神が遊んだ不完全な世界

田所舎人

主人公(仮)と奴隷商

「明日、街をでるぞ」
 圭介は夕食を終えた凛、カンナ、ニーナの三人に急に告げる。
「明日ですか?」
「ああ、ということで準備もこっちで済ませてある。食料と消耗品は既に積み込んであるから心配するな」
 急な決定に対して誰も文句は付けない。決定権は全て圭介にあり、圭介が滞在すれば滞在し、出立すれば出立する。よくよく考えれば不思議な関係である。
「それで、次に向かう先はどこなんでしょう?」
 圭介はその言葉を待ってましたとばかりにふんぞり返る。
「次に向かう場所はな」
 一度言葉を区切り
「学術都市、レスリックだ」
 そう告げた。






 鋪装されていない商人道を一台の馬車が行く。二頭の馬が引くのは幌で覆われた大型の馬車だった。幌の中には二人の男性と二人の女性と一人の少女がいた。
「この門出も久々な気がするぜ」
 圭介が呟く。圭介が言っているのはノギスを出たときのことだった。
「あの時はカンナがはしゃいではしゃいで大変だったな」
 カンナは門の外に出ると馬車から一人で下りて走り回っては転んで泣いてはの大騒動だった。カンナは傷つくことはないのだが、びっくりして眼に涙を溜めてひどい有様だった。
「本当ですね。しかし、私も初めて街を出たときはドキドキしていましたね」
 そんな懐かしむような声で返答するのは凛だった。
「……そうですね。私も初めて街を出たのは……」
 ニーナはどこか悲しみを帯びた声を上げた。圭介はその呟きを聞くが触れないようにした。その一瞬だけが圭介はニーナがガラス細工のように脆く儚い印象を受けたからだ。
「ケアはどうだったのさ?」
 圭介はケアに対して質問を投げかける。
「ぼくですか? ……そうですね。僕が物心ついたときは野原にいましたね」
「野原? 安住の地を求めてってやつか?」
「安住……ああ、そう言われればそうだったのかもしれませんね」
 圭介はそんなケアの返答に誤魔化しの意図を感じたが、何も追求はしなかった。
<カタカタカタカタ>
 馬車の車輪はクルクル回り、時折小石を踏んだのか台車が跳ねる。お尻が痛くならないように幌馬車には少しだけ手を加えているがそれでもまだまだお尻は痛い。
 徐々に暖かくなっているとはいえ、気温はまだまだ低い。隙間風が吹かないよう取り繕ってはあるが、幌内の温度は低い。こんな時に便利なのは炎杖だ。魔素を器用にコントロールをすれば炎を出さないようにして効果的に大気を温められる。魔術が発達しなければココまで便利な旅もないだろう。
 凛はカンナと仲良くお喋りをしている。ニーナは馭者として幌の外にいる。寒い中申し訳ないと圭介は思いつつも、快適な旅ができるように魔術を使う。ケアは幌の隅っこで本を読んでいる。
 しばらくすると馬車が徐々にスピードを落として停止した。
「ニーナさん、どうかしましたのか?」
 圭介が幌から顔を出す。
「あ、圭介さん。あちらから行商の方がいらっしゃいます」
 目測30メートル程先に列を成した馬車がこちらへと向かってくる。その馬車の先頭の行商人は質の良さそうなコートを羽織、整えられたヒゲを蓄え、貫禄のある様をしている。幌馬車は圭介達が乗っているものよりも一回りほど小さいが、それでもカナリの大きさである。作りもしっかりしており、細部は少し摩耗してはいるが上等な馬車だと推測できる。続く馬車も似た作りだ。ガタイの良い傭兵もいるようだ。
 行商人達が近付くに連れて、ニーナの表情が強ばるのを圭介は感じた。ニーナは表情を表に出さないようにしているのか顔を伏せる。すれ違う時に行商人が頭を垂れ礼をする。馬車を止め、道を譲ったことに対してなのだろう。
 圭介が馬車の中を覗くと中にいるのはお世辞にも綺麗とは言えない、それどころかボロ切れという言葉がそのまま具現化したような布を頭から被っている少年少女だった。。ただし生地が厚めのためか凍死するほどではなさそうだ。
 それは圭介がこの世界で初めて見た奴隷だった。
 初めて見た奴隷とそれを商いする人間に対して複雑な感情を圭介は抱いたが、それがこの世界の常識と割り切ることにした。割り切るぐらいのことしかできなかった。


 日も暮れいつものように簡易住居を作り、毛布を運び込んだ。ただ、昼間に見たニーナの表情が気になった圭介は彼女の部屋を訪れる。
<コンコン>
 ドアをノックし、ニーナの部屋に入れてもらえるかと尋ねる。その問いにニーナは圭介を招き入れる。
「昼間、あの行商人達を見て様子がおかしかったけどどうかしたのかい?」
 いつものように笑顔を浮かべることができず、ぎこちない作り笑いがカンナを悲しませていることはニーナ以外の全員が知っていた。
「いえ、なんでもないんですよ」
 そうニーナははぐらかそうとするが、どう見ても嘘である。痛々しいと感じてしまうのは圭介の考え過ぎなのか?更に問い詰めるもニーナは決して顔を上げることはなく頭の耳は垂れたままだった。前髪も下ろし、表情を読むには唇ぐらいしか見ることはできないが、その唇は無理矢理作った笑顔を浮かべているだけだった。月明かりの逆行によって、陰鬱的な雰囲気を醸し出す彼女の姿を見てこれ以上は踏み込めないと感じた圭介だった。
 部屋を出ると廊下に立つ凛とカンナと目があった。凛は少しだけ表情を暗くし、カンナは涙を目に溜めて、泣かないように堪えながら肩を落として自分の部屋へと走ってもどる。普段はカンナとニーナは一緒に寝ているのだが今日はニーナをそっとしておくという名目で凛とカンナを同室にしている。
 圭介も自室に戻るが鬱蒼とした気持ちは晴れない。剣をふるって気を紛らわせようと外に出るとケアが寒空の下、草原で寝転がり星空を眺めていた。
「どうしたんだよ」
 そう声を投げかけるとケアは跳ね起きていつものヘラヘラとした表情を浮かべる。
「どうもしませんよ。ただ、皆さんが気落ちしているので観察しているだけです」
 そんなセリフを吐く。
「やっぱり気落ちしてるかな」
「ええ、特にカンナ様は痛々しいほどに」
 そういって二人は黙る。圭介は自分に何かできないのか自問自答を重ね、ケアは最初から答えは知っているのか、最初から考えていないのかよく分からない呈を表していた。
「思ったよりも野村さんは賢くはないのかもしれませんね?」
 そんな言葉をケアは呟く。
「あん?」
 圭介はそれがどういった意味かよく分からなかった。その言葉を解釈するのに数十秒の時間を要した。
「ニーナさん、彼女の様子がおかしくなったのはいつからでしょうか?その時、いつもと違った何かがあった。その何かは何故か彼女を困惑させた。その理由は彼女の生い立ちに少なからず関係があった」
 そうスラスラと言葉を並べる。圭介はその言葉を理解するのに時間はいらなかった。


 最初から答えを知っていたから。







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