神が遊んだ不完全な世界

田所舎人

主人公(仮)と試合

 レスリックの郊外に出る。初春を迎えようとしているが、まだまだ肌寒く、早くも日は地平線へと沈もうとしている。
「私の得物はこれだ」
 いつの間にか手にとった巨大な剣を右手で軽々と扱う。剣は全長二メートル程で、片刃の直刀。幅は二十センチはあるだろうか。
「ユニさん。怪力だとは思ってましたが、規格外というか……桁違いですね」
「なに言ってんだ、これぐらい誰にもできるさ」
 ユニは巨大な剣をまるで木の枝でも振るうかのように自由自在な軌道を描く。体が持っていかれないのが不思議なほどの剣戟だ。
「私はこれで行きます」
 凛は雪丸を抜く。刀身は白く、美術品のような惹かれるような魔力を感じるが、それ自体が雪丸の特性だ。
「なら俺はこれですね」
 十夜を抜く圭介。刀身は黒く、刃を持たないただの木刀。しかしながら、十夜は刀の姿をした森そのものだ。
 圭介は十夜を地に突き立てブレスレットと十夜に意識をつなげる。地に眠る水脈や潤いを一切合切吸い取り、花に水をやるように十夜の内界に一つの川を流す。それに呼応するように十夜は黒光りし、質量を増す。
「まずは俺からやるぜ」
 圭介はそう言うと、凛は小さく頷く。
「まずは圭介からか、かかってこい」
 巨大な剣を圭介に向け、構えを取る。
 左手を前に突き出し、巨大な剣を後ろに構える。先程の剣戟から見て、普通の剣がそのまま大きくなったようなものだ。重いから遅いなどという常識は通用しない。構えから恐らくは待ちからのカウンターがメインだろうと予測する。
 真っ先に動いたのは圭介だった。質量を増した十夜の強烈な一撃でユニを驚かせようとした。しかし、先にしかけた圭介の腕をユニの左手が捕らえた。
「遅いぞ」
 圭介の耳にそう聞こえた次の瞬間、腹に強烈な一撃を受ける。何をされたのか分からなかった。
「ほら、起き上がれよ。まだまだ本気じゃないだろ?」
 ユニは巨大な剣をくるくると弄びながら圭介を挑発する。
「……分かりました。全力で行きますよ」
 魔眼のスイッチを入れる。そのとき初めてユニの姿がおかしなことに気づく。体表には厚めの服でも着ているように纏った魔素が漂っている。そして、巨大な剣も魔素を帯びていた。
「その剣、ただの剣じゃなかったんですね」
「なに、軽すぎるこの剣に少し重りを加えてるだけさ」
 そう言いながら重さを感じさせない剣捌きを見せつける。
「私の力に耐える巨刀ってのは数が少ないのさ。この剣の銘は石刀いわとといってな。硬く重く折れないんだよ」
 そう言ってユニは石刀で鋭い突きを放つ。圭介は咄嗟に十夜で石刀の腹を撃つ。僅かに逸れた切っ先を避けるが、ユニはその勢いのまま左手で鋭い突きを放つ。
「ぐっ……」
 石刀を避けた体勢のままユニの突きを避けることができず、胸を強打される。息が詰まり、十夜を手放しそうになるも柄を握り締めどうにか手放さずにいられた。
(どうにもやりづらいな……)
 若草道場での試合では王道の剣術を学んできた。しかし、ユニのスタイルは尋常じゃない。片手で巨大な直刀を扱い、片手で素手の攻撃を繰り出す。石刀のリーチではインファイトに持ち込めば勝機はあるかもしれないが、懐に潜り込めば素手から繰り出される強烈な一撃の洗礼を受ける。
「ユニさん。それって誰かに習ったスタイルなんですか?」
 乱れた呼吸を正しながらユニに尋ねる。それが時間稼ぎであることは誰に目にも分かることだ。
「いや、我流だよ。私は格闘術には長けてはいるんだが、剣術には疎くてね。大剣を振るうしか能のない武術士だよ。実は利き手は左なんだ。未だに自分の剣の腕前だけを信じることができないのさ」
「まるで怪物ですね」
「そんなもんじゃないさ。私にできることは誰だってできることさ。皆がやらないだけさ」
圭介は全身に魔素を満たしていく。
「なら、俺にもできるんですかね?」
「できるだろうさ」
 ペンダントから放出される魔素が地面を満たす。
「ただし、時間をかければの話だがな」
 ユニは石刀を両手で握り上段に構える。圭介はユニの纏う空気が変わったのを感じた。
「防御しようだなんて思うな。全力で避けろ」
 魔眼を使って初めて捕らえられる爆発的スピード。予備動作も無く二の足いらずの歩法。桜。直感が次の瞬間には死が訪れることを警告していた。圭介は迷わずに魔術を発動する。攻撃するためではなく緊急回避のために地面へと潜る。
「ほう、そう避けるか」
 ユニが放った斬撃は文字通り地割れとでも言うべき痕を残した。圭介の髪の数本が引きちぎられ、斬撃の音が地面を伝い耳元へ伝える。
 圭介は地面から這出る。
「俺にはまだユニさんに勝てる気がしないや」
「そうかい? まだ魔術も使ってないじゃないか」
「ユニさんを倒せるような魔術がまだ思い浮かばないですね。それに魔術を使ってないのはユニさんも同じじゃないですあk」
 コートや髪についた土を払いながらその場へ腰を下ろす。
「次は私ですね」
 凛は楽しそうに雪丸を構える。まるで抜身の刀そのものだ。涼やかな出で立ちに曲がらない信念のようなものを感じぜざるおえない。
「そうだな。かかっておいで」
 凛は一気に距離を詰めて鋭い一撃を加える。ユニはその一撃を石刀で盾のようにして防ぎ、火花が散る。
「なるほど、おもしろい刀だな。魔剣か」
 石刀を盾のようにしたまま距離を詰めるが、凛の機敏な足捌きでユニの右側面へと回ろうとする。
「早いな。圭介よりも腕前は上か」
 凛はその呟きに返答はせずにユニの脛へと斬撃を加えようとするが、ユニは危なげもなく避ける。
「まっさきに足を狙ってくるか。本気できてるな」
 ユニにはまだまだ余裕がありそうだ。
「隙も少ないが、変則的な相手との経験が少ないのか全力を発揮しきれないってところか」
「分析するのは勝手ですが、あまり口に出さないで頂けますか」
 風を断つような斬撃がユニを襲うが、それもなんなくと躱す。雪丸はユニの髪に数本触れる程度だった。
(なんだ? いまのは)
 違和感を感じたのは圭介だった。ユニの髪に触れた斬撃の軌道が僅かにずれた。そして、触れたはずの髪は一本たりとも切り落とされてはいない。
「体表を被っている魔素の正体はこれか……」
 原理としては簡単だ。生物は僅かに体表に魔素を纏っている。その魔素の揺らぎによって凛は魔覚を感じ取っているのだ。その体表の魔素の密度を可能な限り高めることで服のような鎧になる。動きを阻害しない理想的な鎧だ。しかし、それを維持するには莫大な魔素が必要なはずだ。
「もう見破られちゃったか。やっぱりその眼は規格外だな。お察しのとおり、私を傷つけるためには生半可な攻撃では無理さ。それとこれも分かってるだろうと思うけど、私は魔術を使わないんじゃなくて使えないんだ。この防御を手放す気はないからな」
「もしかして、あの素手の打撃の威力もその纏っている衣によるものなんですか?」
 まだ疼く胸をさすりながらユニに問う。
「そうさ、まぁ少しは手加減はしてるがな、本気を出したらお前のその薄いまな板に拳大の風穴が空くからな」
 そんな物騒な会話をしながらもユニは凛の一撃一撃を躱している。
「そうだな。力量は大体分かった。剣の腕だけなら確かに圭介以上だ」
 そういいながら、ユニは石刀を大きく振るう。全長二メートルから繰り出される重く鋭い一撃を受け止められるはずも無く、跳躍して後退する。湿気を失っていた地は大きく砂埃を巻き上げ視界が悪くなる。僅かに石刀の所在が分かるぐらいだ。凛はいつでも対処できるように構え直す。しかし、次の瞬間に第六感が危険を告げる。僅かに砂埃の舞う気流が背後になにかがいることを知らせる。その直感の意味を理解する隙も与えられぬまま、地に組み伏せられる。
「どうだ? 私は強いだろ?」
 一切の砂埃を浴びることなく凛の四肢を封じる。息の上がっている凛とは対照的に一切呼吸を乱さないユニ。
「参りました」
 凛が降参の意を示すとユニは納得したように凛を抱き起こす。
「なかなかにいい筋だぞ。ただ少し攻撃が丁寧すぎるな。勝とうと急いでいるせいか一撃一撃が鋭すぎる。視線ももう少し遊びを持たせろ。あまりに狙ってやろうとう意思が伝わりすぎる。その気迫をフェイントにも持たせられたらいいんだが、とりあえず力を抜くことだ」
「ありがとうございました」
 雪丸を納刀しながら頭を下げる凛。
「圭介、水を出してくれ。それから整地しておいてくれ」
「……分かりました」
 十夜で盥を作り、その中に十夜から染み出る雫を貯める。
「どうするんですが? これ?」
 そういいながら荒野とかした土地をただしていく圭介。
「せっかく綺麗な髪だ。砂塗れのしておくのは忍びないからな」
 そういって懐からとても綺麗な櫛を取り出す。
「凛、背を向けろ」
 その言葉に素直に従う凛。
「綺麗な髪だな。透き通るような綺麗な色だ」
 そういいながら髪にまとわりつく砂をひとつひとつ落としていく。
「そんなことありませんよ、ユニさんのほうが綺麗な髪ですよ」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね」
 水で砂を丁寧に洗い落としながら髪に櫛を通す。
 その姿はまるで歳の離れた姉妹のように見えた。



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