神が遊んだ不完全な世界

田所舎人

主人公(仮)と鍛練

  食卓には不穏な空気が漂っていた。


  今夜の晩御飯は鍋物。


  村を発って、まともな飯にありつけない有り様の俺にとって、この鍋は久しぶりの「まとも」な食事なのだ。


  この部屋には師範、凛ちゃん、皐月ちゃん、浄花さん、雪村君、最後に俺。


  静かな空気の中、鍋のグツグツという音が嫌でもこだまする。


  そう、ことの発端は浄花さんの


「ところど、野村。お前、柑納かんなと氷川、どっちが好みなんだ?」


という質問だった。


  注釈だが、柑納というのは皐月ちゃんの姓だそうだ。


  このときの俺はどうかしていた。


  こちらに来て、初めての友達ができたからだ。だから、つい調子に乗って答えてしまった。


  だからこそのこの空気。


  悪いことは重なるもので、雪村君と浄花さんを探していた皐月ちゃんも一緒にいらしていたわけで…。


  結果がこの有様。


  師範はそんな空気を気付いているかいないのか、あるいは気づいていて知らんぷりをしているのか。


  とにかく折角の食事だ。
  それも鍋だ。


  白菜っぽいもの、エノキ(らしきもの)、しいたけ(みたいなもの)、豆腐、牛肉だったらいいなを業務用鍋かと疑うほどの大きさの鍋に塊で投入する。


  最初に手をつけるのはもちろん師範、続いて、凛ちゃんと序列の順に箸でつつく。


  最後は俺。


  久々の食事は誰かと一緒に食べることができたにも関わらず、会話の類いは一切なかった。


  それでも不穏な空気にも関わらず、俺はこの食事を楽しんでいた。


  美味しそうに肉を頬張る師範。


  熱い豆腐を息を吹き掛け冷やす凛ちゃん。


  受け皿に不自然に残るエノキとにらめっこする皐月ちゃん。


  この空気に居心地の悪さを感じて黙々と食事をする浄花さん。


  苦笑いで俺と目を合わす雪村君。


  そして、そんな不穏な空気の中、肩を並べて美味しい食事を味わえるこの現状に俺は不思議と楽しい気持ちになる。


  だってさ、こんな空気だって一人じゃできないんだから。






  会話のない食事も終わり、互いに私室に戻る。


「野村、ちょっとこれからについて話があるから」


  師範は俺を呼び止め、ついてこいとジェスチャー。






  行き先は道場。


「お前、体術は使えるか?」


「いえ、つかえません」


  生まれてこの方、武道に触れたことがありませんから。学校の実習は例外。


「お前、魔術は使えるか?」


「魔術なら一応使えます」


「そうか」


  師範はそこに座れと言って話を始める。


「体術とは魔素を体内で運用して、身体に通常以上の能力を付与することだ。魔術は魔素を体外に放出し何かの現象を起こすことだ」
  師範は木刀を手にとる。


「剣術とは剣を用いる体術のことを指す。抜刀、振り、薙ぎ、払い、居合い、納刀。足運びから呼吸、全ての所為に体術がかかわってくる」


  師範は実際の動作を交え教える。


「魔素は通常、呼吸や食事、瞑想等で体内に取り入れる。それらは筋肉、内臓、血液、とりわけ脳に多く蓄えられる」


  俺の額に指を当てコツコツてつつく。


「魔術は脳内に蓄えられた魔素を用いて現象を起こす。魔術を使いすぎると頭がクラクラした経験ぐらいあるだろう?それは脳内の魔素が枯渇したときに起こるんだ」


  確かにそんな経験はある。


「脳内に蓄えられる魔素は個人差がある。賢い者、知恵を持つ者。他には宗教にのめり込んだ結果、自分独自の世界を持ったものが多く蓄えられるらしい」


  師範は道場の一角を指し、


「そんな小難しい話しに興味があるなら、ココから北東にある学術研究都市『レスリック』に行くといい」


「話を戻すぞ。魔術は脳内の魔素を用いることは分かったな?」


  頭を縦に振る。


「次に体術では体内を巡る魔素を用いる。魔術は頭を使うことで使用し、体術は身体で覚える。つまり体内の魔素は実際に動いて使うしかない」


  といって、師範は木刀を投げ渡す。


「まずは素振りからやるぞ、2ヶ月なんてあっという間だ。気合いいれろよ!」


「オッス!」


「素振りの鍛練の時は、腕を意識しろ!魔素が腕を通るイメージを持て!」


「オッス!」


  言われて木刀を振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。


「ッ…し、ッ…師範ッ、ッ…あとッ、ッ…何回ッ、ッ…やればッ、ッ…いいんですかッ…。ッ…ハァハァ、ングッ…ハァハァハァハァ…」


  素振りを300回程振って、俺は音を上げた。


  正直、疲れました。


「ん?なんだ、もうバテたか」


  師範は俺が鍛練している間、こちらを観察していた。


「しょうがないな」


  師範は懐から何かを見せた。


「これは疲れ(ると感じる感覚)を除く薬だ。これを飲めば、まだ鍛練できるぞ」


  渡されたのは粉薬だった。俺はありがたくソレを生成した水と一緒に飲んだ。


「どうだ?疲れが取れただろう?


  確かに疲労は取れ、長い旅路の疲れも一緒に吹き飛んだ。


「はい!まだまだ動けます!」


「よし!次は歩法を教えてやろう」


  師範は立ち上がり、道場の隅に立つ。


「お前は神威の塔に喧嘩しにいくんだろう?だったら、魔術師と対峙することもあるだろう。この歩法は覚えて損はないぞ」


  師範は前傾姿勢をとり、構える。


  次の瞬間には素早い動きで、道場の反対側へと移動する。


  僅か2秒弱、たった3歩の移動。


  道場の一辺は60メートルはあるのだ。


「ざっと、こんなもんだ。道場内だから加減はしたが、私の本気はもっとすごいぞ?」


  俺は目の前の出来事に驚きながら、どこかで客観視していた。


(端から橋まで60メートルだから、つまり秒速30メートルなわけで、師範はもっと早くて…)


  考えた結論は


(おもしれぇ!)


  だった。


「これは直進歩法の『桜』だ。名前の由来は春先に吹く強風に散る桜の花弁からとったらしい」


  春一番のことか。


「簡単には会得できないが、練習のやり方は教えてやろう」


「オッス!」


「まずは外に出ろ」


「オッス!」


  完璧に部活のノリである。


  外は暗く、満点の星空を見て、夏休みに田舎の祖母の家を訪れた時を思い出した。


  従兄弟と一緒に花火をした事を思い出した。


(深夜にも関わらず、爆竹や煙玉で遊んで怒られたんだっけ)


「今からランニングをする。なんで走るか分かるか?」


「えーっと、脚を鍛えるため…ですか?」


「そうだ。脚を鍛えれば、それだけ魔素を巧く使える。大事なのは『魔素を巧く使えるようになること』で『筋肉をつけるためではない』」


「つまり、魔素が使えるのと筋肉は別なんですか?」


「全く関係ないわけではないが、そうだな。詳しく知りたかった学術都市に行け。私がこうして教えられるのは私自身の経験とあそこに住んでる友人から教わったためだ」


「なるほど」


「じゃあ、私についてこい。町の案内も兼ねてランニングのコースを教えてやろう」


 師範に追従して町を走る。


「お前は確か、ソルバーとして活躍してるんだよな?だったらそこにある建物がここのギルドだ。気がむいたら顔を出してみるといい」


 指されたのは「万屋」とかかれば看板が掛けられた場所だった。


「あそこは鍛冶屋だ。ここは刀が主流だから剣術も全て刀主体の練習になる。金があったら自分に合ったものを買っておけ」


 そこは未だに明るい店だった。恐らく今も炉に火がついているのだろう。


 という感じで俺は師範に街を案内されながら、20分程度で道場に戻る。


「コースはざっとこんな感じだ。この距離を全て『桜』で走れるようになれば十分だろう。今日はここまでにしようか。明日から本格的な鍛錬を始めるからな」


 師範は屋敷に帰る。


 俺も屋敷に戻る。


 鍛錬を終えた俺は汗だく。ただでさえ長い旅路で風呂に入ることも叶わず、鍋に水を溜め体を拭うことしかかなわなかった。なればこそ、暖かい風呂に入りたい。


 俺は部屋に戻る途中で雪村君に会い、風呂場への道を尋ねた後に着替えを取り、風呂場へと向かう。


 既に湯は湧いているのか、暖かく湿気を持った空気が漂う。もしかしたら、浄化さんか幸村君が入ったあとだったのだろう。雪村君の髪が少しだけ湿っていたためそう思った。


 ここで一つだけ知って欲しいことがあった。


 俺は今まで親父と二人暮らしで女性と同じ屋根の下で暮らしたことなどなかった。


 だから互いに気兼ねすることなく風呂場の扉を閉めたりすることもない風呂場だった。


 だからこの時も風呂場へと足を踏み入れた。






 結果から言うと、師範が湯船に浸かっていた。


 更なる結果から言うと、明日の鍛錬が少しだけ厳しくなるらしい。


「私基準の『少し』だがな」


 という不吉な一言を残し、俺は当て身を食らって意識を刈り取られた。

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