神が遊んだ不完全な世界
主人公(仮)の旅立ち
  追っ手がここまで来た以上、もうココには長居できない。つまり、二度目の旅の始まりだ。とりあえず、このおっさんにはタユタユまでの案内をしてもらおう。師範には…、まぁなんとかなるだろう。皆ともお別れをしないとな。
  今思うと、あっという間の一ヶ月だった。
  ジョーカーの後継ぎ問題。雪鷹の婚約騒動。
  今も思い出すと笑いが込み上げてくる。しかし、そんな彼らともお別れだ。
  彼等と再び会うときは指名手配されていない自分だろう。
「おっしゃ、気合い入れっか」
「師範、俺、そろそろココを発とうと思っています」
  師範に胸の内を打ち明けた。
「お?もうそんな時期か」
  軽く答える師範。
「追っ手がやってきたので、そろそろ神威の塔を攻略する時期かと思います」
  そうさそうかとカラカラと笑う。
「だったら、一つ新しい技を教えてやろう」
「新しい技ですか?」
「ああ、といっても剣術じゃない。体術でもないな。強いて言うなら秘術だろうな」
「秘術ですか?そんな簡単に教えていいんですか?」
「別にいいんだよ。誰にでも使えるってわけじゃないし、それに技ってのは使わないと錆びれちまう」
「そうなんですか。それで、その秘術ってなんなんですか?」
「先人たちは『霊樹の眼』と名付けた。カナリ危ない技だから無理には使わなくていいぞ」
「そうなんですか?」
「ああ。あとコレは人に教えるのが非常に難しい。だから、しっかりと聞いていろ」
  師範は真剣な表情で俺を見据えた。
「この技は体は一切動かさない。言うなれば、精神の技だな。前に頭ってのは魔素の塊って話をしたよな?その魔素を一時的に弄って、ある一分野において特出させるんだ。野村は体感時間って聞いたことあるか?」
「あります」
「そうか、なら話は早い。ようは体感時間を自分の思う通りに操るんだ。お前はおかしなやつだが、おもしろいやつだ。もしかしたら使えるかもしれん」
「はぁ…」
「しかし、技を教えると言っても、修行があるわけじゃない。この技は偶然発見されたもので、会得する確実な方法はない」
「そうなんですか…」
「分かっていることは極度の緊張下でカナリの集中力が試されるってことだ。もし命の危機が迫ったときに世界が止まるような錯覚を覚えたら決して忘れるな。その次の瞬間には命を落とすと思え」
「怖いことをいいますね…」
「事実だよ。私がそうだった。そうだな、私の経験を語ろうか」
  師範は一度眼を瞑り、深く息を吸った。
「あの時の私は、武者修行のため国々を渡っていたんだ。その時、ある国で戦があってな。路銀がこころもとなかったから、傭兵として志願したんだ。その戦は長期戦に持ち込まれ、私は相手軍の撹乱のため、単騎で乗り込んだ。何故だか分かるか?」
「相手に緊張をさせて休む時間を与えないため…ですか?」
「そうだ。休憩している兵士達に奇襲を仕掛けた。私が女のせいか相手は油断していてな。簡単な仕事だったよ。殲滅が私の目的ではないから奇襲を仕掛けたら後は逃げるだけだ。しかし、私はある一人から追い付かれた」
「師範がですか?」
「ああ。私だって自分が最強とは言わないが、それなりの実力があるつもりだった。だがな、アイツは追い付いてきたんだ。片手に杖を構えて追ってきたんだ。私は直感的に理解した。こいつは杖術を手練れだってな」
「師範よりもですか?」
「馬鹿か?もしそうなら私はココにいないな。しかし、実力的には拮抗していたな。ああ、杖術について少し触れておくか。杖術の特長は魔具としての杖を操る。端的に言ってしまうと守りと相手の隙を作り、端々から魔術で攻撃するスタイルだ。しかしながら相手は好戦的なようでな、守りの杖を攻めの杖とした。腕も良かった。だから私は一瞬の隙を突かれた」
  再び深く息を吸う。
「それでどうなったんですか?」
  俺は沈黙に耐えきれなかった。
「眼前には赤く光る魔石があった。煌めく炎。熱を帯びた大気。その向こうから向けられる殺意の視線。夜の静寂。世界が止まった気がした。その瞬間、理解した。これが霊樹の眼だと。おそらく、私があそこで理解しなければ死んでいただろう」
「………」
「そんなところだ。私の経験は」
  再びの沈黙。道場には俺と師範の二人だけ。沈黙は互いの気配、意思が複雑に混ざり合い、異様な空気を孕んでいた。
「だかな、お前に死線をくぐれとは言わないさ。それでも知らないよりはマシだろ?」
「はい」
「これでお前に教えることは最後だ。まだ、若草流の全てを教えた訳じゃない。もし、自分の剣術に納得がいかなかったらもう一度こい」
「オッス!!」
「今日はもう寝ろ。明日の旅立ちに疲れは残すなよ」
「はい!」
  俺は部屋に戻り、例のおっさんに話しかけた。
「というわけで、俺をタユタユまで案内しろ」
「は?」
「いやさ、俺ってばタユタユがどこにあるか知らんのよ。やけ、案内してくれん?」
「行くって、タユタユにか?
「そそ。最初から神威の塔には興味があってねー。巫女さんとも会ってみたいんだよね~。それでさ、巫女さんってやっぱ袴とか着てんの?あの紅白が眩しいよね~。分かる?分かんない?まぁいいや、そっちがどう思ってるかとが俺にとってはどうでもいいよな。そんなことより案内してくれるかどうかの方が俺にとっては大事なんだよね~?」
  少々饒舌になる俺。嗜虐趣味があることを自覚する俺だが、やはりからかうのは楽しい。
「案内か?それだったら引き受けるぞ。そのかわり私を解放してくれんか?」
「ん?ああ、それは俺の気分次第だからなー。基本的に殺しはしないから安心してええよ~」
  殺しのワードでびくつくおっさん。
「そんなことでびくつくなよ、おっさん。金玉でも抜かれて去勢されたのか?そんなことじゃ偉くなれんぜよ?」
「…」
「んじゃま、明日の朝から昼のどっかで出るぞ。そういや、おっさんの名前ってなんなん?」
「オーステナイトだ…」
「どっかで聞いたことがあるような名前だなー。まぁいいや、じゃあ、略しておっさんでいいな」
  結局、呼称は変わらなかった。まぁこれもまた、俺個人が楽しいからそれでいい。
「じゃあ、オーステナイトのおっさんはここまでどうやって来たんだ?」
「タユタユからノギスを経由して馬車で来た」
「あー、馬車か。御者とかいんの?」
「いや、私一人だ」
「じゃあ、あんた一人で馬車を操ったわけか。ふーん。んじゃま、タユタユまでの道案内をしてくれや。向こうに着いたら拘束を解いてやるから、まぁ頑張れや」
  唖然としてるおっさん。無茶苦茶変な顔である。
「それじゃ、そろそろ寝るからさ、おっさんもさっさと寝ろや」
  手足を縛って一部を木造の柱と一体にしているため、おっさんは横になれないし寝返りも打てないが知ったことではない。
  アサデス。
  携帯のアラーム機能は長い間経っても正常に動き続けていた。
  時刻は午前6時。まだまだ外は薄暗い。
「おっさん。起きてっか?」
「ああ、さっきの奇妙な音に起こされたわ」
  少々態度が軟化したようだ。俺に敵意がないと思ったのか、一晩かけて自分を取り戻したのか。まぁどっちでもいいが。
「そういや、おっさんの馬車はどこにあんの?」
…
  唐突だが気になった。これから乗るんだから、今まで気にしなかった方がおかしいが。
「ああ、それなら宿屋に停めとるよ。結局、宿屋には一泊もしておらんがの」
「気にすんなよ、おっさん。Don't mindの精神が足りないぜ」
  おっさんを引き摺るようにして、部屋を出る。空気はひんやりとしており、鼻腔を通る冷たい空気がどことなく懐かしい気持ちを抱かせる。
  とにかく旅立つにあたって、色々な人に挨拶回りをしなくてはいけない。
  ジョーカーの親父さんや雪鷹の兄さん。万屋のおいちゃんに橙馬のおばさん。色々な人に世話になった一ヶ月だったな。最後の最後に珍客が訪れたが、これもまた一興だろう。
  結局、ジョーカーと雪鷹は昨日は実家に泊まったらしい。どうせ後で挨拶回りに行くんだから、その時に別れを告げればいいか。
  俺は気を取り直して宿屋へ向かう。
  おっさんの馬車を取りに行くためだ。
  おっさんには俺様特製シードボムを飲ませた。
  シードボムが何かと簡単に言うと定期的に魔素を流さないと体内で発芽し、対象者を奇形な緑のオブジェに変えるといったもの。
  店を回り、ある程度の物を宿屋へ運ぶように頼み、お世話になったご近所さんに挨拶回りをする。雪村家と切札家を訪れたときは各々と例の騒動を肴に話が盛り上がった。
  日も昇りきり、差す日差しが活気ある空気にする午後になり、宿屋へ向かう。
  頼んでおいた荷物も馬車に積み込み、今からでもすぐに出発できる用意が出来ていた。
「うぃーす、おっさん。そろそろ行こうかと思ってるんだが、どやろか?」
「ああ、すぐにでも出せるぞ。もう行くのか?」
  渋味のある声で返答が帰ってきた。
「ああ、まずは道場に向かってくれ」
  馬車に乗り込み、おっさんに指示をする。
  進み始めた馬車。残念なことに現代自動車とは異なり、路面の荒さがケツに直接響く。
  幌に覆われた馬車の内部は数日分の食料、毛布、ランプ等があった。性急だがほぼ理想通りの旅支度だ。鍋もある。
  道場前におっさんを待たせて俺は敷地内に足を踏み入れる。
  道場は施錠されており、中に入るため裏戸から橙馬直伝の裏技で侵入する。
  道場内は誰一人おらず、ひんやりとした冷たい空気が漂っていた。
その場で寝転がるとやはりひんやりとした冷たい床だった。
誰もいないこの空間。音がしないこの空間。一人で取り残された錯覚を覚える。
そのとき、施錠されていたはずの扉からガチャリという音が聞こえた。
俺は咄嗟に身構えるが、よくよく考えたらここに入ってくるのは彼女だろう。
扉が開く。
金の髪を靡かせながら、姫騎士さんがいらっしゃった。
「いらっしゃい。今日も鍛錬かい?」
凛ちゃんは俺のことを一瞥する。
「そういえば、凛ちゃんとも今日でお別れだな」
そう言うと凛ちゃんは俺の顔をまじまじと見た。
「あなたは師匠から何か聞かされていませんか?」
はて、なんのことやら?
「聞かされたといえば、秘術の話ぐらいですね」
すると、凛ちゃんは口惜しげな顔をしながら何かぶつぶつと言った後、俺に向き直った。
話を要約するとこうだ。
凛ちゃんには兄がいて、名前を「氷川 静」。武者修行のため道場から旅立ち数年。帰ってこない兄を探し出すのが凛ちゃんにとっての武者修行になるらしい。というのも兄は方向音痴だそうだ。
「なるほど。だから、俺と一緒に来ると?師匠は何か言ってたか?」
「師匠が私にあなたについていきなさいと言ったのよ」
ふむふむ。
という感じで新たに旅の供として正式に「氷川 凛」が仲間に加わった。しかしながら、今までのパーティに俺一人というのはボッチすぎやしないかい?これでこそファンタジーだぜ!それも美少女ときたもんだ。この先の旅が楽しみでしょうがないぜ!
  今思うと、あっという間の一ヶ月だった。
  ジョーカーの後継ぎ問題。雪鷹の婚約騒動。
  今も思い出すと笑いが込み上げてくる。しかし、そんな彼らともお別れだ。
  彼等と再び会うときは指名手配されていない自分だろう。
「おっしゃ、気合い入れっか」
「師範、俺、そろそろココを発とうと思っています」
  師範に胸の内を打ち明けた。
「お?もうそんな時期か」
  軽く答える師範。
「追っ手がやってきたので、そろそろ神威の塔を攻略する時期かと思います」
  そうさそうかとカラカラと笑う。
「だったら、一つ新しい技を教えてやろう」
「新しい技ですか?」
「ああ、といっても剣術じゃない。体術でもないな。強いて言うなら秘術だろうな」
「秘術ですか?そんな簡単に教えていいんですか?」
「別にいいんだよ。誰にでも使えるってわけじゃないし、それに技ってのは使わないと錆びれちまう」
「そうなんですか。それで、その秘術ってなんなんですか?」
「先人たちは『霊樹の眼』と名付けた。カナリ危ない技だから無理には使わなくていいぞ」
「そうなんですか?」
「ああ。あとコレは人に教えるのが非常に難しい。だから、しっかりと聞いていろ」
  師範は真剣な表情で俺を見据えた。
「この技は体は一切動かさない。言うなれば、精神の技だな。前に頭ってのは魔素の塊って話をしたよな?その魔素を一時的に弄って、ある一分野において特出させるんだ。野村は体感時間って聞いたことあるか?」
「あります」
「そうか、なら話は早い。ようは体感時間を自分の思う通りに操るんだ。お前はおかしなやつだが、おもしろいやつだ。もしかしたら使えるかもしれん」
「はぁ…」
「しかし、技を教えると言っても、修行があるわけじゃない。この技は偶然発見されたもので、会得する確実な方法はない」
「そうなんですか…」
「分かっていることは極度の緊張下でカナリの集中力が試されるってことだ。もし命の危機が迫ったときに世界が止まるような錯覚を覚えたら決して忘れるな。その次の瞬間には命を落とすと思え」
「怖いことをいいますね…」
「事実だよ。私がそうだった。そうだな、私の経験を語ろうか」
  師範は一度眼を瞑り、深く息を吸った。
「あの時の私は、武者修行のため国々を渡っていたんだ。その時、ある国で戦があってな。路銀がこころもとなかったから、傭兵として志願したんだ。その戦は長期戦に持ち込まれ、私は相手軍の撹乱のため、単騎で乗り込んだ。何故だか分かるか?」
「相手に緊張をさせて休む時間を与えないため…ですか?」
「そうだ。休憩している兵士達に奇襲を仕掛けた。私が女のせいか相手は油断していてな。簡単な仕事だったよ。殲滅が私の目的ではないから奇襲を仕掛けたら後は逃げるだけだ。しかし、私はある一人から追い付かれた」
「師範がですか?」
「ああ。私だって自分が最強とは言わないが、それなりの実力があるつもりだった。だがな、アイツは追い付いてきたんだ。片手に杖を構えて追ってきたんだ。私は直感的に理解した。こいつは杖術を手練れだってな」
「師範よりもですか?」
「馬鹿か?もしそうなら私はココにいないな。しかし、実力的には拮抗していたな。ああ、杖術について少し触れておくか。杖術の特長は魔具としての杖を操る。端的に言ってしまうと守りと相手の隙を作り、端々から魔術で攻撃するスタイルだ。しかしながら相手は好戦的なようでな、守りの杖を攻めの杖とした。腕も良かった。だから私は一瞬の隙を突かれた」
  再び深く息を吸う。
「それでどうなったんですか?」
  俺は沈黙に耐えきれなかった。
「眼前には赤く光る魔石があった。煌めく炎。熱を帯びた大気。その向こうから向けられる殺意の視線。夜の静寂。世界が止まった気がした。その瞬間、理解した。これが霊樹の眼だと。おそらく、私があそこで理解しなければ死んでいただろう」
「………」
「そんなところだ。私の経験は」
  再びの沈黙。道場には俺と師範の二人だけ。沈黙は互いの気配、意思が複雑に混ざり合い、異様な空気を孕んでいた。
「だかな、お前に死線をくぐれとは言わないさ。それでも知らないよりはマシだろ?」
「はい」
「これでお前に教えることは最後だ。まだ、若草流の全てを教えた訳じゃない。もし、自分の剣術に納得がいかなかったらもう一度こい」
「オッス!!」
「今日はもう寝ろ。明日の旅立ちに疲れは残すなよ」
「はい!」
  俺は部屋に戻り、例のおっさんに話しかけた。
「というわけで、俺をタユタユまで案内しろ」
「は?」
「いやさ、俺ってばタユタユがどこにあるか知らんのよ。やけ、案内してくれん?」
「行くって、タユタユにか?
「そそ。最初から神威の塔には興味があってねー。巫女さんとも会ってみたいんだよね~。それでさ、巫女さんってやっぱ袴とか着てんの?あの紅白が眩しいよね~。分かる?分かんない?まぁいいや、そっちがどう思ってるかとが俺にとってはどうでもいいよな。そんなことより案内してくれるかどうかの方が俺にとっては大事なんだよね~?」
  少々饒舌になる俺。嗜虐趣味があることを自覚する俺だが、やはりからかうのは楽しい。
「案内か?それだったら引き受けるぞ。そのかわり私を解放してくれんか?」
「ん?ああ、それは俺の気分次第だからなー。基本的に殺しはしないから安心してええよ~」
  殺しのワードでびくつくおっさん。
「そんなことでびくつくなよ、おっさん。金玉でも抜かれて去勢されたのか?そんなことじゃ偉くなれんぜよ?」
「…」
「んじゃま、明日の朝から昼のどっかで出るぞ。そういや、おっさんの名前ってなんなん?」
「オーステナイトだ…」
「どっかで聞いたことがあるような名前だなー。まぁいいや、じゃあ、略しておっさんでいいな」
  結局、呼称は変わらなかった。まぁこれもまた、俺個人が楽しいからそれでいい。
「じゃあ、オーステナイトのおっさんはここまでどうやって来たんだ?」
「タユタユからノギスを経由して馬車で来た」
「あー、馬車か。御者とかいんの?」
「いや、私一人だ」
「じゃあ、あんた一人で馬車を操ったわけか。ふーん。んじゃま、タユタユまでの道案内をしてくれや。向こうに着いたら拘束を解いてやるから、まぁ頑張れや」
  唖然としてるおっさん。無茶苦茶変な顔である。
「それじゃ、そろそろ寝るからさ、おっさんもさっさと寝ろや」
  手足を縛って一部を木造の柱と一体にしているため、おっさんは横になれないし寝返りも打てないが知ったことではない。
  アサデス。
  携帯のアラーム機能は長い間経っても正常に動き続けていた。
  時刻は午前6時。まだまだ外は薄暗い。
「おっさん。起きてっか?」
「ああ、さっきの奇妙な音に起こされたわ」
  少々態度が軟化したようだ。俺に敵意がないと思ったのか、一晩かけて自分を取り戻したのか。まぁどっちでもいいが。
「そういや、おっさんの馬車はどこにあんの?」
…
  唐突だが気になった。これから乗るんだから、今まで気にしなかった方がおかしいが。
「ああ、それなら宿屋に停めとるよ。結局、宿屋には一泊もしておらんがの」
「気にすんなよ、おっさん。Don't mindの精神が足りないぜ」
  おっさんを引き摺るようにして、部屋を出る。空気はひんやりとしており、鼻腔を通る冷たい空気がどことなく懐かしい気持ちを抱かせる。
  とにかく旅立つにあたって、色々な人に挨拶回りをしなくてはいけない。
  ジョーカーの親父さんや雪鷹の兄さん。万屋のおいちゃんに橙馬のおばさん。色々な人に世話になった一ヶ月だったな。最後の最後に珍客が訪れたが、これもまた一興だろう。
  結局、ジョーカーと雪鷹は昨日は実家に泊まったらしい。どうせ後で挨拶回りに行くんだから、その時に別れを告げればいいか。
  俺は気を取り直して宿屋へ向かう。
  おっさんの馬車を取りに行くためだ。
  おっさんには俺様特製シードボムを飲ませた。
  シードボムが何かと簡単に言うと定期的に魔素を流さないと体内で発芽し、対象者を奇形な緑のオブジェに変えるといったもの。
  店を回り、ある程度の物を宿屋へ運ぶように頼み、お世話になったご近所さんに挨拶回りをする。雪村家と切札家を訪れたときは各々と例の騒動を肴に話が盛り上がった。
  日も昇りきり、差す日差しが活気ある空気にする午後になり、宿屋へ向かう。
  頼んでおいた荷物も馬車に積み込み、今からでもすぐに出発できる用意が出来ていた。
「うぃーす、おっさん。そろそろ行こうかと思ってるんだが、どやろか?」
「ああ、すぐにでも出せるぞ。もう行くのか?」
  渋味のある声で返答が帰ってきた。
「ああ、まずは道場に向かってくれ」
  馬車に乗り込み、おっさんに指示をする。
  進み始めた馬車。残念なことに現代自動車とは異なり、路面の荒さがケツに直接響く。
  幌に覆われた馬車の内部は数日分の食料、毛布、ランプ等があった。性急だがほぼ理想通りの旅支度だ。鍋もある。
  道場前におっさんを待たせて俺は敷地内に足を踏み入れる。
  道場は施錠されており、中に入るため裏戸から橙馬直伝の裏技で侵入する。
  道場内は誰一人おらず、ひんやりとした冷たい空気が漂っていた。
その場で寝転がるとやはりひんやりとした冷たい床だった。
誰もいないこの空間。音がしないこの空間。一人で取り残された錯覚を覚える。
そのとき、施錠されていたはずの扉からガチャリという音が聞こえた。
俺は咄嗟に身構えるが、よくよく考えたらここに入ってくるのは彼女だろう。
扉が開く。
金の髪を靡かせながら、姫騎士さんがいらっしゃった。
「いらっしゃい。今日も鍛錬かい?」
凛ちゃんは俺のことを一瞥する。
「そういえば、凛ちゃんとも今日でお別れだな」
そう言うと凛ちゃんは俺の顔をまじまじと見た。
「あなたは師匠から何か聞かされていませんか?」
はて、なんのことやら?
「聞かされたといえば、秘術の話ぐらいですね」
すると、凛ちゃんは口惜しげな顔をしながら何かぶつぶつと言った後、俺に向き直った。
話を要約するとこうだ。
凛ちゃんには兄がいて、名前を「氷川 静」。武者修行のため道場から旅立ち数年。帰ってこない兄を探し出すのが凛ちゃんにとっての武者修行になるらしい。というのも兄は方向音痴だそうだ。
「なるほど。だから、俺と一緒に来ると?師匠は何か言ってたか?」
「師匠が私にあなたについていきなさいと言ったのよ」
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