(旧)十億分の一の魔女 ~ナノウィッチ~

田所舎人

2

 ナノとテラが言い争っていた頃。学園長室の扉の前にはシャノンがいた。周囲を見渡し、誰もいないことを確認してから、扉の向こうの存在に声をかける。
「学園長。シャノンです」
「お入りなさい」
「失礼します」
 シャノンは扉を開き、入室する。椅子に座っているエクサはナノの前では見せなかった学園の長としての顔をしている。
「シャノン。ナノ君はどうかしら」
「ナノ君はとても健康快活な少年です。田舎育ちのため私達とは少し違った考え方を持っているようですね。素朴と言えばいいのでしょうか、思いついたまま話し行動する素直な子です」
「それはなにより。ところでシャノン、あなたに与えられた任務の方はどうかしら?」
「それが……どうも彼はそちらの方には興味を示しませんでした。言い難いことですが、私は女性として見られていないようです」
「そう。しかし、それでもどうにか興味を惹かねばならないわ。何故、若い君にナノ君の担当教師という座を与えたのか分かっているわね?」
「はい……」
「もちろん、彼にも選ぶ権利はあるし、アンから預かっている身。無理強いはできないわ。それでも、選ばせる事はできるわよね?」
「はい」
「別に貴女でなくとも良いのよ。この学園にいる者であるならばね」
「分かっています」
「そういえば、ナノ君と同期の彼女達は中々に美少女揃いよ」
「彼女達を利用する……そういうことですか」
「あまり人聞きの悪いことを言わないように。彼女達だって預かっている身よ。選ぶ権利は彼女達ももちろん持っているわ。まぁ選ぶも何もこの学園にいる男性はナノ君かあの馬鹿しか居ないから元々選択肢なんてないようなものだけど」
「……この事をナノ君のお母様はご存知なのですか?」
「そこらへんは全て説明してあるわ。アンは『ナノは私が育てた息子。彼が選んだ女性を否定することは私自身を否定することです』そう言って了承してくれたわ。信頼されてるわね、あの子」
「ナノ君自身はこの計画についてご存知なのですか?」
「ナノ君には教えていない。知っているかどうかはわからないわ。アンが必要だと思ったのならば、既に教えているとは思うけれど。それに彼は彼で相手を選ばなければいけない。このことを教えれば、ナノ君が選ぶ決断をする時に影響を与えてしまうわ。知っている者は私とシャノン、それにナノの母親のアンだけ。一部の人間は勘づいているようだけれど」
「……」
「難しく考える必要はないわ。シャノンが気に病まなくても事態は勝手に進むこともあるわ。なにせ男女の仲。種に土に水に太陽があるこの学園。一度種さえ撒かれればあとはドミノ倒しになるわ。お前が覚悟しなければいけないことがあるとすれば、その土がお前になるかどうかということだけよ」
「……はい」






 時は昼食後、場所は校舎北側の平地に設けられたコロシアム。本来は戦士達が自らの武を競うことから生まれた建造物。それが昔の魔術師ウィザードが自らの魔を競ったり一人の女を奪ったりといった場としても用いられ、魔術師ウィザードという言葉が死後となった現在はコロシアムだけが遺物として残っている。平地を掘った凹地を戦場とし、凹地を囲むように客席が設けられている。コロシアムの形状は直径三十メートル、深さ五メートルの円柱の空間と奇も衒いもなく決闘者同士の実力を測るだけの場だ。
 そしてコロシアムには学園に籍を置いている者の大半が噂を聞きつけ押し寄せてきているのだろう。やはり、全員が女性である。若年から壮年まで幅広い年齢層がこの学園にいることをナノは認識させられる。「あの子が噂の男の魔女?」「男だから魔男じゃない?」「結構可愛らしい顔してるのね」「思ったより体つきがいいわね」と口々にナノが魔女の素養を持ってることや容姿についての話し合いが交わされる中、
「さぁ、降りてきなさい!」
 パスカルは杖をナノに突き付け、改めて宣戦布告をする。
「ナノ君、手加減するのよ。怪我なんてさせちゃダメなんだからね! 私、魔術なら受け止める自信があるわ……でも、ナノ君の肉体攻撃フィジカルストライクを受け止める自信がないわ」
 かなりの不安を抱えたルビンは何度も何度もナノに手加減をするよう注意した。
「分かってるよ、です」
 ナノは堂々とコロシアムに飛び降りる。客席は湧き上がり、黄色い声援が聞こえてくる。中には物騒な声も聞こえる。娯楽に飢えた少女淑女は興奮の渦中に飛び込むように一体感を味わっている。
「ルールは簡単。相手の杖を奪うか魔素が切れるか降参と言わせたら勝ち。いいわね」
「いいぜ、です」
 ナノは徒手空拳で構えを取ると、客席からは笑い声がした。
「何をしているの? 早く杖を抜きなさい」
「杖? ああ、これか」
 ホルダーから杖を抜き取る。
「杖を取ったわね。じゃあ、いくわよ! kəmprés/compress hí:t /heat」
 力と熱の複合魔術。周囲の大気がパスカルの杖の先端に集積され陽炎のように揺らめく大気が球体状になり浮かび漂う。
「さっきは食べられるだけ食べたわ。今のあたしは魔素の枯渇で負けることはないの」
「へぇー、それでどうすんの、ですか?」
「hæ'ndl/handle」
 パスカルが杖をナノに目掛け突き付ける。すると陽炎の球体はナノに目掛けて襲いかかった。
「これぐらいなら余裕で躱せるぜ」
 陽炎の球体を難無く避けるナノ。しかし、
「掛かった!」
 パスカルが杖の先端を動かすと陽炎の球体は杖の動きに連動してナノに追尾するように襲いかかる。
「ikspæ'nd/expand」
パスカルが更に追い討ちをかけて詠唱をすると球体は急速に膨張を初め、球体はナノを包み込んだ。それは加熱された大気。人間の限界温度を優に超える大気がナノに襲いかかる。
「熱ッ!?」
「ほらほら、抵抗しないと肌がゆで卵になってしまうわよ」
 魔素を保有する者は魔術に対して反射的に抵抗する生き物である。そのため、ナノは暫く耐えることはできる。しかし、継続的に魔素を放出して身を守るには強い疲労を伴う。パスカルはナノが魔素を枯渇させることで勝つことを目論んだ。しかし、
「お、なんだか温くなってきたな」
 三百度まで加熱された大気を温いと表現するナノ。
(!? 普通の魔術師ならば呼吸をするだけで喉が焼けて詠唱ができなくなるのに……。前もって肉体の周囲を冷却するか、陽炎の檻から脱出しなければこの魔術からは逃げられないはず。なのに……)
「あー、折角母さんから貰ったマフラーが台無しだ……」
(なんなのこいつ! 男性型魔女ってこんな規格外なわけ!?)
「次はこっちから行くぜ!」
 コロシアムの床がナノのひと蹴りで陥没する。陽炎の檻から飛び出したナノはパスカルの目前で立ち止まる。慣性を無視した静止。その影響はパスカルが腰を抜かすといった現象に移り変わった。パスカルはナノが立ち止まった瞬間、狂風を感じた。それはパスカルが戦意を失うに十分だった。
「これで俺の勝ちだな」
 尻餅をついたパスカルの手から杖を抜き取る。
 コロシアムの階上から拍手喝采が鳴り響いた。
「あの女の子、なかなかやるじゃん」とか「あの男の子の名前ってナノだっけ?」とか「あいつ、結局魔術を使ったのか?」等と口々に先程の応酬を評価していた。そんな評価とは関係なく、ナノは尻餅を付いたパスカルを引き起こす。
「これで気が済んだか、ですか?」
「え、ええ。そうね……」
 呆気に取られたパスカル。七、八メートル離れたナノが一瞬で距離を詰めたことが信じられないといった表情を浮かべる。そこでルビンがコロシアムに降り立つ。
「勝者、ナノ!」
 更なる拍手喝采がコロシアムに轟く。それは新入生を歓迎する在学生からの贈り物のようだった。
「これでナノ君はパスカルより強いということになったわ。これは公的に認められたことよ」
「それってどういうことだ、ですか?」
「そのままよ。社会的地位に関わらず、貴方はパスカルよりも上の立場だということを皆が認識した」
「ふーん」
「ナノ君には馴染みの無い慣習よ。パスカルは良く分かってると思うけど」
「……」
 悔しそうに表情を歪め、ナノを睨みつけるパスカル。その視線を受けるナノは売られた喧嘩を買って返り討ちにしただけで恨まれるというのもお門違いだと受け流した。
「パスカル、決闘に何を賭けたか覚えてるわね」
「……覚えてるわよ」
「それは結構。私はこの件を上に報告しなくちゃいけないからここを離れるわね。ナノ君の案内を別の人に継いで欲しいのだけど……」
 ルビンが客席を見渡すと一人の少女に目をつけた。
「クーロン・ミリア。降りてきなさい!」
 名前を呼ばれた少女は何故自分が呼ばれたのだろうと不思議そうな表情を浮かべたあと、ぴょーんとコロシアムに降り立った。
「うちのことを呼んだの?」
 背丈は百四十センチ程。ナノの目からはどうみても年下にしか見えない少女だ。ショートな栗毛に白い肌。綺麗なバイオレットの瞳を持つ少女。そして着ている服は何故か青いツナギである。魔女っぽくはないが、ベルトには工具と一緒に杖やダガーも備えているため一応は魔女らしい。
「ミリア、君と同じ新入生のナノ君だ。彼の案内をしてくれ」
「あいよー。うちに任しとくのー」
 間延びした口調、それが更に幼さを際立たせる。
「パスカル。貴女は私と来てちょうだい。事後報告ではあるけど、コロシアムの使用願いの書類を提出する必要があるわ」
「……分かりました」
 顔を俯けたままルビンの後を追うパスカル。そのパスカルがナノに向ける視線は怒りのためか熱っぽいものだった。その後、集まっていた観客は徐々に解散していき、人気がなくなった頃。
「じゃあ、私に付いてくるのー」
「おう」
 ミリアは梯子を登ってコロシアムから客席へと移動し、ナノはその後をついていく。
「えーっと、うちと同じ新入生だよね? さっきの決闘すごかったの! パスカルが撃った魔術、どうやって防いだの?」
 ぴょこぴょことナノの全身を見回しながら尋ねる。
「なんか、慣れた。熱い風呂に入った時みたいな感じだったかな」
「へぇー、ナノは変わってるの」
「ミリアも少し変わってるかも」
「えへへ。うちのこと、ミリアって呼んでくれるんだ」
「ん? クーロンのほうが良かった?」
「ううん、ミリアって呼んで。そっちのほうがうちは嬉しいの。ナノ君は姓が無いの?」
「そうだな。だからただのナノだな」
「そっかー、えへへ。じゃあうちはナノって呼んでいい?」
「いいぜ。ミリアは名家の出身って聞いたからまたテラやパスカルみたいな気難しい相手かと思ったけど気楽でいいや」
「そう? 嬉しいな……」
 しみじみ、というにはどこか熱の篭った呟きだった。
「そういえば、カンデラ・マイって知ってるか? 俺達と同期らしいんだけど、まだ会ってないんだよな」
「マイ? マイに会いたかったら直接寮に行くか夜に校舎の屋上に行けばいいの。……そうだ、ナノも行こうよ! マイのところに」
「おう! 行こうか」
「ついてきて!」
 ミリアは走り出す。小さな四肢とは裏腹にミリアは足が早かった。並の人間よりも速く、犬や猫並の速さだった。その速さで移動するミリアをナノは追走する。足場が悪い森に比べれば平地はなんと走りやすいことか、ナノはミリア以上の速さで距離をすぐに縮めた。傍から見れば、兎を追う狼が如くだ。
 ミリアは何かの建物の傍で立ち止まり、辺りを伺いながら植え込みに身を隠し、ナノに隠れるようジェスチャーを送る。建物は煉瓦造りで三階建ての建物だった。建物の向かいには男子寮が見える。
「ナノは身体が大きいからここで待ってて、うちがあそこの窓の鍵を開けてくるから」
 小声でそう言うとミリアは杖を抜き「sáiləns/silence」と唱える。するとミリアが立てる物音が無音になった。
「ミリア、凄いな。そんなことができるんだ」
「○○○」
 何か言ったのだろうが、それも魔術によって無音になり、ミリアはそのままにっこり笑って行ってしまう。
 しばらくすると鍵がかけられた窓が開き、ミリアがナノを手で招く。
「ここで見つかったら大問題だから静かに移動するの」
「おう」
 小声のやり取り。いつ、どこで扉が開くか分からないが森で動物に気取られないよう気配を殺す程度には隠密を心得ているナノ。ミリアの先導に従って建物内を移動する。都合良く誰にも見つかることなく目的の場所へとやってきた。
 コンコンコン。ミリアが扉をノックする。
「……だれ?」
 落ち着きのある女性の声がした。
「マイ、来たよ」
「……ミリアね。入っていいわよ、鍵は開いているわ」
 ミリアは扉を開き、ナノを先に部屋の中に入れる。部屋に入ったナノはここが女子寮だということに気付いた。長い黒髪に丸く大きな黒い瞳、漆黒の衣を身に纏った少女が椅子に座って本を読んでいた。
「……あら、今日はお客さんを連れてきたの?」
 パタンと本を閉じる。
「うん。うち達と同じ新入生のナノなの」
「……例の噂の……何か御用かしら?」
「ナノがマイに会ってみたいって言ってたから連れてきたの」
「……そう」
「俺はナノ。一緒に学園で魔術を学ぶ者同士仲良くしようぜ」
「……ええ。仲良くしましょう。ミリアがナノをここに連れてきたってことは、彼を気に入ったってことかしら?」
「うん。さっき、パスカルとナノが決闘してたんだけど、面白かったの」
「……そう。急に寮から人気が無くなったと思ったらそういうこと。……それで、どっちが勝ったのかしら?」
「最初に仕掛けたのはパスカルで力と熱の複合魔術からハンドル、それを交わしたナノに追い討ちをかけるようにイクスパンド。檻に閉じ込められたナノが良く分からない方法で脱出。それで腰を抜かしたパスカルの杖を奪ったってところなの。パスカルの油断をナノが突いたってことが勝因かな」
「……そう。ところで、良く分からない方法って何かしら? 魔術ではないの?」
「んー、良く分かんない。ナノは熱い風呂に入った感じって言ってた。でしょ?」
「おう、熱い風呂に入って徐々に慣れた感覚だったぜ。ただ、母さんから貰ったマフラーが少し傷んだのが残念だな。折角俺のために編んでくれたのに」
「……」
 マイはまじまじとナノが巻くマフラーを見る。
「……修繕してあるわ」
「え、修繕って直してくれるってこと?」
「……ええ。元通りにはならないかもしれないけど、少し手を加えればなんとかなるかもしれないわ」
「じゃあ、頼むよ」
 ナノは巻いていたマフラーを外し、マイに手渡す。
「マイはそういうのが得意なの。裁縫とか編み物とか手先が器用なの」
「……ミリアは機械が得意。この部屋にある電灯のいくつかはミリアの作品よ」
「えへへ」
 嬉しそうに照れ笑うミリア。そしてポンと手を叩く。
「そうだ。テラやパスカルの趣味について教えておくの。テラとも少し言い争ったって聞いたから、何がきっかけになるか分からないの」
「あの二人の趣味か。……どんな趣味なんだ?」
「テラは音楽が好きらしいの。特に弦楽器の音色が好みらしいの。王宮にいた頃はお抱えの楽団に毎日のように演奏させたらしいの。テラ自身の演奏も素晴らしいって聞いたことあるの。パスカルは料理が好きなの。好きな料理は肉料理。たくさん作ってたくさん食べるのがパスカル。香辛料が効いたピリリと辛い味付けが特徴なの」
「あの二人の趣味か。音楽は良く分からないけど、肉料理なら俺も作るぜ。猪鍋や熊鍋なんか最高だ」
「……ナノはどこの生まれかしら?」
「あっち。馬車で二日」
 南門がある方向を指差す。
「あっち……南ね。そこを馬車で二日というと……ナノは外の人間かしら?」
「おう。地平線まで広がる稲穂が自慢だ」
「……あそこはどこの領地にも属してないはずよ。……賊に襲われることは無かったかしら?」
「ああ、賊ね毎年稲の収穫を手伝ってもらってる」
「……」
「母さんには頭が上がらないらしい。賊の頭が酒の席でそう言ってた」
「……そう」
「あの人達、元気にしてるかなー」
「……変わってるわね」
「変わってるの」
「こっちでは変わってるのか……そうなのか」
「……まぁいいわ、明日の夜に校舎の屋上に来てちょうだい。マフラーを持って待ってるわ」
「ああ、マフラーのことよろしく頼んだぜ」
「……ミリア、ナノを送ってあげて」
「分かったー」
 ミリアが先に退室する。外の様子を伺うために。ナノも退室しようと立ち上がったとき、
「ナノ。あなたがこの学園に来た本当の意味を考えなさい」
「本当の意味?」
「……ええ。貴方が導き出した意味を」
「俺が導き出す意味……」
「……ミリアが待ってるわ」
「お、おう」
 ナノは急いで部屋を出る。マイが言った言葉の真意は分からなかったが、考えることぐらいならできるだろうとマイの言葉をナノなりに解釈した。


 一人になったマイは手元に残ったマフラーを手で撫でる。
(パスカルの熱魔術に抵抗したのはこのマフラーの力かと思ったけど、どうやら魔道具では無い様子。だとすると、抵抗したのはナノ自身の能力かしら。もしそうなら元々対魔力の素養が優れていたということかしら。あるいは魔素の放出量が高かったのか、ミリアは魔術の解析に関しては優れている。その彼女が良く分からないと評価した以上、私が直接見ても分からないでしょう。それとも昔、魔術師ウィザードと呼ばれていた者達の特有の能力かしら。もしそうだとすると、魔術師ウィザードを生み出すにはナノの協力が必要不可欠……。そういえば、ミリアが気になることを言ってたわね。檻から脱出して杖を奪った。ということは決闘中、一度も魔術を使わなかったということかしら? それとも無詠唱による行使かしら……。後者ならば問題ないのだけど、前者ならば魔術師ウィザードは肉体的にも優れているということに……)
 長考が絶えないマイはいつまでもマフラーを撫でていた。






 無事に女子寮を脱出したナノ。
「ありがとう、ミリア」
「えへへ。役に立てたなら良かったの」
「俺はこれで戻るけど、ミリアはどうする?」
「うちは食堂で夕食を食べるの」
「そっか。じゃあ、また明日ね」
「うん! またあしたね!」
 女子寮を出た直後だと言うのに大声で別れの言葉を告げ合う。近くを歩く女学生はこれまた奇異の視線を投げかける。更にはコソコソと話し合う女学生。
「え? ナノ君ってもしかしてそういう趣味なの!?」
 といった声が聞こえた。その真意は分からないが、これも考えなければいけないことなのかもしれない。
 寮に戻ったナノ。扉を開き、中に入った瞬間に違和感を覚えた。明らかに自分以外の何者かがいる。水が跳ねる音が聞こえる。まるで雨のような連続的な水音。
(昔、賊が食料庫を荒らした事があったっけ) 
 ゆっくりと水音が鳴る方へと向かう。一歩、二歩、三歩。水音は徐々に大きくなる。閉めたはずのドアは開いていた。音を立てずに脱衣所の敷居を跨ぐ。また一歩、また一歩と近づく。
 キュッ。
 水音はぴたりと止んだ。磨りガラスの向こう側、風呂場には人影がある。
 ガチャリ。
 扉が開く。むわっとした空気が扉の隙間から溢れ出てくる。
 全裸のおっさんも出てきた。
 目と目が合う。
 五十代の白髪のオールバック。
「おお、おかえり」
 衰えの見えない肢体。引き締まった体はまだまだ現役であること証明するようだった。
「確か……事務員の……」
 ナノは必死に思い出そうと頭を捻る。
「おお、俺が分かるのか。ジュール・ゼプトだ。よろしくな」
 そういって手を差し出す。ナノはその手を握り返した。
「俺もこの寮に住むことになったからよろしく」
 え。



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