神が遊んだ不完全な世界

田所舎人

神子(真)とお買い物

 ケアレ・スミスはカンナ、ニーナと共に街に来ていた。圭介が厄介なことに首を突っ込み、忙しいため二人のお守りをスミスがすることになった結果が現状だ。
「ニーナ! あれ! あれが欲しい!」
「分かりました。カンナ様」
 嬉々として財布の紐を緩めるニーナ。愛娘に対する母親や溺愛した妹に対する姉の様相だ。ニーナの財布の中身は銀貨が百枚程。圭介が貰った金貨を崩し、圭介がニーナにカンナのためとそれ預けていた。残りの金貨五枚に関しては圭介が今も持っている。
 ニーナが購入したのはノギス産の蜂蜜が塗られた甘い匂いを放つパンだ。外側の弾力のある生地に包まれた中身はふわふわとした生地。表面には飴色の光沢を持つ蜂蜜がたっぷりと塗られ、パンとしては高級品の部類。銅貨二十枚の価格も頷ける一級品だ。パン屋は祭りに訪れた多くの客のために工房はフル稼働しており、甘くも香ばしい香りを放っていた。そして、そのどれもが焼きたてのため手に取るとホカホタとしていて冷たい手に温もりを感じさせてくれる。
「カンナ様。美味しいですか?」
「うん! ニーナにも少しあげる!」
 カンナは買ってもらったパンに口を付け、甘さを堪能する。そして、蜂蜜がたっぷりとかかった一部をちぎり、ニーナの口元に差し伸ばす。何故かニーナは顔を赤らめ初めての口づけをする乙女のように優しく、カンナの指先でつままれたパンに口を付ける。
「どう? ニーナも美味しいと思うでしょ」
「ええ、とても」
 本当に味が分かっているのか疑わしいほど熱っぽい顔をしている。
「ケアも食べる? とっても甘いよ!」
「いや、私は甘いものが苦手なんだよ。それに、私は一口が大きいからな。私が貰うとカンナ様が食べる分が無くなってしまう」
 ケアはそんな微笑ましい二人の光景を一歩引いて鑑賞していた。
「そっか。ケアはどんなパンが好きなのかな?」
 カンナは一人で食べるより他の人と一緒に食べたいのか、尋ねる。
「そうだな。私なら……」
ケアはパン屋の隅に置かれた屑パンを購入する。その屑パンを少し揉むようにして粉にし、少し拓けた場所に撒く。すると、小鳥達が姿を現し、パン粉に群れる。
「彼らが食べている姿を見るのが好きかな」
 そう言った。
「すごい! 鳥さんがいっぱいだ!」
 そう目をキラキラさせるカンナは自分の持っているパンの一部をケアのように揉んでパン粉にする。すると小鳥たちはカンナの肩や腕に止まる。
「わ、わわわ」
 大量の小鳥がカンナの周りに集まる。そんな姿を見たニーナはカンナが小鳥に奪われないように守ろうとする。
「……。鳥には分かるのかな」
 小鳥はケアの周りには一羽も寄らなかった。


 三人は様々な店を巡っては買い物をした。春が目前に迫っているため、暖かくも風通しの良い肌に優しい生地の服を買い揃えたり、カンナの白く長い髪に似合うリボンを見繕ったり、主にニーナがカンナに不自由がないように買い与える物だった。カンナは色々な服や装飾品に喜び楽しんでいた。ケアは荷物持ちだ。
「ニーナ、あれはなに?」
 カンナが指差す先は宝石店だ。
「あれは宝石を売ってるお店ですよ。カンナ様はご興味がおありですか?」
「うん!」
 そう言って、カンナはニーナの手を取り宝石店に向かう。カンナが今着ている服はニーナが買い与えた上質の服装だ。そんな客が訪れた店側は貴族のお嬢様がやってきたと勘違いしても仕方がない。実際は貴族の娘ではなく神の子なのだが。
「いらっしゃいませ。お客様」
 三十代程の綺麗な女性が現れた。白い指には大粒のアレキサンドライトの指輪を嵌めてあった。
「カンナ様に相応しい宝石はあるかしら?」
 カンナは店内を見渡し、キラキラと光る宝石に心を奪われる。
「こちらのお嬢様には、これなど如何でしょうか?」
 そういって店員が勧めたのは大粒のルビーをはめ込んだペンダントだ。
「お嬢様の綺麗な真紅の瞳を引き立てることができる宝石は当店ですとこれが最も相応しいと思います」
 価格は銀貨で三十枚。今まで購入した全ての服の価格を足し合わせるよりも尚高い。しかし、値段としては良心的なものだ。透明度の高い希少なルビー自体の原価に腕利きの宝石職人が加工を施した素晴らしいペンダントであるのは間違いない。ケアはそう判断した。
「カンナ様。いかがでしょう?」
 ニーナはカンナの胸元にペンダントを掲げる。カンナはそれを近くの鏡を通して見る。白い髪を伸ばした真紅の瞳を持つ天使の胸元には透き通るような真紅の宝石が煌めいていた。
「カンナ、これがいい!」
 そう言ってカンナはペンダントの紐に首を通しケアに近寄る。
「ケア! カンナ綺麗?」
「ええ、とても綺麗ですよ。カンナ様」
 ケアは微笑みながらカンナの美しさを褒める。それに満足したのかカンナはニーナにも同じ質問をする。ニーナもまた恍惚の表情を見せながら褒め称える。そして、ニーナは銀貨三〇枚を店員に支払う。満足そうなカンナを連れ三人は店を出ようとすると浮かれていたカンナが店の入口で人とぶつかってしまう。
「おっと、失礼。怪我はないかね? お嬢さん」
 低く落ち着いた声を持つ初老の男性だった。カンナが倒れないように腰に手を当て、ゆっくりと手を離す。
「ぶつかっちゃって、ごめんなさい」
 カンナは素直に帽子を被った初老の男性に謝る。
「いや、こちらこそ申し訳ない。綺麗な服に汚れをつけてしまうところだった」
「カンナ様! 大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫」
 ニーナはカンナが怪我をしていないかチェックをしていた。
「私たちの姫が迷惑をかけて申し訳ない」
 ケアは初老の男性に謝罪する。
「謝るほどのことではないさ。それよりも怪我がなくてよかった。ところで、あのお嬢ちゃんはどこかの貴族の娘さんかね?」
「いえ、貴族ではないですよ」
 姫という隠喩を額縁のまま初老の男性は取った。
「そうか、貴族ではないのか。いや、失礼。貴族でなくとも礼を欠いてはいけないな。私の名はライブラ。少し急ぐためこれで失礼させてもらおう。これでお嬢ちゃんに何か果物でも買って上げて欲しい」
 そう言ってライブラと名乗った初老の男性は銀貨一枚をケアの手に握らせ、宝石店の中に入る。ライブラは店員に案内され奥へと入っていく。
「ケア、あのおじちゃん何か言ってた?」
 ニーナに怪我の有無を確かめられたカンナはケアに近寄り下衣をギュッと握り、ケアと奥に入っていったライブラを見比べる。
「ええ、カンナ様に果物を買って上げて欲しいと言われました。途中で果物を買っていきましょう」
「やった!」
 カンナは嬉しそうにケアの手首を掴むと再び走り出す。
「カンナ様。そんなに急ぐとまたぶつかってしまいますよ」
 そう注意しながらもカンナの歩調に合わせるケア。そのあとにニーナが続く。


「銀貨一枚を全部を果物のため買わなくても良かったのでは?」
 ニーナは苺や蜜柑、檸檬といった果物が入った袋を手に持つ。数えてはいないが、それぞれが十個以上ある。
「あの人はカンナ様のためにと銀貨を渡しました。ならば、全て果物のために使ったほうがいい。私たちがあの銀貨を懐に入れるべきではないのだから」
「でも、こんなに食べきれるかしら」
「カンナ様が残されたものを私たちはいただきましょう。あくまで全てカンナ様のものですから」
 ケアとニーナは両手と背中に衣服や果物、装飾品などを持ちこれ以上持てない様相である。
「一度、ハイオク邸に戻りましょう。これ以上荷物が増えてしまっては困ります」
「そうですね。私もそのほうがいいと思います。それに、そろそろカンナ様がお眠りになります」
 カンナはすっかり疲れ、はしゃぐ元気は全てこの街に置いてきたという顔だ。
「カンナ様。今から帰りましょう」
「……うん」
 キチンと聞いているのか分からないような生返事。
「今から馬車を呼んできます。少しの間、待っていてください」
 ケアはカンナがこれ以上歩くのは辛そうだと判断し、近くの馬車を引き止める。値段交渉の末、ハイオク邸までは銅貨六十枚ということになり、三人を乗せた馬車はハイオク邸へと向かう。
 カンナとニーナは馬車に揺られながら二人寄り添って眠っていた。二人ともよっぽど疲れたのだろう。ケアは御者に遅くても構わないから、あまり馬車を揺らさないようにお願いする。





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