ」
「ハイドさん。渡してください」
 ハイドは無言のまま圭介に十夜と水のブレスレットと土のペンタンドを返す。
「うん。ありがとう」
 圭介は振り返る。スラグは次の標的は自分だと分かったため静かに立ち去ろうとするが、出入り口は全て閉ざしている。
「さて、スラグさん。お話を伺いたいのですが、よろしいですか?」
 そう舞台役者のようにはっきりとした口調で話す。
「サニア! 戻ってこい! サニア!」
 そう喧しく喚くスラグ。耳障りな声に圭介は強い不快感を抱く。
「最近、レスリックに十数人程の奴隷を仕入れたそうですが、どうやら数が合わないそうです。もしかして密入国の手助けをしたのではないですか?」
 もちろん密入国の手助けといった犯罪幇助をすれば営業停止はもちろん、多くの罰金が下される。冗談でも商売人は頷けない。
「サニア! サニア!」
 それでも喧しく犬のように吠える姿に圭介は呆れていた。
「静かにしてください。hobakɯ(捕縛)」
 ロープは圭介の足元をすり抜けるように走り、サニアサニアと吠える犬の首を締めようと伸びる。
「そこまでです」
 小さな何かがスラグの首を絞めようとするロープの先端を断ち切る。声の主は圭介を探しに出て行ったローブの男だ。
「私の居ない間に私の雇い主に酷いことをしてくれたようですね」
 そう言う男は整った顔立ちだった。やや頬は痩けていて不健康そうではあるが、優しそうな表情を浮かべている。髪は茶色く、瞳は緑系の色。灯りが弱く、全貌を窺うことはできない
「お前がサニアか。かなりの魔素を持ってるじゃん。それに、そのローブの下。アホみたいに魔具が詰まってるな」
 圭介の目算では三十から四十の魔具をサニアは身に付けていた。
「よく分かりましたね」
 サニアはローブをはだけさせる。どの魔具も一つ一つが特殊な技巧を凝らして作られたものと分かり、それ相応の実力と資産が無ければ手に入らないものだと圭介は推測した。
「さっきの魔術はどの魔具を使ったんだ?」
「これとこれとこれですよ」
 右手の薬指に嵌めたオパールの指輪と左手の小指に嵌めた銀の指輪と翡翠の髪飾りを指差す。
「へぇ、だったらもっと面白い魔具も持ってるんだろうな。是非見せてくれよ」
「構いませんよ。生きていれればの話ですがね」
「サニア! これ以上私の屋敷で争わないでくれ! やるなら外でやってくれ!」
 圭介から距離を取るようにサニアの影に隠れたスラグがサニアに命令する。
「済まないが雇い主の要望だ。場所を変えないか?」
「いいぜ。……スラグさん。俺が勝ったらさっきの話の続きをしようぜ」
 圭介は堂々と踵を返し、サニアに背を向ける。サニアは後から攻撃を仕掛けようかと思ったが、雇い主の要望に応えるため外に移動しなければならない。そして、圭介の背後を覆う密厚な魔素に干渉できるとはとても思えなかった。
「スラグさん。私が彼と争っているうちに逃げてください。たぶん、私では彼に勝てません」「なんだと!」
 スラグは小声で驚く。
「私がなんのために高い金を出してお前を雇っていると思ってるんだ!」
「私は金額に見合った仕事はしますが、金額以上のことはしません。あの程度の金額で私は命までかけられません」
「……チッ」
 スラグは舌打ちをして屋敷の奥へと逃げる。もちろん圭介はこのやりとりは全て承知した上だ。
(キリスさんと同等の力量だと思ったけど、俺の勘違いかな?)
 圭介と純粋な魔術勝負をして勝てるものは少ない。圭介は視認したもの全てを分解&吸収をすることができ、人間が操る魔術は全てその対象だ。圭介に太刀打ちできるものは氷川凛や若草萌木のように視認することを許さない速さで打ち合うといった方法が必要なのだ。
(さっきの魔術、ロープの切断面が揃っていたってことは鋭利な刃物で切り落としたってことだよな……)
 圭介はサニアが使った魔術を想定し、それに応じた魔術で対抗しようと考えた。



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