神が遊んだ不完全な世界

田所舎人

主人公(仮)と夢

 目映い光に包まれた圭介達の目の前には、くすんだ色をしていた鐘があった場所にはいつの間にか光を爛々と反射する見事な鐘があった。
「・・・・・・おっと」
 肩車をされていたカンナの体がぐったりとなり圭介の頭に覆い被さるようにうなだれる。そんなカンナを圭介は下ろし、床にコートを敷いて寝かせる。
「どうしたんだよ・・・・・・カンナ・・・・・・」
 規則正しく呼吸を繰り返すカンナの側に座り込み途方に暮れる圭介。
(カンナが倒れ込んだのは何故だ?ニーナさんが言うには神子ってのは傷つかなければ、死にもしない・・・・・・。じゃあ・・・・・・疲労で寝ているのか?」 
 意識を内側に向けて想像上のスイッチを入れる。
(・・・・・・)
 瞳孔が痙攣するように視界が不明瞭になり、すぐさま焦点が定まる。世界は淡い光を発しながらそこに存在していることを主張しているようだ。そんな世界から見る景色に映るカンナは鐘から伸びる淡い黄色の管状の魔素と繋がっていた。
「・・・・・・なんだ?」
 圭介はそれを握るようにして触れる。


 それは記録だった。生物が内に蓄える記憶ではなく無生物が外に刻む記録。歴史。それはずっと昔のような、ごく最近のような気もする。


-???'s eyes-


 世界を認識したのはここに吊されたときだった。地上に点在する不可解で濃い棒のような塊がたくさん群れていた。棒には長かったり短かったり、太かったり細かったり、濃かったり薄かったり、色々な棒があった。それは地上だけではなく僕のすぐ側にもいた。その棒は僕の隣に立ち、僕のことを強く叩く。すると、地上に点在する棒状の塊は暖かかったり、熱かったりするそれを世界にまき散らした。それが僕という意識が生まれた最初の日だった。


 僕は毎日叩かれた。僕は叩かれて毎日揺れた。僕の上にあるあの大きな塊がいつも同じ高さにくると僕は叩かれる。それが僕の作られた理由。だけど・・・・・・だけど僕という意識が生まれた理由が分からなかった。そんなある日一つの棒が現れた。その棒は僕の側に立って僕のことを不思議な何かで包み込んだ。
「儂のことが分かるか?」
 それが何か分からなかった。ただ、それは暖かな塊だった。そのとき僕は気づいた。世界には僕以外の意志があることを。


 その後の僕の見る世界は不可解の塊から明瞭な世界に変わっていた。声が聞こえ、色が見え、学ぶことを覚えて、楽しみを知った。最初の頃は戸惑いつつも毎日が楽しかった。街を眺めている毎日は発見と驚きの連続だった。そんな日々が流れる内に僕も同じ様に彼らに近づきたいと思っていった。僕には足がなく、顔がなく、とてつもなく大きな体があるだけだった。そんなある日、少年少女四人組が僕のいる灯台まで登ってきた。その子供達はこの街では悪名高い四人組だった。


「おい!ダル!さっさと上がってこい!」
「うるせぇ!てめぇみてぇに猿みたいな動きができるかよ!」
「なんだと!ゴリラみたいな体してこんな簡単なこともできないくせに何言ってんだよ!」
「もう!そんな大声出しちゃうとバレちゃうでしょ!」
「ミンクも声が大きいですよ」
 そんな少年少女らは騒がしくも賑やかな雰囲気でこの塔に侵入してきたらしい。
 小柄で先頭を突っ走る少年のような少女はユニと呼ばれる少女。そしてその少女と口汚く罵合いをしているのが大柄な少年、仲間からはダルと呼ばれている。そして、そんな二人を仲裁しようとする上品そうな少女がミンク。そして、そのミンクに注意を促すのがこの中でもっとも小柄なティカ。この四人組は色々と騒ぎを起こすため、多くの衆目に晒されることが多い。今回もまた同じようにユニがこの騒ぎの発端なのだろう。
「と・に・か・く・だ!この街に私らの名前を刻むんだ!そのためにココにきたんだろ!?」
「そんなことは分かってるんだよ!だからって全員がお前と同じペースで動けると思うなっての!」
「二人ともいい加減にして!こんな狭いところで怒鳴り合わないでよ!」
「僕としては君の声が一番耳に響くよ」
 そんな調子で塔を登る。これだけ大声をあげても発見されないのは、この時間帯の見張りのおじいさんはいつも居眠りをしているためだ。あのおじいさんは日が沈むまでは内戦が起こってもきっと起きないだろう。なので、こうしていくら騒いでも咎める人間はいないのだ。
「お、出口が見えてきたぞ。ほら、三人とも急いで上がってこいよ」
「分かってるよ。そんなにピーチクパーチクさえずるなよ」
「ユニ!あなたの体と私たちの体は根本的に違うのよ!」
「ほらほら、早く上がらないとまたユニに怒鳴られちゃうよ」
 ティカはミンクの背中を押しながら階段を上がる。ダルはユニに追いつこうと必死にかけ上がるがユニは軽々と距離を離すのだった。
「おー!やっぱり高いなぁ」
「確かにコレは絶景だな」
「素敵な風景ね」
「確かにこの景色はここからしか見れませんね」
 四者四様の感想を漏らす。この景色は僕が毎日見ている景色だけど、彼らにとっては感動を覚える景色みたいだった。僕と彼らでは見ているものが違うんだ。
「お前ら、記念だからどっかに私たちが登ってきたっていう証拠を残そうぜ」
「お、そりゃいいな」
「残すって何を残すのよ?人目につくようなところじゃすぐに片付けれるわよ?」
「人目に付かないならいいところがあるよ」
 そういってティカは僕を指さす。


「こら!あんまり揺らすなって!さすがの私もここから落ちたら死ぬから!」
「ユニこそ揺らしてんじゃねぇよ!」
「もう怒鳴らないで!反響して耳が痛いわ!」
「僕はミンクの声が一番耳にいたいよ」
 彼らは僕の中に入り込んで何か騒いでいる。僕は僕自身の内側を見ることはできない。僕には触覚はないはずなんだけど、なぜだかムズムズする。まるで僕自身が削られているみたいに。
「ほら、ミンクも書きなよ。私とダルはもう書いちまったからさ」
「そうね。ユニ、それ貸して」
 そうしてまたムズムズした感触が僕の内側に走る。
「はい、ティカ」
「じゃあ、僕も書こうかな」
 またムズムズした感触。
「あ、ティカ、てめぇだけ何デカく書いてんだよ!」
「別に大きさなんていいじゃないの。ダルは体がデカいくせに小さいところにこだわるんだから」
 ダルとミンクがティカの書いたものが大きいことで怒鳴り合う。
「ほら、早く降りるぞ。いつまでもこんな不安定な足場にいると危険だからな」
 そういってユニは僕の中から飛び出す。
「じゃあ、次は誰が一番最初に塔からでられるか勝負だ!!」
 そういって突っ走るユニ、それを追うようにダル、ミンク、ティカの順番に走り出して塔を降りる。そうして、また僕は一人になる。僕は思った。一緒に走ってみたい、仲間がほしいって。


 その願いが叶うのに時間はかからなかった。僕には常人に測れない程のエネルギーを持っていた。それは僕がただ”願う”だけで僕という意識は具現化し、形を得、自由に動かせた。それは仮初めの体。偽体。それでも僕の願いは成就された。僕は僕の体でこの塔から出る。ふわふわとした僕の体は僕が願えば地面を蹴り、僕が望めば宙に浮く。塔を出ると一人一人の顔が近くで見ることができた。笑った顔、困った顔、悲しい顔、真っ赤な顔。色々な顔があった。でも、誰も僕のことは見てくれない。僕の姿は彼らには見えていないから・・・・・・。


 それでも僕は楽しかった。いままでは塔の上から眺めるだけの毎日から地上に降りて一つ一つを観察することができた。あのお店のパンは美味しい。あのお店には酔っぱらいがたくさんいる。あの道は賑やかだ。あの道は寂しいぐらい静かだ。あの家では子供が産まれた。あの家ではお爺さんが亡くなった。変化しなかった日なんてなかった。毎日が変化の連続だった。そう思いこもうとしていた。自分は楽しいんだと・・・・・・。


ーー孤独以上に孤独だ。

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