神が遊んだ不完全な世界

田所舎人

主人公(仮)とお風呂

「圭介、お風呂に入りたいです」
  凛のそんな一言が引き金だった。
  いや、別にいいんだよ?俺も濡れタオルで体を拭く毎日に辟易していたところだ。風呂に脱衣場に薪にと全部作るのに10分とかからない。ちょっと調子にのって大浴場風にしたり、森林浴という駄洒落のためだけに近隣の森まで行って作った俺を誰が責められよう?


「カンナ様、肩までキチンと浸かるんですよ」
  とか
「カンナもリンみたいに胸、大きくなるかな」
  とか
「カンナ、あなたは私よりも素晴らしい女性になるでしょう」
  とか


  …It's a Chaos.


  ケアと一緒に宿に戻った俺に女子三人組が押し寄せてきた。ことの発端はカンナが皆で風呂に入りたいと言い出したからだ。俺はそれを二つ返事で了承して早速行動に移した。その足が向かう先が何故か森。露天風呂×森林浴という数式が浮かんだからだ。炎杖を片手に森の広場を探し出す。後は流れ作業みたいなもの。ついでに風呂上がりの一杯のため野点の真似事までしてみる。


  今は凛、カンナ、ニーナの三人が湯浴みをしている。俺は火の番だ。


「圭介さん!カンナ様が熱がっています!少し火を弱めてください!」
  俺は召し使いじゃねぇんだぞ?
「りょうかーい」
  火を弱めつつ少し冷水を足す。
「圭介、これでは少し温すぎます」
  …。
「…りょうかーい」
  少し火を強める。


(なにやってんだろ?俺…)
  その気になればこんな壁一枚、消し去ることなんて小指を動かすぐらい簡単なことなのに。
(いかんいかん、そんなことをしたら殺される)


「ケイスケ!」
「どうした、カンナ」
「ケイスケも一緒に入ろう!」
((!?))
  壁一枚隔てた向こう側に戦慄が走った。
「あの…カンナ様?ケイスケさんと一緒に入りたいんですか」
「うん!ニーナはいやなの?」


―Nina's eyes―
「うん!ニーナはいやなの?」
  カンナ様にそういわれたら私は…。
「凛さんはどうですか?」
「私はいやです」
  ハッキリと言ってくださる凛さんが頼もしい!しかし、壁一枚隔てた向こう側がどんよりした空気になっています。
「そ、そうですよ。カンナ様、殿方にあまり肌を見せるものじゃありませんよ」
「ダメなの?」
  上目使いのカンナ様!?これは…。
「カ、カンナ様が是非にとおっしゃるなら…」
  カンナ様を挟んで向こう側の凛さんが鋭い眼光でこう語る。
『ニーナ、あなたは喋らないほうがいい』と。しかし、私はニーナ様をお守りしなければならない!
「カンナ様、圭介さんは私たちがお風呂に入ってる間は火の管理はしなくてはいけません。あまり圭介さんを困らせないようにしましょうね」
  どうにか理由らしいものをつけてカンナ様に納得していたたかねば。
「じゃあ、しょうがないね」
  なんとかカンナ様を説得することができました。


―Rin's eyes―


  ニーナがカンナを苦し紛れに説得をしたのはいいんですが、このやり取りを聞いた圭介はどう思っているのでしょう?先程、私が混浴を否定したとき酷く落ち込んでいたようですが…。それに圭介の気配がないのも気になります。
「ニーナは魔術で火を使えないの?」
「使えないということはないです。私は聖典第7章までを修めたので一通りの魔術なら行使できます。…しかし、圭介さんほどの魔素は私にはありません」
「ニーナさんから見ても圭介の持ってる魔素は多いんですか?」
「多いと思います。少なくとも私の父上、司祭長さまよりも多いことは私にはわかります」
  魔術を使えるニーナがそういうならそうなのかもしろないが…
「一月くらい前のことなんですが、圭介は私に『俺の持ってる魔素は一般魔術師程度らしい』と言ってましたよ」
「そんなわけがありません。圭介さんが一般魔術師程度のはずがありません。そんな人がお父さんに勝てるはずがありませんから」
  ニーナは落ち着いた空気を纏いつつも少し表情がかたい。
「ニーナは圭介がニーナのお父さんに重傷を負わせたことを根に持っているんですか?」
「いえ、お父さんのことはいいんです。そのことはキチンと話し合いましたから。お父さんも迷っていたみたいです。それを圭介さんに正してもらって感謝すらしているんですよ」
  そういってニッコリと笑うニーナ。そういえば件の圭介はどこにいるのでしょう?


―Keisuke's eyes―
(やばい!やばいってこれ!)
  

  俺は森を走っている。暗く、月明かりも差し込まない暗い森の中を闇を縫うようにして風景が溶けるほどの速さで駆ける。微かな風切り音と直後の刺突音がすぐ側で聞こえる。


  なんでこうなったかというとだ。火の番にちょいと疲れて椅子に座ってお茶を一杯頂いてるときに一本の矢が俺の足元に突き刺さった。混乱したまま瞬時に方向と距離を確認。距離は分からないが森の闇からこちらの明かりを頼りに射った可能性がある。俺は矢が放たれた方向に走った。凛達が危険だと思ったんだ。
  何枚か木の葉が落ちる。何者かが木々の枝の上を飛び回っていることは間違いない。木々の上ならば呼水も使えない。
「くそ!見失っちまった」
  耳を澄ましても自分の呼吸音と心臓の鼓動が聞こえるだけだった。
<グサッ>
  肩に電流が走ったかと思うと矢が俺の左肩に刺さった。
(なんでだ?風切り音はしなかったぞ)
  熱くなるように痛い。痛いけど幸い、厚いコートの上から刺さったため骨までには達しなかった。矢を抜こうとするが返しがついていて抜けない。
「隠れてないで出てきやがれ!」
  そう叫ぶも闇の中に吸い込まれるだけだった。
「くそ!」
  地に手をつきイメージする。全方位を覆う半径2メートルほどの半球型のドームを築く。中は暗く何も見えないはずだが、薄く発光していた。矢は灰色と茶の混じりあった色。鉱物と木の色。触れて還元する。含有物質は木材とクズ鉄、そして神経毒。
(やばい!)
  そういえば、左腕の腕の挙動が段々鈍くなっている。
(このままじゃ、やられる)
  地面を掘って地下から風呂場に戻るしかない。おそらくやつはドームを見張っているかドームを攻撃しているはずだ。矢であればしばらくは耐えられる。






―kanna's eyes―
「!?」
  リンが怖い顔で立ち上がる。お風呂場の戸をじっと見てる。
「凛さん?どうしたんですか?」
  ニーナがリンに訪ねるけど怖い顔をしたまま手のひらをカンナ達に見せる。たぶん静かにしてなさいってことだから、カンナは声をあげないように口元を手で抑える。だんだんニーナも怖い顔になる。
「カンナ様、私の側を離れないでください」
  口元を押さえたままコクリと頷いてニーナの後ろに隠れる。
<ガラガラガラ>
  お風呂場の戸が開き、青ざめたケイスケが現れた。
「圭介!」 「圭介さん!」
  リンとニーナの脇をすり抜けてケイスケに近寄る。髪や顔、コートには土や泥が付いていて、今にも倒れそうな顔をしている。
「リン!ニーナ!ケイスケを横にして安静にさせて!」
「は、はい!」「わかりました」
  二人はケイスケを担いで、脱衣場の長椅子に横にさせる。
  目は泳いで焦点が合っていないのか、瞳孔が変だ。
「…っ」
  ケイスケが何かを口にする。
「ケイスケ!どうしたの!?ケイスケ!」
「…っく、…ど…く…」
「ど…く…。毒!?」
  ケイスケは毒に犯されてるみたい!


―Keisuke's eyes―


  寒い。自分がないようだ。目の前が暗い。なのに白い。胸が痛い…。だけど痛くない。息が苦しいのに、いくら吸っても満たされない。魚が水中で窒息するように、口をただ開閉することしかできない。
(―――?)
  左肩傷口から暖かいものが触れる。それを最後に俺は意識を手放した。不思議と安心できる温もりだった。


―Rin's eyes―


  倒れた圭介を横にして私は剣を手に取る。きっと圭介は奇襲を受けたに違いない。傷口から察するに得物は弓矢。カンナが言うには鏃に神経毒が塗られており、2、3分も放置すると私も麻痺症状に陥る。
  圭介は不幸なことに神経毒が左肩から侵入し、心臓まで達していた。脈も徐々に弱くなっていた。なんとかカンナの処置のおかげで一命はとりとめた。
  私も毒に気を付けなければ…。
「私が外を見てきます。二人とも絶対に外に出ないように。それから、できるだけそとから見えないところにいてください」
「わかりました。二人は私が守ります」
「頼みます」
  ニーナにあとは任せて外に出る。圭介製の椅子の近くにお茶が入っていた湯飲みが転がっており、そのすぐ側には矢が突き立っていた。
(これは…短弓の矢…ということは敵は意外と近いということか)
  剣を構えたまま圭介の足跡を頼りに同じ道を辿る。
  少し進んだところで再び矢を見つける。しかし…
(これは長弓の矢…。敵は二人いる?)
  先程発見した矢よりも長く太い作りだった。矢は深く突き刺さり、容易には抜けない。かなりの鋭さと速さで射ち出されたに違いない。
  少し先に進むと半球型の土盛りがあり、何本かの矢が突き刺さっている。大小二種類の矢だ。
  周りには何かの気配がする。敵意ほどの切迫したものではなく警戒している程度の重圧。
  その重圧が消えたとき一人の人間が木から飛び降りてきた。
「お嬢ちゃん、ここは危ないぜ」
「危ないとは?」
  背丈は圭介より一回り大きく痩身、顔の下半分を茶色の厚手の長布で覆い切れ長の眼だけが露出しており、背中に長弓と短弓を装着していた。
「俺はランクCのソルバーをやってるユズルっていうんだけどよ、ここらに賞金首が潜伏してるらしくてな、それを俺が狩ってやろうってことさ。だから、嬢ちゃんみたいな女の子がいたら教われる可能性があるって警告しに来たんだよ」
「なるほど。事情は分かりました。それで?獲物は見つかりましたか?」
「それっぽいのは見つけたんだけどよ、逃げられちまったみたいなんだよな。まぁ毒が効いてるだろうから近場で倒れてるんだと思うんだけどな」
「分かりました」


―Yuzuru's eyes―


  一瞬だった。女だからといって油断はしてないつもりだった…。


  空気がガラリと変わり、嬢ちゃんが少し屈んだ瞬間に鋭い一閃が俺様のマフラーを裂いていた。
「なんだってんだよ!」
  嬢ちゃんの目が仇を見るような目になっていた。
「なんか悪いこと言ったんなら謝るから、剣を収めてくれよ!」
  もう一度鋭い一太刀が迫る。
(この小娘が!)
  クナギを構えて一太刀を捌こうとするが―――
<ガギン!>
  一太刀で真っ二つにされる。
(おいおい!クナギは鋼のみで作られた円柱状の矢だぞ!?普通の剣なら刃こぼれの一つもしてあたりまえだろ!)
  クナギを断つほどの刃が迫る。
(とにかくこの嬢ちゃんとは距離をとらなきゃならねぇ!)
  短弓を手に取り嬢ちゃんの足下に射る。ご丁寧に一本一本叩き落とす嬢ちゃん。この至近距離で落とすってどんな動体視力してんだよ。
  裏を返せば叩き落としている間は足止めは可能だ。女の子を傷つける趣味はねぇが、ちょいと痺れてもらうか。
  木々の間をすり抜け、枝に飛び乗り駆け抜ける。嬢ちゃんの足も中々の速さだが、凹凸の激しい森ではこっちのほうが有利だ。


  気配を消すってのは簡単に言うと体から放出される魔素を周りの環境に合わせて誤魔化すことだ。呼吸、心拍、ちょっとした挙動。そういったものを周りの環境に合わせる。まぁ嬢ちゃんには気取られたあたり鋭い魔覚を持ってるんだろうけどな。


  人間には触覚、視覚、嗅覚、聴覚、味覚といった五感ってのがある。そして本来人間には魔覚ってのは存在しない。そんな器官は持ってねぇはずだからな。しかし、ある程度の訓練をすることで共感覚として知覚することができる。例えば魔素のざわめきが聞こえたり、臭いで魔素の濃さが分かったり、魔素自体を視認することもできるらしい。まぁいままでのはレアケース。普通は触覚と魔覚の共感覚が限界だ。今まで挙げたのを普通の人間は第六感・シックスセンスと呼ぶ。つまり、それが魔覚ってわけさ。
(しかし、居場所が知られるってのは俺様の戦闘の前提が壊れるのと同じだからなぁ。これはちっとやりづらいぜ)

「神が遊んだ不完全な世界」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「その他」の人気作品

コメント

コメントを書く