神が遊んだ不完全な世界

田所舎人

主人公(仮)と模擬試合

 圭介はルゥから魔具の手ほどきを受け、なんとか自分が使う魔具の手入れだけは行えるようになった。ルゥ曰く、圭介には魔具を操るだけでなく製作することにも長けているとのこと。しかし、それは類稀なる才能なんかではなく、この眼のおかげだ。今まで気にしなかった魔素の巡り、魔具との干渉が理解できるものとなり、改めて魔具を効果的に運用できる知恵を身につけたのだった。
「お前の眼は金貨何枚なら譲ってくれるんだ?」
 そんな恐ろしいことをルゥは平然という。そんなやり取りをしているうちに夜も更け、ルゥの店を後にし、圭介は宿へと戻るのだった。
 既に夕食を済ませたカンナ達はそれぞれの部屋へと戻っていた。圭介は一人寂しく食事を摂っていると、ケアが帰ってきた。
「お帰り、ケア。どこいってたんだよ?」
 そう尋ねる圭介に対してケアは愛想笑いを浮かべながら、まぁちょっと町まで、と答える。圭介はそんな適当な
返事に対して何の疑念も抱かずにケアを席に着かせる。
「今日、あの薬屋の娘さんが尋ねてきたらしいんだが、明日、もう一度行ってみようと思う」
 圭介はそう切り出した。それに対してケアは構いませんよの一言で済ませる。ケアと明日の昼前に宿を出る約束をした。それだけの用事をすませるとケアはさっさと部屋へと戻っていった。圭介は一緒に飯ぐらい食べればいいのにといった考えを持ったが気にせず食事を続けた。


 食後の運動として圭介は凛を誘い、郊外の森へと出る。いつもルールは「魔術無し・体術あり・剣は一本まで・勝敗は相手に決定打を与える。或いは相手に降参と言わせること」なのだが、今回は調整した魔具を使うため魔術ありにルール変更した。凛は対魔術戦の練習に丁度良いといった風でやや燃えている気がする。
(あのときの決闘を根に持っているのか?)
 雪鷹の婚約騒動のことを思い出す。あのときは辛くも凛に勝つことができたが、それでも綱渡りのような戦いだった。そのときの雪辱を果たすつもりなのかもしれない。
「今日は私も少しだけ本気を出しましょう」
 凛はそう言う。今までの練習試合では防戦一方だったが、魔術を使えば物理補助と小細工の応酬。そして、大魔術の行使が行える。普段の練習が剣術メインの近接戦闘の練習なら今回は魔術メインの対近接戦闘の練習だ。
 試合開始の合図は圭介が凛に攻撃を仕掛ける瞬間だ。圭介は体内を巡る魔素を十夜に流し、水のブレスレットから十夜に水分を与え、質量を増やす。硬質かつ重くなった十夜を振る。重すぎると体を持っていかれ、軽ければ速いが力無い一撃となる。自らの体重と力、それから威力とのバランスを考えた十夜へと十夜の内界を変質させる。今回はこちらも手加減せずに行こう。視界がぼやけ、凛の姿が三重、四重にもなり、世界の輪郭があやふやになる。そして、再び像が一つに重なり、圭介の視界は世界がもう一つの意味を持つことを教える。すっかり暗くなっていた視界が淡い光を放つ視界へと代わる。この暗闇は自分に味方することだろう。しかし、これだけでは凛に勝てる気がしない。凛の全力をまだ見たことがないからだ。簡単な魔術ならば簡単に避け、ある程度の規模を持った魔術でも一太刀の下に切り伏せる。これは経験を積み、相手の隙を誘い、決定打を与えるしかない。これだけの材料があって勝てないのであれば圭介自身が強くなるしかないのだ。


「さーてと、おっぱじめますか」


 全力全開の桜を使い一気に間合いを詰め、すくい上げるように十夜を振る。しかし、凛は十夜が完全に勢いが乗る前に刃を十夜に合わせ。そのままの流れで凜は圭介に当て身を食らわせる。圭介は4メートルほど後退したが、踏ん張り倒れることはなく、外傷はない。圭介の視界に映る凛の刀は魔素が満ちており、なんらかの仕掛けがあることが分かる。それが魔素によって編まれた構成刃先であることは圭介は不確実ながらも想像を巡らせる。そして、十夜の一部が凍っていることを視認する。十夜の内界の一部が極寒の凍土に変えられ枯死しているのだ。
(なるほど。あの刃は氷、あるいは冷気を纏っているのか)
 数瞬の思考を巡らせている内に次は凛から仕掛けてくる。瞬間的に地面を沼化して凛の機動力を奪おうとするも凛の素早い足捌きでは沼程度では足を奪うことはできなかった。凛の太刀筋は先ほど圭介が仕掛けたものと同じ。それをなんとか弾き距離を取る。どう考えてもあの太刀筋は挑発だろう。
「圭介、本気で来ていますか?」
<プチンッ>
 なにかの緒が切れた気がした。
「いいぜ! やってやろうじゃないか! 最ッ高にクールな一発をかましてやるぜ!」
 十夜を地面に突き刺して唱える。
「奪え、奪え、奪え。満たせ、満たせ、満たせ。乾きの器に甘蜜の雫を。底なしの器に無尽の雫を。幻想卿に無遠の砂漠を」
 そうすると十夜を中心として草木が枯れ、大気は湿気に包まれる。それに異変を覚えた凛が全力で圭介に迫ろうとするが、背後から何かが迫る気配に気づきそれを避ける。それは先ほどの沼化した地面から生えたドロドロとした腕だった。
「圭介。あなたは悪趣味です」
 そういって泥腕を切り、切り口は凍る。しかしーー
「凛、水って凍りやすいって思うかもしれないがな、意外と水の比熱って高いんだぜ?」
 沼から再び腕が伸びる。その腕を切り落とすため凛は幾度と無く剣を振るう。そのたびに剣はキラキラと輝く白い軌跡を描く。後退しながらもブレない切っ先は鍛錬と経験によるものなのだろう。その凛を追いつめようとする泥の腕は圭介の膨大な魔素を供給しているからこそできる芸当だ。
 凛はこれでは埒があかないと腕から大きく距離を取った後、術者である圭介を狙う。体を低くし、構えた姿勢から地面を滑るようにして距離を詰める。圭介は一度、十夜を抜き取ると凛との距離を詰められぬよう最早土というには乾燥しすぎた地面を操り、凛の視界を遮るように壁を作る。凛はその壁を一太刀の下に切り捨て、圭介との距離を詰める。すると凛は違和感を覚える。普段ならば気にならない衣類が何故か纏わりつく。
(・・・・・・濡れてる?)
 衣服だけではなく、煌めくような長い金髪もまるで水浴びでもしたかのように肌に張り付く。そして、雪丸の刀身が肥大しているのだ。それは大気中の水蒸気が刀身に張り付き、凝結。凝固しているのだ。それは銘刀をなまくらにするには十分だった。
(・・・・・・剣術は使えませんか)
 凛は一度刃先を納め、刀身についた氷を取り除く。あたりは暗闇でなおかつ、薄く霧がかっていた。それは圭介の思惑通りだった。
 圭介が行ったのは十夜に超光合成をさせたのだ。地中の水分を大気中に散布し、凛が雪丸を振るう度に大気温度が急激に低下するため飽和水蒸気状態に陥り、結果、霧がかかる。
(これでは圭介の場所が分かりませんね)
 凜の異常なまでの魔覚も己に向けられなければ察知できない。これが触覚と魔覚の共感覚の弱みでもある。己に向けられないモノには感知できないのだ。
 べた付く髪や衣服を無視して少しでも安全な場所へ移動する。幸い、すぐに霧の薄い場所に出ることができた。しかし、相変わらず圭介の姿は見えない。あたりには人の気配もなく、凜はただ静かに息を殺すのだった。
 瞬間、凄まじい気配が背中に感じられる。明らかにおかしな音も聞こえる。皮膚にヒシヒシと直に触れているのかと錯覚するほどの塊が凛に襲いかかってくる。それは濃い霧の中から速いけれど遅いと感じるほどの巨大な木刀だった。
「圭介!あなたは正気ですか!?」
 全長100メートルはあろうかという、最早巨木と形容してもいいような十夜が凛めがけて迫る。先端の太さは人間の胴回り4人分ほど。それを凛にめがけて振り下ろす。


 凄まじい衝撃音が走る。土埃は舞い、霧は晴れ、まるで爆撃でも受けたかのような惨状だった。


 そして圭介は地面に正座をして凛に叱られていた。
「あなたは私を殺す気ですか? 確かに本気のあなたならあれぐらいはやってのけるかもしれませんが、それでも限度がありますよ? あの霧を作りだしたり、私の雪丸を封じるところまでは良かったです。正直、あのような手段でこられるとは思ってませんでした。しかしですよ? 最後のアレはなんですか? 十夜をあのように巨大化させて私に勝つつもりだったのですか? なんのためにあなたは剣術を学んだんですか?」
 散々な良いようである。しかし、圭介は正座をして反省こそいているものの、凛が褒めてくれるところは褒めてくれるあたり嬉しかったりもする。雪鷹の結婚騒動の時は凛は雪丸を持っておらず全力が出せていなかった部分もあったため、個人的には勝ったつもりはなかったからである。そんな凛に一泡ふかせれたことが楽しかった。そして、凛のお説教を聞きながらも今回の練習試合で魔具の調子がすこぶる良かった印象を抱いた。例えで言うなら、魔具の中に管があり、その管を魔素が通り、性行魔素といったフィルターを介して魔術という現象を引き起こす。今回、手を施したのはこの魔具の中にある管の太さを変えることだった。圭介の尋常離れした膨大な魔素保有量と一般魔術師を越える出力に対していままでの魔具は管が細かったのだ。いままでは細い管に無理矢理圧力をかけて管に魔素を流していたのが、適正な太さになったため、滞りなく出力することができ、無駄な損失を抑えることができたのだ。
 そんな感想を抱きながら今回の模擬試合は終了したのだった。

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