神が遊んだ不完全な世界

田所舎人

主人公(仮)と魔術2



  店を出て、少し赤みがかった空を見上げる。ほんの少しのつもりだったが、色々な種類の香水を見て嗅いでるうちに時間が過ぎたのだろう。


(そろそろ家に帰る時間だな)


  住宅街に足を向ける。


  人で溢れた市場街は活気づき、冒険者や住民が多く見られる。冒険者は分かりやすくコートや剣を身に付けており、住民達は街服を着ている。


  そんな人混みの中、一人の少女が目に止まった。


(―――イリヤ?)


  その少女は次の瞬間には人混みの中に消えていた。


  イリヤカナ。その存在は紙面の文字の綴りだけの存在。つまりは、二次元の存在。


  6月24日は全世界的にUFOの日。


  そんな謳い文句の帯に俺は惹かれた。単純に俺の誕生日がその日だったからだ。


  その作品に出てくるヒロインが被って見えた。


(次、見掛けたら声を掛けてみよう)


  俺はそう思いながら、ユニ邸に帰り着く。


  木製の扉に手をかける。


―――押しても引いてもびくともしない。


(あ、鍵…)


「ウリクさん!ウリクさん!」


  コンコンと戸を叩いても中から人の気配はしない。


  まだ帰ってきていないのだろう。


  俺は玄関の前に座り込み考える。




  金属音がする。何か踏んだのかと思ったが、違う。それは俺のポケットから聞こえた。


(ああ、金貨袋)


  何枚もの硬貨と紙が入った袋。その中に一つの歪な金属棒が入っていた。


(ゴミかな?)


  手に取ると益々意味が分からない。


  金属棒はへんな婉曲をしており、鉄屑の様にも見えるが、それはキチンと精錬されており、綺麗な金属光沢を持っている。


(もしかして、鍵かな?)


  歪なそれを鍵穴のある地面に差し込む。


  戸の一部が淡く暖色に光る。開いたようだ。


「ただいまー」


  まだ誰も帰ってきていない。俺は与えられた私室に行く。


「っしょっと」


  ショートソードを壁にかけ、蝋燭が置かれた机に魔具を並べておく。


「フフフ」


「クックック」


  笑みが溢れる。


  一人になって考える。異世界に来て、右往左往しているうちに成り行きでユニさんの家で世話になることになり、ユニさんの伝でギルドやキリスさんに知り合え、更にキリスさんの伝でルゥさんと知り合え、市場ではアリスやジルとも知り合えた。知り合いも増え、心に余裕が出来る。すると一つ気掛かりになることがある。


―――親父だ。


  一人息子の俺が急にいなくなったら、心配しているかもしれない。


  放任主義ではあるが、同居しているのだ。いきなり消えたら気にはなるだろう。


  俺はベッドに腰をかける。


  すると一枚の紙が滑るように床に落ちる。


  封がされており、封には『作者』と明記されている。


  手にとり、封を開ける。


  中にはこう書かれてある。
『この魔法の手紙は一度だけ念じた相手に手紙を送ることができます。アクセス300記念にどうぞ。』


  と書かれていた。


(アクセス300記念?なんやろ)


  とりあえず、この魔法の手紙は本物のようだ。作者と語る誰かさんは、本当に異世界に連れてくるような人物だ。こんな変な物だって所有していてもおかしくない。


  それに今の俺には都合がいい。丁度親父に連絡を取りたかったところだ。一方通行だが、音信不通よりマシだろう。内容は…


事実を書いてもしょうがない。ようは心配させないことが目的なんだ。


  となると…


  駆け落ち?夜逃げ?家を空ける理由が思い付かねぇ。


「あー、うん。まぁいっか♪」


  暫く帰れないけど心配するな。


この一行でおっさんなら納得してくれるだろう。


  さっそく鞄から筆記具を取りだし、書く。


『元気ですごしてっから、心配すんな。暫くは帰れなそうだから、大学の方は休学届けか、なんか処理は頼むわ。というわけで、俺が帰るまでくたばるなよ。』
  

  うん。こんなもんだな。
  早速、家の郵便受けを明確に思い出す。
  数瞬後、幻から目覚めたように手中の手紙は跡形もなく消えた。


  とりあえず、心配の種は消えた。


  次は魔術のことだ。


  色々と推論や憶測はたったがやはり使いこなす必要がある。そのためにも訓練が必要だ。明日はピリスを狩る必要もある。


  よって今晩は寝るまでは魔術の練習をしよう。


  そう決めたら、ウリクさんを待たずに魔具を持ち部屋のドアに手をかけた。そのとき、玄関から戸の開く音がした。


  ウリクさんが帰宅しました。










―――現在、ノギス西側郊外。


  ウリクさんの手料理を綺麗に平らげ、少し時間を置いて魔術の練習をしにきた。


  右腕に水のブレスレット。首からは土のペンダント。右腕には魔素還元の手。左腰にはショートソード。これらが現在使えるアイテムだ。


  まずは運動がてら、ショートソードの素振り。本物の剣は重く、いくらショートソードといっても鉄の剣だ。慣れないうちは長時間は振っていられない。やはり体力面でも問題はありそうだ


  ひとしきり、剣を振るい体が暖まったところで魔術を使用する。


  一つ目は土のペンダント。漫画やアニメでみかける土人形を形作る。


  土は盛り上がり、俺と同じ背丈となり、周りで蠢く土は細く伸びた土に肉付けをしていき、程よい太さになる。


(歩け!)


  念じて命令をくだす。しかし―――。


  ボロボロと崩れる土人形。


  頭がもげ、肩から腕が落ち、膝は地をつき、倒れた拍子に、胴は自重と衝撃で原型を保てなくなり、そこにはただ土塊だけがあった。


(命令を与えるだけじゃダメなのか)


  もう一度、土人形を形作り次は明確に自分の意思で操る。


  コイツらには自我がないから、命令をしてもすぐに崩れるようだ。


  自我を持たせるには高度な操作が必要か魔具が必要か、どちらにしろ俺にはまだむりそうだ。


  土人形をもう一体作り出し、二つの土人形を操る。土の魔術の練習だ。一方の土人形ばかりに注意するとすぐにもう片方が崩れる。


  ようは多重思考、平行思考。呼び方は何でもいいが、複数操作の慣れにはこれがいいような気がしたんだ。


  二つの土人形は奇妙な舞踊を終える。


  一体ならば流暢に操れる。二体ならばぎこちなくも操れる。三体は試してはいないが、規則正しい運動なら与えられる。


  土の魔術にかんしてはそんなところだ。


  一頻り操ると、頭が靄のかかったような思考がまとまらない状態になる。そのたびに、地面の一部を還元して回復する。


  魔人化する兆候もなく、魔素保有量も十二分に余裕がある。


  まだ時間もある。次は水のブレスレットだ。


  俺にはまだ、水仙を操るほどの技術はない。まずは、水を集める操作だ。


  魔具を起動すると、微かにだが地中の水脈を知覚できる。魔具に反応しているのが、足の裏で感じ取れる。


  それを地中の隙間から縫うように地上へと吸い上げる。


  三リットルほどの水を集める。


(これを使って必殺技わ考えよう!)


  水の性質は、液体、流体。魔具によって、気化や固体化は無理。圧縮も無理。となると…。


  考えることリアルに10分。思い付かなかった。しかし、水は圧縮はできないが、ある程度は形を与えることが出来る。水の剣などは作っても、衝撃で崩れてしまう。だから、攻撃ではなく、補助に使うことにした。


―――水の足場を作り出す。


  地面から離れすぎるとダメだが、地上を滑るようなら低空でも操れる。これを利用して足を動かさずに、滑るように移動できる。ただし、水を消費するため水脈や川などの水資源豊富な地形に限られる。また、通った跡は水浸し、迷惑なことこの上ない。


「うぉぉぉらぁっっしゃぁぁい!」


  滑る!
  滑る!
  滑る!


イメージでは、蝶ネクタイの少年のターボ式スケートボード。


  これは楽しい!


  今は足場構築に気を向けているが、海のアレなんだっけ?ああ、あれだ、サーフボード。あれがあれば、足場の構築も必要くなりそうだ。


  職人街で今度探してみよう!


  俺は今日、土人形の創作と簡易操作。そして、水を滑るように移動する魔術、命名『蓮』。これらの魔術を手に入れた。

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