神が遊んだ不完全な世界

田所舎人

主人公(仮)とカルマン

 圭介は大きく深呼吸をすると、いつものように脳内でトリガーを引く。視界はあやふやな物となり、境界がなくなる。そして、再び焦点が定まったときは二重の視界を持つようになる。
 一陣の風が庭を駆ける。森の木々は風に揺られ、ざわざわと騒いでいた。大きく踏み込み森へと駆け抜け、目を凝らしてカルマンを探す。森の中は星の光さえ届かない暗闇だが、圭介には関係なかった。有り余った体力を発散するようにして森の中を駆け抜ける。
 野鳥が次々に飛び立ち、お互いが注意を促すように至る所で鳴いていた。圭介は夜中の森を駆ける自身に高揚し、神経は高ぶり、少しの変化も見逃さない状態だった。
 ある一瞬、茂みの隙間からエメラルドのようにきらびやかな光を捕らえた。圭介は見た瞬間、ただの獣の発する色ではないと看破し、大きく跳躍してその実体を追う。何故か気持ちは狩人だ。
 茂みの向こうにいる何者かは目にも留まらぬ速さで駆け抜け、視界から去ってしまった。しかし、残留する魔素を辿れば追跡は容易だ。


 約5分程の疾走を経て、何者かは観念したのかこちらに向き直り見据える。そこは月の光が届く程に拓けた広場だった。何者かは狼のような容姿をしており、月明かりよって黒く光るほどに綺麗な毛並みをしており、首元には走るのに邪魔にならない程度の大きさの袋を下げていた。
「何故、私を追う」
 その言葉は彼の口から発せられた音だった。
「あなたがカルマンさんですか?」
 問いに対して問いで答える。しかし、この問いこそが答えでもあった。
「いかにも、私がカルマンだ」
 やはり、彼がカルマンだった。ピンと立った耳に鋭い眼光とその奥に見える知性。体つきは全体的に細く見えるが圭介の眼ではカルマンが異常なまでの魔素を保有していることが分かる。
「僕は野村圭介、ハイオクさんに招かれた者です」
 そう答えるもカルマンはさしたる興味を示さなかった。
「それは知っている。何故、そのハイオクの客人が私を追う」
 そう問われた圭介は困る。
「えーっと、先ほど、カルマンさんの姿を見かけて話をしてみたいと思って」
 そう答えるとカルマンは呆けた表情をする。
「変わった人間だな。そのためにわざわざ私を追ってきたのか」
 その一瞬、圭介はカルマンの表情が笑っているように見えた。
「確か野村圭介と言ったな。私と何を話したい?」
 そう値踏みをするのか、挑発するのかといった口調で圭介に尋ねる。
「僕は人語を解する人外と話すのが初めてで、そんな方から見た人間というものに興味があります」
 とっさに思いついた事を口にする。この問いに答えられるのはこの世界にいる者だけだったからだ。
「つまり、獣である私の目線から人間がどう映るのかということか。野村圭介はそんな事に興味があるのか」
 カルマンは少し思案顔をする。圭介はカルマンの視線が自身に向けられていることに気付く。その視線を追ってみると視線は十夜に向けられたものだった。
「そうだな。私にとっての人間とは『手』だな」
 カルマンが考えた末に出した結論はそのようなものだった。
「私には四肢はあるが手はない。獣である私のような犬、あるいは猫、狐といった者達は皆が四肢を地につけている。そして、人間は二本の足を地につけて二本の腕を操る。それが私にとって私達と人間の違いだ。この答えで満足か?」
 カルマンはそう答え、圭介に問う。
「なるほど。カルマンさんにとっての獣と人間の違いが分かりました」
 圭介はこの世界での獣とは四肢を地に着けた生き物。理性を持たない者を指す言葉でないことだけはなんとなくだが分かった気がした。
「そちらの問いには答えた。今度はこちらの問いに答えてもらおう」
 有無を言わさない強い口調でそう言う。
「なんでしょうか?」
「人間はこんな暗い森を明かりもなく歩いたり走ったりできないはずだが、どうして私を追ってこれたのだ?」
 その問いに答えていいものかどうか困った。初対面の相手に手の内をばらすのもどうかと思ったからだ。
「僕の目は特別仕様なんですよ」
 冗談混じりに真実の一部を口にする。その答えに対して小さく呟く声が聞こえた。
「不思議な臭いがすると思ったらその眼から臭ってきたのか」
 変わった言い回しだと圭介は思ったが、その発言を特に気にする様子はなかった。
「野村圭介、これを持っていけ」
 そういうとカルマンの首元に下げられた袋から小さな棒状の何かがふわふわと浮遊しながら圭介の前に向かう。
「それは私を呼ぶための簡易魔具だ。笛のように口にくわえて吹けばこの屋敷の敷地内ぐらいなら聞こえるだろう。私に用があるときはそれを吹け」
 そういうとカルマンは欠伸をしながらきびすを返した。圭介は笛を受け取ると足音を立てずに立ち去るカルマンを見送った。


 ベッドで仰向けになったまま先程受け取った笛を眺める。実物は見たことはないが、おそらく犬笛のようなものなんだろう。共感覚を通じて見た笛には確かに微弱ながらもエメラルドのような輝きを持つカルマンの魔素が付与されていた。笛は木製の笛で器用に作られた一品だと思った。圭介は鞄からクッションを作ったときに余った布を使って笛を入れるための袋を数分で作り、細かい作業をしたことで目も疲れ、睡魔にみをゆだねるのだった。






 翌日。携帯の時刻によると午前10時。朝食も終え、現在はテイラーの行方を探す算段を圭介、凛、ユズルの三人で立てていた。土地勘や人脈があるユズルが街中にいるであろうテイラーを捜索し、圭介や凛はその補佐をするのが主たる役割だった。テイラーの魔素が残留している物品があれば圭介の魔眼によってある程度の探索が可能になってくる。
「この時期のレスリックは人が多すぎて人が数人消えたところで誰も気付かないのさ。だからこそこの時期にテイラーはこの街で実験材料となる人間をさらうだろう。いなくなったと気付いたときには発表会も終わった頃だ。溢れ出す人混みに紛れてとっくに街から出ているだろうさ」
 そういってユズルは地図を取り出す。
「こいつを見てくれ。これはレスリックの地図だ。ちなみにこの屋敷はこのあたりにある」
 そういって地図の上あたりを示す。位置関係からいって、その上がきっと北なのだろう。
「そして、皆が訪ねたあの研究所はこのあたりだ」
 地図の中央、やや右を指さす。中央東だろう。
「研究所周辺はこの時期でも人気は少ない。恐らく、テイラーが出没するのはこの辺りだろう」
 そういって指で円を描いたのは地図でいうと西あたり。そこは圭介達が泊まれる宿を探していた場所だった。つまり、人が特に密集している場所だ。
「テイラーがさらった人間で実験をするにはそれなりの設備が必要だ。ある程度の広い部屋と薬や医療器具を必要とするだろうことを考えると調合屋、あるいは薬屋に聞き込みをするのが有力かもしれない。二人にはこの聞き込みをやってもらいたい。テイラーが各研究所で匿われている可能性もあるが、そこらへんはハイオクさんが目を利かせているから研究棟の区画は気にしないでくれ。それとテイラーの身体的特徴だが、見た目は40代後半、痩身で頬がややこけている。面長で長髪、左利きで右手の人差し指の第一関節あたりに縫合跡がある。そして、これが大きな特徴なんだが自作の薬の服用による副作用によって体臭が薬品のような臭いに変質したそうだ。テイラーを追っているうちに同じ職場にいた人間との接触で今挙げたような特徴が分かった」
 ユズルは地図を折り畳み、懐に収め、席を立つ。
「俺も俺なりの聞き込みをしてくる。もし、何か分かったら俺たちがいた研究棟の受付に伝言をしておいてくれ」
 そういってユズルは退室した。
「俺たちも行こうか」
「ええ、行きましょうか」
 二人とも席を立つ。


 屋敷は郊外にあり、街に向かうには徒歩で40分はかかる。走れば5分もかからないが、疲れるので歩く。
「そういえば、こうやって二人で歩くのも久しぶりだよな」
 コートを着込み、竹刀袋を背負っている圭介が凛に言う。
「そうですね。ササニシキを出てから鍛錬の時以外はカンナやニーナ、スミスがいましたから。最後にこうやって二人で歩いたのは・・・雪鷹のあの騒動の後が最後でしたね」
 あの騒動とは雪鷹の婚約騒動において、凛が偽の婚約者として現れ、何故か圭介が凛をさらうという結末を迎えたおかしな騒動だ。
(あのときの凛、綺麗だったな)
 ササニシキの伝統衣装を纏い、髪を結い、簪を差し、刀を構えた凛の姿はいまでも忘れられない。凛々しく美しい姿だった。
「あのときの圭介の刀筋は萌木師範に迫るものがありました」
「あの一閃は狙って出せるものじゃないからね」
 実際、圭介にもどうやってあの一閃が放てたのか分からない。そして、そんな一撃を打ち出した記憶もなかった。
「それに、あのときの凛が持ってたのは雪丸じゃなかったら全力じゃないからね」
「確かにあのときの得物は無名の刀ですが、仮にあのときの私が雪丸を持っていたとしても勝てたか分かりません」
 これほどまでに持ち上げてくれるのは嬉しい圭介だったが、記憶にない圭介はどこか他人のことを話している気持ちだった。ただ、あのときは不思議な高揚感と何かを強く抑圧した違和感を感じていた。
「でも、未だに剣術では凛に勝てないんだよな」
 そう愚痴る圭介。
「圭介は基礎体力は私以上ですよ。ただ、刀の扱いが未熟と言うだけです」
 そうやって凛は慰めになってない慰めの言葉を圭介にかける。
「確かに、俺のは剣術というよりチャンバラっぽいもんな」
「それでも、太刀捌きは上手くなっていますよ。まだまだ荒いですが、反応もできています。あとは慣れていくことが大事ですよ」
 その慣れのために時間があるときは鍛錬という名の練習試合をしている。


 そうしているうちに街道にたどり着く。
「さてと、調査を始めようか」
「ええ、始めましょう」

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