神が遊んだ不完全な世界

田所舎人

主人公(仮)と交渉

  大きな扉を開いて中に入る。さすが大聖堂というべきか、見えない何かに守られている錯覚を覚える程の圧巻だ。聖堂内はガランとしていて人の気配が皆無だ。
「恃もう!」
  俺は大きな声でそういうと奥から司祭の一人が現れた。
「ようこそ。神威の大聖堂へ。本日は礼拝でしょうか?」
  その男は丁寧に話す人物だった。体の至るところに手当を受けた様子があること、そして俺の顔を見てただの礼拝者としか思ってないことから郊外に出ていた人物の一人だろう。
  俺はその男と向き直った。
「いえ、今日は礼拝ではなく司祭長フェライト様にお会いしたいのですが」
  自分で言って白々しいと思う。
「すみません。司祭長は現在、人と会える状況ではありません」
「どうしても会えませんか?」
「今は、お会いできません」
  頑なに撥ね付ける物言い。如何にも何かを隠しているといった様子。なればこちらもカードを切ろう。彼らが一番欲しい情報を、
「巫女様に関しての情報があるのですが」
「!?」
  おっと、急に顔付きが変わった。効果は抜群だ。
「そ、ん。それはどんな?」
  息を詰まらせながら尋ねてくる。少し落ち着け。
「んーと、司祭長に会えないならそれはそれで俺はいいんだ」
  手を振りながら相手の出方を伺う。会えないなら帰るというニュアンスを残す。少しだけ探り合いながら視線を交わす。
「少しお待ちください」
  ここで観念したのか、言い残して行ってしまった。
「圭介。あなたは一体ここでなにをしたんですか?」
  いままで黙ってた凛ちゃんが口を開いた。俺に対する不信感か興味か、はたまた、俺の預かり知らぬところのお話か。
「別になにもしてないよ」
  意味もなく嘘を付く。説明するのも面倒だからな。あまり話したくない。
「ケイスケ、ここで何するの?」
  カンナが目深に被ったフードから覗く赤い瞳でこちらを見つめながら訊いてくる。
「俺の保身とカンナのこれからを決めるんだよ」
「ほしん?これから?」
  少しばかり回りくどい言い方だったかな。
「えーっと、簡単に言うとカンナがココに残るか俺達についてくるかだよ。どうしたいか、カンナは決めておくんだ」
「うん」
  カンナの返事と同時にさっきとは違う人物が中に入ってきた。俺と顔を合わせるだけで顔付きが変わった。俺が誰かを知っているのだ。
「あなた方を中に通すようにとのことです。私についてきてください」
  聖堂内部から塔へと移る。
  お客人を通すためと思われる広間に案内された。上質なソファー。高級そうな絨毯。きらびやかな調度品。そんな一室だ。
「こちらでお待ちください」
  俺達を部屋に残して、その司祭はそそくさと退室した。
  そして身内だけになった。
「塔内部に入れるとは思いませんでした」
  ケアは辺りを見渡しながら感動しているようだ。
「野村さん。この絵が分かりますか?」
  部屋に入ったときから気になっていた絵画をケアは頼まれてもいないのに説明しだす。
「神が力を振るい人々を救った。その末路だと言われています」
  描かれている絵画はどう贔屓目に見てもケアが今言ったような様子には見えない。全体的に暗い雰囲気。活気というものが一切失われた世界。黒と濃い青を色調に、そしてその中で小さく灯る火の灯り。頽廃的な筆遣い。儚い希望と絶望の圧力を感じた。
「ある土地で雨季が訪れずに乾季を迎えたことがありました。想像してみてください。水はなく、草木は枯れ、人も枯れ、生き物が一切いなくなった情景を。きっと目の前にして平気ではいられないでしょう。神も耐えられなかったはずです」
  少し芝居がかった話し方だ。
「つまりあれか?神が雨を降らせたと?」
「そうなんです。その結果がこれです」
  もう一度絵を見る。
「神は万能ではありません。この世界は奇跡の上に成り立っているんです。不思議なことに奇跡的なバランスをとっているこの世界は自らバランスを保とうともするんです。それは神の干渉だとしても同じことです。このときの世界はバランスをとるために45日と3分の2日の間は日が登らなかったということです。今から83年前に起こった"事実"です」
  ケアはそう歴史を紐解いた。この一枚の絵画は歴史の一部を表しているのだ。
「しかしこの絵は贋作ですね」
「マジか?よくできた絵だと思ったんだが」
「真作では火の灯りがこんなに明るくないんですよ。この描き方からして意図的に灯りを強くしたんでしょう」
「こんなに小さいのに強いんだ…」
  近くでまじまじと見るが俺には分からない。
「真作は火が燻ったようなほんの僅かな灯りでしたよ。たぶん作者はこの灯りを希望に見立てたんでしょう。それにこちらの方が真作に比べて受け入れやすいんです。この画家の名前は…」
  ケアはその場にしゃがみこみ額縁の下部を見る。
「このサインは…」
「それはブラッシュの商人から買い取ったものじゃ」
  また違う司祭が現れた。今度の司祭はカナリの痩身の老人だ。その老人はゆっくりと歩をこちらに進める。
「確か、その絵は贋作家として有名なスラグ氏でしたかの」
「ええ。芸術都市ブラッシュで生まれた稀代の贋作家」
「ってか、贋作とか作っていいのかよ?」
「贋作の証として、贋作家自らのサインをすることが義務付けられています。このルールさえ守れば贋作を作ることも認められています」
  そんなもんかね。
「申し遅れました。私はトルクと申します」
  手を胸に当て深く目を瞑り、丁寧に腰を折る。
  うわー、めっちゃ紳士やん。
  礼に対して返すのは礼。こちらも返さねば、
「こちらこそ、申し遅れました。私の名前は野村圭介。この度はお急ぎのところ時間を取らせて申し訳ありません」
  腰を30度に折り、深々と礼を重ねる。推薦入試で培った流れる所作だ。
「いえいえ、私共もあなた方が持つ情報に期待しておるのですよ」
  おっと、ストレートにきなすった。よっぽど余裕がないのかね。
「情報ですか。それは先程申した通り、司祭長にお話するつもりです」
「そうですか」
  落胆の様子を隠そうとしない。
  僅かな沈黙の時が過ぎる。
「分かりました。司祭長の所へ案内しましょう。ただし、野村さんお一人だけです」
  おそらく妥協点がそこなのだろう。
「オーケー、俺だけだな」
  なら、俺もそれでいい。
  俺はトルクのおっさんに追従する形で部屋を出る。
  通路は冷えた空気がながれいた。どこから流れているのかと思ったが、俺が昨日飽けた穴からだった。
  見なかったことにしよう。
<コンコン>
  おっさんが戸をノックする。中から返事が返ってきたので入る。
  ベッドの上で右腕と左足を包帯でグルグル巻きに固定されたフェライト司祭長が寝ていた。
「おいーっす。昨日ぶりだな。元気してたか?」
  気軽に話しかける。
「やっぱり、お前だったか…」
  おっさんが顔だけをこちらに向けて話しかける。
「おうよ。昨日はあんま話せんかったからな」
  近くにあった高級そうな椅子に腰を下ろす。
「巫女様は無事なのか?」
「ああ、元気だぜ」
  それが一番の気がかりだったのか。安心したように大きな息を吐く。
「それで話しとはなんだ?」
「いや、うん。まぁ何て言えばいいのかな」
  言いたいことはあるんだが伝え方に悩む。
「簡単に言えば、これ以上俺達を追わないで欲しい」
  つまるところ、そういうことだ。
「…そうすれば、巫女様を返してもらえるのか?」
「そうだな、巫女がそれを望むなら返してもいい」
「どうやって巫女様が望んでいることがわかるんだ?」
「簡単だろ?本人に聞けばいいんだよ」
「聞くって、どうやってだ?」
「ん?言葉通りの意味だが」
  あれー?俺、なんか変なこと言ったか?
「もしや、、巫女様は口を聞くことができるようになったのか!?」
「ん、そうだけど?それはあれかい?元々アイツは喋れなかったんか?」
「巫女様は自らの意思で話すことは今まで一度もなかったのだ!最古の文献によってもこの200年の間、一度も自我というものが無かったのだ!」
「マジか!?200年もか!?アイツ、長生きなんだな…」
「巫女様は一切歳をとることはありません。私がこのように司祭長を務める前ら、それこそ初めて巫女様にお会いできた30年前から何一つ変わっていません」
  カンナはそんな昔からこうやって皆から敬われていたんか…。
「だったらさ、巫女様。まぁ俺はカンナって呼んでるんだけどさ。折角自我ってもんを持ったんだ。選ばせてみないか?アイツに」
  俺は司祭長から目線を外して、俺が入ってきた扉に向ける。
「なぁ?カンナ」
  扉が開く。最初に目に入ったのは薄ら笑みを浮かべた茶髪の男。次に見えたのは白い髪を隠さずに現れた姫。最後に見えたのは金の髪を束ねた美騎士。
「巫女様!!巫女様なのですか!?」
  思わず自らの容態を忘れて体を起こそうとするが、痛みのあまりに呻く。
  カンナは苦しむフェライトにゆっくりと近寄る。
「巫女様!私達の元へお戻りください!我々には巫女様が必要なのです!あなたは私達の標なのです!」
  フェライトは人目を気にせずに、神にすがるかのようにカンナへ懇願する。
  感極まってか、カンナの袖を掴み涙ながらに言葉を紡ぐ。
「私達にとっては巫女様はいなくてはならないのです!我々の元へお戻りください!私達を見捨てないでください!私達を導いてください!」
  感情を剥き出しにして、訴えかける。そこには打算も計算もない。
  俺にはフェライトが親から見捨てられそうな子供にダブって見えた。
  カンナはというと、俺に背を向け、フェライトと向き合っており、表情が読み取れない。しかし、その小さな背中は小さく震えながらも、しっかりとそこにあった。
「フェライト」
  とても優しげで慈愛に満ちた声。それがカンナの声だと理解できたのは、フェライトのおっさんがカンナを見ながら急に泣き出したからだ。
  カンナの肩が少しだけ揺れた。それを俺は凝視した。
  カンナから溢れるように出てくる白く淡い光。それがゆっくりとフェライトのおっさんへと流れる。
  更に凝視しようとすると、少しだけ頭に痛みが走る。
<キリッ…チキチキ…>
  電気を流されたような鋭い痛みと締め付けられるような慢性的な頭痛が襲ってくる。
  右手で右目を覆うようにして、頭痛を我慢する。
  それでも俺はカンナが行っていることを最後まで見守る。
  カンナから流れた魔素はおっさんの魔素と混ざり合いながら激しく形態を変えていく。
<キリキリキリ>
「ん!?」
  我慢できなくなる程の痛みが襲ってきた。
  息は荒くなり、心臓は高鳴り続け、脈動するたびに痛みの波が襲ってくる。
  これ以上は無理だな。俺はそう判断した。
  カンナも右手を下ろした。
「カンナは神様から好きなようにしていいって言われたの。だから、カンナは自分でしたいことをするの。カンナは神様から色んな話を聞いてきたけど、見たことは一度もないから色々と見て回りたいの」
  カンナはそう告白した。世界を見て回りたいとカンナは答えた。それはつまり、カンナは俺達と。
「それが、神のご意志なのですか…」
  か細く、呟くように独白した。
  幾ばくの時が無音と共に流れる。
「野村圭介さん」
  おっさんが顔を上げて、俺の名前を呼ぶ。
「ん、なんじゃらほい」
  痛みの残滓も気取られぬようおどけて見せる。
「いつまでこちらに滞在なるつもりですか?」
  おっさんはそう質問を投げ掛けてきた。
「そうだなー。明日には発つつもり…だな、うん。いくつか行きたい場所があるからな」
「でしたら、明日、もう一度こちらに来ていただけませんか?お願いがあります」
  お願い?巫女様な残ってもらうよう説得して欲しいとかかな?
「内容にもよるが、、、んー。。まぁいいか、明日の朝か昼頃にでもお邪魔させてもらうわ」
  それで納得したのか、おっさんは身を引いてくれた。
「ケイスケ。これでいいの?」
  カンナが俺の側に近づいてくる。
「おう。自分で選んで自分で決めたんだ。それは立派なことだぞ」
  カンナの頭をわしゃわしゃと撫でてやる。細く白い髪が指に絡まり、抵抗なく元に戻る。
  カンナは少しだけ照れながら笑った。

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