十億分の一の魔女 ~ナノウィッチ~ 農家の息子が魔女になる

田所舎人

魔女と戦士

日曜日。
数十台の馬車が校舎前に横並び、学生、研究生、研究員、はたまた用務員と数え切れない程の人が列をなして馬車に乗車していた。
「こんなに人がいたのか」
 食堂で見た人数にも驚いたが、馬車の昇降口で立ち並ぶ人の数はそれ以上だ。
「日曜日はいつもこんな感じです。ナノ君も街に行く時は毎週こうやって並ぶんですよ」
 クローネはそういう。これが毎週の光景と言われると慣れるしかないのだろう。
「ナノ、前が空いたわよ。早く進みなさい」
「……ナノ、早く」
「ナノ、進んだほうがいいの」
 三者三様にナノに前進を促すが、全員名前を呼ぶ。
 クローネが小首をかしげる。無理もない。土曜日というたった一日でナノを中心とした人物相関図に線が何本も引かれたのだ。
「ナノ君、昨日は三人と何かあったのかしら?」
 クローネがナノにこっそり耳打ちをする。
「一緒にお茶飲んだり昼食を摂ったり果物を食べたりした」
 昨日したことと言えば、ナノは真っ先にそれば思い当たる。
「そうなの? 皆と仲良くなれたみたいね」
 クローネはナノ達が仲良くなる姿に微笑みを浮かべた。
 そして、徐々に列は消化され、ナノ達が乗る番となる。
五人は馬車に乗り込み、ナノは一番後ろの席に座り、その隣にクローネ、その反対側にテラ、前隣にマイとミリが座る。
「さて、今日の目的ですが皆さん覚えていますか?」
 確認するように訊くクローネ。ナノ以外の三人も既に話の概要は聞いている顔だ。
「……クラウンの構成員、ジンとマリーダの確保」
 マイは今回の問題の核ともいえる二人の名前を挙げた。
「そうね。でも、その前にすることがありますよね?」
 二人の確保、そのためには人手を増やす必要があった。
「戦士組との合流だろ」
 ナノにとってはこれからの同居人でもある。
「はい。まずは宿屋『レスリックの泊まり木』で戦士組との合流。チームを組んだ後、ジンが出没すると思われる喫茶店へ調査に向かう。ここまでいいですか?」
 四人とも頷く。
「レスリックまで約三十分あります。各自で北、西、南のどちらに向かうか決めてください。西は二人で向かう事、うち一人はナノ君です。レスリックの土地勘はあまりないと思うので誰かと組んでください」
「分かった。俺は西だな」
 地図こそ一度見て大凡覚えているが、現地に行けば迷う恐れもある。
「私も西に向かいます」
 ナノと同行することを選んだのはテラだった。
「……北」
「うちは南」
 マイが北、ミリが南。これで綺麗に別れた。
「では、北がマイさん。南がミリさん。西がナノ君とテラさんということですね」
 ――テラと一緒か。
 ナノはテラが同行するということを意外に思った。三人の中でいえばミリが来るものだと予想していたのだ。
 ミリの表情と視線を読み取るとテラに遠慮したようにも見えるが、そのテラはというとミリに対してのあてつけのようなものはないらしい。
 何か互が仲良くなれるいい切っ掛けがないものかとナノは考える。
 ――鍋。
「そうだ。鍋だ」
 思い出したようにはっとするナノ。
「どうかしましたか? ナノ君」
「今度、俺達の寮で鱈鍋やるんだよ」
 マイの瞳が輝く。
「だからさ、皆で鍋祭りしようぜ。戦士組も巻き込んで」
「鍋ですか?」
 クローネは話が見えていない。
「鍋って私も入っているのかしら?」
 テラは思いがけない提案に自身もそのうちに含まれているのかと確認するように訊く。
「ああ、全員だ。テラもマイもミリもクローネも含んで全員だ」
 当然事項といった言い方。一緒に鍋をつつけばそれは仲間だ。友達だ。
「鍋ですか……いいですね」
 クローネは快諾してくれた様子だ。冬の鍋を断る輩は煮られればいい。
「仕方ないですね。友達の誘いを無碍に断るのは失礼になります」
 友達という単語に嬉しさが混じっていることに気づいたのはナノだけではないだろう。


 レスリックは活気溢れる街並み。魔術学校を保有する都市国家というだけあって、そのお膝元も盛況だ。
 馬車を下りた五人はクローネを先頭にレスリックの泊まり木と呼ばれる宿屋へと向かう。
「少しだけここで待っててください」
 クローネだけが宿の中へと入る。
 造りはそれなりで、そこそこ年季が入った建物であり、三階建てだろうか。上に両開きの窓が二つある。
 数分もすればクローネが出てきて、その後ろをぞろぞろと四人の人間が出てきた。
 一人目は身長二メートルはあろうかと思われる熊のような筋肉質の小麦色に焼けた坊主の大男。馬鹿でかい鎚矛メイスを背負っている。
 二人目は切れ長の目を持つ美形で無表情なセミロングの金髪の男。背中に矢筒と小弓を背負っている。
 三人目は腰まで届く程に長く綺麗な金髪を持ち、翡翠色の鋭い目つきの少女。腰に刀剣を下げている。
 四人目はマイよりも小さい男女の区別がつかない線が細い黒髪ショートの子。身軽な軽装であり、武器らしいものは持っていない。
 大男がナノの目の前で立ち止まるとその巨腕を大きく広げた。
「やっぱりナノじゃねぇか!」
 熊のような男がナノを力強く抱きしめる。声こそ少し低くなっているものの、その陽気で力強い二の腕は忘れられない。
「もしかしてライルか!?」
 ――むさっくるしく抱きしめてくるこの筋肉圧は間違いない。
「おう、俺だ! 名前を見たときまさかとは思ったが本当にお前だとはな」
 感涙。男泣き。ライルは五年ぶりともなるナノとの再会に衝動に駆られるままに抱きしめた。
「じゃあ、お前がダンか?」
 ライルの腕から必死に逃げ、聞いてみると、隣に立つ美男子は肯定するように目を瞑り小さく頷いた。
「そうだ。相変わらず無愛想な奴だが、俺と一緒に戦士学校に入ったんだ」
 力強くダンの肩をバシバシと叩く。
「かなり顔つきが変わったじゃねぇか!」
 片手を上げて挨拶するダン。五年ぶりの再会だが表情はそれほど変わらない。
 ナノが人の表情を読み取るのが得意になったのは主にダンのせいだ。恐らく、ダンと意思疎通ができるのはナノとライルと盗賊の連中とアマラぐらいのものだろう。
「ダンのやつ、相変わらず喋らねぇのか?」
「ああ、相変わらず無口な野郎だぜ」
 ダンが何故口を開かないのかというと訛りが酷く喋っても誰も聞き取れないため、会話することを諦めたからだ。むしろ、表情や視線で会話する方がまだマシらしい。
 これで三叉烏の再結集である。
「二人共、再会を喜ぶのは後にして皆に自己紹介をお願いできますか?」
 クローネがあまりのライルの熱烈っぷりに押されつつも話を進めようと口を挟んだ。
「ああ、悪かった」
 先に謝ったのはライルだ。
 戦士学校での生活のためか昔に見たライルの表情とは少し違った表情を浮かべている。
「俺がライルだ。一応、戦士組のリーダーをやっている。得意な武器は鎚やら斧やら重いもんだ。で、こっちの無愛想な奴がダンだ。得意な武器は弓。それで、その隣にいる金髪の硬い姉ちゃんがアテナだ。得意な武器は槍と刀。そっちの一番小さいやつがエース。得意な武器、というか素手専門だ。全員ササニシキの戦士学校から来た」
「よろしくお願いします」
 アテナと呼ばれた少女は鍛え上げられた刀剣のような重苦しさを纏って一歩歩み寄って頭を下げる。
「よろしくです!」
 アテナを見習って同じように頭を下げる子がエース。声も少年ぽくもあれば女の子ぽくもある。
「ライル、エースって男なのか? 女なのか?」
 ライルに囁き尋ねる。
「やっぱ分かんねぇだろ? 俺も最初は分かんなかったが、男だ」
「僕は男です!」
 聞こえていたのか、そう主張するエース。男ですというその声こそ女の子っぽくもある。
「エースっていくつなんだ?」
 十歳といってもまかり通る容姿だ。そもそも戦士というところからして疑問が残る。
「今年で十五になりました!」
 ――同い年なのか……。
 信じられないほど小さい。そして性別も判りづらい。ナノも大概だがこのエースというのも大概な気がしてきた。
 その後は魔女組も順番に自己紹介をする。
 といっても、前情報だけは既に戦士組も知っていたため前もって受け取った情報と顔を合わせる程度のものだった。
「さて、パートナーを決めましょう。まずはナノ君ですが、ナノ君はアテナさんと組んでもらいます」
「ああ、分かった」
「分かりました」
 これは前もって決まっていたこと。異論は無かった。軟派のナノと硬派のアテナといった凸凹ペアといったところだろう。
「順番から言って、先に西組を決めましょう。次にテラさんのパートナーですが」
 クローネが残り三人の顔を見比べている。
「僕が行きます!」
 立候補したのはエースだった。小さい体で主張するために手を挙げている。本当に戦えるのか心配だ。
「それでいいかしら、テラさん?」
 クローネがテアに確認する。
「構いません」
 テラは相手が誰でもいいのだろう。暑苦しいライルと無表情なダンに比べればマシなのかもしれない。
 残る二人は筋肉男ライルと無愛想男ダンだ。
 ライルは組む相手はどちらでも良いといった表情。ダンの視線はマイの方に注がれていた。
「ダン、マイと組むか?」
 ナノが聞いてみるとダンはこくりと頷く。おそらく、無口同士で意思疎通が図れそうだと思ったのかもしれない。
「じゃあ、マイさんとダン君でお願いします」
 ダンとマイの二人は特に挨拶を交わすことなくペアとなった。無口ペア。
 となると必然、ライルとミリが組むことになる。長身ペア。
「では、ミリさんとライル君でお願いします」
「分かった」
「は、はい、分かりました」
 これで四つのペアができた。
 ナノ(力)とアテナ(刀)
 テラ(音)とエース(素手)
 マイ(光)とダン(弓)
 ミリ(雷)とライル(鎚)
「今後はこのペアで行動をしてもらいます」
 ルーカス・オブ・ライト。
例の宙に文字を書く魔術で分かり易くまとめたクローネ。
「アテナ、よろしくな」
「よろしくお願いします」
「エース、よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますです!」
 こくり。
 こくり。
「よろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 それぞれ挨拶が済んだところでクローネは宿へと足先を向けた。
「私は別に行動するので、皆さんはそれぞれ自由に行動してください」
 そう言ってクローネは雑踏の中に紛れてしまった。
 クローネは誰かについていくという気はないらしい。
ということでクローネの後ろ姿を見送って八人で話を始める。
「さってと、なんか質問あるか?」
 五年ぶりだが、昔話に花を咲かせる暇は無かった。早速本題に入る。
「俺達は昨日届いた手紙で大凡おおよその話は聞いてる。だから、戦士組としては魔女組の方針に従うってことで決着がついてる」
 さすがリーダーと名乗るだけあって話運びが速い。
「じゃあ、俺とテラ、それとアテナとエースが西、マイとダンが北、ミリとライルが南で喫茶店で聞き込み。これでいいか?」
 自然とナノがこのチームの中心になっている。戦士組四人のうち二人と面識があるため、自然とチームを回す立ち位置に来ることは必然だったのかもしれない。
 他の七人もそれで納得している様子だ。
「じゃあ、また後で会おう。聞き込みが終わったらまたここに集まるってことで」
「異論はない」
 魔女組代表はナノ、戦士組代表はライルという形で互の代表の話し合いは決着した。


 ナノ達四人はそのまま西に向かう。
「アテナは刀でエースは素手が得意だったよな?」
「はい。僕は刀です」
 ――僕?
 アテナは確かに一人称を僕と言った。
長い金髪を白いリボンで後ろに縛り、よく見ると腰に剣も差している。鞘が沿っていることから片刃の剣のようだ。
「僕は重たい武器を持っても体が振り回されるので、短剣みたいな軽い武器か素手じゃないと戦えません」
 ――エースも自分のことを僕って言うんだな。
 先程からエースはアテナの模倣をしているように見える。一人称もその影響なのかもしれない。もしかしたら、エースが西側に行くと立候補したのもアテナが西に向かうからなのかもしれない。
 全ては憶測だが、エースはアテナに羨望の眼差しを向けているのは確かだ。
 見た目としては女の子と見間違えるほどの華奢な体付き、丸顔に丸い瞳。内側を向くショートの黒髪。ベルトには短剣とポーチがついている。
「俺は力系統の魔術、テラは音系統の魔術が使える」
 使えるといってもナノはフォースの魔術しか使えず、テラも音魔術以外は使えないらしい。
「魔女と共闘する経験は貴重だ。勉強させてもらうぞ、エース」
「はい! アテナさん」
 まるで師弟関係だ。
「そういえば、ミリとマイは大丈夫かな」
 無口ペアと長身ペア。無愛想で無口なダンと無表情で寡黙なマイ、豪快なライルと人見知りのミリ。
 とても聞き込みなんてできそうにない。
「二人に聞きたいんだけど、ライルとダンって戦士学校ではどんなやつらだった?」
 二人の空白の五年は知りたいところだ。アテナとエースに二人の様子を訊いてみた。
「ライルは力こそ強いですが、動きが鈍いですね。ダンは弓の腕はいいですが、無口なのでライル以外と話しているところを見たことがありません」
「僕はライルさんみたいに力強く、ダンさんみたいに冷静な男になりたいです!」
 これが二人の評価らしい。
「そうか。二人共昔と変わらないもんなんだな」
 ナノはライルと力比べをしたり、ダンと狩りをしたりと競っていたこともあった。
「ナノはあの二人と友人だったんですか?」
 テラが赤い瞳でナノを見つめながら問う。
「ああ、五年前に戦士学校に行って以来会ってなかったけど、二人共俺のことを覚えてたみたいだな」
 ライルは更に大きく、ダンは更に寡黙になっていた。
「そうですか」
 どこか寂しげな表情を浮かべるテラだが、なぜその表情を浮かべるかナノには皆目見当がつかない。
「ナノさんは本当に男の人なのに魔女なんですか?」
 隣を歩くエースが小首を傾げ、後ろに手を組み、はにかみながら話しかけてくる。
「ああ、男だけど魔女だ。それよりも、エースこそ本当に戦士なのか?」
「うん。僕は戦士だよ。戦士学校でも成績は良かったもん」
 ちらりとアテナの表情を見るにそれは本当のことらしい。
「お二人の実力は如何いかがなものですか?」
 堅苦しく凛とした物腰でアテナが訊く。
「俺は魔術より武術の方が得意かな。魔術を習いだしたのも先週からだし」
「私は音魔術なら十分に使えます。実戦経験も多少は積みました」
 まともな魔女はテラのみであり、ナノは魔術を使った実戦の経験がない。
「では、僕が前衛を務め、後衛をテラさんにお願いします。エースは僕のナノはテラさんの補佐を」
 ――なんだ?
 アテナが言う隊列に文句は無い。戦士組が前に魔女組が後、武術も多少使えるナノがテラの補佐というのも納得できる。なのに、どこか引っかかる。
「僕はアテナさんの補佐をすればいいんですね」
「分かりました。私は後衛を任されましょう」
 二人はナノとは異なり、違和感を覚えていない様子でアテナの意見に賛成している。
「ナノ、あなたも構いませんね?」
「あ、ああ。それでいい」
 武術に心得のあり、かつ魔術が使えるナノが後衛を務めるのは確かに間違っていない。
 槍は環境によって振り回すことが困難な場合もある。その穴を埋めるために素手で戦えるエースを補佐にすることも間違っていない。
 ――そういえば、音魔術でどうやって戦うんだろう。
 自身が魔女であることを認識してはいるが、経験、知識共に浅いナノは他の魔術が戦場においてどのような活躍をするのか分からない。


 くだんの三つの喫茶店のうちの一つに辿り着く。
 聞き込みはアテナが引き受け、エースはアテナの後をひょこひょこと付いていく。
 ナノとテラは周囲の警戒。噂に聞く黒ずくめであるならば立ち所にわかるだろう。
 しかし、一軒目の喫茶店に黒装束に身を固めた不審な男女の二人組は訪れていないらしい。
 二軒目の店に向かおうとした時、視界の端で見覚えのある烏が映った。
「ナノ、どうかしましたか?」
 ナノのすぐ前を歩いていたテラが振り向いて尋ね、どこかを見つめるナノの視線の先をテラは追った。
「あれ? カササギ先生じゃないですか?」
 青い羽を大きく広げ、滑空してナノの肩にとまる。
「よぉ坊主。お前の手助けをしに来てやったぜ」
 相変わらずの上から目線。
カササギは見た目以上に足で掴む力が強い。
「カササギ……ってことはフランかクローネがよこしたのか?」
「まぁな。それとカササギ先生な」
 いつもの調子で返したかと思うと声を一際小さくしてナノの耳元で囁く。
「お前達を追跡している奴がいる」
 ――追跡者?
「そいつはどこにいる?」
「ついさっき通り過ぎた左側の路地だ」
 振り向き、駆け抜け、追跡者の捕獲を試みる。
「ナノ! どこにいくんですの!」
 背後からテラが声をかけるが、構っていては取り逃がすかもしれない。振り返らずに路地に入り込むと、厚手の麻の布を頭から被った不審な影が物陰から飛び出る。
 足は速い。人混みの隙間を縫うようにして小刻みに足を動かしている。
 人混みに慣れていないナノは人にぶつかりそうになりながら追いかけるが距離を詰めることはかなわない。
「カササギ、奴を追ってくれ」
「俺に命令するなら代償の一つでもよこせ」
 欲張りな烏だ。
「分かった。金がいるのか?」
「いや、お前の血か髪を溶かした小瓶を一つくれ」
 ――そういえば、血や髪でもいいんだっけか。
「分かった。それを溶かした小瓶があるから、それでいいんだな」
 ホルダーの中にある小瓶は全部で六つ。そのうちの一つを代償に追跡者を捕獲できるなら安い。
「交渉成立だ」
 カササギは両翼を羽ばたかせながら上昇し、頭から麻袋を被ったような追跡者、今は逃亡者を追跡する。
「ナノさん、ナノさん」
 後から急に声をかけられる。その声はエースのものだった。
 ――こいつ、足が速いな。
 先走ったナノに追いつく。それだけで驚くに値する。
「エース、俺らの後を追っていた奴がいた」
 ナノの視界には既にその人物はいない。
「それって例の黒ずくめの二人組ですか?」
「いや違う。その二人とは関係ない」
 ――たぶん。
「それで、そいつは今どこに?」
「今、仲間が追ってる。上を飛んでいる黒い点がそうだ」
 晴天の青空に黒点が一つ。カササギだ。
「ところで、アテナとテラの二人は?」
 エースはナノを追ってきたようだが、二人はついてきていないようだった。
「二人はさっきの喫茶店で待っているそうです」
「分かった」
 カササギは進行方向を変えず、滑るように飛んでいるが、その高度を徐々に下ろし、ナノの肩に留まった。
「あの野郎、そこの空家に入り込みやがった」
 屋根が朽ち、蔦に巻き付かれ、雨戸は片方だけしかないボロ屋とでも形容すべき家屋。
 周囲に人気はなく、あの逃亡者はあえて人気がない場所に逃げ込んだのかもしれない。
その家屋は鍵は閉じられておらず、侵入経路は二階の窓、正面玄関、裏口と多岐にわたる。
「やつは二階に上がった。俺が見張っててやるから調べてこい」
 エースは喋る烏が珍しいのかナノ中心として様々な角度からカササギを見上げていた。
「エース、行くぞ」
「うん!」
 カササギは向かいの住居の屋根に留まり周囲を見張るつもりらしい。
 二人は家屋へと足を踏み入れる。
 人が住んでいない家屋というものは朽ちるのが早い。軋む床、腐った天井、充満する空気はかび臭い。しかし、積もった埃は侵入者がいることを表してくれている。 
 それは二階へと昇階段に続き、各段に足跡が残っている。
「ナノさん、後は僕に任せてください」
 見た目以上に頼もしい言葉を吐く。
「ああ、任せた」
 階段もまた軋む。この際、音に構わず一気に駆け上がる。埃が舞い、足音が屋内に響き渡る。
 部屋は三つあり、足跡は奥の一室へと続いていた。
 今更丁寧にドアを開ける必要はない。奇襲の意も込め、蹴り破る。
 木造の扉は木片や木屑となり、部屋を襲撃する。一切の家具がない室内には埃が舞い、その中に小柄な人影を視認する。勧告することなく人影を組み伏せる。
 左腕の間接を極め、のしかかって覆いかぶさり、拘束する。
 埃の中で微かに何かが光っていた。
『リリスです』



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