神が遊んだ不完全な世界

田所舎人

主人公(仮)と神威の塔

 宿屋に戻ると既に受付を済ませた凛ちゃんは部屋に行ったようだ。俺も受付から鍵を受けとり部屋に向かう。
  やはり酒場の宿は質素だった。それもその筈で、酔っぱらいが酔い潰れたときに運ばれるのがココだからだ。オレの隣の部屋からは酔っぱらいの呻き声が聞こえてくる。ベッドがひとつと脇に置いてあるランプと水差し。俺は鞄をベッドに投げ置き、窓を開き屋根へと昇る。それなりの高さから見る景色はそこそこに綺麗であり、これから始まるパーティーはやはり高いところから見るに限る。といっても、一番高い場所は首が痛くなるような高さの神威の塔。次に高い場所は…。


  舞台を見下ろす絶好の場所は市壁だった。それも櫓のような場所を確保。見張りがいたが、土と水で足元を満たしたら見事に転んだ。折角の舞台だから同席してもらう。見張りの衣類を脱がしてナイフで裂き、細くしてロープを作り縛る。
「こんばんは。見張りさん。今日は良い月が昇っていますね」
  いいつつ、曇天の空を指差す。月なんぞどこにも見えない。
「ところで、今日はどうして見張りさんはいるんですか?何故か街路には松明を持った神官さんがいるんですが?」
「んー!」
  口に布の塊を含んだまま何かを訴えているようだ。果て?何を言っているんだろうか?ああ、
「自己紹介がまだでしたね。私は野村圭介。どこにでもいるようなイッパンピーポーです」
  深々と見張りの神官に頭を垂れる。神官さんの目付きが変わった。非難の眼から恐れの眼へと。
「もしかして、指名手配の私を討とうとしたおっさん…じゃなかった。オーステナイトさんが戻ってきてこう言ったんじゃないですか?『野村圭介が郊外で夜営をしている』とでも」
「!?」
  またまた目付きが変わった。
「ああ、別にオーステナイトさんが裏切った訳じゃないですよ。私が誠意を見せてオーステナイトさんと付き合ってきたから、彼は僕のことをお人好しか馬鹿とでも思ったのでしょう。彼の目は見下すように私を見ていましたからね」
「…」
  沈黙の幕が降りる。しかし、幕は再び開く。凄まじい音と光によって。


「まぁ、大人数で兵糧も持たずに市外に出ている人達が行軍してるんだから分かるよねー。おっさんがもし俺に敵意や害意がなくて、何も言わなかったらこれだけの人は出てこないでしょうからね。ところで、今日の昼はあんなにも快晴だったのにどうして今は曇っていると思いますか?」
「?」
  見張りさんは俺の真意が解らないようで、曇天の空を見上げる。
「地盤沈下って知ってますか?定義としてはよく知りませんが、簡単に言うと地下水の極度の揚水によって地下水が枯渇し本来地下水脈があった場所に空間ができ、結果、地面が沈みます」
「…!?」
  そのとき、見張りさんは曇天の空を大きく瞳を開いて見上げた。
「よくお気付きです。そんなあなたにはこの蛙の骨を進呈しましょう」
  俺は小骨を見張りさんの膝の上に放る。
「結構大変でしたよ。地層を操るのは。それに水を全て気化させるのも一苦労でした。ああ、一応注釈すると、あの黒雲は私の意思で降らせることができます」
  口元に手を当てて「まぁ」なんて一人芝居。
「笑えよ」
  軽く頭を叩く。
「まぁ、というわけで狂乱の宴を開催します」
  俺は手を付き意識を深く地に向け自分の腕から市壁を伝い地面を通り地表を支える柱に命じる。


「朽ちろ」


  凄まじい地鳴りと共に悲鳴が聞こえる。


「続いて命ずる。雹落」


  維持する魔素を切る。


「見張り君は雹って知ってるかな?こんな寒い時期には雪が降ったりするんだけど、ある一定を越えると氷の玉が落ちてくるんだよね」
  少し遠方のほうへ白くキラキラしたものが落ちていく。
「なんか、無理矢理大気中に維持しちゃったみたいだから、握り拳ほどあるね」
  雹が降ってきたことに気付きだした行軍していた神官達は魔術を行使して防ごうとする。
  あるものは炎を放ち、あるものは雷撃を放つ。結果としては熱湯を頭から被ったり、砕けた氷の刃が辺りを襲ったりしていた。
  あるものは直撃を避けようと落下地点を風によって反らす。結果として、誰かに当たりそうになる。そしてその風の術者は他の誰かに殺される。あるものは土の壁をはり、雹を防ごうとする。しかし、ゴルフボールの大きさで車が大破するんだ。それに多少なりとも水を吸ったはずの土は脆い。結果として自らを土葬することになる。なんとか逃げようとするものは地面が大きく窪んでいるため脱出ができず、運悪く転がってきた氷の玉に当たることもあり、なかなか逃げられない。
「今日の教訓。自然は恐いです。以上!」
  見張り君も何か言いたそうだが放置。
  今日の夜はまだまだ長い。神威の塔、攻略開始!
  手っ取り早く攻略するにはトップを潰すか巫女を捕らえるかだ。幸い、市外は大混乱。塔の攻略も楽そうだ。






  見渡す限りの満点の星空。すっかり黒雲も失せてしまった。地上を見渡せば、篝火がいたるとこに見える。


  高さは200メートルから300メートル。どうやってこの高さの建築物を建てたのかは分からないが、魔術によるものなのかもしれない。


  塔への入り口は一ヶ所。仮に塔に侵入するために壁に穴を空けた場合、塔の均衡が崩れ、倒壊する恐れがあるかもしれない。だからといって馬鹿正直に正面から行くのは愚の骨頂。壁も駄目、正面も駄目なら。






「うおー!こえー!やべーってこれ!死ぬー!…やばい、気持ち悪くなってきた…」
  目指すは頂上!天井から華麗に忍んでやるぜ!
「これ無理だって、羽生棋士に二枚落ちで挑むぐらい無理だって!」
  忘れていたが俺は高所が苦手だ。命綱がない高所はやっぱり恐い。コートを羽織り、十夜を体に縛り付け、触媒の小瓶を数個持ち、魔具を身に付ける。炎の魔具は杖のように体と距離を置く形で装飾しないとまともに使えないので置いてきた。塔の登り方としては実にシンプル。塔に蔦を生やしジャックと豆の木よろしく登っていく。しかしながら、高所である。風を遮るものはなく、体が風に持っていかれそうになる。それでも気合いと根性と若干の自棄で登りきる。天井も石造りだった。てっきり、大聖堂のようにステンドグラスでもあると思ったが期待はずれだ。俺は地に手を付き分解、或いは還元をする。穴から除いた室内には見知らぬ男がいた。そいつはこちらを見上げる形で凝視してきた。白い生地に金色の刺繍が施されたそれはこの男が相当の地位であることが見てとれる。


  俺は穴から降りると同時に飛来してくる無数の礫を十夜で弾く。放ったのはあの男。やはり、片手に杖を構えている。


  ジャリ。


  足下に転がる礫の破片を見る。それは氷の欠片だ。アイツは氷を放ってきたのだ。


  正眼で相手を見据える。


「随分と変わったお客人ですね。天井から侵入するとは思いませんでした」


  言いつつ無数の氷の礫、いや、先端を鋭く尖らせた氷の刃を俺に放ってきた。


  数にして二十余り。速さとしては目で捉えることは可能。避けることも、、可能。全部を避けることは…五分五分か。


  司祭殿は第二波を放つ準備をしている。


  だったら!


  俺はサクラから抜刀、ヨザクラを放つ。サクラの速度から放つ斬撃。これで仕留める!


  襲ってくる氷刃を叩き落としながら、やつに迫る!


  やつの一挙手一投足に目をやる。やつが杖から地面に向かって魔素を流しているのがみてとれる。


  ヨザクラは危険だ。あの間合いはやつの間合いだ。


  ゆっくりと地面にやつの魔素が染み込んで徐々に広がっていく。


  懐から小瓶を3つ取り出す。


  まずは直接投擲!


<ヒュン!>


  やつの顔面めがけて投げつける。


  しかしながら、小瓶は厚い氷の壁によって阻まれる。


  その壁の向こうから薄ら笑いをしているおっさんがイラつく。


  しかしながら困った。植物の種と森の滴を混ぜたにも関わらず発芽しない。これはやつのテリトリーの温度が発芽を許さないことと地面が氷で根を下ろせないことに起因するのだろう。
  試しに水球をぶつけてみる。


  再び氷の壁によって遮られる。その水も数秒で凍りつく。


  氷点下10℃といったところか…。




  思案している間もやつのテリトリーが増えていく。とりあえず、やつの手の内は分かった。地面に自分の魔素を垂れ流して敵の攻撃に合わせて氷の壁を作り、遠くから氷の刃を投擲する。完全な防御型の戦闘スタイル。


  だったら!


 俺は全力で


  床を殴る!






  瞬間、かなりの魔素が流れ込んできた。やつがいままで流し込んできた魔素がだ。


  魔素と一緒にやつの思念の一部が流れてきた。


  囲え


  凍れ


  恐れろ


  死ね


  寄るな


  近づくな


  やつが何を思いながら術を行使していたかが流れ込んでくる。床が崩れ落下する刹那の間の出来事だった。
 やつも多少は腕に覚えがあるのか無様に地面に這いつくばるようなことはなかった。だが、やつの防御壁は完全にぶっこわした!


 無理矢理な跳躍でやつを討つ!


  おっさんも迎撃するために杖を構える。


  ナイフを投擲しながら接近する俺。


  ナイフを杖で弾くおっさん。


  弾いた隙を狙って打撃を繰り出す俺。


  その打撃を受けて吹っ飛ぶおっさん。


  しかし、手応えは人を殴ったというより硬い壁を殴った不思議な感じだった。おそらく、盾代わりに氷を張ったのだろう。立ち上がる前に組み伏したいところだが、さすがにまだまだ終わらなかった。立ち上がるおっさん。吹っ飛んだ表紙に口を切ったのか血が流れ出している。


<グチャ!>


 不意に倒れる。


「ッ!?」


 左ふくらはぎに激痛が走る。何故かつららのような氷の槍が足を貫いていた。
「これでお前はもう動けまい」
 その時気づいた。俺が破壊した床は大部分は俺の中に還元された。しかしながら、全てというわけではない。そこら中におっさんの魔素が浸透した床の破片が転がっている。そんな破片の一つから氷の槍は伸びていた。対峙していたおっさんがこちらにゆっくりと近づいてくる。俺は激痛のせいで思考がまともにできなくなっていた。頭の中は混乱し、足が痛いということだけが俺の頭の中を侵食していく。敵はなおも近づいてくる。
「これで終わりだな」
 おっさんは氷の杖で氷の刃を生成して俺の頭へと振り下ろす。






 時が止まる。


 時間は流れる。降りおろされている筈の刃はまるで止まっているようだ。


 止まっているのではなく、止まっていると錯覚するほど時の流れが遅くなっている。錯覚を錯覚と気づくのに時間がかかった。


 そのとき気づいた。


 これが―――ー


 理解をする。これがこの世界で大切なことだ。理解できないものは死ぬ。これが師範から教えてもらった…。


 混乱した思考は落ち着きを取り戻す。ゆっくりと流れるこの時間で自分を客観的に見ることができた。故に冷静さを取り戻す。足は大丈夫だ。肉を貫かれたが、骨は大丈夫。動脈を貫かれたが、止血する手立てはある。大丈夫だ。問題ない。


 迫り来る氷刃を注視するがこれも大丈夫。俺は死なない!


 十夜を強く握り締めて。奴の刃を受け止める。それと同時に時間の流れは戻る。


「くそ、まだあきらめないというのか!」


  そんな文句を言われても関係ない。そろそろ決着をつける。


  十夜に魔素を流す。それだけでアレは発芽する。


  おっさんのすぐ脇にソレはあった。俺が投げた森の雫の小瓶は床を破壊したときに数ヶ所に散らばっていたんだ。


  双葉から若葉となり茎が延び、足を絡めとるように成長をする。杖を振り回して逃れようとするが、生命力の強いものを選んでたっぷりと森の雫を吸わせた一級品だ。切った切り口から更に育ち、切り取られた茎も根を下ろして更に育つ。
  僅か20秒ほどでおっさんは植物に絡め取られた。


  俺がその気になればこのまま絞め殺すこともできる。だが殺さない。それは俺の本意ではない。魔素を傷口に集中して回復力を高める。それでも気休め程度だが表面さえ誤魔化せればなんとでもなる。
「おっす、おっさん元気しとおや」
  気兼ねなく挨拶する。憎々しげな顔に深い皺が刻まれる。
「離せ!!この悪魔め!!」
 かなりご立腹のようだ。目は血走り、涎を口からこぼし、大の大人がみっともない。
「あなた方にとっては私は悪魔かもしれませんね。では、あなたにとっての悪魔の定義とはなんですか?」
「悪魔はお前のことだ!んぐっ!?」
「あまり聞き苦しい言葉は使わないように」
  軽く首を圧迫する。それだけで口喧しく囀る口は呻き声だけを発する。
「悪魔の子供め!!お前の母親は○○○○○、ンギィ!?」
「言葉に気を付けろよ。次に俺の琴線に触れたら、簡単に殺すぞ」
  つい力が入り上腕骨と左大腿骨を砕いた。
「ハァハァハァ…」
「もう一度言うが、言葉には気を付けろよ」
 軽くもう一度、首を圧迫する。
 俺は一度落ち着くために深呼吸をしながら、冷静に努める。
「では、もう一度質問をします。あなたにとっての悪魔とはなんですか?」
 苦痛に顔を歪めながら、言葉を漏らす。
「悪魔は私たちの教えでは神に仇名すもの、、、です。」
「なるほど、あなたたちにとっての悪魔とはそれですか。ではもう一つ質問です。私が何故、神に仇名すと思ったのですか?」
「それは、あなたが悪魔だから・・・」
「それは答えになってません。神に仇名すならば悪魔である定義ならば、私は神に対して仇名していない以上、悪魔ではありません」
「だが、神はあなたのことを巫女様にお伝えしたから・・・」
 なるほど、神託を下すのは巫女の仕事。それを解釈するのが司祭の仕事ってわけかよ。
「ああ、巫女様・・・ですか。・・・そうですね、巫女様に会ってみましょうか」
「・・・無駄です。巫女様とは誰とも対話することができません」
「そうなんですか?まぁ私は気にしませんよ。一度お顔を拝見したいと思っていましたから。神子様はどちらにいらっしゃいますか?」
 俺は、巫女がいるというこの塔の最奥部。つまり地下の聖堂にいるとかなんとか。
 さてと、どんな子なのかね~。可愛い子なら連れて帰りたいな。

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