神が遊んだ不完全な世界

田所舎人

主人公(仮)と弓兵

―Rin's eyes―


(やはり、あちらの方が地理を上手く利用していますね)
  遮蔽物が多いはずのこの暗い森で縦横無尽に走り回り、短弓から自在に繰り出される高速の矢は厄介だ。
(逃げられる前に一太刀で決めるべきだった)
  私が持つ刀は魔刀・雪丸。魔刀というのは一言で言うと刀の魔具。剣術を使うために魔刀は必要なもの。優れた鉄から優れた刀匠によって優れた鋼を産み出し幾重にも織って刀となる。鍛えられた鋼は魔を宿すと言われている。そして、魔刀の刃には魔素によって編まれた構成刃先が発生する。これによって刃こぼれを防ぎ尚且つ鋭い一撃を可能とする。そして、雪丸の特徴はこの構成刃先に冷気を伴っていることだ。この冷気は金属を極端に冷やし脆くする。つまり、先程ユズルと名乗った男が手にした鋼鉄の矢は斬られたのではなく、折られたというのが正確だ。


  再び矢が放たれる。それを瞬間的に急減速で回避する。足元に突き刺さる。明らかな足止めの意図だ。
(11)
  再び追跡を開始する。距離が開けば長弓、距離が詰まれば短弓。質の悪い羽を使っているのか矢の飛ぶ音がハッキリと認識できるため避わすのは容易い。
(12)
  矢の軌道を読み、余裕を持って交わす。
(13)
  これで射った矢は13本。あちらの矢が尽きたらこちらの勝利、こちらが少しでも傷つけばこちらの負け。
(14)
  ・
  ・
  ・ 
ユズルの気配が動かない。矢が尽きたのか?それとも罠か…。
  警戒しつつ距離を詰める。チャンスがピンチに変わることはよくあることだ。
「嬢ちゃん、追いかけっこもここまでだ。手持ちの矢は尽きちまったからな」
  背中に差した双剣を手にする。
「器用ですね。短弓と長弓だけでなく双剣も使えるのですか」
「生憎と器用さだけが取り柄でね」
  それぞれを上下に構える。
「なるほど。器用なのは確かなようですね」
  臨機応変に対応できる構え。下手に踏み込めば簡単に捌かれてカウンターをもらうでしょう。しかし、
「器用さだけでは私には勝てません」
  素早い一太刀がユズルを襲う。
「ああ、器用ってだけじゃ勝てないだろうね」
  ユズルの左手が僅かに動く。
(―――!)
  左後方から何かが飛来する!
「くっ!?」
  無理矢理体を捻るが左頬を薄く切られた。
(マズイ!こっちが本命か!?)
「よくもまぁ、アレを感知できたな。あの矢は特別製でな、懇意にしてる付魔師に風切り音を消す付魔術を施して貰ってるわけだ」
「あああ、おえお…」
(…言葉が!?)
  うまく舌が回らない…。
「ついでに鏃には動きを鈍らせる呪術を付魔してある。解呪するには時間を置くか俺がコイツで治癒するしかねぇ」
  筒のようなものを取り出す。おそらくあの中に解呪する道具があるのだろう。
「ネタばらしはここまでだ。なにか質問はあるかいお嬢さん」
  脚が崩れる。なんとか雪丸を杖にして倒れずにいられる。
「ああ、おうあっえ…(矢は、どうやって…)」
「矢はどうやってかって?俺様は元々獲物を狩るためにここに張ってたのさ、暇だったんで罠をいくつか仕掛けてんのさ」
  得意気に指を指す。その方向には上手く隠蔽されたボウガンのような仕掛けがあった。
「手持ちの矢が切れたのは本当だぜ?器用さだけで勝てるとも思ってないってのも本当だ。たがら、罠を敷かせてもらったのさ」
  私はそっと手を胸の上に乗せる。
「なに、嬢ちゃんみたいな女の子を殺めるつもりはないさ。俺を襲った理由を聞かせて欲しいだけさ」
「それは、後で聞かせましょう」
「な、」
  膝立ちからの横薙ぎ。それだけでユズルは崩れる。「…ぐ、抵抗レジストか…」
「ええ、貴方は自分が有利になると饒舌になると思ったので一芝居打たせてもらいました」
「…どうするんだ」
「ちょっと来ていただきたいので…、殺しはしません」
「分かった。俺様の負けだ」
  腹を押さえたまま片手で降参の意思を見せる。
(しかし、代償は大きかった)
  手元で割れる羽の飾り物。
(圭介に買っていただいたのに…)






  ―keisuke's eyes―


  目が覚めると朝だった。今いるのはここ数日過ごしてきた宿。
「ん…んー」
  大きく伸びをする。今日はなにするつもりだったんだっけ?
(久しぶりにラーメンが食べたいなー。それとも自分で卵焼きを作るか?醤油と砂糖を調達しなくちゃなぁー)
  と考えているとニーナがやってきた。
「お、ニーナか。おはよう、ニーナってこんなに朝早くから起きてたっけ」
  机の上に手を伸ばして携帯を掴もうとする。が、携帯はない。
(ああ、携帯は今ないんだっけ)
「おはようございます圭介さん。昨日、何があったか覚えていますか?」
「昨日?えーっと、ケアと帰ってきて、凛とカンナとニーナの手料理を食べたんだっけ?」
「スミスさんと帰ってきたのは確かに昨日ですが、私たちの料理は一昨日です」
(…んー、…あー、…えーっと)
「すまん、よく思い出せねぇ。なんか風呂を作ったりしたんだよなー…それで…えーっと…」
「昨日は圭介さんが弓で射たれて、その時の毒で死にかけたんですよ」
「マジか」
「マジです」
「で?なんで生きてるんだ」
「倒れた圭介さんをカンナ様が治癒してくださったんですよ」
「ほー、カンナにそんな力があるんか。後でお菓子でも買ってあげないとな」
「そうしてあげてください。治癒したあとのカンナ様は疲れて眠ってしまわれたのですよ」
「そっかー、やっぱカンナも魔術を使うと疲れるんだな」
「そうですね神子は決して傷つくことも死ぬこともないのですが、疲労は覚えるようです」
「え?」
  思わず聞き返してしまった。
「神子は神の加護を受けていますから死ぬことも老いることもありません。逆に人を傷つけることもできませんが」
「…」
「どうかなさいました?」
  ベッドに座り俯く俺に優しく尋ねるニーナ。
「いや、なんでもない」
(そう、なんでもない)
「そういや、凛やカンナはどうしてる?」
「カンナ様はまだお眠りになっています。凛さまは…」
  そこで言葉を途切らせる。少しだけ目を泳がせた後、
「着いて来てください」
  と言われた。






  なぜか、ケアの部屋に連れていかれ、中には凛と見知らぬ男がいた。
「えーっと、どちら様でしょうか?」
  …。空白の時が流れた。「圭介を襲った人物と言えば分かりますか?」
「ああ、あの毒矢の…」
「初めまして」
  後ろ手に縛られたまま器用に挨拶する。
「こちらこそ、初めまして」
  礼に礼を返す。これこそ美学。
「で、なんでこの人がいんの?」
「一応、捕縛しました。圭介の判断に任せます」
  凛は構えた姿勢を崩し、部屋を出る。
「凛さん、一睡もせずに見張ってたんですよ」
「あー、マジか…。悪いことさせちゃったな」
「どうやら、入浴を邪魔されたことを怒ってるみたいなんです。それにせっかく洗ったのに土で汚れたことも…」
「そっか、仕方ないか。また風呂を作ってやるよ。凛に言っといて『お礼に好きな風呂に入れてやる』って」
「分かりました。きっと喜んでくれますよ。そういえば…」
「どうした?」
「圭介さん、凛さんのこと凛って呼ぶようになったんですね」
  そう言って、ニーナは部屋を出ていった。
(さってと、どうしたもんかなー)
「えっと、名前、なんていうんかな?」
「俺様か?俺様の名前はユズルってんだ」
「ユズルねー、俺は野村 圭介」
「おっけ、ケイちゃんね」
(…)
「オイオイ黙るなよ、こええなぁ」
「いや、うん。まぁいいや」
  そんな呼び方するのは婆ちゃんぐらいなもんだぜ?
「で?ケイちゃんは俺をどうするつもりだい?」
「どうされたい?」
  質問に質問で返すのはマナー違反かな。
「逃がして欲しいかな」
「却下」
「じゃあ、どうするんだよ」
「そうだなー、殺されそうになったから殺してもいいんだろうなー」
  ユズルの表情が笑ったまま固まった。
「へ、へー、人殺ししたことなさそうな顔で物騒なこと言うんだな」
「んー、まぁね。確かに殺したことはないけど、それはいままでの話。5分後には人殺しかもしれないよ」
「ハ、ハハハ…」
  乾いた笑い声が聞こえる。
「いや、まぁ冗談なんだけどね」
  乾いた笑い声が途切れる。
「これから朝食だし、美味い飯が不味くなるのは嫌だからな」
「じゃあ、逃がしてくれんのか?」
「いや、それはない」
「なんだよ、それ」
「まぁ考えとくよ。それよりユズルも行くぞ」
「どこだよ?いくって」
  床を指差す。
「朝飯」






  ユズルの拘束を解き一緒に食事を摂る。
「まぁ粗方ニーナに話は聞いたよ。俺を襲ったのは人違いなんだって?」
「まぁな、俺が狙ってた賞金首は『テイラー』って名前のやつなんだ」
「そいつが俺に似てるとか?」
「いや、顔は似てない。背もやつの方が高い」
「…」
「間違えたのは情報で黒いコートを着込んでいるってのがあってな。それで間違えちまったんだよ。スマン。まさか、あんな森の中で黒いコート着てるやつがテイラー以外にいるとは思わなかったんだよ」
  飯を食いながら謝罪するとは…。まぁいいや。
「本当なら痺れたところを拘束して解呪するとこなんだけどな。まさか逃げられるとは思わなかったよ。それにどうやってあの呪術から逃れたんだ?」
  俺は傍らで不器用に箸を扱いながらご飯を食べるカンナを見る。
「こいつのおかげだな」
  ポンポンとカンナの頭に手を乗せる。カンナの髪は絹のように滑らかな手触りだった。お風呂のおかげか?
「このお嬢ちゃんにそんな力があんのかよ?」
「まぁ信じる信じないはユズル次第だがな」
  俺とカンナを見比べてカンナに声をかける。
「お嬢ちゃん?お名前、なんていうのかな?」
「カンナ?カンナはカンナだよ」
「そっか、カンナちゃんって言うんだ。かわいい名前だね」
「カンナはケイスケにカンナって名前付けて貰った。カンナはカンナを気に入ってる」
  ニーナがカンナの口元を拭う。
「そういや、例の賞金首だっけ?その『テイラー』ってやつは何をしでかしたんだ?」
  あるいみ俺の本題だ。
「あー、やつか。飯時に話すような内容じゃない。話すなら食後だ」
(つまり、食欲がなくなるようなひどいやつってことか)






  食事も終え、ユズルを俺の部屋に招く。
「さてと、そろそろ本題に入ろうか」
「あいよ。ケイちゃんは魔術師なんだよな?」
「一応はな」
  正規の魔術師ではないだろうが。
「そうだな…。奴本人よりのことを話すよりやつが研究している内容の説明からするぜ」
「分かった」
  腰を据えて話を聞く姿勢を取る。
「ケイちゃんは魔具は知ってるよな?」
「ああ、知ってるぜ」
「魔具ってのは自然物質を操るものが多いんだ。水や風、火や土とかな。他には知識の流転。本、バイブルってのもある。書かれた内容の魔術が使うことができる。術者本人が理解しなくてもな」
(前者は俺が持ってる水のバングルや土のペンダント、炎杖のことか)
「だけどテイラーがやってんのは生者の魔具化」
「生者…の…」
「人間ってのは呼吸、食事、それらをするだけでも魔素を蓄えることができる。つまり、馬鹿みたいな数の人間を魔素貯蔵タンクにしようってわけさ。テイラーがやってる一つ目の研究だ」
「一つ目…」
「ああ、一つ目だ。二つ目なんだが、こっちもカナリやばい。さっきの話なんだが魔具には知識を流転するものもあるって言ったよな?それを応用して魔術師を魔具にしてしまおうなんて研究をしてんだよ」
「どういうことだよ…魔術師を魔具にするって」
「死んだ人間を魔具にするってのはよくあることだったんだよ。例えば、優秀な魔術師の頭蓋を魔具にすれば全てとは言わないがその人物の大抵の知識を手に入れたことにるんだよ」
「それは死んだ人間の話だろ?」
「そうなんだけどな…。もし、生きた魔術師が魔具として使役されたとしたらどうする?」

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