神が遊んだ不完全な世界

田所舎人

主人公(仮)と露天風呂

 自室に戻った圭介はハイオクから聞いた話をノートに書き留め、頭を使ったためか、少し熱っぽく感じた。圭介はハイオクが「風呂を用意しているからいつでも入るといい」言っていたことを思い出し風呂に向かう。鞄から数少ない衣類を手に取り、風呂場に向かう。圭介の最近の悩みはパンツのゴムが緩くなってきたことだ。この品質のパンツがこの世界で手に入るはずもなく、魔術を使って洗っては乾燥させを繰り返し履き続けてはいるがゴムばかりはどうにもならなかった。
(やっぱり、この世界の下着に慣れるべきなのか……)
 衣類に関する課題はそれだけではない。この冬を乗り切るため大いに役に立ったコートは荒々しい旅に痛み、繕うこともそろそろ限界になりつつある。鞄は元々がボロかったのでそこまで気にはならないが、春を迎え、衣替えという一つの課題に解決策を見つけ出さなくてはならない。
圭介はそんな悩みを抱えながら浴場へと向かっていると、通路の反対側から凛、カンナ、ニーナの三人が現れる。彼女らは手に衣類を持っており、圭介と同じく湯浴みに来たのだろうと推測できる。
「ケイスケ!」
 タッタッと走り寄るカンナ。鋭いタックルに圭介はよろけそうになるも小さな身体を抱きとめる。
「カンナもお風呂か?」
「うん! 三人でお風呂だよ!」
「そっかそっか、俺も風呂だ。やっぱり寝る前に風呂に入って温々と布団で寝るのが一番だ」
「ぬくぬく!」
 カンナはキャッキャと楽しそうにしている。
「ケイスケもカンナと一緒に入る?」
 カンナは首を傾げながら可愛らしく尋ねる。
「いやー……それは不味いかなー……」
 カンナの肩越しに二人の顔を伺う。ニーナはカンナ様がそう望むのであれば我慢するといった様子。凛はできれば遠慮してもらいたいといった表情だ。
「俺は男だから、男風呂に入るよ。カンナは女の子なんだから女風呂に入りなさい」
「はーい」
 圭介は素直なカンナの頭を優しく撫でる。そんな様子の圭介に凛は声をかける。
「圭介、カンナを見て気づいたことはないですか?」
「気づいたこと?」
 カンナの肩を掴み、カンナの姿を見る。白い髪はいつ見ても光を透き通らせるように美しく、白い肌は寒さのためなのかより一層白く、頬がややピンク色だ。服装はいつもと違ってやや薄くなっている気がする。そして胸元には大粒の真紅の宝石がかかっていた。
「おお、綺麗なルビーだな。どうしたんだ? これ」
「カンナ様がお気に召されたようなので、宝石商の勧めでこちらを購入いたしました。カンナ様の素敵な赤い瞳を引き立てると言われ、カンナ様もお気に召したようなので」
「ああ、確かにカンナの瞳もルビーのように綺麗な真紅だもんな」
「えへへ」
 カンナは褒められたのが嬉しく自然と笑顔になる。
「カンナ、その首飾りに少し細工をしていいかな?」
「細工? いいよ!」
 圭介は宝石を握り込む。そのまま十数秒の間、圭介は目を瞑る。
「うん。これでいいよ。これで俺はカンナがどこにいるのか分かるようになった。もし、困ってどうしようもなくなったらこの宝石を握って強く念じるんだ。そうすれば俺はカンナのところにすぐに行くからね」
 カンナは不思議そうな表情をするが、ルビーをにぎにぎすると納得した表情を浮かべる。本当の意味で分かっているかどうかは分からなかった。
「さぁ、カンナ様。早くお風呂に向かいましょう。このままだと身体を冷やしてしまいます」
 カンナの身体を気遣ってなのか、自身が寒いためなのかカンナを促して浴場に向かうようにニーナは言う。
「うん!」
 カンナはニーナの手を引っ張り浴場へと向かう。
「圭介。忙しいことは知っていますが、あまりカンナを蔑ろにしないでください。連れて行くことを決めたのは貴方です」
 そう言って凛も二人の後を追う。
「そっか、少し忙しかったもんな」
 圭介は凛に言われて改めて思う。折角レスリックに到着したのに街を一緒に回ることができなかった。圭介は早くテイラーを捕まえて時間を作ってカンナと街を回ってやろうと思った。


 圭介も浴場へ向かうと先客が居たようだった。脱衣籠には見慣れた衣類が投げ込まれている。
「ケアか」
 圭介も手近にあった脱衣籠を手に取り服を脱ぐ。どれも生地が傷んでおり、修繕するにも限界があることを自覚させられる。どれも見窄らしくなるまで着潰し、つぎはぎが目立つようになってきた。裁縫道具が手放せない冒険者も珍しいかもしれない。
 浴場は湯気で包まれ、熱気には微かに硫黄の臭いも混じっていた。
「温泉!?」
 それも露天風呂だった。まだ初春とはいえ夜はまだまだ冷え込む。圭介は冷たい石畳を進む。足の裏にはひんやりとした石の感触が伝わる。僅かに表面はヌルヌルとしているため気を抜けば滑って転んでしまうかもしれない。気をつけて進む。
 湯気の向こう側でケアが露天風呂に浸かっていた。
肩幅は圭介よりも広く、着痩せするのか普段の丁寧な物腰のケアからは想像もできないほど細く引き締められた身体だった。冒険者の割にしては身体に傷跡等が無く綺麗な身体であることが不思議に感じられた。頭の上には備え付けられていたであろうタオルを畳んで乗せている。
「ああ、野村さん。一番風呂は頂いてしまいました。すみません」
 何故謝るのか分からなかったが、別に気にはしなかった。
「それはいいんだけど、こっちこそ悪かったな。露天風呂を独り占めしてるとこに」
「独り占めだなんて言い方に悪意を感じますね」
 ケアは苦笑いをする。
「すまんな。口が悪くなるのは生れ付きだ。それよりカンナ達のお守りをしてくれたんだってな。ありがとう」
「いえいえ、ぼくはすることがありませんから。それより野村さんも大変そうですね。これだけ人が多い中、特定の人物を見つけ出すなんて」
「ああ、大変なことを引き受けちまったよ。それでもまぁ、自分から興味を持って関わったことだからな。どんな結果になっても受け入れるだけさ。途中で投げ出せないよ。それは無責任だからな」
 桶で湯船から湯を掬い、身体を清める。
「そうですか。もし手助けが必要なら言ってください。ぼくの力が及ぶ範囲で手伝いますよ」
「それなら頼むか。カンナ達を守ってくれるか? もし、テイラーが俺のことを嗅ぎつけたら真っ先に狙われるのはカンナだろうし」
「分かりました。それは僕の力が十分及ぶ範囲ですね」
「ああ、頼む」
 圭介はゆっくりと湯船に右足を浸ける。暖かくも幸せな感情が足先からゆっくりと身体を巡る。次に左足、そして腰、最後は肩まで浸かる。
「……はぁ……」
 思わず溜息が出てしまう。立ち込める湯気は星空を目指すように昇る。満天の星空に囲われた望月がより一層美しく穏やかに輝いていた。
「綺麗な星空ですね」
 ケアも圭介と同じように空を見上げていた。
「ああ、夜空に露天風呂。立ち込める湯気と満天の星空。硫黄の香りと満月。どれをとっても風流じゃないか」
 圭介は目を瞑り、全身で露天風呂を堪能する。


「あー! お風呂とお外が繋がってる!!」
 唐突に少女のものと思われる黄色い声が聞こえてきた。カンナだ。
「……これは凄いですね……」
 感嘆する凛の声も微かに圭介の耳に届く。
「カンナ様! 足元が滑りやすくなっております! お気を付けください! キャッ!」
 ニーナの声がしたかと思ったら尻餅を付いた音と桶が遠くで跳ねる音がした。きっとカンナに気を取られて自身の足元がお留守になってたのだろう。
「ニーナ! 注意する側が転んでちゃ世話ないぞー!」
 垣根を越えて圭介が女風呂に声をかける。
「う、うるさいです!」
 からかわれたニーナは誤魔化すように大きな声をあげる。
「ニーナ、気を付けないとダメだよー」
 カンナに注意されるニーナ。きっと赤い顔をしていることだろう。
「ニーナ、怪我をしているか確認します。お尻をこちらに向けてください」
「いいです! 大丈夫ですから!」
 凛の気遣いもニーナの羞恥心を刺激してしまったようだ。
 女風呂からは女性陣の声が聞こえてくるが、カンナの燥ぐ声とニーナが諌める声と凛の寛いだ声が聞こえてくる。


「さてと、風呂上がりでさっぱりしたし、一仕事するか」
 自室に戻った圭介はベッドに誰かが眠っているように見せる細工をする。簡単に説明するとSin(tπ/5)の関数で単調に膨張・収縮を繰り返す魔具に掛け布団を被せるだけだ。
 圭介は鞄から漆黒の服を取り出し、袖に腕を通す。俗に言う忍び装束だ。忍び道具も多数作成し、装着する。十夜もサイズを小さくし、忍者刀のように背中に背負う。
 すっかり夜も更け、元の世界のように街灯があるはずもなく、普通の人間ならば何も見えないだろうが、圭介は見える。
「さーてと、ネズミ捕りしに行こうかね」
 窓から飛び出し、街へと向かう。



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