(旧)十億分の一の魔女 ~ナノウィッチ~

田所舎人

4

「石が割れたということはナノが力学寄りの魔素を持っていることになるわね」
 淡々とデシベル割れた識別石とナノを見比べながら言う。
「それでも石が割るなんて珍しいわね。力学の魔素なら浮いたり、動いたりするはずなのに」
 ルクスが割れた識別石の破片を摘みながら不思議そうに呟く。
「ケルビン先生。確か、パスカルとナノが決闘をした時、パスカルの魔術を反魔術で抵抗をしていなかったのよね?」
「ええ、ナノは詠唱をしてはいません。ただ……」
「ただ?」
「ナノは無詠唱魔術が使えるので、そのせいかもしれません」
「ほう……無詠唱魔術ですか……」
 訝しげな呟き。デシベルは顎に手を当て横目でナノを見る。その後、何かをこそこそとデシベルとケルビンが話し合う。
「ミリア、無詠唱魔術ってなんだ?」
「えーっと、詠唱をしないで魔術を発動させること……かな?」
「……大まかに言うとそうね。ミリアの説明に付け加えるなら、術者の周囲ではなく術者自身に働き掛ける限定的な魔術ね」
 ミリアの説明に付け加えたのはマイだ。
「ナノ君が魔術を使った様子はありません。それに、使う必要もありません。石が割れるほど纏う魔素が多かった。それだけのことです」
 シャノンがナノを擁護するように少し大きな声を出した。
「そうね……杖を持っていたわけでもないし、使う意思も感じなかった。つまり、純粋に常に纏っている魔素が多いのかもしれないわ。それならパスカルの魔術を抵抗した理由にも繋がる」
 デシベルはナノが持った識別石が割れた理由に対して暫定的にそう結論を下した。
「つまり、今期の学生は各々が違う特性の魔素を持つことになった。これは面白いわね」
 テスラは楽しそうにそう言った。これは教えがいがありそうだといった表情が見て取れる。きっとこの人にとって教職は天職なのだろう。ナノは直感的にそう思った。
「先生、魔素の特性って他にもあるの?」
 ナノの問いに答えたのはシャノンだった。
「あるわ。それぞれの特性を説明しながらその他の魔素についても説明するわね」
 シャノンが教壇に立ち黒板に正五角形を描く。そして、一番上の頂点には『力』と書いた。
「私が教える『力』。これはナノ君が持つ魔素ね。物体を動かしたり浮かせたり潰したり力を加える魔術よ。基本的な魔術として有名ね。直接的な攻撃としても物理的攻撃の防御としても使える便利な魔術が多いわ」
 次にシャノンが『力』を基準に時計回りの頂点に『音』と書く。
「次が『音』。これはデシベル先生が教え、テラさんが持つ魔素の特性ね。音を大きくしたり小さくしたり、魔女の詠唱を阻害することもできるわ。それに魔力が強い魔女は音だけで物体を壊すこともできるわ。戦闘においては自身の詠唱を聞かれないようにしたり相手の詠唱を明らかにしたりと戦況を有利・不利にすることができるわ」
 次の頂点には『電』と書かれた。
「三番目が『電』ね。これはテスラ先生が教え、ミリアさんが持つ魔素の特性ね。物体を帯電させたり、磁力を持たせたり、放電によって攻撃をすることもできるわ。制御が少し難しいのだけれど、慣れれば強い武器にもなるわ。電灯のような機械に使われるエネルギーとしても有名ね」
 『電』の隣の頂点には『光』と書かれた。
「四番目が『光』ね。これはルクス先生が教え、マイさんの持つ魔素の特性ね。光を強めたり弱めたりする魔術が多いわね。太陽を想像するとその威力が分かるかしら? 太陽のように強い光は相手を日焼けさせたり、逆に光を奪うことで盲目にさせることで無力化することもできるわ」
 『光』と『力』の間の頂点に『熱』と書かれた。
「五番目が『熱』。ケルビン先生が教え、パスカルさんが持つ魔素の特性よ。大気や物体の温度を上げ下げする魔術が基本ね。確か、決闘のときにパスカルさんが大気を熱してナノ君を蒸し焼きにしようとしたわね。そういった使い方もあるわ。あとは熱で溶かした鉛を浴びせかけたり、冷却させた大気で相手の体力や四肢を奪うことも寒暖を制御して環境を快適にすることもできるわ」
 そして最後にシャノンは正五角形の中心に『物』と書いた。
「最後は『物』。この特性を持つ魔女は非常に少ないわ。この魔術の特徴は適性が無ければ魔術を使うことができない。物が存在するには魔素が必要である。その魔素を操り任意に物質を創りだすという魔術が物質魔術よ。基本的な魔術は物質の質量・体積の増加ね。残念ながらこの魔術を使える魔女はこの学園にいないから実演で見せることはできないけど、魔女として生きていくうちに一度くらいは出会うことがあるかもしれないわ。識別石の孔が詰まって重くなったらその人は物質魔術が使えるかもしれないわ」
 シャノンの説明はこれで終わった。五角形の頂点にはそれぞれの学生が持つ魔素の特性が書かれていた。
「昔は地水火風空という五つの属性に分けていた頃もあったそうだ。魔術を使う上で知っていればできる幅も上がることだろう」
 デシベルがシャノンの説明の最後にそう付け足した。
「シャノン。俺は特性が『力』ってことは他魔術が使えないってこと?」
「いえ、そういうわけではないわ。持っている魔素を『力』から『熱』や『電』に変えることで別の魔術を使うことができるの。『力』の魔素を持っているなら『力』の魔術を変換することなく使えるわ。だから速さを重視するなら、自分の持つ魔素の特性に適った魔術を伸ばすことをオススメするわ」
「へぇー」
 一人だけ納得したナノ。他の人は既にそれを知っている風体だった。
「ナノ君以外は既に魔術についての基礎知識は持ってるみたいね。ここからは個人演習と行きましょうか。それでいいですか? デシベル先生」
 シャノンがナノの学習スピードと他の学生とのスピードに隔たりがあることを感じ取り提案した。
「そうね。ここから先は個人個人の短所・長所を把握することも大事だし、コミュニケーションを取ることも大事。では、各自担当教師とコミュニケーションを取り、魔術を学びなさい」
 各学生が担当教師の下へと集まる。テラはデシベル、パスカルはケルビン、ミリアはテスラ、マイはルクス、そしてナノはシャノンの下に。
「さて、ナノ君。今日から授業が始まったけど、どうかしら? 上手くやっていけそう?」
「まぁ大丈夫だろ。それよりさ、魔術を使ってみたいんだけどどうすればいい?」
「魔術の基本は詠唱よ。昨日言っていた音字を発音することで魔術を発動させることができるわ。まずは……そうね、ナノ君は力学の特性を持ってるなら基本の『fɔ':rs/force』を使ってみましょう」
「フォース?」
「魔術は発音が肝心よ。あまり慣れないと思うけど、魔術を使うには慣れなきゃいけないの。でも、ナノ君は少し訛りもあるから難しいかもしれないわね」
「詠唱か……」
「fɔ':rs/forceよ。ちょっと外に出てみましょうか。室内で魔術が暴走したらこの教室が使えなくなっちゃうからね」
 やはり教師らしくない振る舞いで私についておいでとナノを引率する。先生というより先輩といった雰囲気だろう。
 外に出る。シャノンとナノ以外に人影はなく魔術の演習にはちょうどいい。
「さてと、魔術には発音ともう一つ大事なものがあるの。何か分かるかしら?」
「えーっと、魔素の量?」
「それは魔術が使えた次の段階の話になるかしら。答えはイメージ、想像力よ」
「想像力?」
「そう。例えば、こう。fɔ':rs/force」
 シャノンが杖を抜き、石に突き付け詠唱する。すると石はピシリと音を立て、ヒビが入る。
「私は石の一点に集中して力を込めた。だから、石が割れそうな程の力を持った魔術になった。fɔ':rs/force」
 再び石に向かって杖を突き付ける。すると今度は石が地面を這うようにして動き出す。
「今度は石の側面に力を加えて動かした。同じ詠唱でも結果は異なる。これが想像力という物」
「ってことは想像力がないと魔術が使えないのか」
「そうね。何をどうしたいのか。想像力、あるいは意思とでも言えばいいのかしら、そういうものを持っていないと使えないの。だから、ただ詠唱するだけでもダメ。自分は何に何をさせたいのか、そしてそれをするにはどうすればいいのか。魔術の選択、イメージ、詠唱。それらをどんな状況下でも行えるようになることが大切よ」
「分かった。やってみる。フォース!」
 ホルダーから杖を引き抜き、ヒビが入った石に向かって杖を突き付ける。しかし、魔術は発動しない。
「気合が入ってるのはいいんだけど、アクセントを勝手につけちゃっても正しい発音にならないから、気を付けてね」
 文字を教えるのとは違って、まだまだ教える必要があることはたくさんある。しかし、それもまた教師として楽しい。シャノンはそう思っていた。従順にシャノンの言葉に耳を傾け積極的に自分も試そうとするひたむきなナノの姿勢にシャノンは自らの任務を忘れることができた。






 昼。結局、魔術の発動に一度も成功しなかったナノは食堂にやってきた。数多なる魔女が秩序を守りつつ昼食を摂っていた。その中には他の四組もいることが分かる。テラの周囲に近づくものはなく、パスカルの赤いローブは目を惹き、マイの黒髪は周囲から強調され、ミリアの声はここまで届いた。
「でも、一度も魔術が発動しないなんて私の教え方に問題があるのかしら……」
「気にすんなって、俺が初めて薪割りをしたときだって上手く薪を割れなかったし」
「薪割りと魔術を同列に並べるんですね……」
 シャノンがナノの教育について頭を悩ましていると赤いローブに身を包んだ赤髪の少女。パスカルがナノの下にやってきた。
「……これ」
 歯切れの悪い物言いで何かをナノに差し出すパスカル。
「お、ハンカチだ。しかも洗ってある」
「……」
 パスカルの胸中では「勘違いするな。これであたしとお前の立場が同列になったわけではない」と言いたかったが、負け惜しみも甚だしく、また、ナノが「そりゃあ、俺のほうが勝ったんだから同列じゃないだろ」と切り返せば恥をかくため何も言わず、ナノが受け取ったことを確認すると肩の荷が降りた気分だった。
「あれ? マフラーはどうしたの?」
 パスカルはナノが昨日巻いていたマフラーが無いことに気がついた。
「マフラー? マイが修繕してくれるって言ってたから渡した」
 ナノの返答に周囲がざわざわとしだす。「ナノ君ってミリアさんと付き合ってるんじゃ」や「ナノ君はマイさんみたいな人が好みなのかしら」や「パスカルさん、ナノ君のことが好きなんじゃ」とあちらこちらから噂話に興じていた。
 一部の話にパスカルは眉を顰め、ミリアは顔を真っ赤にし、マイはどこ吹く風だ。
「そういえば」
 ナノが何かを思い出した。
「決闘に勝ったら料理を作ってくれるって話」
「あー、そのことなんだけど……」
 やはり歯切れが悪い。常に勝ち負けによって優劣を競い、負けた経験等あまり無いパスカルは勝者に対する接し方が分からずにいた。
「まぁまぁ、そのことは置いておいて昼食にしましょう」
 パスカルの居心地の悪さを汲み取ってかシャノンが助け舟を出す。ナノもシャノンの言葉に従い素直に食堂のおばちゃんから昨日に比べれば少ないものの、それでも人並み以上の量を注文して受け取り席に付く。
「いただきます」
 大盤のトレイには隙間なく並べられた大量のおかずとご飯。それらをがっつりといただく。周りの清楚さや高貴さとは一線を画し、食器音や咀嚼音を立てる。人によっては美味そうに食べると形容するが、この場においては下品の一言に尽きるだろう。
「ごちそうさま」
 あっという間に食べ終え、シャノンに食べ終わった後は食器を返却口に返すよう言われ、返却する。
「シャノン! 魔術の特訓の続きに行くぞ!」
 大声でシャノンを呼び食堂にいる誰もがナノの方を向く。
「ナノ君! 食堂では静かに!」
 シャノンは恥ずかしそうにナノの手を取り食堂を出る。
「騒々しいですわね……」
 テラは二人の背中を眺めながらそう呟いた。






「シャノン、今度こそはフォースを発動させてみせるからな」
「そうね。今度こそは発動させましょう」
「fɔ':rs/force」
 杖で差す石は微動だにしない。
「おかしいわね……。発音もかなり正確になってるし想像力が足りないということもない……。ちょっと杖を貸してくれるかしら」
「杖? ほい」
「fɔ':rs/force」
 ナノの杖で詠唱する。しかし、石は動かない。
「どうやら杖が欠陥品だったようね……。でも、おかしいわね。学園長が欠陥品をナノ君に渡すなんて考えられないわ」
「じゃあ、俺の使い方が悪かったってことか?」
「そうね……発動体が壊れる可能性は少なくないの。単純に流れた魔素が多くて発動体が受け止められなかったり、発動させようとした魔術に対して発動体が耐えられなかったり、あとは発動体同士が干渉しあって崩壊したり、物理的に破損しても壊れるわ」
「発動体って意外と脆いんだな」
「だからこそ、魔女は杖を守らなければならないの。戦場においては杖を失うということは両足を失うことと等しいとも言われてるわ」
「両足かー……痛そうだな」
「そうね。手痛い損失になるわ」
「とりあえず、どうするかな。発動体無しじゃ魔術の練習もできないし」
「うーん……。発動体に関しては学園長に申告して手配して貰いましょう。今日は座学で一般教学と魔学を学ぶ事にしましょう」
「分かった」
「ナノ君は学園に来るまでほとんどあの土地から離れたことがなかったのよね」
「そうだな。欲しいものがあれば行商のおっちゃんが米とか牛革とかと交換してくれたし、俺が学園に行く事は前から決まってたみたいでいくらか金も持ってるぜ」
「ということは交易はしてたのね。だったら歴史とか分かるかしら?」
「歴史? 良く分かんない」
「じゃあ、歴史学について話しましょう。そうすれば、この国においての王様や貴族、魔女の存在が分かりやすくなるはずだわ」
「ああ、それ凄く知りたい」
「ナノ君が興味を持ってくれたなら教えがいがあるわ。まず、私達がいるここはどこか分かるかしら?」
「分からん」
「ここはレスリックというの。このレスリックと呼ばれる小国の王様がソーン・ガイ様。テラさんのお父様にあたる人物よ。そのソーン・ガイ様の御子息が九人いらっしゃって、その末っ子がテラさんになるの」
「ってことはレスリックの他にも国ってあるの?」
「あるわ。陸続きの隣国で言えば、北のノギス、西のサーガ、東のタユタユ、南のササニシキ。ちなみに北のノギスはパスカルさんの故郷よ。パスカルさんはノギスの貴族のご息女ってわけ」
「へー、ノギスってのはパスカルみたいな怒りやすいやつらがいのか」
「それは偏見かもしれないけど、戦や祭のようなものは好む傾向はあるわね。白黒きっちりとつけたがる節もあるわ」
「へぇー、じゃあ西のサーガは?」
「西のサーガは貿易国よ。異文化も取り入れた異国情緒溢れる街とも言われてるわ」
「南のササニシキは?」
「南のササニシキは戦士の聖地とも言われているわ。己を鍛えるためササニシキで修行を積む者も珍しくないの」
「じゃあ東のタユタユは?」
「タユタユは山を信仰している国ね。東州、南州と交易をしていることも特徴かしら」
「ん? 東州と南州って?」
「じゃあ、この土地から離れてもっと大きな視点で世界を見てみましょうか」
「おう」
「さっき話した、ノギス、サーガ、レスリック、タユタユ、ササニシキ。これらがある土地を西州。ここまではいいわね?」
「おう」
「北州、東州、西州、南州。この四つの州を合わせてアズサという一つの大国になるの」
「国の中に国があるのか」
「そういうこと、各国の王は自分が持つ土地を自由に統治できる。ただし、王の上にも存在がいるの。知ってるかしら?」
「王の上に? 分かんないな」
「三皇と呼ばれる存在よ。天皇、地皇、人皇の三人。天皇は天から舞い降り、地皇は地より出て、人皇は人より生まれると言われているわ」
「へぇー、貴族よりも王様よりも偉いのか」
「そうね。少なくともアズサの国には三皇に命令できるような地位は存在しないわね。ナノ君はお金を持ってるわよね?」
「これだろ?」
 手作りの硬貨袋を取り出して中身を出した。
「このお金は分かる?」
「一エルグでしょ」
「そう。この硬貨は何で作られているか知ってるかしら?」
 シャノンの問われて一エルグ硬貨を手に取りマジマジと見つめる。金属光沢を持ち酸化しておらず、折れも曲がりもしない変な金属だった。
「分からん」
「そう、分からないの。この硬貨は何で作られたのか分かっていないの」
「なんでそんなものがあるんだ?」
「硬貨を作っているのが三皇の一人、地皇だからよ」
「へぇー。三皇ってそんなこともできるのか」
「ええ、決して複製できず、壊れない。そして流通しないエルグ通貨は消失する」
「凄いな。複製できないってことは物質魔術でもできない?」
「そういうことになるわね。エルグ通貨を作れる者は三皇以外に存在しないわ」
「ってことは、三皇が一番で次が王様、次が貴族ってことか」
「そうね。その下には平民や農民や魔女や戦士がいるわ」
「ふーん。それだと俺はどこになるんだ?」
「ナノ君の場合は特殊で開墾地の独立地区の農民ってことになってるの。ナノ君より偉い存在ってなると三皇ぐらいじゃないかしら? それとナノ君のお母さんかしら」
「なるほどね。三皇ってのは母さんぐらい偉いのか」
「……正確には違うけど、とりあえずその認識でいいわ」
「でも、あんまり偉い立場の人達を怒らせるとナノ君が捕まるかもしれないわ」
「失礼って例えば?」
「それは……えーっと……その……。とにかく女性に恥をかかせないことよ!」
 シャノンの表情の真意は分からないが何かを思い出したように恥らって顔を赤らめていることぐらいは汲み取れた。
「俺より強いやつっているのかな?」
「いると思うわよ」
 表情を一変させて真顔で即答した。
「シャノンも俺より強い?」
「そうねー、試してみる?」
「おう!」
「名目上は教師と学生の模擬戦闘とすれば平気かしら」
「どんとこい」
 ナノは構え、シャノンも杖を抜く。
「fízikəl/physical prətékʃən/protection」
 シャノンの詠唱は二単語。これにより、込められた魔素を消費するか一定時間経過するまでシャノンの肉体は致命傷を負うことはなくなる。
 シャノンが詠唱を終えたことを確認するとナノは土を抉って強く踏み込み、一息に距離を詰める。その勢いを止めることなく一発目を下腹部に、二発目を脇腹に打ち込む。しかし、肉を破裂させるような感触はなく不可解な壁を殴るような感触があった。
「重たい一撃ですね……」
 シャノンはナノの一撃が予想よりも重く、また躊躇のない一撃だった。肉体保護がなければ肉が破裂していただろう。その一撃は作用強化を付与された戦士の一撃にも匹敵した。
「ʃɑ'k/shock」
 シャノンがナノの胸元に杖を突きつける。詠唱完了後、ナノは息が詰まり、全身が痺れるのような衝撃を受け、後ろに吹き飛ばされた。ナノはどうにか天地の区別を付け、転倒しないよう四肢で身体を支え臨戦態勢で笑った。
「へぇー、少し加減したんだけどやっぱり魔術って凄いね。今ので猪だったら死んでるんだけどな」
「ナノ君の基準は動物なんですね……。そして私を猪と比べるのをやめてください。kú:l/cool」
 周囲の大気は急速に冷凍され、離れているナノも環境の急速な変化を嗅ぎ取った。
(肉包丁か薪割り斧があればもうすこしやりようもあるんだけど……。とにかくこれ以上詠唱はさせない!)
 攻めあぐねているナノだが、魔女に時間を与えることはあまりよくないと直感し、獣のように低姿勢でシャノンに突っ込む。
「disʧɑ':rʤ/discharge」
 ナノ行動を予見したかのようにシャノンの杖先からチリチリと音を立てた光が目視できない速度でナノに目掛けて襲い掛かる。
「ッウグガギゴンッ」
 蛙を雑巾のように絞ったような耳障りな音を喉が鳴らす。ナノが纏う衣類の端は焦げ、異臭を放っていた。
「私はケルビン先生みたいに身体に教え込ませるつもりはないのだけど、担当教師の実力がどれほどのものか分かったかしら?」
 倒れているナノに対して先生らしさをアピールするようにナノに言った。
 シュン。
 何かがシャノンの頭を掠めた。
「惜しい。あとちょいだったのに」
 シャノンが振り向くとそこには魔術の練習の時に使った石が土を抉っていた。
「この態勢だとうまく狙いが定まらないな」
 立ち上がったナノは小石をいくつか持っていた。
「まさか、それを投げる気じゃ……」
「そっちが飛び道具で来るならこっちだって飛び道具だ! 蜂の巣のようにしてやるぜ!」
 山で甘味を得るために蜂の巣を投石で落としていたナノの言葉である。
「ナノ君、あなたは魔女じゃなくて戦士になるつもりですか……。Láit/light」
 杖の先端が明るく光り、光球が滞空する。
「眩しいな……」
 直視することができず、狙いを定めることすら満足にできない。
「ʃæ'dou/shadow & vɔ'is/voice」
「そこだ!」
 光の中、シャノンの人影を見つける。詠唱することで自分の居場所を晒していては格好の的だぜ。次々と石を投擲するが、石は影をすり抜ける。何らかの魔術かと思ったが気にせず投げ続けた。ほとんどの石を投げ終えたところで
「残念でした」
 背後からシャノンの声、正面にはシャノンの影。咄嗟に背後に肘打ちを放つが、空を切った。
「残念でした」
 今度は頭上から、思わず上を見上げた。
「お粗末様でした」
 ナノが顎を上げたそこに杖を突きつけた。



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